高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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一時解散っ!

 思い当たる点がなかった言えば嘘になる。ここに至るまで、いくつものヒントが確かにあった。

 

 イルカは言った。高嶺(たかね)アリスであれば、この件は瞬間的に解決すると。

 イルカは言った。高嶺アリスが今回の件を知れば、確実に介入してくると。

 ……そしてイルカはこうも言った。高嶺アリスにはこの件に関わらざるを得ない理由が、確かに存在するのだと。

 

 少し考えればわかることだ。彼女に関係あるのなら、異世界絡みなのはほぼほぼ間違いない。

 シルラさんのステータスを視たときに気付くべきだった。目の前の男のステータスを視たとき、その共通点に気付かなければならなかった。

 シルラさんと男、そして高嶺(たかね)アリスの三人には共通点があるということ。

 そのいずれもがステータスに越える者と翻訳という、同じ称号と固有を有しているという事実に。

 

「そういうことかよ……!」

 

 壊れたように喧しく笑うだけの男を止める気にもならず、辿り着いた結論に頭を抱えてしまう。

 考察するために絶対的に足りなかったパズルの必需ピースが降りてきた。降りてきてしまった。

 

 そして一度結びついてしまえば、当然そこから気付いてしまう部分も存在してしまう。

 イルカとシルラさんの口論の意味の一部を。彼女がかつてあいつらと仲間であったという言い方を、あいつがわざわざ含みを持たせて嘲笑ったのかを。

 

 やばい。たった一つのはずなのに、手に入れた情報量が多すぎる。頭が思うように回らない。

 とりあえず、一旦帰ろう。今は考える時間が必要だ。シルラさんとイルカに、話を聞かなくては。

 

 

「まったく。私は関わるなと言ったはずだが、何故貴様はそうなのだ?」

 

 

 そのときだった。いつの間にか男の声が途切れ、代わりに一人の女性がため息を吐きながらこちらに冷たい声色で問いを投げかけてきたのは。

 

「……やあ(つく)ちゃん。こう何度も鉢合わせるんだから、相性抜群なんじゃない?」

「気色の悪いこと宣うな。私に女色の気はない。そら、両手を上げて武装を解け」

 

 いつもと変わらぬ、路地裏によく似合う黒スーツで男を黙らせた(つく)ちゃん。

 そんな彼女はいつもと違い、まるで初めて会ったときと同じように俺に警戒を向けてきている。

 おいおい。そんな情熱的な視線向けるなよ。今は応えられる自信が欠片もないぜ?

 

「お嬢さまの学校を襲った犯人は貴様だな? 一体何が目的だ? どう乱心すればそうなる?」

「おいおい? 確かに(かなで)ちゃんとは会ったけど、あの件は誤解だぜ? っていうか、やっぱ気付かれてたんだな?」

「……いや? お嬢さまは聡明な方だが、貴様が絡むと駄目になるからな。……本当に厄介な(たち)だよ、乙女の情念とやらは」

 

 忠犬の一匹には珍しく、主である(かなで)ちゃんに首を振りながら男を投げ捨てる。

 ……どうやらこのままおしゃべりとはいかなそうだね。どちらにとっても。

 

「選ばせてやる。吐くか締め上げられるか、それともお嬢さまの前で許しを乞うか。三択だ」

「……案外優しいね。殺さないでくれるんだ」

「そうしてほしいならしてやるが? 無論全て吐かせてから、誰もいない海にでも捨ててやる」

 

 全身の魔力を高めながら、静かにそして滑らかに拳を構える(つく)ちゃん。

 あっちはやる気満々。けれどこっちはそれどころではなく、辿り着いた情報の正誤の確認が最優先。

 シルラさん相手ならともかく、(つく)ちゃんなら手の内晒しても問題ない。だって隠さずとも、お互い結構見せ合ってしまっている仲なんだから。

 

「ごめん(つく)ちゃん。今構ってる時間ない。またすぐ連絡するから、その時に二人だけで話そうね」

「なっ、おいうえ──」

 

 一言だけ告げながら、壁に影の穴を開けて(つく)ちゃんが来る前に飛び込む。

 適当に出ては入ってを三回ほど繰り返して撒いてから、割と高いマンションの屋上に着地し、最後にに一回だけ索敵してからどさりと腰を下ろして休憩を取る。

 

「空が青いなぁ。……あーやばっ。口止め忘れたわ。まっ、大丈夫か……」

 

 ふとあの男のことを思い出し、ちょっぴり焦りを覚えたがすぐに杞憂だと首を振る。

 高嶺(たかね)アリスがあいつらの言う勇者アリスが結びつくには、それこそ異世界の話をまるっとするっと信じなければ話にならない。仮に信じるとしても、異能なんて使ってる世界の裏サイドの人達に言うのもあれなのだが、流石に突拍子もなさすぎて受け入れるのに時間が掛かるだろう。

 

 だから俺に出来ることはとっとと情報を揃え、やるべきことをより鮮明にすること。

 スマホを取り出し、履歴から一度見たら忘れられない印象深さの名前をクリックして耳に当てる。

 

 馴染み深い呼出音を数コールが耳に聞いた後、がちゃりと切り替わりあいつの声が響いてくる。

 

『おやおや? どうしたんだいすーちゃん? せっかくのデート中だというのに、こんなイルカに電話なんて──』

「ご託はいいから来い。今すぐに」

『……嗚呼そういうこと。りょうかーい、そこでちょっぴり待ってなよ』

 

 納得したような声の後に通話が切れ、それから待つこと十秒程度。

 突如目の前に小さな嵐が吹いたと思えば、その中心からはいつものイルカの姿が現れる。

 

「やあお待たせ。こんなところでどうしたの? あの女にでもフラれたかい?」

「……わかってんだろ? 言いたいことや聞きたいこと、今ここでぶちまけたいことをよ?」

「さあてね。僕は人の気持ちまで見通せるわけじゃないからさ」

 

 今にも荒げて怒鳴ってしまいたい気持ちを必死に抑えてイルカに問えば、返ってきたのはそんな俺の気持ちなどお構いなしに適当な返答。

 思わずイルカに掴みかかる。ミシミシと、自分のぬいぐるみを苛立ちのまま締めてしまう。

 

「おやおや。どうしたんだい? さっきから仮面が取れてるぜ? 私が俺に戻ってるぜ? それじゃあただの激情に流されただけの上野進(うえのすすむ)じゃないかな?」

「うるせえぞッ。てめえ、あいつらの狙いがアリスだって知ってやがったな? 今日街で起こることを知ってて黙ってやがったな? 何一つ、語らねえで黙ってやがったなッ??」

 

 だが所詮自分はぬいぐるみだと、イルカは微塵も苦しむことなく飄々と話しかけてくる。

 返事などなくとも、その態度だけで俺の問いに肯定しているようなもの。

 この行為に意味がないのは分かっている。けれどそれでも、こうして少しでもこの胸の苛立ちをぶつけてやらなければ気が済まなかった。

 

「おいおい、何をそんなに苛ついてるんだい? 掌で踊らされることを許容していたのは他ならぬ君自身じゃないか? まさか他人の犠牲が生じてしまったことを悔いているのかな? それなら仕方ないことさ。あの場面、どうせ犠牲者が出るのは確定だったんだ。ほら見なよっ」

 

 するりと手から抜けたイルカは、そんな風に宣いながらスマホを差し出してくる。

 訝しげに、けれども仕方なしに覗いてみれば、そこには『【速報】都内三箇所で発生した集団昏倒。原因は未だ不明、死者も発生か』と俺の認識よりも斜め上の文面が目に入ってしまう。

 

「わかるかい? 今回は三箇所同時の事件だったんだ。内二つは君とシルラ(あの女)が上手く処理して最小限の犠牲者で済んだけど、残念ながらもう一箇所は彼らの計画(プラン)通りに徴集が行われてしまっている。……わかるかい? つまり君の認知度や意識なんか関係なしに、この事態は起こってしまった悲劇というわけさ」

 

 イルカは語る。これは予測可能回避不可能、そんなどうしようもない事態だったのだと。

 そのあまりに軽薄な様に拳を振り上げるも、そんな偽善者ぶった行動は無意味で無価値な行動なのだと振るわれる場所を失って垂れ下がってしまう。

 

 何被害者みたいにイルカを責めてるんだ。結局防げなかったのは、俺自身だってのによ。

 

「……お前なら一箇所くらい何とかなったんじゃねえのか。素直に(かなで)ちゃん達に協力を頼んでいれば、こんな大惨事になってなかったんじゃねえのか?」

「どうだろうね? ただ、高嶺(たかね)アリスの介入でもなきゃどの道免れぬ出来事だった。それだけは事実で、変えられない世の理というやつだっただけ。ほらっ、特に気落ちする理由もないことだぜ?」

 

 イルカの言葉は、俺が理解出来るようなものではなく。

 ことここに至って、初めてこいつは別の価値観で動いている生き物なのだと実感する。

 こいつは根っから人じゃない。俺達人間とは根本的に違う、魂から別物の人でなし。人と同じ言葉を交わし、人の気持ちを理解出来るだけのイカれた化け物なのだと。

 

「……わからないね。君は割り切って次に進めると思っていたよ」

「馬鹿がッ、そこまで人捨ててねえんだよ。確かに俺は俺のために人だって殺したりもするけど、俺のために無関係の人の犠牲が生じることなんて求めちゃいねえし受け入れられるわけねえだろうがッ」

「だからそこが根本の……嗚呼、視点の違いか。久しぶりすぎて忘れていたよ。なるほど、僕も脳がなくなって少し焼きが回っていたかな」

 

 イルカはそう言ってから黙りこくってしまったので、この場を沈黙が満たしてしまう。

 聞こえてくるのは下の少し騒がしい人の声。そして俺の体を撫でて吹き抜けていく、少し冷たくなり始めた風の音だけ。

 

 聞かなきゃいけないことはまだあるはず。それは今の冷静じゃない俺だってわかっている。

 だがどうしても言葉が喉を通り抜けてくれない。あれほど軽口で接していたイルカ相手だというのに、どう話を切り出して良いのかをイメージして実行できないのだ。

 

 ……馬鹿らしい。いちいちコミュ障拗らせんなよ。首絞めた罪悪感でも感じてるってのかよ。

 

「お待たせしました。……どうしました、すーちゃん?」

「……なんでもないよ。ちょっぴり喧嘩しちゃっただけ、それだけだよ」

 

 そんな空気の中、合流してきたシルラさんの到着で気を下山翠(しもやますい)へと持ち直す。

 例え色々ごちゃごちゃになっていようと、せめて彼女の前では元通り演じなければ。

 そうでなければ今までやってきたことは全て無駄。例えイルカが気に入らなくとも、私がやるべきは最初から最後まで変わらない。あくまでこの人との、決着なのだから。

 

「やあやあ。お務めごくっ──!! 酷いなぁ、これで二度目だぜ?」

「どの口が。すーちゃんが黙っている理由はない。となれば可能性は一つ、意図的に情報を握りつぶしてましたね?」

「そうとも。けれど君には必要ないだろう? 救えない、救わなくても異教徒の情報なんてさ?」

「……下衆(げす)が」

 

 ぬいぐるみに貫通する勢いで拳を振るったシルラさんは、私のとき同様にノーダメで言葉を返すイルカへ心の底からだとわかるほどの嫌悪を吐き捨てる。

 空気は外だというのに最悪。そして私もフォローしてやるほど気力はなかった。

 

「さーてさて! それではお二人さん、今日はお出かけ(デート)お疲れ様っ! 楽しかった? 不満だった? 終わり悪ければ全てゴミと世間は言うけれど、君たちはどうだったかい?」

 

 いちいち返してやる気にもならない。真剣に聞いてやれるほど、今の私に余裕はない。

 

「これで奴ら箱庭の総意(エルメント)の計画も大詰め! 今回徴集にて必要最低限の徴収を済ませて最終段階(ステージ)に突入するってわけなんだけど! 何とここから当分自由時間っ! 彼らの決行まで手を出せないんだなー! いやー残念っ」

「……何故です? 彼らのアジトならば──」

「甘い甘い、甘すぎるぜ小娘。既に君が知っている場所から移動しているよ。んな当然をいちいち言葉に出さないでくれるかい?」

 

 イルカはぐるぐると、私達の周りを回りながらシルラさんを黙らせるように説明してくる。

 

「というわけで、次にして最後の目的地は東京記念公園っ! 都内最大にして、東京にて最も大きな桜の木で有名なあの場所というわけっ! 決行日は木曜日っ! とある学校の文化祭、その前日っ! じゃあ解散っ! どうぞそれまで悔いなき数日を~!」

 

 そう言い残したイルカは自らの周囲に風を起こし、その風が止む頃にはそこから姿を消していた。

 ……マジックかよ。今時コンプラで流行らねえぞ、脱出不可能系なんて危険なのは。

 

「……すーちゃん」

「ごめん。少し考えたい。部屋は勝手に使って良いから、気にしないで」

 

 シルラさんの制止を振り切り、屋上から飛び降りてこの場を去る。

 置いていくのは悪いと思う。でも今は一人で考えたい。揺らいでる自分を、少し見つめ直したかった。

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