高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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久しぶりとさよならを

 柔らかい。意識が戻ってから最初に感じたのは、後頭部のひんやりとした気持ちよさだった。

 

「あらっ、ようやく起きたの? 私を呼び起こして暢気に居眠りとは良い度胸じゃないの?」

 

 上から聞こえてくる、言葉とは裏腹に棘の小さな聞き覚えのある声に目を開ける。

 寝起きながら忘れもしない。今度は真っ平らで無機質な問いではない、彼女本来の声色。そして見覚えのある、肌は白くなったがそれでもあの頃とほとんど変わりない三白眼の整った顔。

 

 ──姫宮、姫宮雫(ひめみやしずく)。間違いなく、久しぶりに会えた俺の大切な親友だ。

 

「……やあ姫宮(ひめみや)。相変わらず細い太ももだね。ところで俺、どれくらい寝てた?」

「二分と二秒よ。私の最高記録(レコード)分の膝を貸してあげたのに、開幕早々失礼すぎないかしら?」

 

 高嶺(たかね)さんのマジレスとは一味違う、不満気全開の強めな語気。

 この声を聞いているだけであの頃を思い出してしまう。中学の、ステータスなんてなかった頃で一番楽しかったあの一年を。

 

「……久しぶり。元気してた?」

「ええ。ま、死んでからの記憶なんてほどんどないし、死ぬ前の一年は絶望的に退屈だったけどね」

 

 ……死ぬ前、か。そうでないことを願っていたけど、やっぱり、そういうことなんだな。

 それにしても、嗚呼懐かしい。返ってくる性格の悪い言葉も、あの頃と何ら変わりない姫宮(ひめみや)そのものだ。

 同じ目線で会話がしたがったので、力を入れて立ち上がろうとした途端、ひんやりと冷たい人差し指が俺の額を押さえつけて動作を中断させてくる。

 

「どうしたん? 頭重くないん?」

「いいの。どうせまだ疲れてるでしょうし、今はこうさせなさいな」

 

 まるでペットでも慈しむように、彼女の掌が俺の頭を撫でてくる。

 ……ま、姫宮(ひめみや)がそうしたいなら構わないさ。俺としても、美少女の太ももは熱烈大歓迎だしね。

 

「……ねえ。私に聞きたいことあるんじゃないの?」

「んー? そうだねぇ。話したいことなら一杯あるさ。何せ二年振りだしねぇ」

 

 疲労に従い柔らかな枕の感触を味わっていると、姫宮(ひめみや)は少しばつが悪そうな視線を向けてくる。

 どうやら切り出し方に悩まれているご様子で。まったく、相変わらず大事なところで臆病なんだから。……まあ俺の人のことなんか一切言える口じゃないんだけどさ。

 

「……懐かしい、あの頃を思い出すよ。膝枕された経験なんて一回もないけどさ」

「あら? 昔一回あったでしょ? 最もあのときは私が貴方のを借りる側だったけれど」

「そんなことあったっけ? ……ああ、お化け屋敷のときね。あのときの姫宮(ひめみや)の驚き様、まじで傑作だったなぁ」

 

 あったあったそんなこと。そっちから誘ったくせに、半分くらいでダウンだったもんなぁ。

 

「ま、今となっちゃ私が脅かす側なのだけれど。なってしまえば、別段怯えることじゃないわね」

「……そうかい。楽しそうでなによりだよ」

 

 笑えもしない自虐ネタを無意味に笑い流し、昔を振り返りながら会話に花を咲かせていく。

 放課後に教室でぐだったことや文化祭を抜け出して遊んだこと。クリスマスに公園で花火大会をしたことや、春に学校サボってお花見に精を出したことなど。

 いろんなことがあった。八割くらいは世間的には非行だったけど、それでも人を害することなくはしゃぎまくった二人だけの青春。記憶の底で今なお輝く日々のことを、あの日々へ戻ったみたいな気持ちでで語り合った。

 

「でさ、あの泥団子っ! 結局あれ、なんで割れたのか最後まで謎だったよなー」

「……あれ、実は私が割ったのよ。私より上手く作られて癪だったから、見てない間にこっそりと」

「まじかよ! そりゃびっくりだわ! まあ今だから良いものを、あの頃聞いてたら怒ってたかもだぜ?」

 

 梅雨に作ったぴっかぴかの泥団子。それは俺と姫宮(ひめみや)が遊んだ、最後の思い出。

 全てを話し終え、続ける会話もなくなった俺達の間に残るのは、虚しいくらいの静寂だけ。

 

 ……思い出に浸るのもここまで、かな。あとどれくらい、時間が残っているかわかんないしね。

 

「さて、よっと。……うん、やっぱり上からより正面の方が良いね」

「あら、お気に召さなかった? 美少女の膝なんて、それこそ人次第では百枚紙切れを差し出してきそうな価値よ?」

「もちろん手放すには惜しい一生もんだぜ? けど今は、お前に言わなきゃいけないことがあるからさ」

 

 体を起こし、地面に膝を突き、姫宮(ひめみや)へ向かい合うよう真っ直ぐ姿勢を正す。

 きょとんと首を傾げる姫宮(ひめみや)

 こんな真面目なご対面に戸惑うのは無理もない。俺を知っていればなおさら、俺がこんな馬鹿真面目な雰囲気を出すことに違和感を覚えてしまうのだろう。

 

 ──けれど、こればかりは言わなきゃいけない。俺の口から、難聴で片付けられないほどはっきりと。お前が再びいなくなってしまう、そのときまでに。

 

 

「ごめん。あの日、お前の誘いに乗れなくて。待ち合わせに、行けなくて」

 

 

 頭を下げる。それこそ旋毛(つむじ)が彼女に向くくらいに深々と。

 

 彼女はどんな顔をしているか。怒っているのか、呆れているのか、それとも冷めているのか。

 それを確認する術なんて俺にはない。頭を上げて確認するなんて、俺からして良いことではない。

 やっと言えたなどと思い上がる気なんてない。面と向かって口に出して、少し胸が軽くなったから満足だなんて思ってしまう自分が恥ずかしい。謝るべきは自分なのに、一言言っただけで俺が勝手に救われた気分になるのはあまりに情けないことだ。

 

 このまま蹴ってくれて構わない。先ほどみたいに、轢き殺そうとしてくれたって良い。

 俺がしたのはそういうことだ。だから好きなだけ、俺で鬱憤を晴らしてくれれば──。

 

「……頭を上げなさいな。そんな殊勝な態度、貴方らしくもないわ」

「えっ、でも……」

「でももへちまもないわ。弱々な貴方は見ていて愉しいけれど、そんな安っぽい言葉で謝るのなんて見ているだけで不快極まりないわ」

 

 姫宮(ひめみや)はばっさりと、一欠片も濁すことなく俺に向けてそう言ってくる。

 

「あのことだったらもういいの。どんな理由であれ、貴方はあの場所には来なかった。私はそれに傷ついたけど、そも無茶な時間と場所を設定した私にも非はある。それなのに全部貴方が悪いなんて一方的に思い上がられても、正直迷惑千万も良いところよ」

 

 あくまで二人とも悪いと、そんなことはないのにそれっぽい理屈で自ら罪を被る姫宮(ひめみや)

 そんなことはない。絶対にそんなことはないのだと、そう口にして反論しようとしたが、彼女の優しさと寂しさを詰め込んだかのような声色に、反論が喉から出てこようとしてくれなかった。

 

「あれは終わったことなの。読んだことも見たこともない、儚そうな夏の夜の夢みたいに。そういうわけだからもう気にしないで。こんな機会でもなきゃ、あんたに来る気があったことすら知らずに終わっていたのだから、どちらかと言えば私が貴方にお礼を言うべきなのよ」

「…………でもさ」

「やっぱりあんた、ちょっと小突くと繊細で女々しいわよね。もう私はいないんだから、そんなんじゃこれから一生独り身よ?」

 

 だからいつも通り笑っていなさいなと、姫宮雫(ひめみやしずく)は俺を励ましてくる。

 昔散々聞いてきた、俺をからかった後に聞いてきた笑い声。それを聞き、少しずつだが顔を上げてしまう。

 そこにあったのはあの頃見てきたどんな笑顔よりも美しく咲いた姫宮(ひめみや)の微笑み。

 それだけ言われてしまえば、そんな顔をされてしまえば、俺は言い訳することすら出来なくなってしまう。……ずるい、残酷なまでにずるい女だよ、お前はさ。

 

「ま、あれはけじめだったから。別にあんたが来ようが来まいが、結局私は傷ついてたわ」

「……それは、何故に?」

「なんでって、あの日呼び出したのは告白する為だったからよ。初めて出会ったあの場所にわざわざちょうど一年の日に呼んだのよ? 少しは察しなさいな、この朴念仁」

 

 ……酷いや。気付くわけないじゃないか。恋愛候補に見ていないって言ったのはそっちじゃんか。

 

「どうせ振ってたでしょう? 童貞らしく保留(キープ)なんかしないで、野菜切るみたいにばっさりと」

「……まあそうだね。確かに姫宮(ひめみや)は綺麗だけど、俺にとっちゃどこまでいこうが親友だったし」

 

 数回考え直してみたが、やっぱりその通りだと思う。

 あの日あの場所でラブコメみたいな告白をされていようと、俺は絶対に首を縦に降らなかったはず。少なくとも、姫宮(ひめみや)が望んだ答えを返すことはなかっただろう。

 

 ──だって俺にとっての姫宮(ひめみや)は、どこまで行こうが笑い合える親友だったのだから。

 

「あースッキリ! これで未練も晴れたわぁ……って、そろそろ限界みたい。ほんっと、時間が経つのって早いものね」

 

 立ち上がり、満足気に全身を伸ばす姫宮(ひめみや)

 だがその足は白ではなく半透明。形あるものからあやふやな靄へと移り変わる、その最中であった。

 

「……いくのか?」

「ええ。薄々察してはいたのよね。その答えを聞いたら、きっと私は満足するって。この世にしがみつくための最後の楔を失うんだろうなって」

 

 ……何だよ。それじゃやっぱり、俺のせいでお前は消えるんじゃ──。

 

「違うって。どのみち私はもう限界だったの。名前も願いも思い出せず、次の朝を迎えることなく消えるはずだった未練を、あんたが拾って晴らしてくれたの。だから誇りなさい。あんたのせいじゃなくてあんたのおかげで私たちは再会できた、その事実に胸を張りなさい?」

 

 姫宮(ひめみや)は笑う。(マイナス)よりも(プラス)を見ろと、失うものよりこの一瞬に喜びを見出せと。口ではなく、それ以上に強い眼差しで俺へと告げてくる。

 難しいことを言ってくれるよな。辛いのはいつだって残される側なんだ。お前はいつも、俺を置いてどこかに行ってしまうんだから。

 

「……そうだな。俺を女にして擽ったり、プールで出会いを再現したり、そんな思い出を大事にするよ」

「ええ、そうしなさい。最期にようやく曝け出せた、私の醜い欲望なのだから」

 

 足から腰へ。腰から体へ。

 徐々に広がる体の分散。慈悲も容赦もない終わりの間際に、姫宮(ひめみや)との本当のお別れを否応がなく認識させられてしまう。

 探す。探してしまう。言い残したことはないか。他に掛けるべき言葉があるのではないかと。

 けれどもどれも出てこようとはせず。代わりに溢れて止まないのは、両の目から垂れる液体と嗚咽だけだった。

 

「まったくもう。……ほら、こっち来なさい。早くしないと消えちゃうわよ?」

「う、うん」

 

 そんな俺の情けない様に思うところでもあったのか、姫宮(ひめみや)は何とも言えない顔をしながらこちらへ来いと手招きしてくる。

 ずびぃ、なんだろう。お別れの握手かなぁ。それはそれで嫌だなぁ……。

 

 それでも応えないわけにはいかないので、足を踏み出し彼女の目前へと辿り着く。

 ……そういえば、逆転しちまったな。昔はこいつの方が大きかったのに。今じゃ俺が見下ろす──。

 

 

 ──その時だった。思考の隙間をくぐり抜けるかのように、彼女の口が俺の口へと迫ったのは。

 

 

「んっ!? んんっ、んぅ!! ぷはぁ!! ……な、なにを!?」

「ぷはぁ! ごちそうさま。中々悪くなかったわ♡」

 

 困惑と驚愕、羞恥と呆気の全てに囚われる俺に、姫宮(ひめみや)は悪魔みたいな笑みを作る。

 キス、キスされた? 唇と唇が触れ合って、えっ……?

 

「男相手は初めてだったけどやっぱり別物ね。……こんなんなら、生きている内にしておけば良かったわ」

「なななな、なにを……!?」

「あいつばっかに全部持っていかれるのは癪なのよ。私とあんたの逢瀬(デート)に割り込んでおいて、ああもむかつく顔で私の表面を覗いておいて、同情なんかで観戦決め込んだあの高慢ちきなお人好しなんかに」

 

 何秒経っても平静に戻れない俺に、姫宮(ひめみや)は不満たらたらで愚痴を漏らす。

 

「しかと胸に刻みなさい? あんたはこれからどんな体験をしようと、初めては私なのだと。あんたみたいな気まぐれでマイペースな変人でも、キスしたくなるくらいに好きになった人が一人はいたのだと」

「お、おう……?」

「だから一つ約束しなさい? もしも、もしもその無自覚な一途が成就したのなら。その時は私のことなんて忘れて、あんたらしく生きていきなさいな」

 

 彼女は俺の目を真っ直ぐに覗き込みながら、姫宮(ひめみや)らしからぬ願いを口にしてくる。

 そんな出来っこない約束なんてするわけがない。俺がお前のことを、姫宮雫(ひめみやしずく)という大切な友人のことを忘れられるわけがないじゃないか。

 

「あんたが一緒に死んでくれるなら別だけど、そんなの望んじゃいないもの。だってあんたは、上野進(うえのすすむ)は、目指すべき(もの)があるのでしょう?」

「……まあね。やっぱり、わかっちゃうんだ」

「ええ、わかるわよ。私は貴方の親友よ? だから考えていることなんて、ちくわの穴みたいに筒抜けなの。凄いでしょ?」

 

 

「──それに私、これでも尽くす女なの。思い出にはなりたいけど、枷になんかなりたくないもの」

 

 

 姫宮(ひめみや)は消えゆく最中の手で俺の頬を撫でながら、無邪気な笑顔を俺へと向けてくる。

 その笑顔が、あの輝かしい一年を走馬燈のように駆け巡らせる。嘘と本音の入り交じった、どうしようもなく楽しいだけだった、一生分の友情を。

 

「じゃあさようなら。死んでも私は地獄行きだから、精々長生きしなさいよ」

 

 消えていく。言いたいことだけ言い残して、俺の言葉なんか微塵も待たないで。

 頬に触れていた掌も。俺の名を呼び初めてを奪ったその唇も。彼女を特徴づける、鋭くも奥底に優しさの籠もっていたあの瞳も。

 後に残るは俺だけ。力の残滓も感じられず、姫宮雫(ひめみやしずく)が完全に消滅したのだと、体でも心でも理解してしまった。

 

「……じゃあね親友。俺も地獄行きだから、話の続きはその時だ」

 

 最早誰の気配もない、崩れ始めた彼女の名残の中で、俺は永遠ではなく一時の別れを呟く。

 例えあいつに聞こえていなかろうと。その言葉に塵一つほどの意味と価値すらなかろうと。利己的な自己満足だったとしても。

 それでも、言いたいことだけ言ってきたあいつにはお似合いだと。涙を流しながら、それでも湧き出た青春に小さく笑みを浮かべながら。

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