高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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もっふもふでぼっこぼこ

 区立白坂小学校。都内某所に存在する、別段特異な点のない公立の学び舎である。

 総勢二百七名。吹奏楽部が全国大会出場経験ありで、自主性の発芽という教育理念を掲げている。

 子供達の笑顔が溢れ、地域からも苦情もない。何とも理想的で、平穏と言っていい。

 

 ──だが現在。そんな平和な学び舎に活気はなく。

 漂うのは不快で不穏な荒事の予兆と、一人の少女の怒りの籠もった戦意であった。

 

「知っていますか? これでも(わたくし)兄様(あにさま)とは違って獣化の適性はなかったんですのよ?」

 

 廊下にて、敵は手に宿らせた雷を更に高鳴らせ、切れ味のある細い目でこちらを見据えてくる。

 

 私服姿に花柄のエプロンと、可愛らしい格好に身を包みながらも、それら全てを片隅に置いてしまう獣と人を混ぜたような姿。

 白い狐の尾と耳。そして体毛を魔力で逆立てる雷の半獣。

 思えばちゃんとした敵として向かい合ったのは初めてだなと、あの可愛らしい娘の違った一面に苦悩しながら、無数の雷撃をひたすらに弾いては躱し続ける。

 

「きっかけは恋敵に死を覆されたとある夜。家宝である尾の残滓が蘇生の際に適合した結果、このような半獣の狐という形態への道が開かれましたの。私としては、獅子ではないのが残念ですが」

 

 その言葉の刹那、(かなで)ちゃんの姿がブレ、次の瞬間には私を蹴り飛ばしてきた。

 魔力で体を固めるも、明らかにそれを貫く威力。それはまさしく、雷に突き飛ばされたかのよう。

 その勢いは図書室の扉などでは抑えられず、図書室の本棚へと叩き付けられてしまう。

 

「戦意は薄いですが、存外に固いですわね。なるほど、この大仰な結界こそが本命ですか」

 

 本が床に落ちる音を聞きながら、こちらへと迫る彼女をどうするべきかを頭を回す。

 戦うべきではない。かといって、このままの格好と状況で信用されるわけがないのは明らかだ。

 バラすか。……いや駄目だ。忌々しいことに、その選択はつい先ほど封じられてしまった。

 

『あ、バレちゃ駄目だよ。それでもこの場は収められるけど、それじゃ失望ものの落第だからね』

 

 あんの阿呆イルカめ。碌な説明もせず、言いたいことだけ脳に語りかけて勝手に消えやがって。

 大体あいつ、ここに(かなで)ちゃんが在籍していることも知ってたはずだろ。なら先に教えておけってんだよあのクソボケ馬鹿イルカもどきがッ!! クソがッッ!!

 

「念のためお尋ねしますが、このまま投降する気はおありで? 正直な話、貴方との一分一秒でさえ惜しいんですの」

「…………」

(だんま)りですか。なら仕方ありません。奇しくもあの方と同じ仮面で心苦しいのですが、頭蓋ごと遠慮なくかち割ってさしあげますわ」

 

 その宣告が最後だと、先ほどまでとは比較にならない濃度で彼女の元に充足していく魔力。

 すぐさま立ち上がり、こちらも魔力を高めて構えながら、視線は彼女から外さずに目的である結界の元の気配を探る。

 

 (かなで)ちゃんは次で完全に殺しに来る。例え躱しても、その後は血みどろの戦闘だろう。

 戦う気なんて毛頭ない。だが目の前の敵をむざむざ見逃してくれるほど、獅子原奏(ししはらかなで)という少女は甘くない。

 だがそもそも、この戦闘は勝てる勝てないなど問題ではなく、誤解から生まれた無駄な争いに過ぎない。

 元より意味などなく、失うべき命などありはしないもの。むしろ時間の無駄で、(かなで)ちゃんに構えば構うほど、結界内で苦しむ人達の取り返しがつかなくなってしまうのだ。

 

 だから、やっぱりやるべきことは一つ。次の一撃の合間に結界を破壊し、とっとと逃走を決め込むのみ。

 隙を見せぬよう細心の注意を払いながら、図書室中の気配を探ることに意識を割く。

 ……よし見つけた。角っこの本棚、あそこが最後。初手が上手くいかなかったら、そのときは腹を決めて真面目に戦闘しよう。

 

 息を呑む。汗が滴り落ちる。晒さざるを得ない僅かな肌が、全力で警戒を促してくる。

 そして再び、彼女は姿を消す。そのほとんど同時に、私も床を蹴って結界の元まで跳躍した。

 

 結界の元である本棚を加減なく叩けば、結界の元が消えた感触を肌が捉える。

 だがそれはほんの一瞬未満。瞬き一つの間よりもなお短く。

 本棚を蹴り、窓まで跳ぼうとした次の一手よりも速く、懐まで入ってきた(いかずち)の半獣によって腕を掴まれ、そのまま勢いを殺さず回転しながら空中へと放り投げられてしまう。

 

 やばっ、防御を、間に合わな──!!

 

獣雷穿ち(こんのかなつき)

「──がはっ!!」

 

 放られた体が本棚に激突するより早く、落雷のように疾走する拳。

 それは二回。人体の急所たる頭と腹へ突き刺さり、内々の臓物を悉く悲鳴を上げさせた。

 

「……っ、がふッ!!」

「やはり身は堅固。ですが所詮は生身だけ、お似合いの仮面の方はそうとも限りませんわね?」

 

 呼吸がままならない。思考が回らない。そもそも今が空なのか、地面なのかすら曖昧だ。

 

 何もかも吐いてしまいたいという不快さの中、仮面の一部が砕けて片目が露わになってしまう。

 やばいまずいバレるッ。この姿を(かなで)ちゃんは一度見ているし目だけでも致命的、この仮面が割れるまでもう時間がない。

 

 魔力を回せ。働かない頭で考えろ。とっとと立ち上がって全力を絞り出せ。

 猶予はもうない。(かなで)ちゃんは次で仕留めに来る。今の一撃、またはそれに相当する威力の攻撃を受ければ、クソみたいな秘密以前に俺の命が保つ気がしない。

 

 嗚呼くそ。だけどちょいやばい。あんまりな状況に、ちょっと愉しくなってきたッ……!!

 

「きひひ、きひひひひッ、きひヒヒヒッッ!!」

「……狂いましたの? でしたらこの不快な結界も消え始めましたし、そろそろ幕引きと致しましょうか」

 

 (かなで)ちゃんの怪訝そうな声。絶対零度レベルに芯を貫く、軽蔑と同情の視線。

 けれどそんなことはどうでも良い。心底、心の底から、目的なんてものすら今は思考の外でしかない。

 

 命の瀬戸際。死の間際。死神の鎌が俺の首に添えられたこの現状。

 これが昂ぶらずにいられるかッ!? ここまでお膳立てされて、いい加減我慢の限界じゃないかッ!?

 

 嗚呼、どうやら俺は、自分でも把握出来ていなかったほどにフラストレーションを溜め込んでいたらしい。

 シルラさんに完敗し、イルカに魔力制御を教わり、あの男からは矢印を向けられ。そして(かなで)ちゃんにボコされながら、それでも反撃が許されない。

 

 ──あれ、どうして俺、反撃しないんだっけ? 我慢する必要なんてなくないか?

 良いじゃねえか別に。どうせ殺す殺されるが戦いなんだから。きひ、きひひひッ──!!

 

 

『はいはいそこまで。馬鹿な頭が茹だってるよ? 君の本命は、そんな小娘じゃないだろう?』

 

 

 出てしまった結論と共に、魔力を滾らせ拳を握ろうとしたその瞬間だった。

 突如として空気に体が弾かれ、窓際まで寄せられてしまう。

 獅子原奏(ししはらかなで)の雷光ではない。そもそも彼女も意図していないと戸惑いを見せている。なら一体、誰が俺に不意打ちを──。

 

『まったく、予定の台詞(セリフ)も言ってないね。仕方ない……あーあー、もし、そこの愛らしき獣の姫君」

「……あらあら、口を利けましたの? 今更ですわね?」

「我らは桃園同盟(シギタリス)。この街の裏に潜む箱庭の総意(エルメント)の野望を砕かんと邁進する者。これすなわち、退魔の獅子が追う悪の悪なり」

 

 俺の意志などお構いなしに、口が勝手に動く。喉が勝手に震わされる。

 まるで糸に吊され、踊るように強いられた人形のように。覚えさせられた台詞(セリフ)を、ただ紡ぐ一方通行のラジオのように。

 

 ……あー、頭が冷えてきた。何考えてんだ俺は。

 っていうか、そうかこれ、さてはイルカの仕業だな? 

 

「我らの道が交わるとき、彼らの企みは明るみに晒されるであろう。名乗りはこれまで、ではさらばっ!!」

 

 言いたいことだけ言い終えて、再度体は弾かれる。

 今度は窓硝子を突き破り、そのまま空へと放り出される。……えっ、ここ三階なんですけど?

 

『ほら防御して。致命傷だけは避けてくれれば、後はこっちで回収するからさ』

「逃がしませんわッ!! 充電(チャージ)ッ!!」

 

 イルカの囁きの直後、図書室の窓からこちらを狙いを定める(かなで)ちゃん。

 銃の形を片方の手、その銃身であろう右手の人差し指に凝縮されていく埒外の魔力。

 

 やばいやばいやばいっ! あれ、さっきの拳なんかと比較にならないんだけどォ!?

 

「充電完了ッ! 一点収束、雷砲(らいほう)ッ!!」

 

 腕をクロスさせたのとほぼ同時に、一筋の稲妻が重なった中心へと叩き付けられる。

 押さえる骨がぎしぎしと軋む。拮抗する刹那が伸びるほど、魔力の弾は落雷の如き火花を散らす。

 

「うぐ、うぎぎぎぎッッ!!!」

 

 全力の強化のはずなのに、腕が押し込まれ、そのまま胴すら貫かれてしまいそうな勢い。

 これが獅子原奏(ししはらかなで)の本気。やべえもう限界、影出しちゃいそう……!!

 

『弾いて。地面に。ほらっ、早くっ!』

「う、るせェなァ!! ──うらァ!!!」

 

 何とか空で体を反らして雷弾の軌道を変え、誰もいない真下の校庭へと流す。

 そのままの勢いで落下した雷弾は、地面に衝突した瞬間六の雷を辺りに轟かせ、校庭に無数の黒ずんだ穴を開けてしまう。

 危なっ。雷が這った場所にすっげえ魔力が滞留してるじゃん。あんなの直撃してたら走馬燈すら拝めずにお陀仏だぜ?

 

「逸らしたッ!? 糞がッ(ファック)!! なら次は追尾ですわッ!! 再充電(リチャージ)ッ!!」

 

 何とか息をつこうとするが、その間もくれることなく再度彼女の元で高まる魔力。

 やばい、次は無理。影使わなきゃ絶対死んじゃう。もう使うから、絶対命優先だから──。

 

 まさに予想可能回避不可能。

 そんな絶望的危機に我が身可愛さで影を展開しようとした、その瞬間だった。

 

「ご無事ですか!?」

「シルラさん!?

 

 イルカ以外は誰もいないはずの空で感じる、柔らかく優しい感触と温かさ。

 外で監視をしているはずのシルラさん。そんな彼女が俺を抱きかかえ、空を走りながら学校を離れていく。

 

 学校の敷居から抜け、そのまま更に離れていくと(かなで)ちゃんの高まった魔力が減少していくのを感じる。

 どうやら射程範囲から抜けたらしい。まあ最初の一撃のおかげで充填が間に合わなかった、それ故に成すことの出来た逃走かもしれないが。

 

「あ、ありがとう……。助かったよ……」

「間に合って良かったです。しかしとんでもない少女ですね、恐るべしこちらの世界……」

 

 唾を飲みながら、何かに納得したように首を縦に振るシルラさん。

 違うんですよ。あの娘が特別なんです。あんなに可憐で愛らしくとも、十三家とかいう生粋の逸脱人達の家系に生まれた才女なんですよ。だから納得しないでほしいです。

 

「おっつかれぇ! いやー上手くいって良かったねぇ! 五十点くらいかな?」

「イルカァ!! 奏ちゃんいるとか最初に言えよォ!! ちゃんと説明してくれるんだろうなァ!!」

「ドウドウ、そんな怒鳴らなくとも後で話すよ。とりあえず、今は帰って治療しようね~」

 

 シルラさんの横を余裕げに追走し、こちらの不満を軽く流しやがるクソイルカ。

 覚えてろよぉ。必ずこの借りは返す、まずは今日の飯にわさびしこたま注入してやるからなッ!!

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