高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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流石に何にもない……はず!

 アリスと名乗った女神の使いがこの世界に降り立ったことで、世界は瞬く間に秩序を取り戻した。

 

 女神の()である月の色を紅から白へと塗り替える不遜を犯し、人々の中で燻る狂気に蓋がされた。

 戻れぬ魔性たる堕獣(フォスト)へと成り果てた人々を、神秘の塊である剣で切り伏せられた。

 

 圧倒的だった。絶対的だった。私達など、有象無象でしかなかった。

 アリスはたった一人で全てを平和に戻した。決して笑わず、馴れ合うことすらなく、この世の汚濁を詰めたように光を失った瞳を揺らし、最低限の業務連絡以外を取ることなく奔走し続けた。

 

 アリスは救世主と讃えられた。けれど同時に、人の尺度から逸脱した化け物だと恐れられた。

 力を振るう様はあまりに恐ろしく。だけどどうしようもなく、胸を締め付けられてしまうほど弱々しく。

 だから聞いてしまった。彼女の胸の内を知りたいと、木陰で蹲るように休むアリスに声を掛けてしまった。

 

『……帰るため。会いたい人にもう一度会って、確かめるために』

 

 開いた口から出てきたのはその一言。アリスはそれ以外、何一つ語ることのなかった。

 それがどんな意味であったのか。結局最後まで、その真意を私は察することは出来なかった。

 

 けれど一つだけ。そんな私でさえ……いや、それを聞いた私だから気付いてしまったことがある。

 どんなに強大な力を秘めていようとも。

 どれほど人ではない何かだと畏怖の念を向けられようとも。

 彼女は、アリスはただの人である。女神の使徒と呼ぶべきではない、一人の少女であると。

 

 ──私だけが気付いても意味などないのに。

 容易に他に頼った責任は、果たさなければならないのに。

 

 

 

 

 

 土曜日。それは平日サボった身で言うのもあれだが、学生にとって数少ない憩いの二日の片割れ。

 まあ今日は土曜授業の日だった気がするので、実際は詰みを積み重ねているだけなのだが、そんなことは一旦片隅にでも寄せとけば問題はなく。

 現在桃園同盟(シギタリス)の活動班である私とシルラさんは、二人で第二の家であるお家を飛び出し、都内有数の人口密度を誇る街へと繰り出していた。

 

「酷い目に遭いました……。これがデンシャ、外から見たことはありましたが恐ろしいものですね……」

 

 まだ開幕早々だというのに、疲れ切ったように息を吐くシルラさん。……何かエロいね。

 

「乗ったことなかったんですか?」

「はい。基本は足で移動していましたし、こちらの文化はさっぱりですので」

 

 シルラさんはそう言いながら、慣れなさそうに切符を改札に投入して無事に駅から脱出する。

 ま、確かに文無しだったもんね。盗めるような人じゃないし、電車は愚かコンビニすら碌に入ったことなさそう。

 まあ私も都会マウント取れるほど、学校から先の都会に来る機会なんてそうそうないんだけどさ。

 

「……凄いですね。これほどの規模の活気、中心市場(セーント)でも見たことはありませんよ」

 

 駅から出て地元とは比べものにならない、活気とものに溢れた街に呆気にとられるシルラさん。

 正直馬鹿には出来ない。というか、もしかしたら私の方が驚きに満ちている気がするし。

 いや、まじで人多いよ。人が動くゴミのようだよ。なに、休日ってこんな混むものなん?

 

「それで、今日はどのような用でこの様な場所に? これもあの自立魔法からの指示ですか?」

「……いえ、今日は完全オフです。イルカも予定はないとか抜かしていましたし、シルラさんにこちらを少し知ってもらおうかと。所謂デートってやつです」

 

 戸惑うシルラさんに笑顔を見せつつ、周囲と地図とにらめっこして行くべき場所を探していく。

 自分主体のエスコートなど人生で数えられる程度しかしたことないこの私。

 そんな自分がちょっとは調べたとはいえ、所詮は一夜漬けの付け焼き刃。なるべくガイド気取りたいから表には出さないそうにしているが、言ってしまえばその程度のレベルでしかないのだ。

 

 ああくそっ。姫宮(ひめみや)相手だったらもっと雑にぶらつけ……いや、あいつとだったらそもそもこんな都会に突撃なんてしねーわ。あいつも人苦手だったし。

 

「デート……貴女と、私が?」

「はい。デートです。ナウでヤングなアベックというやつです」

「は、はあ……?」

 

 いまいち要領を得ない返事をしてくるシルラさん。

 流石の翻訳魔法でも現代でも古語扱いされる言い回しは理解出来ないか。そんなんじゃどっかの休日よろしくな浪漫溢れる恋のABCもままらないね。

 

「さ、行きましょう。予算はたんまりです。世界観、変えてあげますよ」

「え、ちょ……!!」

 

 段々とこっちに視線が集まるの感じ、シルラさんの手を引っ張り街へを繰り出していく。

 私はともかく、シルラさんは褐色爆乳高身長な銀髪美女なので注目は必至。怪しいモデルのスカウトやらチャラチャラしたチェーン付けた金髪男にナンパされてしまいかねない。

 一応私もイルカの指導の下簡単な化粧したのになー。ちょっと可愛い服着てるのになー。どうして素材って暴力でこの修道服のすっぴんお姉さんに勝てないんだろうなぁ。……くやちいぃ。

 

 順当に女のメンタルの育みを自覚しながら、レッツラーゴーと最初の目的地であるでっかい雑貨ビルまでの道のりを突き進む。道中人の視線よりも、シルラさんのひんやりとした手をの心地好さの方が強く実感してしまっていた。

 

 

 

 

 

 というわけで始まりました、街中ぶらり美女美少女二人旅のコーナー。

 実質デパートであろう雑貨ビルにて適当に物色し、のんびりと街を散策し、一度テンプレ染みたナンパに遭うも華麗にあしらうシルラさんに胸きゅんしつつ。

 最初の気怠さから予想も付かないほどにエンジョイしながら、とりあえず目星を付けていたランチのお店へと入りひとまずの休息することにした。

 

「いやー中々でした。都会に来るってのもレア体験でしたけど、たまにはいいものですねー」

「そ、そうですね。あ、あの……この『ゲキトロフワモコシロパンケーキ』というのは?」

「パンケーキですね。生クリームが駄目じゃなきゃおすすめです。ほらっ、こんな感じです」

 

 つい買っちゃった便利道具にむふふと浮かれながら、調べて出てきたパンケーキの写真をシルラさんへと見せる。

 何か最近テレビとかでも見るくらい評判らしいこの店。案の定というか、店内の客層は女八割り残りは彼女の連れみたいなリア充全開感あったりする。

 

 ま、男のときならならいざ知らず。今の私は下山翠(しもやますい)という女の子なので問題なし。

 むしろ私という素朴な花と、シルラさんという極上の華で色添えてあげてるんだから感謝してほしいまである。

 

「……なるほど。ではこれにします。そちらは?」

「私はこれですね。『ウルトラモコフワパンケーキ』の大盛りサイズ……これ、何が違うんでしょうね?」

 

 いまいち違いを理解出来ないまま、それでもものは試しだとベルを鳴らして店員を呼ぶ。

 まあ食べれば違いなんてわかるでしょ。どっちにしろ、今日はあいつのお小遣いから企画されたものだからセーフ。ありがとっ、俺より総資産多いっぽい由奈姉(ゆなねえ)のぬいぐるみ!

 

 心の中で感謝していると、てきぱきとこちらまでやってきた綺麗な店員さん。

 指定のブツとドリンクを頼めば帰ってくるのは笑顔とはきはきとしたお返事。近所のコンビニとはまるで違う客対応に、思わず都会の敷居の高さを思い知ってしまう。

 

「どうでした都会は? ……楽しかった、ですか?」

 

 頼んだブツを待つ間、お水を飲んで落ち着くシルラさんについ尋ねてしまう。

 なんだかんだ負い目はあった。ないわけがなかった。

 

 迷惑ではなかったか。こんなことをしているより、彼女にはやりたいことはなかったのか。

 結局のところ、今回の街巡りは所詮俺が企画し、半ば強引に参加してもらっただけの自己満足。だからちょっとでも落ち着いてしまえば、思い出すように湧いてくるのは罪悪感混ざりの疑問が大半。

 

「ええ。全てが目新しく新鮮でした。この街にきて数十日、目に入りながらもほとんど触れることなく過ごしてきましたのでとても有意義な一時でしたよ」

 

 コップを置いたシルラさんは、私の内心を知ってか知らずか目を合わせて柔らかく微笑む。

 

「じゃあさ! 特に何が印象に残った? 俺はあの蛙の中から蛙が飛び出してくるおもちゃがさ──!」

「……そうですね。私はあの、たくさんの本を売買しているお店が──」

 

 一度安堵してしまえば、後は先ほどまでの不安もどこへやら。

 互いの印象に残った店や出来事など、まるで普通の女友達であるかのように会話の花を咲かし、途絶えることなく続いていく。

 

 どうやら私へ気を遣ったわけじゃなく、本当に楽しかったのが伝わってくる。

 そっか。よかった。……うん、迷惑じゃなかったんだね。

 

「お待たせしましたー☆ こちら『ゲキトロフワモコシロパンケーキ』と『ウルトラモコフワパンケーキ』でーす☆ ごゆっくりどうぞー☆」

 

 やがて美少女店員の流暢な言葉と共に、私達のテーブルに届き置かれた二皿のパンケーキ。

 シルラさんの方は真っ白な生地にたくさんの生クリームを載せた白の天国みたいなパンケーキで、私のは厚みのある黄色の生地に大量のフルーツとアイスが載っけられたパンケーキ。

 なるほど。これがウルトラってやつか。確かに名前負けしていない、映えとか好きな人が頼んでそうだ。

 

「……せっかくだし一枚撮りましょうか。はいチーズ」

「ち、チーズ?」

 

 是非とも記念に一枚と、スマホを取り出しさくっとカメラを起動する。

 戸惑いながらも私に合わせて微笑みを作ってくれるシルラさん。……なんかいいなこういうの。リア充やってる気がするわ。

 

「じゃあいただきましょう。あ、少し分けてくれません?」

「ええ。私もそちらの果実、少しばかり頂きたいです」

 

 世のパリピや写真撮りたがりな女達の気持ちを少しばかり理解しながら、ナイフとフォークでお食事を始める。

 やはりというべきか、二本を箸よりも圧倒的な滑らかさで使いこなすシルラさん。やっぱり異世界って箸ないんかな、それにしちゃあ箸使いも上手かったけど。

 

「ではどうぞ。あーん」

「え、あ、はい。あ、あーん」

 

 私も負けじとメスを入れていると、シルラさんがパンケーキを刺したフォークをこちらに差し出してきたので流れでかぶりつく。……小っ恥ずかしいけど、これもふもふで美味しいな。

 

「あ、すみません。馴れ馴れしかったですか……?」

「そんなことはないですよ? ただちょっと恥ずかしかったのでお返しです。あーん♡」

 

 今度は私の番だと差し出してみれば、彼女も少し頬を赤らめてぱくりと一口。

 ……なんだろう。私とシルラさんじゃこの一口の仕草にさえ大きな差がある気がしてならない。もしやこれが女として埋められない溝、先天性と後天性の差ってやつなのかな。

 

「……される側になるというのは、随分と久しぶりです。少しばかりむず痒いですね」

「姉弟でもいたんですか?」

「……ええ。そんなところです。あの子達にも、この贅沢を分けてあげたかった」

 

 シルラさんはどこか遠くを思いながらも、すぐに元通りの調子に戻ってパンケーキを切っていく。

 ま、話してくれるまでは聞かないよ。今は悲しい過去よりも甘いものを食べたい気分だからさ。

 それに彼女の目的には興味あるけど、彼女の過去についてはほんのちょっとしか、それこそ砂粒くらいしか興味なんてないんだだからねっ! 勘違いしないでよねっ!

 

 まあ何はともあれ、お食事はつつがなく進行していき。

 二十分もすればあら不思議。あんなにも皿一面に広がっていたパンケーキ達は、気がつけば綺麗さっぱり姿を消してしまっていた。

 

「ごちそうさまです。美味しかったですね」

「はい。これほど柔らかく蕩けるような甘味は初めて口にしました」

 

 どうやらシルラさんもご満悦のご様子。

 初手のおにぎりからそうだったけど、こっちもあっちも味覚は通ずるものがあって本当に良かったよ。共感って仲を育むには大事な要素だからね。

 

「そういえばぁ、今更なんですけどぉ? シルラさんはどこかの神を崇めているんですよね? 食べちゃいけない食べ物とかあったりするんですか?」

「確かにありますが、こちらには存在しないので気にせずとも大丈夫ですよ。ああでも、りんごという果実はそれに酷似しているのであまり口にしたくないですね」

 

 ……えっ、まじ? 今のパンケーキ林檎も載ってた気が……ま、まあ気のせいやろ、うん!!

 

「……こうもいろいろしてもらえていると申し訳なくなりますね。私からは何も返せず、ただただ厄介事を招くだけ。貴女の優しさに何一つ報えていないのですから」

 

 シルラさんは悔いるようにそう口にしてくる。

 きっとその悩みは性分なのだろう。この人は元来与える側の人間で、自らが施されるのに慣れておらず、そのせいで無力感とか申し訳なさを抱いてしまうのだろう。

 

 けれど残念。正直私に限って言えば、そんな罪悪感を抱くこと自体がお門違いなんだよね。

 だって私は自分から飛び込んでいってるし、何より最終的な目的は貴女自身なんだもん。今は獲物を肥えさせている最中なんだし、精々甘んじて丸くなってもらわなきゃね?

 

 ……しかしながら、この状況は都合と雰囲気が良い。

 せっかくだしちょっくら踏み込んでみよう。こういうのは駄目で元々、当たれば儲けものだしね。

 

「じゃ、聞いても良いですか? 貴女のこと──」

 

 ちょっぴり詮索してみようと口を開きかけた、まさにその時だった。

 突如耳を劈いてきたのは甲高く鋭い叫び声。健常な場所であれば、まず発せられることのない音。

 

 ……何なんだよ、一体。今良いところなのにさ。

 

「すみません。少し出ます」

「あ、ちょっと! シルラさん!?」

 

 まあ大方しょうもない喧嘩であろうと、なかったことにして会話を続けようとしたのだが。

 残念ながらお人好しのシルラさんはそうもいかず。

 流石は殺人犯、無銭飲食も恐れずに全力ダッシュってか。現代じゃツケの後払いは認められてないってのにねえ。

 

「……しゃーない。行きますか」

 

 もう少し休んでいたかったが仕方ない。

 重い腰を上げ、尻と椅子を離し、どっこらせっと言いながら立ち上がって軽く体を動かす。

 

 ま、イルカからの連絡はないし、私達絡みのことではないだろう。

 とっとと合流して都会ブラブラの続きだと、伝票と荷物を掴んでレジまで向かっていった。

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