高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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AAとは、つまり──

 モドと名乗った翡翠の美女は、その煌びやかな魔力を溢れさせながらこちらへ微笑んできた。

 

「お前が、あのイルカの中身……?」

「そうとも。ここまで君を優しい言葉で導き、金銭面でも運命面でも支えた謎のお姉さんの真の姿さ。どうだい? 惚れちゃったかい?」

 

 長杖の先で俺をつんつんしながら、実に軽い口調で自画自賛し出すイル……モド。

 ……うん、本物だな。この七面倒な口振りは百五十点の容姿でも中和できねえわ。

 

「いやあ、この姿を晒す気はなかったんだけどねぇ。君の即答があまりに心地好すぎてついハードモードを選んでしまったよ。どう? 君の純情、弄んでしまったかい?」

「……まあ確かに。お前でなかったら間違いはあったかもね」

「ははっ、辛辣。まあそれでこそ君だよ、僕が見初めた最後の継承者」

 

 翡翠の美女は小さく笑いながら、その細く染みに一つない手を俺に伸ばしてくる。

 その手を借りて立ち上がろうとしたものの、今まで触れたことのないほど儚く柔らかい感触に、この状況にもかかわらず劣情染みた快感を覚えてしまう。

 確かに見た目や声、果ては匂いまで思春期には特別な毒だぜこいつは。犯罪的で暴力的、このサービスに値でも付けたら男女関係なく街単位の競りでも始まっちまいそうだ。

 

「あり得ない……とでも喚きたいですが、その魔力には覚えがある。まさしく、これぞまさしく閲覧の愚賢者(フルスペクション)ッ!! 全てを見通し、嘲笑うだけの人でなしッ!! なるほどッ、確かに貴様であれば仮初めの復活とて手中に収めてしまうのでしょうッ!!」

「ご丁寧に賞賛ありがとう。それでどうする? お尻でも振って降参するかい?」

「まさかッ!! ありえないッ!! それだけは、断じてッ!!」

 

 だが彼女の登場を前にしてなお、白衣の男は興奮のボルテージを上げて余裕を崩さない。

 

「気付かないとでも思ったかッ!? 確かにその完成された美は本物であろうッ!! だが、だがッ!! なんだその情けない魔力はッ!! まるで張りぼてッ!! 見せかけの身体(からだ)でしかないじゃないかッ!!」

 

 男の勝ち誇った指摘に、俺もまたようやく(ガワ)ではなく内に気付いてしまう。

 モドと名乗った彼女の内には魔力がほとんどなく、戦えるだけの力があるとは思えない。

 張りぼてとは言い得て妙。煌めいた存在と気配に覆われただけの抜け殻。イルカに入っていた方がまだましとすら思えてしまう、霧が如き希薄な存在でしかなかった。

 

「最早かつての貴様とは違うッ!! 所詮貴様は残り(カス)ッ!! かつての栄光と威光に縋るだけの贋物に過ぎないッ!! 何が出来る、何を為せるッ!? 我らが悲願、我が最高傑作にどう抗うと言うのだッ!!」

 

 男は吠える。罵倒であり、失望でもありそうな怒声をひたすらモドへとぶつけていく。

 モドはそれに反論はせず、男の言いたい放題に表情を変えずに佇むだけ。

 こいつが何を言われようと知っちゃこっちゃないが、それでも時間もないし煩くて耳障り。

 だからとっとと口を塞いでしまおうと、前へ出ようとした俺をモドは微笑みながら制止してきた。

 

「確かにそうだね。今の僕じゃあどう足掻いてもそれの誕生を止める手立てはない。認めてあげよう、凡俗な君達の結晶は欠片の閲覧の愚賢者(フルスペクション)であれば凌駕していると」

「なら、ならッ!! どうするとッ!? そこで負けを認めながら、勇者アリスの登場に賭けるか元凶ッ!?」

「いやいや、そもそも前提が違うんだ。何もそれの誕生を妨げる必要はない。僕の目的は最初から阻止ではなく、君達が委ねるご自慢の玩具(おもちゃ)の打倒だったのだから」

 

 そう言葉を紡いだモドは、手に持つ真っ白な長杖で地面を叩く。

 刹那、地面と空に一つずつ現れたのは、特大の不可思議な紋様だらけの円盤──魔法陣とおぼしき何かであった。

 

「な、何だこれは……!? 何をする気だ閲覧の愚賢者(フルスペクション)ッ……!!」

「何って、そんなの君と同じさ。この異界化した結界内の魔力を利用し、僕も一作品創ってやるのさ」

「くっ、させませんよッ……!! この局面で、余計なことなどッ……!!」

 

 男は焦りながら白衣の裏から三本のナイフを取り出し、何かを組み上げる翡翠の美女に向けて投擲してきたので、彼女の前に立ってそれらを金槌で弾き落とす。

 

「邪魔立てを……!!」

「悪いね。せめて発動まで待ってやってくれさ」

 

 歯を軋ませ悔しがる白衣の男に、ちょっとだけ今までの溜飲を下げていると周囲が変わり出す。

 空の色は禍々しい赤から元の夜天へ。捻れた空間は元通りの縮尺へ。そして空気の魔力は最早ないと言えてしまうほどに薄れ、日常に必要なごく普通なものへ。

 

「何だこの複雑な術式は……? これは魔法式……!? だが何を、何を編んでいるというのだッ……!?」

「何、遠慮することないさ。ここまでお膳立てしてくれたお礼もある。だから間近で拝ませてあげよう、僕の一世一代の大魔法を。……嗚呼ところで、学があるなら知っているかい? 完全な結界というものを」

「完全な、結界ィ!? 馬鹿な、あり得ない。あれは世界の創世、魔の賢龍(ゴルゴアータル)すら否定した机上の空論だったはず……!!」

 

 完全な結界? 何それ、結界に完全とか不完全とか存在するの?

 

「隔たりで囲い、出入りを自由にすることで隔絶を可能とした結界魔法。けれどそれは、最初に考案したとある魔法使いが成し遂げられなかった故の妥協策に過ぎない。例え耳長(エルーン)共の御業を借りたところで、完全な箱庭の作成は不可能だったわけだけど……」

 

 杖は離散し、モドの億すら超えよう価値を秘めた腕の片方は失われる。

 けれど彼女はお構いなしに術を編んでいく。自らすら糧に変え、子供が紙に絵を描くような笑みをその顔に表しながら。

 

「本物の結界とはすなわち独立世界の創造。外郭を可視にし、破壊の条件を確立させ、ひたすらに単色の魔力で構築すれば小さな世界は完成する。それがかつて、この僕がアリスと殺し合った祭に完成した完全な結界なのさ」

「え、うおっ!」

 

 驚愕で動揺する白衣の男を目にしていると、俺自身もまた白い光に包まれ出してしまう。

 何だこれ、俺の魔力じゃない……!! こんなの、俺は知らない……!!

 

「──さて。お別れだよ少年君。この魔法が完成した瞬間、僕は全てを失い消滅する。その後は君次第、やるべきことはわかるよね?」

 

 今度は足を、そして残っていたもう片方の腕すら粒と変えて失うモド。

 だがそれでも彼女は痛みなどないかのように、表情を僅かたりとも乱すことなくこちらへ顔を向けてくる。

 

「さっきの君の即答、その瞬間に立ち会えただけで僕は満足さ。……嗚呼でも、出来ればあの冬の決着も生で見たかったとは思うけどね」

「……まじで消えんのかよ。お前は、それでいいのかよ?」

「ああもちろん。継承はとうに済ませたし、そもそも僕はとっくの昔に死んだ身。最期に一つ、らしくもない心残りを拭って贈り物に出来ただけで充分過ぎるのさ」

 

 そう言って俺の目を、その翡翠の瞳が真っ直ぐに射貫いてくる。

 色も形も特別なれど、ぬいぐるみと違って確かな人の目。故に想いは確かにそこにある。

 本当にお別れ、なんだな。ああくそっ、なんだよ。言いたいことだけ言って、やりたいことだけやって、それでさよならとかズルすぎるだろ……。

 

「まあ強いて言えば、もう君の閲覧に備考欄を付けてあげられないのは残念かな。精々無機質な数値を眺めながら、時々僕のありがたみを思い出してくれると嬉しいよ」

「……うるせえよ。逝くなら早く逝っちまえ、クソイルカお姉さん」

 

 どうにも出来ない自分が死ぬほど悔しく、歯噛みしながら精一杯の虚勢で別れを告げる。

 こんな場面でさえ素直になれない自分が憎らしい。こいつがどんなにクソイルカだったとしても、もっとぶつけるべき言葉いくらでもあるはずなのに、これ以上言葉になってくれなかった。

 

「……まったく、君は底まで甘ちゃんだねぇ。死に際に哀れまれたことはあれど、悼まれたのは初めてだ。頼りなくて仕方ないから、そんな君に最後に二つ助言してあげよう」

 

 そんな俺に、翡翠の美女は微笑みではなく噴き出したように笑いを零してくる。

 死に際まで何がおかしいんだ。最後まで何にもわからねえやつだな、この糞野郎は。

 

「いいかい? 君が今から挑むのは強さではなく意志の戦いで、君が折れるか、或いはあの偽物が敗北するかの押し付け合いでしかないんだ。だからどれだけ見かけに騙されず、絶対に諦めちゃいけないよ」

「意志の、戦い……」

「そうとも。後一つは……そうだね、戦いを乗り越えるであろう君への報酬と餞別さ。ほらっ、こっちまで寄ってきて♡」

 

 猫撫で声と顎で呼び寄せてくるので、怪訝に首を傾げながら側まで近づいてみる。

 すると首を伸ばし、俺の耳元でくすぐったくなるくらい吐息を漏らしながら囁いてくる。

 甘く重い吐息は意図的か、耳から脳へと駆けずり回わるむず痒い快楽。

 だがそれよりも、そんなことよりも。彼女の吐いた言葉はそれ以上に、俺の脳みそを驚愕で染め上げてきた。

 

「──えっ?」

「はい、伝えたよ。じゃあ後は頑張って。──構築完了。決闘世界(デュエラ)招待(インベイト)

 

 その言葉について尋ねた、そう思ったときにはもう遅く。

 俺は崩れる彼女から弾かれるように突き放され、白光によって囲われたもう一つの物体──彼らの秘密兵器である魔力の大玉へと衝突してしまう。

 

 そして衝突の直後、光は融合して急速に膨れあがっていく。

 その目すら焼きかねない光度を前に、本能が手で目を覆い瞼を閉じてしまう。

 

 世界は色を失い、そして一新される。空は青く染まり、地は白で塗りつぶされる。

 

「ん、んん……。ここは……?」

 

 光が止んだのを肌の感覚で悟り、それでも躊躇うようにいゆっくりと開けていく。

 そして驚きから固まってしまう。そこはもう、先ほどまでの暗い世界などではなかったが故に。

 森の中のような澄み切った空気、青空と白い地面以外何もない景色。その他にあるのは、俺とあの禍々しい大玉──否、()()()()()()()()のみ。

 まるで完全な別世界。ただ戦うだけのために生み出された、違う世界に放り出されたかのよう。

 

「……なるほどね。やっぱあいつ糞野郎だ。冥土の土産には上等すぎんじゃねえか」

 

 足下の影を大きくし、二本目の金槌を取り出しながら翡翠の美女へ恨み言を漏らす。

 あいつのことだ。どうせこれの正体は知っていたんだろうし、あえて隠してやがったに違いない。

 

 魔力は無尽蔵。色は変わらず。されど大玉が変形し、形を為したその姿はまさしく悪趣味。

 ずっと見てきたその姿を見間違えるはずもない。例え数多が見間違えようとも、俺だけは見逃すわけにはいかない。

 

 まさかこんなところで。こんな場所で、偽物だろうが君とぶつかることになるとはね──。

 

「けど乗ってやるよ。前哨戦には丁度良いからな。えェ!? 高嶺(たかね)アリスッ!!」

 

 相対するは、高嶺(たかね)アリスの形をしたシルエット。まごう事なき模造品。

 あの高嶺の花の姿を借りた魔力の塊こそ、多くの人命を踏みにじり、高嶺(たかね)アリスを殺すと豪語していた組織の最終目的であった。

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