高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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人もどきは一人嗤う

 世界のどこかでですらない、存在しない星の海に紛れて浮かぶ小さな島。

 そこに置かれた白い椅子に座ってティータイムに洒落込むそいつは、鮮やかな翡翠色の髪を靡かせながらどこか遠くを眺めていた。

 

「かくして少年と少女は淡い一夏を謳歌しました、か。……うーん青春だねぇ。肌も心もむず痒くなっちまうくらいの青臭さ。微笑ましくなっちまうってもんだねぇ」

 

 彼でもなく、彼女でもなく。本質を見抜く者以外には、見る人によって姿を変える理想の誰か。

 そんな翡翠の人もどきが見つめる先は、星空の奥に張り付く水面。そこから見えるのは、この仮初めの世界の管理人足る少年と自らが生前に友好を交わしていた一人の少女が横に並んで歩く姿であった。

 

「いやー本当に微笑ましい。いやまったく、甘ったるいことこの上ない。……くひ、くひゃひゃひゃひゃ!! いやー、思わず反吐の一つでも出てしまいそうだぜ!」

 

 そんな翡翠の人もどきは、目の前に広がる光景を愉しげにせせら笑う。

 あたかも普通の学生みたいに距離を近づかせる、愚か極まりない哀れなお気に入りの人間二人。そんな異常同士が送るごく普通であろうとした青春を、腹の底から絞り出したありったけの嘲笑で一蹴する。

 

「なにが嫌われたくないだ! なにが弱いところを見せたくないだ! なーにがその目の最期に映るのは自分が良いだ! そんなあざとい媚び諂いを覚えたところで、結局高嶺(たかね)アリスを一番不幸にする選択を選ぼうとしているのが君自身の根底だってのに!」

「自覚がないのは尚更たちが悪い! 憧れと恋心から目を逸らしながら、示すのが簡単な殺意で隣に立とうと足掻く希代の道化! あたかも突如芽生えた熱意のようにしているけど、実際は昔から抱きながらも諦めきれなかった想いを! 言い訳つけて! 掘り起こしただけの大ヘタレ! 諦めることを止めたようで、開き直って見ない振りするようになっただけなのが君の本質っていうのにさ! あー可笑しい!」

 

 彼女は高らかに嗤う。友の隣を歩く愚か極まる凡人を。矛盾を一途を辿る哀れ極まりない凡人を。

 

 この空間の真の持ち主にして、賢いフリして生きるだけの普通の少年。

 一見変人のようでいて、その心根は平凡そのもの。やりたいことをしている体で生きることで、心の奥底に抱く本当に求めるものへの渇望を偽りの満足で覆い隠す愚者。それこそが彼、上野進(うえのすすむ)の醜い本性。どうしようもない小童で小市民、それこそが彼の本質であると。

 

 ──だというのに。

 

「わかってない。アリスも何一つわかってない! そんな回りくどいことしなくとも、とっとと抱けばそんなちっぽけな人間の心なぞ簡単に手中へ収められるだろうに! 長引けば長引くほど、こういう拗らせた手合いは余計な暴走で全部を台無しにするってのにさぁ!」

 

 だからこそ、彼を嗤った時以上に少女を嘲け嗤う。かつて心も尊厳も失いながら、誰にも理解されることなく世界を救った孤独な勇者の慣れの果てを。

 翡翠の人もどきには全てを観測出来る。それは少年の心中に根付いたからではなく、その存在自体が全てを見抜く者として定められているが故に。

 過去も、現在(いま)も、未来も。人の思いや強さも、世界の命運でさえも。それでいて何一つ人に告げ、導くことを放棄した閲覧の愚賢者(フルスペクション)。そんな生粋の人もどきだからこそ、贔屓にしている二人の惨状をただただ愉快に眺めるのみなのだ。

 

「身の丈に合わないのなんて当たり前! 砂粒ほどのレベルが上がって少しずつ知った気になっている少年には想像も出来ないだろうけど! 君が無価値な七月を送っている間に、アリスは星の化身なんてものと一戦交えたというのに! 自らを生み出した世界に異物と定められながらも、気まま勝手な管理者自身に力を以て許容させたというのに! 嗚呼、こういうのをこっちじゃ蚊帳の外って言うんだっけ!?」

 

 翡翠の人もどきは全てを視ていた。上野進(うえのすすむ)の中にいながら、上野進よりもこの世界で彼女が為した様々な事柄を。

 だからこそ、翡翠の人もどきは腹を抱えて嗤うのだ。少しずつでも背中を追えている気になっている、絶望的な勘違いを抱く哀れな大馬鹿者を。

 

 月夜の下で殺人鬼と殺し合った?

 大勢の協力ありきで古に恐れられた骸の鬼と渡り合った?

 迷宮(ダンジョン)なんてご大層なもので友と再会し、別れを交わせた?

 

 馬鹿らしい! まったくもって楽観的すぎる! こんなのを成長と呼ぶなら苦労はないだろう!

 そもそも骸の鬼だって未完全の状態で殺し損ねたに過ぎない! 結局目指すべき高嶺(たかね)の花に尻ぬぐいをさせ、彼女の力で犠牲なく終わっただけだろうに!

 

「この国で眠っているから日本の神と勘違いされた星自体の意志! そんな最上存在でさえレベルは500、高嶺(たかね)アリスの半分なんだ! わかるかい!? この星の頂点でさえ高嶺(たかね)アリスに追いすがることは愚か、その足を掴むことすら出来ない絶対的な差! 種族の基礎能力差があってもなお勝ち目なんてあるわけない絶対的存在! 混沌と邪神をそれぞれ一人で滅ぼした桁外れの怪物! それこそが高嶺(たかね)アリスの真実だっていうのに! まったく、現実が見えていない小僧が抱くにはあまりに遠すぎる、君風に言えば掴むことすら叶わない、高すぎる彼方に咲いた一輪の花だよね!」

 

 原初たる星の化身でさえ、四草第一位である人類最強候補でさえ、海底に住まう命の母と呼ばれた蛇でさえ歯牙にもかけず、一切の誇張をせずとも世界を蹂躙出来ると確約出来る正真正銘の怪物。

 

 それこそが高嶺(たかね)アリス。楕円の箱庭(エルダガンド)にて“混沌(マーブル)”を、そして二度目に彼女が招かれた神崇大陸(ミスミュス)にて変質し堕落した創世の三女神(ミュスエルス)を葬り、世界を壊し人に恨まれながらも世界を救った孤独な勇者の正体なのだ。

 

 そんな真正の怪物が恋に堕ち、普通の少女のように振る舞おうと努力している。

 そしてその相手は無茶を通り越した無謀な夢を抱き、その上その遠さすら理解していない大馬鹿者なのだ。これを死後の細やかな肴にせずして、はたして一体何を愉しめば良いというのだ。

 

「いんやー楽しみだねぇ。白い空の決着でどちらの結末を辿るのか? アリスがどちらを選ぶのか?」

 

 生前に視た、いずれ来たる未来を思い出しながら恍惚と笑みを浮かべる人もどき。

 もちろん彼女の観測にも例外が生じることはある。その最たる例こそ勇者、もっと言えば勇者が握る絶望を断つ聖剣と勇者の結びつきだ。

 その剣の最期の担い手である高嶺(たかね)アリスほどの理不尽であれば、観測された未来に道を増やすことなど造作もない。彼女の意志にかかわらず必ず道は開かれる、それこそが完成された勇者の真髄。

 

 ──つまり、勇者は観測された未来を変えられるのだ。無論、彼女に変える意志があれば話だが。

 

 最初に高嶺(たかね)アリスを視たときは、世界を救う光景なんて映らなかった。

 百周期に一度の儀式で偶然喚び出された彼女は、無能とその名前故に迫害され、奴隷の身分に堕とされた後死亡する。──最初に視たのは、確かにそういう運命だったはずなのだ。

 だが実際はどうだ? あの龍の魔女に拾われ見事に才能を開花し、乗り越えられるはずもない幾多の困難を乗り越えて、ついには我が最高傑作すら切り捨ててしまったではないか。

 

 だから私は、閲覧の愚賢者(フルスペクション)と罵られた人もどきたるこの存在は。

 彼女のことを見守りたくてたまらないのだ。──それこそ、死んで尚同じ世界へ移り、好意を抱く人物の中という特等席で眺めてしまうほどに。

 

上野進(うえのすすむ)に未来は変えられない! どれだけ力をつけようと! どれだけハチャメチャぶって暴れようとも! 所詮は端役(モブ)にすぎない流されるままの弱者! 苦痛を経ながら決断を迫られるのは、殺すか否かの選択を強いられるのはいつだって! 強者たるアリスの方なんだから!」

 

 急に触れられた猫のように、勢い付けて立ち上がる人もどき。

 あまりの興奮にティーカップを地面に落としながらも、意に介さず。素足で破片を踏みながらも、欠片の痛みも表情に出さぬまま、島の端まで軽快に歩いていった。

 

「うんうん。僕はあくまで傍観者。どんなに内を覗き、当人同士でさえ知り得ない真実に辿り着こうとも。伝えることなく、干渉することなく観るのが愉しみの変わり者。……だからこそ祝福しよう。届くことのない星に手を伸ばそうとする愚者と、選ぶ価値のない路傍の石ころに愛を注ぐ間抜けな女のこれからを」

 

 先ほど嘲笑ったとは思えない、女神のような慈愛に満ちた笑みを彼らは向ける人もどき。

 その言祝ぎに嘘などない。散々声に出した嘲笑も、直後に見せた優しさも。翡翠の人もどきにとっては、どちらも抱える真実なのだから。

 

「と、ここで終われれば楽だったんだけど。残念ながらそうはいかないのが現実だよねぇ。うーん、まいったね」

 

 花火を見る二人から目を離し、そっと目を瞑りながら首を傾げる人もどき。

 彼/彼女が観るのは穴。小さく空を穿ち、少しずつだが塞がれていく世界の吹き抜け。

 

「あれは窓。星が高嶺(たかね)アリスとの衝突で見逃してしまった、世界を繋ぐ通り道。招かれざるお客様が使ったうちの一つであり、彼女の平穏を崩すきっかけだ」

 

 小さな歪みの穴を見つめながら、人もどきは表情をなくしてただ淡々と事実を述べる。

 誰が聞いているわけでもない。声に出すなど無意味。

 それをわかっていながらも、考えるだけなら自らの性に合っていると自覚しているが故に。

 

「果たして君は呑み込めるだろうか。たかが一人間に、あの娘の功績を受け入れることが出来るのだろうか。……ふふっ。結末は楽しみだが、どれ、少しばかり覗いてしまおうか」

 

そう言って人もどきは、文字通り目を輝かせる。

 髪と同じ翡翠の瞳を黄金に変え、これから起こる一件の顛末を先んじて観測する。

 例えそれが、死後の残滓でしかない自身の首を絞める行動だとしても。

 閲覧の愚賢者(フルスペクション)は臆さない。死を通り越した消滅の未来など微塵も恐れずに、己の悦を満たすために力を使う。それこそが人であって人でない、人もどきの人でなしなのだから。

 

「……ふむ。なるほど、そういうことね。どうやら僕も出張らないといけないらしい。まったく君ってやつは。変わり者を巻き込むことにかけては一流だね」

 

 みてしまった未来に苦笑いしながら、虚空から杖を呼び出し地面を小突く。

 すると地面はまるで最初からなかったかのように姿を消し、人もどきはふわふわと(ソラ)を漂い始める。

 

「良いだろう。乗ってあげようとも。生前であれば遠慮なく静観していただろうけど、今は君の魔法だからね」

 

 人もどきはただ笑いながら、くるくると、銀の杖で(ソラ)をかき混ぜ穴を作り出す。

 それは先ほど観た、世界を越える穴と同質。理を超え、道理に反し、摂理を嘲笑う大偉業。

 

 けれど閲覧の愚賢者(フルスペクション)にとっては造作もないこと。世界を知り、全てを観るために役割を放棄したそいつにとっては、例外でさえも手のひらの上なのだから。

 

「さあ踊ろうか。それにしても、まさか僕が自身の退場を彩ることになろうとは思わなかったなぁ」

 

 そう言い残し、人もどきは──賢者モドは(ソラ)から消失する。

 必ず訪れる未来のために。あの哀れで愉快な上野進(ニンゲン)を、辿り着くべき結末の分岐へ誘うために。

 

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