高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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懐かしの一年五組

 認めるのは癪だし、本人に言えば殴りたくなるドヤ顔をされそうなので口が裂けても言わないが。

 あの夜以降、教室でも絡むようになった上野進(うえのすすむ)との関係は、決して悪いものではないと思えるものだった。

 

「誤解を解くために言ってあげるけど、別に私は同性愛者(レズ)ではないわ。ただ愛らしいものを私の手で愛でるのが趣向なだけなの。……ねえ聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。ようは自分がたちの悪い悪癖両性愛女だって話でしょ? ……おっ、出てきた出てきた。さあて三ミリサイズの純金ちゃんは入っているのかなー?」

 

 私の話を片手間に流しながら、新聞紙の上に置かれた金塊を模倣した砂を切り崩す男。

 上野進(うえのすすむ)。私と同じくクラスで少し浮いているくせに、何故かそこまで嫌われていないやつ。夕日の差し込む茜色の教室にて、男女二人だけで送る放課後の淡い一時にしては、あまりに適当すぎる雑さで接してくる友人だった。

 

「……あんたねぇ。この美少女と二人きりで会話出来る栄誉を前にして、随分と雑な対応じゃない?」

「そうは言ってもねぇ? 正直姫宮(ひめみや)の顔なんざ見飽きたし、今更感のある情報を提示されてもこっちは退屈なだけだし。んなどーでもいいことなんかより、この五百余円で買った金の砂山から宝石を取り出す方に興味がいっちゃうんだな」

 

 不満気に語気を強めてみても、何ら動じず歯に衣着せぬ物言いで返してくる上野(うえの)

 端から見たら、きっと柄の悪い女がクラスの地味な男にちょっかいかけていじめていると誤解されそうな光景。

 けれど、これが私たちのいつも通り。姉弟みたいに気安く腐れ縁に等しい雑な関係。それが私とこいつ──上野進(うえのすすむ)との最適解。

 

 こいつはずっとそう。偶然知り合ったあの日から、不真面目な夏の夜から何も変わらない。

 興味のあることならこれ以上なく身を乗り出して聞く癖に、興味が失せればすぐにほっぽり出し、雑に切り捨ててしまえるほど割り切りが良く。その上飽き性なくせに、決して人を無碍にはしない。

 自称一般人、他称自由な変人。私みたいに疎まれたりいじめにあったりはしないけれど、それでもごく普通の中学生には近寄りがたい強烈な個性を有した、悪くないけど悪いやつ。

 

「で、何だっけ? 水泳部を止めちゃって心が乾いてるって話? それとも美少女ハーレム作りたいって話? どっちにしろ、モテない俺の心に罅が入っちまうマウント攻撃だぜ?」

「ふざけんな。こちとら今は独り身だっつーの。謂われのない童貞の僻みとか三行半すらお断りよ」

 

 同じクラスの、或いは元カノや両親にすら見せてたことのない口の悪さ。

 私の素。身勝手で横暴で、けれど周りには良い顔していたいというくだらない自尊心など気にすることもなく、私たち以外の何者も存在しない教室で言葉を荒げてしまう。

 

 こいつと話していると、不思議と醜い側面を隠さなくても大丈夫だと思えてしまう。

 口調になど気にしなくてもいい。仮に荒い愚痴を零しても、こいつは言葉以上の興味を示さない。

 性欲などそこまで見せず、やりたいことに取り組む姿はあどけなく。

 無垢ではないけれど純粋。自分の興味以外の全てがどうでも良く、だからこそ変に気負わずとも問題ない存在。不変の態度で会話に応じてくれるこいつは、私のように七面倒な女にとって都合の良すぎる男だった。

 

「っていうか、あんたこそ部活はどうしたのよ? 卓球部、この前大会だったんでしょ?」

「あーそれね。んー、実はこの前の試合で満足したから辞めちゃったんだ。やっぱり運動部のノリは合わなかったぜ」

「……ふーん」

 

 私の問いにこいつは一瞬だけ言い淀むも、すぐに茶化した口調で軽々しく答えてくる。

 

 曲がりなりにも友人として接してみてわかったことがある。それはこいつは人が思うより楽観的でも考えなしでもない、むしろ心を押し殺す場面が多かったりすることだ。

 他人の悩みには雑ながらも誠実に答えを返してくれるのに、自分の深い部分は話そうとしない。

 諦めることに慣れた少年。何かが欲しくていろんなことを試すも、何一つ掌にしっくりこないだけの思春期。──もっともあの頃はそんな風になど考えず、のほほんと我を貫くマイペースなボケナス程度に毒づいていたのだけれど。

 

「おっ、ついにお出まし。……残念、水晶っぽいガラスだったぜ」

 

 そんな私の気など知らず、上野(うえの)は砂から取り出した透明な欠片を摘まんで残念がる。

 偽物の宝石。価値のないおもちゃ。子供騙しの安物。

 良いところも言えるはずなのに、出てくる言葉は罵倒だらけ。その石ころの不透明さは、自身の心の醜さをそのまま形にでもしたかのよう。

 

 ──嗚呼、なんて悲観的な女。やりたいことをやれている、目の前の彼とは正反対だ。

 

「さ、用も済んだしもう五時半だし片して帰ろーっと。……あっ、これ姫宮(ひめみや)にあげるー。説明書的に恋愛運が上がるらしいし、お守り代わりに筆箱にでも入れておきなよ」

「あっ、ちょっ──」

 

 こちらの言葉など聞く耳を持たず、私の掌にぽとりと落とされた透明な欠片。

 こんなものはいらないと返そうにも、あいつは既に椅子から離れ、箒とちりとりを取りにロッカーへと向かってしまっている。……ほんと、こっちの気持ちも知らないでさ。

 

「……はあっ」

 

 手の中を転がる欠片。あいつにとっても私にとっても、何の価値もない石ころもどき。

 けれど私は少し考え、ため息を吐いた後にそれをポケットにしまい込む。

 

 何故それを返さなかったのか。なんでそんなものを捨てなかったのか、捨てられなかったのか。

 未練だけで動く今の私だからこそ納得出来る。素直にしかなれない今だからこそ、私は私の無意識に理由をつけられる。

 

 けれど例えあいつに聞かれてたとしても、きっと私は白を切ってしまうだろう。

 だってそうでしょう? 貴方から初めて貰ったプレゼントだから捨てたくなかったなんて、そんなの恥ずかしくて口には出せないじゃない? 私、実は今日が誕生日なのよ?

 

「……ふふっ」

 

 自分でも気付かない微笑に浸りながら、せっせと清掃に勤しむあいつの姿を普通の少女のように眺め続ける。

 

 例えそれが外で真面目に走る運動部より情けなくとも。屋上のプールで泳ぐ好みの女子より可愛くなくても。

 私にとってそいつは、上野進(うえのすすむ)は、つい見てしまいたくなるもので。

 

 この何気ない日常だけが。私がただ一人の友人と打算なく笑い合えた、この一年以下の短い期間こそが。

 私の生きた十四年と数ヶ月において、もっとも平凡で幸せな一瞬だったのだ。

 

 

 

 

 

「みてみてこれ胸ぇ! おっぱい! おっきくない? 高嶺(たかね)さんよりボインじゃない?」

「……鬱陶しい。あんまり舐めたこと言ってると揉み拉きますよ?」

「えーやだこわーい♡ 高嶺さんだいたーん♡」

 

 階段を降りる間、甘ったるい声を全開にして高嶺(たかね)さんの周りをぐるぐると羽虫のように回り続ける。

 最初こそ非情に面食らってしまったが、五分もすればすっかり体に慣れてしまい、むしろTSF(性転換もの)とかいう未知の現象への楽しさの方が勝ってしまっている。

 

 というのもね? 高嶺(たかね)さんの魔法で鏡を作って見せてもらったのだが、これが中々どうして悪くない容姿なのよ。

 顔はまあいつもの俺をちょっと女にした感じで微妙だが、重要なのはそこではない他の要素たち。

 

 何カップかは知らないがでかい胸!

 ちょっと太めのふともも!

 推定百五十センチ台であろう低めの背丈! あと女声優みたいに特徴的な甘い声!

 

 もしも自分が女であればこんなポテンシャルを秘めていたのかと、思わず自画自賛のパレードを巻き起こしてしまいそうな完成度。クラスの隅っこにいて俺だけがあいつの良さを知っている的な地味系女子の誕生を前にして、はしゃがずにお淑やかであれる男子は中々いないだろう。

 

 俺の相棒がいなくなってしまったのは不便極まりないが、それは催してきたときに初めて困ればいいわけで。

 そもそもそこまで時間をかけるつもりもないし、攻略したら元に戻るはずなのでそこまで気に病む必要はない。

 まあ戻らなかったらそれはそれ。大人しく座してお花を摘むしかないと自身の性を諦めよう。

 

「いやー女体化も悪うないねぇ。むしろ()き。これ、このままエロ系配信者とかやったら案外稼げちゃうんじゃない?」

「……貴方なら可能でしょうが止めておきなさい。その同性に嫌われるタイプのあざとさ、絶対いつか痛い目みますよ」

 

 マジレス辛辣ぅ。

 しかし体がか弱いおにゃのこだからかな? 心なしかいつもの三割増しで鋭い指摘な気がするぅ。

 

「えー怒っちゃうぅ? アリスお姉ちゃんわからせモード入っちゃうぅ?」

「くっ、こ、この……!! こんなときに名前なんて……!! 手を出さないと言った手前戻してやるわけにもいかないのが憎い……!! 何故あの人はこんな真似を……!!」

 

 何か俺の思った以上に悶えてるんだけど。実は妹フェチとかあったりしたんかな?

 っていうか、ナチュラルに言ったけど元に戻せるんだきみ。相変わらず出鱈目がすぎるよね。

 

 ま、そうこうしているうちに次の部屋の扉の前まで辿り着いたわけだけど。

 今度の扉はちょっぴり汚れた白い引き戸。学校の教室に備え付けられているやつみたいだ。

 

「さあて到着ー。何が中には何が待ち受けているのかな? ……きひひっ、ねえ? おねーちゃーん♡」

「………………んっ。とっとと行ってください。ほらっ、早く行けっ」

 

 わざわざ足元の影をちょっと高めの台にして、軽い悪戯のつもりで彼女の耳元に囁いてみたのだが。

 少し謎の間が発生した後、高嶺(たかね)さんは扉を叩き付けるように開け、俺は服の裾を掴まれたかと思えば部屋へと放り投げられてしまった。

 

「ったぁ……。ちっとばかりからかいすぎちまったぜ。反省反省っと」

 

 流石と言うべきか碌な反応すら叶わず、慣性のままに部屋の中へとダイブする我が肉体。

 ちょっと調子に乗りすぎたなと自省しながら立ち上がり、尻の汚れを払いつつ内装を窺ってみる。

 

 木模様の床。

 何も入っていない無数のロッカー。

 部屋の前後につけられた大きく文字の書かれた黒板。

 そして机や椅子は綺麗に片付けられているけれど、その代わりに何故か置かれているへんてこベッド。

 

 いくら俺でも覚えているとも。

 流石の俺でも捨て去ってはいないとも。

 

 例え一番目立つものに心当たりがまるでなくとも。黒板に『チキチキ☆ 真夏のくすぐり耐久選手権~☆』などと摩訶不思議な呪文が書かれていようとも。

 それでもつい去年まで通っていた場所を、あいつとの思い出の部屋をそう簡単に忘れるはずなどあるわけがない。

 

 ここは今年卒業した学び舎の一室。その中でも唯一あいつと同じクラスだった、一年五組の教室だ。

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