高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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柔らかいなぁ

「シルラ、さん……?」

 

 予想外の状況を前に戸惑いつつも、彼女の側へと寄り容体を確かめる。

 意識はないが脈はある。魔力は枯渇気味ではあるが、息をしていないというわけでもない。だから多分、死んではいない。

 服の損傷的に血の出所は恐らく腹から。けれど服に穴が空いているだけで、体自体には傷はなさそうではある。

 

 恐らくだが、自力で傷を治すところまでは行ったが、その直後に力尽きてしまったのだろう。

 違う可能性の方が高いが、ひとまずはそう仮定するしかない。こんな場所で脱がせるわけにはいかないし、何より悪いが、それを優先できる状況ではないのを肌で感じてしまうのだから。

 

「イルカさん、この人を頼みます。私は()()()を」

「気付いてたんだ? やるぅ!」

「……どうも。これでも貴女から少しは学んだので」

 

 軽口を吐くイルカに介抱を任せ、立ち上がって一点──正面を睨み付ける。

 隠されているが、それでも伝わってくる濃密で薄い殺意。無機質で冷たい、見えない死への招き手。

 一夜の魔力講義を経て得た副産物。それはかろうじてだが気配を察知できるようになったこと。

 けれど零と一では根本が異なる。例えこれほどに鋭くとも、夏休み前までの俺ではその先端でさえ認識することさえ出来なかっただろう。

 

「出てきてください。拒否するのであれば、この辺りを吹き飛ばしますよ」

 

 脅しが本気だと、見えない暗殺者に告げるよう表面の魔力を膨れあがらせる。

 以前とはまるで違う、力を真に自分の物としている万能の感覚。今までが如何に杜撰な使用であったかを実感しながら、淀みなく制御し圧だけを強めていく。

 

『ねえ知ってる? 今まで君が使えていると思い込んでいた魔力ってのは、ただオンとオフを切り替えているに過ぎないわけ。つまり蛇口を捻るか締めるか、それだけのことしか出来てなかったんだぜ?』

 

 昨日の夜に聞かされた、なんとも癇に障るイルカの講義を思い出してしまう。

 どこからともなく取り出されたホワイトボードを字と絵で埋め、爛々な調子で上から教えてくるあのぬいぐるみを。

 

『魔力、霊力、妖力、神力、その他諸々。力の呼び方ってのは土地や宗派によって様々だけど、根本はそう変わらない。それこそ世界を越えようとそれは共通で、呼び方自体に意味なんてないのさ』

『ま、そんな話は置いておいて。大事なのは君が碌に制御出来ていないってこと。百か零、そんなのを制御って呼んでいる内は戦い方だとか戦略とか、その辺りを考える次元にすら達していないってところなのさ』

 

 私ではない以前の俺は、確かに力の制御に関して未熟。それは散々理解させられたことだ。

 

『うんうん、確かに今までは必要なかったね。大番狂わせ(ジャイキリ)であった人殺し。強くはあったけれど最期の一瞬以外は本能だけで動いていた骸の鬼。そして一人の少女を縛り付けていた死への恐怖。いずれも力押しに多少の浅知恵を振りかければ優位に立てていたわけだしね?』

『けーどー? これからはちーがーうー! 対人戦の肝は如何に悟られず、如何に自分を押し通すかだぜ? 元々素人同然の体術しか出来ねえのに、んな稚拙な魔力操作で通じるわけがない。ステの暴力なんて雑な真似は、それこそ上位種かCPU戦だけの特権だぜ?』

 

 ここ大事! と力強く直線を引きながら、イルカは愉しげに俺へと言葉をぶつけてくる。

 自覚はあった。確かに今までの戦闘で、俺がやってきたのはごり押しでしかないもの。影の形を変えて視覚的には上手く誤魔化してはいたが、それでも所詮は素人の浅知恵でしかなかった。

 

 強化も雑。操作も雑。(つく)さんのように近接戦のプロというわけでもなければ、由奈姉(ゆなねえ)のように何かを自在に操れるわけでもないし、獅子原(ししはら)兄妹みたいな特殊な力を持っているわけでもない。どれをとっても三流以下。

 強みがない。出来ることと言えばただの力押しと初見殺しのみ。それさえ見切られてしまえば後はジリ貧。詰め将棋のように、ただただ勝ちの目を潰されて終わりなのだ。

 

『使うのではなく使いこなす。巡らせるのではなく操る。それは最も簡単な肝心な基礎、けれども最も難解で重要なことだ』

『だから教えてあげよう。この僕が、手取り足取りじっくりと。さあ委ねると良い、感じると良い。所詮は初歩だけども、それでも核心を掴めば君の次元は間違いなく飛躍するだろう。それこそ君が如何に戦いの素人であったとしても、発想(アイデア)次第でいくらでも立ち回れるくらいにはね?』

 

 イルカはそう言ってから、ペンを投げ捨て俺に魔力操作を文字通り叩き込んできた。

 生涯の中で、間違いなく断トツな密度ある数時間。まさに生き地獄と名を付けても良い一夜。

 けれど相応に収穫はあった。むしろ得たものこそ、遙かに大きかった。

 

 魔力の操作。それは単純にして至難。容易にして緻密さを求められる、まさに無限の可能性。

 無限の硝子細工に等しい創造の一端に触れ、そして足を踏み入れた。

 だから見える。見えてしまう。例え姿なき者であろうと、どれほど精巧に身を隠そうとも。

 もちろん、今はまだ未熟だけど。それでも確かに、俺の世界は昨日変わったのだ。

 

「……だんまりですか。そうですよね、相手がハッタリだったら恥ですものね?」

 

 動きはない。出てくる意志はないと見て良い。そう踏んだ私は、近場の小石を蹴飛ばしてやる。

 使う魔力は以前の十分の一。けれど以前の三割と同等の強化。それでいて負担は少なく、無駄のない魔力行使。

 

 小石はそのまま電柱に突き刺さり、穴を開けてばらばらに砕ける。

 捉えていた気配が薄れる。先ほどよりも自然に紛れ、今の私であろうと集中を要するほど薄い色へ。

 

『……なるほど、まんざら嘘でもなさそうだ。厄介だ』

「姿は見せないんですか? こっちはか弱いJKが一人ですよ?」

『どの口が。その魔力で警戒しないやつなどいるまいよ。いるとしたら、相当の大間抜けだ』

 

 まるで電波の悪いラジオのような、掠れてざらついた声が周囲のどこかから聞こえてくる。

 位置は不明。戦意も殺意も消し、隠れることに徹している。今の私では捉えようがない。

 

『いいさ。ひとまずそいつの命は預けるとしよう。だが笑止。貴様がこの地の人間だとして、そいつに与することの意味を理解しているのならば、その選択自体があまりに愚かだと笑ってしまうがね』

「……随分と言ってくれますね。そこまで安い挑発を宣われて、私がこの場から逃がすとでも?」

『逆だ、履き違えるよな小娘。この場は俺が退いてやるのだ。本気で()り合うのであれば、最早抑えは効かんからな』

 

 散々な物言いに棘付きで返した瞬間、八方を鋭い槍で突かれているように錯覚してしまう。

 恐ろしく鋭い殺意の片鱗。かつて向かい合った殺人鬼と同じ、人を殺し続けた者しか持ち得ない黒色の恐怖。

 ……相当強いな。せめて姿でも見せてくれれば、ステータスを覗けて一歩有利になるんだけど。

 

『ではな小娘。次は殺す。貴様のその上質な魔力、我らの贄として献上出来る時を待つが良いさ』

 

 そう言い残して失せる気配。……多分嘘ではない、本当にこの場から消えたようだ。

 

「……ふうっ」

「お疲れぇ! いやー中々痺れたよ? 付け焼き刃の制御、思った以上の成果じゃないか!」

「……よく言いますよ。早々に姿を消し、暢気に観戦決め込んでいたというのに」

 

 後ろからうっきうきで讃辞を述べてくるイルカに苦言を呈しながら、改めてシルラさんに注目する。

 心なしか先ほどよりも呼吸している気がする。こいつなりに応急処置はこなしたのかな。

 

「ああこれ? やるよねぇ彼女。元々最後の魔力で肉体だけは癒やし、わざと血を多く流してその場を凌ごうとしたらしいよ。そんな抵抗したってまったく意味なんてないのにね?」

「なら、ひとまずは安心ということですね。……良かったです」

 

 イルカの言葉も必要なところ以外を無視しながら、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。

 

「おや、安心するのかい? これ、君の恨みの対象じゃなかったっけ? むしろざまぁwwって手を叩いて喜ぶべきじゃない?」

「……うわっ、どん引き。どんな生き方したらそこまで性根が腐るの?」

「いろんなものを視てきたからね。それこそ、君じゃ一生を費やしても想像出来ないくらいにはね?」

 

 イルカは何処吹く風とせせら笑う。俺の言葉など、一切意に介していないかのように。

 悔しいが言葉の争いじゃどう頑張っても勝ち目はない。そもイルカの言い分は的を射ており、たった一度話し、たった一度ぼこされた程度の仲でしかない関係の彼女について考える必要はないはずなのだ。

 

 同情した? それとも本当に悲しかった?

 ……馬鹿馬鹿しい。俺がそんな情に溢れた人間かよ。俺はどこまでいこうと俺だろうが。

 

「ふふふっ、まあ細かいことはひとまず置いておこうよ。そろそろ結界も消えるし、僕らも後片付けしてマイホームへ帰ろうぜ?」

「う、うん。……後始末ってどうするつもり?」

「こうするのさ。そーれくーるくるー」

 

 イルカが胸ヒレをパタパタと動かすと、周辺に溢れていた大量の血が勢いよく空へと跳び上がる。

 まるで空に赤いカーテンが現れたようだと驚いていると、それらは渦を描き中心へと纏まっていく。

 

「は、はえーすっご」

「君も十年くらい鍛錬に励めば出来ると思うよ。これだって単純な魔力操作だからね」

 

 水晶玉ほどの玉へと変えられたそれを同じように空中で回し、今度は霧へと変えていく。

 玉は数周ほどで形を失い、臭いや地面の跡、更には俺の靴に染みた血すらも最初からなかったかのように消え去ってしまっていた。

 ……これが魔力操作オンリー? うせやろ? 十年どころか一生頑張っても無理やろこんなん。

 

「さ、それおぶって帰ろっか。僕、アリスより先に君の味噌汁飲みたいなー♡」

「はいはい、わかりましたよ。……母さんになんて言い訳しようかなぁ」

 

 一瞬だけ覚えてしまった戦慄をクソ態度で自ら消してきたイルカに呆れながら、今宵帰らないことへをどう母さんへ言い訳するか頭を悩ませる。よいしょっと。

 

「あ、そういえばイルカさん。多分ですけど、貴女あの敵がどこにいるかわかってたですよね? なんで教えてくれなかったんですか?」

「聞かれなかったからじゃないかな。自分で気付いてほしかった……的な?」

 

 悪びれもせずに言ってくるイルカにため息を吐きながら、薄れゆく結界から出て帰路につく。

 確かに感じるたわわなものと柔らかな足。……私、姫宮(ひめみや)のこと非難出来ないかもなぁ。

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