高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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愛と悪癖のマジカルハンド

「ちきちきぃ? まなつのくすぐりせんしゅけんぅ……?」

 

 黒板に如何にもな手書きで記された、頭の悪そうな名称をスパチャみたいに読み上げる。

 三十五人分の机や椅子の代わりに置かれているのは、よく洋画の牢獄に出てくる死刑囚とか改造した化け物を拘束するためのベッド。そしてそれ以外に至って挙げるものなどないこの教室。

 さっきのプールとは違う、最早これに捕まってくださいと言わんばかりの存在感に、かつての学び舎の懐かしさを抱くことも出来ずに立ち尽くしてしまう。どうやらこれを用意した企画主は相当に悪趣味なやつらしい。

 

「……ねえ高嶺(たかね)さーん♡ 提案があるんだけどさー?」

「駄目です。自分でやりなさい」

「……ちぇ」

 

 自分の精一杯を詰め込んだ猫撫で声で頼んでみるも、残念ながら後ろの美少女は欠片も動じず。

 くっ、無念。どうやら我があざとパワーもここまでらしい。意外に使えないな。

 やはり俺があの罠に飛び込むしか、活路は見出せないか。……嫌だなぁ。あんなの露骨な罠じゃん。

 

 ともあれただ立っていても状況は一向に変化しないので、諦めて奇怪な機械へ近づいてみる。

 ……うん。別に距離で印象が変わるわけもない。拘束されたくないランキング上位に食い込む出来だね。

 

「……高嶺(たかね)さぁーん」

「くどい。はやく行け」

「……うぅ」

 

 どうしよう。あの人氷より冷たい。本当に俺の友達なんかってくらいにべもないんだけど。

 そもそもこれ、馬鹿正直に引っかかってやる必要とかあるのかな。上みたいに手紙が隠されていて、こいつそのものはダミーだったとか衝撃の展開、なんてことはないか……ないよね。

 

 仕方がないのでゆっくりと、湯船の温度を確認するみたいに恐る恐る体を預けてみる。

 おっ、意外と寝心地が悪くない。俺のぺらっぺらな布団よりは気持ちよく眠れそうだし、中々どうして悪くないのでは──。

 

 そんな感じで安堵しながら少しばかり気を抜いてしまった、ちょうどその時だった。

 突如がしゃりと音を立てながら、ベッドの脇から生えてきた錠に拘束される手足。

 あまりに急すぎたので驚いてしまったけれど、それでもすぐに立て直して外そうと手足をばたつかせてみるが、がちゃがちゃ鳴るばかりで外れも壊れもしてくれない。

 

「うっそ頑丈……!! やべっ、やだ、ちょ、助けて-!!」

 

 ベッドはこちらの悲鳴などまるで意に介さず持ち上がり、徐々に傾き始める。

 やばい。まじでミスった。最悪ステの暴力でどうにでもなるだろって高を括っていた。俺ってばほんと馬鹿っ!!

 大の字で磔にされながら、高嶺(たかね)さんと向き合う形で固定される俺。あっ、あの人どっかからテーブルと椅子持ってきて、のんびり観戦モードで手を振ってきてやがる。ずっる!

 

『皆さん大変長らくお待たせいたしました! ついに参加者を確保出来たこの大会、いよいよ開催となりまーす!』

「いえーい」

 

 いえーいじゃないよ! ってかなんだよこの放送! 急に湧いてきたんだけどっ!!

 

『ルールは簡単! これから三分の間、この企画者の趣味趣向がふんだんに反映された欲望執行用メカSI・ZU・KU☆ が全身をくまなくこちょこちょします! 参加者様がそれを耐えきることが出来れば見事クリア! 次の階層への鍵と、この迷宮の核心に繋がるヒントを贈呈いたします!』

 

 放送は快活な口調とは正反対に、実に陰湿極まりない嫌がらせを競技のように告げてくる。

 やっぱり擽られるのぉ? やだぁ、俺ってばこちょこちょ耐性零を通り越してマイナスレベルなんだけど!!

 

『ちなみにですが、もしギブアップしたければそこれから出てくる赤いボタンを押せれば解除されますので、何卒気楽に臨んでいただければなと思っています! まあリタイアした場合、渡せるのは鍵だけですけどね!』

 

 下には行けるんかい。ならヒントは諦めようそうしよう。とっととボタンを押しておしまいだぜ。

 思考は既にリタイアモードに切り替わる中、宣告通り床から赤いボタンが生えてくる。

 あれを押せばクリアではないものの、無事に乗り切ることが出来るってわけね。……あれを押せれば、だが。

 

「……えっうそ、遠くね?」

 

 生えてきたのはおれと高嶺(たかね)さんのちょうど中間に位置する場所。わかりやすく言えば、がっちがちに拘束されている俺の四肢ではどう頑張っても届きようのない遠くの場所。

 ……あーそういうこと、納得。つまりあのボタンは掴めない蜘蛛の糸で、ただ単に上げてから落とされた俺の苦悶を引き出すための小道具ってわけね。……性格悪っ。

 

『それではいきましょう! これが最初で最後の挑戦です! レッツー、スターーットォッッ!!』

 

 ありったけを込めた開始宣言の直後、突如後ろから物騒な何かが蠢く音が聞こえてくる。

 まるで工場の中、自動で機械が動いているみたいな音。後ろを向けず、その正体を確認できないという自室が更に恐怖を引き立ててくる。

 

「た、高嶺(たかね)さん……? そこのボタンを押してくれたりは……?」

「しません。どうせ死にはしませんし、死んだら死んだでどうにかするのでたまには痛い目見なさい。お姉ちゃんが見届けますので」

「あんまりだー!」

 

 死ぬから! 擽りって痛みより辛い拷問の一種って昔の人も言ってたから! 

 

 頼みの綱の高嶺(たかね)さんに拒否され、ジタバタ足掻いてみるも状況は何も変わらず。

 そうこうしている内に、音の正体は俺と高嶺(たかね)さんの視線を遮るように姿を現してしまう。

 

 それは手だ。無骨な金属の柱の先につけられたそれは、白く大きく柔らかい、どこぞのテーマパークのマスコットにありそうな手の群れだった。

 ぎしぎしと、その手は開いたり閉じたり、まるで人間が準備運動するみたいに動いて俺の神経を磨り減らしてくる。

 

「い、いや……! たす、助けて……!!」

 

 喉から漏れてしまうのはか細く弱々しい、幼子同然である小娘の悲鳴。

 こんな悲痛な声、屍鬼(かばねおに)と相対したときですら出たことはない。逃げることも抵抗することも叶わない、襲われるだけの恐怖というのはこんなにも心を犯すのか。

 

 徐々に迫る無数の大きな手。ゆっくりと、恐怖を煽るような速度で俺の体へと接近し、ついに皮一枚程度の距離まで到達してきてしまう。

 止まる手達を前に、目を瞑りたいのに閉じられない。閉じてしまえば楽なのに、恐怖に負けた体が、いつ俺に触れるかわからない手から目を逸らすことを許してくれない。

 

 今の俺は、さながら涎を垂らす肉食獣の前に置かれた餌。或いは飢えた男に捕まった全裸の女。

 藻掻くことも逃げることも出来ず、ただその瞬間を待つことしか出来ない家畜だった。

 

 ──そしてついに。その時が訪れる。訪れてしまう。俺の肌に、無機質な手は触れてしまう。

 

「ひゃん! んっ、んんっ……あんっ、んぅ……♡」

 

 撫でるように、初めて家に招いたペットに触れるような優しい手(フェザータッチ)

 頭を、首を、胸を、腋を、横腹を、へそを。そして下半身は上から下へ、舐るように優しく残酷に。

 

 戸惑いから官能へ。緊張の反応は、たちまち喘ぎ声へ。

 声が漏れる。漏れてしまう。無知な幼女の悲鳴は色を覚え、女を知る少女のように官能的で艶めかしさを含ませた女の声を勝手に零してしまう。

 石けんのように自らを包み込む、体と心を浸すぬるま湯のような優しい快感。

 まるで愛撫。よくあるえっちぃ本に記された、たった一晩で堕とされる女の挿入前の一幕の再現。今の俺は馬鹿馬鹿しいと信じることのなかった、創作上の頭の軽い女と一緒だった。

 

 ──だが、そんな幸せがいつまでも続くはずもない。

 これは試練。性格の悪い女の未練が死の最中に生み出した、人を弄ぶだけの悪辣な玩具(おもちゃ)なのだから。

 

「ひゃん♡ も、もうやめれ……♡ 脳溶け……うひぃ!!」

 

 一段ギアが上がったかのように、解すだけだった手群は急速に勢いを増し始める。

 足裏と横腹を重点的に。触れ合うような前奏(プレリュード)は終わりを告げ、塗りつぶすかの如き主題を己が体へと刻み込まれる。

 

 快感など既にどこにもなく。あるのは苦痛と意識の混濁によって生み出された嗚咽の笑みだけ。

 涙が溢れる。呼吸が出来ない。時間を測る余裕も、目の前にある赤いボタンを見る気力も、状況を改善するために思考を回そうという意識さえも働かない。

 ただ受け止めるだけ。ただ苦しむだけ。与えられた三分という短く永劫な地獄の責めに、喉を枯らして叫ぶだけだった。

 

 ──だが、地獄が始まるのが唐突であったのなら、終わりもまた同様であるもので。

 

 手群は一気に動きを失ったかと思えば、最後にこちらの頭を撫でてから消失していく。

 直後、枷は取れ、空へと放り出される体。力なんて欠片も入らない。それどころか外れた感覚すらなく、触覚がイカれて碌に働いてくれない。故にそのまま地面へ向かうのは当然。

 

 だがそれよりも早く、重力というこの世の縛りよりも(はや)く、俺の体は何かに包まれた。

 

「お疲れ様でした。よく頑張りましたね」

 

 暖かな白い光が、透き通るほどの優しい声がくたびれきった俺の心を癒やしてくれる。

 そこでようやく俺の意識は現実に追いつく。どうやらあのくすぐり地獄は、いつの間にか終わっていたのだと。

 

「ぁあ高嶺(たかね)…ん。ぅぇ、声出ないや……」

「今治療中です。もう三秒もすれば、肉体と精神共に安定しますので」

「あぁ、ぅん……」

 

 すっかり掠れちまった美少女声で返事をし、目を瞑って体を満たす心地好さに身を委ねる。

 手が離れた今でも残り支配し続けてくるくすぐりの残滓。体の芯から魂にまで刻まれてしまったと錯覚するその苦痛が、その柔らかな心地好さによって段々と薄らいでいく。

 まるで揺り籠で揺られる赤ん坊の気分。そうか、これがバブみ。人が求めるベき原初の温もりは、こんなところにあったのか──。

 

「ほら終わりましたよ。とっとと自分の足で立ってください」

「うーんあと五分……。この温もりの中でぇ……すやぁ……」

「……お・き・ろっ!」

 

 無言で落とされる体。ぐえっ、と呻き声を漏らしながら尻餅をつきながら我に返る。

 いっててぇ、もう少し労ってくれてもいいじゃんかよ……。あっ、喉治ってるわ。

 

『ゲームクリアおめでとー! いやーまさかリタイア用のボタンを押さずに耐えきるとは思わなかったなー! 勇敢な挑戦者さんにはい拍手ー!』

「……ねえ、あのスピーカーぶっ壊してもいい?」

「我慢なさい。どのみち商品をもらったらそれで終わりなんですから」

 

 ふつふつと湧き出てくる怒りを高嶺(たかね)さんに窘めながら、こっちの気などお構いなしに、むかつくほど上機嫌に声を弾ませながら話す放送に耳を傾ける。

 

『ま、そこのお邪魔虫の治療は減点対象ですが、まあ今の私は満たされていますので気にしないであげましょう! 寛大な私に感謝しなさい? 足でも舐めて愛を囁きなさい? おほほほっ!!』

 

 ……なんかキャラ崩れてない? それとも取り繕ってただけだったりする?

 

『ではではぁ! 早速ですが授賞式とまいりまっしょう! 教壇の上へお越しください! フゥー!!!』

 

 あんまりなテンションについ高嶺(たかね)さんの顔を見てしまうも、顎で行けと命じられてしまう。

 はいはい行かせていただきますよ。ま、商品くれるっていうならそんな悪い扱いはないと思うしさ。

 

 ちょっとだけふらつきながらも、特に邪魔もなくすぐさま教壇へと辿り着く。

 すると教室の前の扉ががらがらと開き、キャタピラで動くロボットがこちらへと寄ってきた。

 

『この度はクリアおめでとうございまーす! こちら参加賞の金砂を固めた鍵とクリア特典のヒントでーす! どうぞお納めくださーい!』

「あっはい」

 

 絡繰りらしく開いた腹部から、てきぱきと二つの物を俺の手の中にねじ込んでくるロボット。

 本当に賞品授与なのかよとロボットの雑さに呆れつつ、両手を開き渡された(ブツ)を確認したその瞬間、思わず目を見開いてしまう。

 右手には鍵型に固められた金色の砂。そして左手には十一の数字が並べられた小さな紙だ。

 心臓を掴まれたみたいな驚きを生んだのは後者。前者は上のガラスハートと同じく意図のわからないものではあったが、この数字の羅列は俺の記憶に揺さぶるに足るものだった。

 

『以上でチキチキ☆ 真夏のくすぐり耐久選手権~☆ は終了となりまーす! お帰りはあちらの扉、下の階層へと続く階段へとお進みくださればと思いまーす! ちなみにですが、本実況はあくまで創設者様の側面(エゴ)で形成されたものに過ぎないので、最下層での文句はNGでお願いしまーす! ではボンッ!』

 

 言いたいことだけ言い終えたロボットは、こちらの返事を待たずに爆発してしまう。

 光と音が弾けた後、見事静寂を取り戻した教室。……やりたい放題だったなあいつ。

 

「お疲れ様でした。それでなにをもらったんですか?」

「……ヒント、というより答えかな。これをヒントと呼ぶあたり、あいつの俺への認識ってやつが窺えるよ」

 

 近寄ってきた高嶺(たかね)さんに紙を見せてみるも、わからないと首を傾げられてしまう。

 ま、わかるわけないか。あいつ、あの学校で連絡先を交換したのは俺だけって言ってたしな。

 

「何であいつがこんなことやってるのかは知らない。そもそもあいつがいなくなってから、一度たりとも連絡を取らなかった俺にはあいつの考えなんて想像すら出来ない。そもそも俺はあいつのことを友達と思っていたけど、あいつにとっての俺がどういう存在だったかなんて女々しい質問はしたことがないからね」

 

 十一個の数字によって蘇る記憶。それはまるで、脳の奥にある金庫を開ける暗証番号だ。

 げに懐かしき最初の青春。滅多に笑うことのない、三白眼のすらりとした美少女との思い出達。

 そこには甘酸っぱい色恋など微塵もなかったけれど。それでも(あぶ)れ者同士が笑い合えた灰色の輝きが、互いを満たした傷の舐め合いが確かにあったのだ。

 

 ──それを壊したのは、あいつとの友情に罅を入れてしまったのは、あの日の浅慮な俺だ。

 

「……上野(うえの)くん?」

「ああごめん。……うん、じゃあ行こっか。時間も限られているしね?」

 

 心配そうに声を掛けてきた高嶺(たかね)さんに、取って付けたようなにっこりスマイルを返して進み始める。

 

 そうだ。時間は限られている。どんなに過去に浸ろうと、夜明けは刻一刻と迫ってきているのだ。

 目的はあくまで帰還。ばっちゃまや両親に心配かけないよう、朝になるまでに帰ることが最優先。

 ただその過程で犯人に、あいつに会わなきゃいけなくなっただけのこと。あの日行くことの出来なかった、彼女からの誘いの目的地に辿り着く必要がある。それだけのことだ。

 

 ──だから進もう。進まなくては。例えあいつが、俺を許していなかったとしても。

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