高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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門前払いの復讐劇

 そうして女神は潰え、世界は滅びを迎えた。眠りのように呆気なく、誰もが抗うことすら叶わずに。

 

 わかっていた。これは自分達が招いた結果でしかないと、そんなことは嫌というほど理解していた。

 創世から悠久の歳月で世界を見守り、そしてついに限界間近であった我らが女神。

 本来なら終わらせるのは、我ら神崇大陸(ミスミュス)に生きる者の務めであり責任。そのはずであったのに、その最後の役目を担ったのは喚ばれただけの一人の少女であった。

 

 ……わかっている。わかっているとも。あの娘は、アリスは何も悪くはないのだと。

 

 我らは頼りきった。押しつけた。目を背けた。女神の死を、否定しようとしたのだ。

 滅びはその報い。我らが母への手向けを、恩返しを、決別を、他ならぬ我ら自身で為そうとしなかったその罪が巡り巡って返ってきただけのこと。そんなことはわかっているのだ。

 

 女神の庇護から抜け出せず。信仰を正義と勘違いしたまま踏ん反り返り。自らの足で立とうとせず、常に寄りかかろうとしたが故の末路。

 女神の信徒、それに連なる人以外を悪と定め、手を取る人を選んだ我らの歴史が果て。

 そんな我らの積み重ねがどれだけ脆く虚しく、虚勢に満ちた張りぼての砂城であったかを。

 

 だってそうだ。結局女神の死は保身に走った教皇らの権力者に隠匿され、終焉が始まったと思えば大々的に公表し、我らの母を看取った少女に全ての罪を被せたのだから。

 そして結局、滅ぶ最中でさえ背信を許さず。女神の死という解放によりほんの少しでも歩み寄れたかもしれない、信徒とそれ以外の一歩すら許さなかったのだから。

 

 だから、あの滅びは必然。……わかっている。そんなことは、わかっているのに。

 

『……お願いします。どうか、あの悪魔に断罪を』

『苦しいよぉ、痛いよぉ。お姉ちゃん、助けてよぉ……』

『触るな……。憎い、憎い、貴様らが、女神に縋る貴様らのせいだ……』

 

 多くの死を看取った。多くの拒絶を受けた。それこそが、我らと彼らの亀裂であった。

 私の顔で最期を汚してしまった。女神への信仰は、我ら以外を救えなかった。……私の祈りは、女神のいない終焉では無意味だった。

 

『許すまじ。許すまじ……』

『アリス、あの異界の悪魔がいなければ……!!』

『冷たいよ、お姉ちゃん……』

『アリス、我らが女神を裏切り禁忌を犯した異端者ッ!! どうぞシルラ様ッ!! かの女神の指先として、あの忌まわしき悪魔に鉄槌をッ!!』

 

 幾度の苦悶。無数の憎悪。泣こうが祈ろう押し寄せてくる、無情で無慈悲な現実。

 最早女神への祈りに意味はない。もういない我らが母への言葉など、微塵たりとも価値はないのだ。

 

「……ならば報いましょう。殉じましょう。それこそが私達の、私の罪の終着点」

 

 もう人も獣もいない灰色の荒野。私が弔った無数の墓標に言葉と心を捧げる。

 誰も救えぬ愚か者。何一つ変えられぬ偽善者。変革を怖れ、人に役目を押しつけただけの愚者。

 そんな私に出来ることなど、最早それ以外にありはしない。

 間違いなのはわかっている。意味のない、無意味で傲慢で、救われた身で身勝手過ぎる行いだと理解はしている。

 

 けれど。だからこそ。私はもう、私には彼らの願いに応える方法がない。

 女神は死を迎え、世界は無惨にも滅び、指先としての私に価値はなくなった。

 ならばせめて、最期は彼らの願いに報いよう。救えなかった彼らの子を背負い、的外れな復讐に救いを求めた彼らの声を形に変えてあげよう。

 

 ……そうすれば、その道の果てにあの娘がいてくれるのならば。

 私はきっと裁かれる。あの娘に、それが悪なのだと切り捨てられるはずなのだから。

 

 

 

 

 

 戦いは終わり、日は変わって文化祭当日。

 獅子原の病院のベッドを抜け出した俺は、制服に着替えて女の姿で通学路に立っていた。

 

 同じような制服に身につけ、けれどもいつもより少しだけ浮かれる生徒達が通り過ぎるのを眺めながら、俺は壁により掛かって待ち続ける。

 厄介事など何も考えず、ただ今日という行事を楽しむべく学校へ向かう彼らが少しだけ恨めしく、そして羨ましくあった。

 

 それでも手持ち無沙汰になり、時間を確認しようとスマホをポケットから取り出すと、そこには画面を埋め尽くす勢いで追加されていく着信の跡とメッセージの数々が。

 わあっ、なんてメンヘラ彼女と付き合ってるみたいな画面なんだろうか。……いやまあ、この場合はあっちに非はないんだけどね。

 

「八時十分。……お腹減ったな」

 

 空腹に飢え、うつらうつらと首を揺らしながら、それでも意識を保とうと努力する。

 出来ることならそのご連絡に返事し、(つく)ちゃんにでも迎えに来てもらいたい。というかベッドから抜け出すなんて蛮行なんてせず、ぬくぬくとこたつの中の猫のように沈没していたい。

 

 けれどそれは出来ない。許されない。少なくとも、今日一日だけは起きていなければいけない。

 まだ終わっていないのだ。何も始まっていないのだ。このまま眠りについてしまえば、俺は約束も身勝手な因縁すらも放棄してしまうことになる。それだけは、絶対に嫌なのだ。

 

 そうしてスマホを仕舞い、再びぼんやりと待ち続けることしばらく。

 少し周囲のざわめきの種類が変わったのを感じてしまう。……嗚呼、やはり来てしまったんだね。

 

 学校から反対の方に視線をずらせば、そこには案の定、いてほしくはない女性の姿が。

 周りの目を惹く背丈と服装、それと美貌。ミルクチョコののような綺麗な褐色肌の、この日本では一億の人を集めたって出会えないであろう美しき人。

 全部イルカの言葉通り。会いたくなかった。来てほしくなかった。……嘘であってほしかった。

 

「や、元気そうだね。シルラさん」

「……すーちゃん、ですか」

 

 あの夜の道中で別れ、そして決着から会うこともなかった女性へなるべく気さくに声を掛ける。

 その美貌を一切をくすませてしまう、疲れ切った亡者が如き濁った血の色の瞳。

 つい昨日の彼女とは似ても似つかないイメチェンに少しばかり驚きながら、それを決して面に出さないように心がける。

 

「お元気そうで何よりです。勝利、おめでとうございます」

「ありがとう。そっちも生きててくれて嬉しいよ。……で、こんなところで何してるの?」

 

 聞く意味のない質問を白々しく問いかける。

 何かの間違いであってくれればそれで良いと。あのイルカも見間違いをするのだと、あるはずのない小さな希望を抱きながら。

 

 だが、彼女の反応は芳しくなく。想像通り、想像したくない展開を過ぎらせてくる。

 

「……どうも何も、ただ散歩していただけですよ。私にも、目的が──」

「止めてよそんな言い逃れ。学校へ行くんでしょ? あの人を、高嶺(たかね)アリスを殺しに」

 

 高嶺(たかね)アリスの名を出せば、シルラさんは意外そうに固まってしまう。

 例え彼女が口を開かずとも、その態度が雄弁に語ってしまっている。

 その問いが限りなく真実であろうと。彼女もまた、箱庭の総意(エルメント)の連中と同じく彼女を狙う敵あるのだと。

 

「……あの自立魔法ですか。同情などと、どの口で吐けたのか」

「認めちゃうんだ。……そっか」

「ええ。貴女の立場がどうであれ、最早言い訳は不要ですので」

 

 諦めたように笑みを貼り付けながら、ゆっくりと首を縦に振るシルラさん。

 無意識か、それとも戦意の表れか。ともかく充実していくシルラさんの魔力だが、それでもまだ構える気にはなれない。

 だって知っているのだ。例え素性をほとんど知らずとも、これだけは知ってしまっているのだ。

 例え人を殺していようと、この人は悪党にはなりきれない。こんなところで、何も知らぬまま登校する学生を巻き込んでまで戦闘するような人ではないのだと。

 

 ……だから対話する必要がある。そんな彼女が、本当に引き下がれないのかを知るために。

 

「警告です。どきなさい。さもなくば、無事では済みませんよ」

「どかないよ。それをしたら全部無駄になる。だから、どいてなんかやれないよ」

 

 シルラさんが向けてくる冷たく鋭い殺意に、一切動じることなく答えを返す。

 緊張が走る。ほんの僅かな刺激で爆発する爆弾を間に置いたかのような、そんな緊迫感に包まれる。

 

「……ねえシルラさん。私達が出会ってから、本当にいろいろあったよね」

「……ええ」

「互いに命を救い合ったし、一緒にショッピングまでしたよね。その後に二人で食べたパンケーキは今でも覚えているくらい美味しかったなぁ」

「……そうですね。私も同じ気持ちですよ」

 

 シルラさんから目を離し、ぼんやりと空を仰ぎながら懐かしさに浸ってしまう。

 まだほんの一週間前だというのに、もう随分と昔の出来事のように感じてしまっている。

 そうだ。楽しかった。例え最初から嘘と打算に満ちていようとも、あの数日だけは嘘ではなかったのだ。

 

「けど、結局踏み込もうとしなかった。その場限りの同盟相手から踏み出そうと、その一歩が足りなかった。」

 

 けれど、甘い夢は所詮夢。パンケーキのように、現実は柔らかく優しくない。

 もうどう足掻こうが、俺と彼女がぶつからない運命などない。手を取り合う友情ルートはとっくの昔に、それこそ出会い方だけで失ってしまった。

 その選択が間違いだったのかは、恐らく一生掛けたって俺には悟れない。何が正解かなんて、それこそ選ばなかった違う結末でも拝めなければ知りようがないのだから。

 

「だから止めるよ。貴女の過去も、想いも、何もかも踏み捨てて。()とあんたの、因縁だけで」

「因縁……?」

 

 疑問の声を漏らしたシルラさんの前で、ゆっくりと元の姿へ戻っていく。

 周りの目なんて気にしない。どうでもいい。この場に茶々を入れるなら、俺自身が殺してやる。

 

「……そういうこと、でしたか。耄碌しましたね、私も」

「そうだ。友情ごっこの茶番劇はもう終わり。これが何にもなれなかった俺達には当然の結末」

 

 辛そうに、けれども納得したように更に魔力を濃くしていくシルラさん。

 邪魔で嫌いなネクタイを外し、身体を解しながら覚悟を決める。

 話すべきことはもうない。後は戦いの中で知ればいい。結局、俺達に必要なのはぶつかり合うことだけだ。

 

「門前払いだ。お前の告げた六人目ってやつが、お前が越えるべき最後の壁になってやるよ」

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