高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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逸らし続けた想いの名は

 子供の頃の俺は、いつも何かを求めては諦めていた。

 おもちゃが欲しい。新しいお弁当箱が欲しい。格好いい靴が欲しい。……外で遊ぶ皆のように、友達が欲しい。

 そんな幼児であれば当たり前の想いを内に宿しながらも、駄々捏ねることが出来ず意志を露わにすることが出来ずに歳を重ねていた。

 

 怖かったのだ。ただ漠然としながらも、それでも恐れていたのだ。

 何かを欲しいと言い怒られる子供を見る度に。我が儘を口にして邪険にされる誰かを見る度に。

 自分が何かを口にすれば、それがきっかけで両親に嫌われてしまうのではないかと、子供ながらにそんなことを考えてしまったのだ。

 

 事実あの頃の両親の仲は冷え切っていて、今思い出してもその見立ては正しかったと思う。

 理由は知らない。俺が十五になった今でさえ、母はそこについてだけはお笑い話にすらしてくれない。これは推測だが、恐らく父が浮気でもしていたのだろう。

 

 ──ともあれ。そんな幼稚園児は不要な自己防衛を覚えてしまった俺は、小学校に入ってからも何かを求めるということ自体を酷く億劫だと思うようになっていた。

 

 勉強は人並みで。運動も他者任せ。誰の輪にも加わることもなく、一人隅にいれば良い。

 雑談にも混ざらず、休み時間も木陰で図書室で借りた本を読むばかり。授業も基本一人で受け、二人組の作業は誰と教師と行うだけの日々。

 そんなことばかりしては当然だが、いつしか誰も声を掛けてくることもなくなり、ついに俺は一人になってしまった。

 

 それでいいと思っていた。自分にはお似合いで、それが当然とさえ思っていた。

 何かを求めたらそれだけ苦労を要し、曖昧な恐怖に怯えることになる。

 怖いのは嫌だ。誰かに嫌われるのは辛い。──ならば、ならば近づかなければそれでいい。

 

 

『──クソみたいな()。私の前から失せろガキ。お前のこと好きになれそうにないわ』

 

 

 だからなのだろう。そんな風に生きていたからなのだろう。

 親戚で俺の世話を任されながらも、欠片も愛想を振りまくことなく俺に嫌ってきた由奈姉(ゆなねえ)に興味を抱いたのは。

 

 あの頃の由奈姉(ゆなねえ)は小柄な体格にもかかわらず尖りきっていた。

 群れず、媚びず、揺らがずと。絶対的芯を持った孤高の狼で、大人でさえ寄せ付けぬ眼光があった。当然それはもう怖く、初対面でちびらなかったことを褒めてあげたいくらいだ。

 

 目を閉じて思い返せば、仲良くなるまでには色々あった。

 落とし穴に落とされたこともある。煙草の煙を吹きかけられたこともあるし、俺の面倒という役目を放り捨てて一人近所の山へ逃げたこともあった。

 

 ……いや、振り返ると本当に色々あったな。あの頃を思うと、よくもまあここまでシスコンになったものだと我ながら感心してしまうな。

 

 ともあれある機会を境に仲良くなり、転校するまでの間は一緒に遊んでくれた由奈姉(ゆなねえ)

 一般的な遊び場から心霊スポット、果てはそれこそいろんな場所へ連れ回された。時には絡んできたチンピラを一対多数なのにぼこぼこにしている勇姿すら拝ませてもらった。

 ……今思えば、その最中に怪異とも遭遇していた気がする。頭に二足の下駄が生えた生き物なんて一般敵にはまずいなかっただろうし。

 

 まあそんなこともあり、転校するまでは俺の恐ろしいまでの諦観はなりを潜めていたのだ。

 別に突出はしていなかったけれど、それでも普通の子供と大差ない平々凡々な少年。

 だから転校先では友達を作れると。由奈姉(ゆなねえ)との日々で手を伸ばす勇気を得た俺ならば、少しは変われたのだと示せる自信があったのだ。

 

 ──ま、結果はお察し。俺に友達なんて出来ず、一人でいるだけの日々に戻っただけなんだけどさ。

 

 やっぱり無理だったのだと諦めながら、それでも以前とは違う気持ちで臨んだ新生活。

 正直田舎から都会への転校で刺激が増え、加えて歳を重ねたことで孤独にそこまでの辛さを感じるはなく。

 出来ないものはどう頑張っても出来ないのだと。昔とは違い呑み込むのではなく、すっぱりと割り切れるようになった自分にとって、一人はそこまで苦痛なものではなくなっていた。

 

 けれど所詮は小学生。同じ行動ばっかりでは当然飽きは来てしまうのは当たり前。

 だからその日、図書室で本を読んでいた俺はふと思ったのだ。もしもこの本を逆さにしたら、読むのはとても大変で新鮮なものになるのでは、と。

 

 

「……何で逆さなんですか?」

 

 

 そんな風に考え、当然のように悪戦苦闘していたときだった。

 どこからともなく聞こえてきた涼やかな声が、俺の奇行を謎を孕みながら指摘してきたのは。

 

 綺麗だと思った。初めての彼女に、今間に感じたことのない何かに心臓が軽く跳ねた。

 そこらの同級生とは一線を画して整った顔。空想(フィクション)の中にしかなさそうな翡翠の瞳。そして周りよりも少し大きい、当時にして由奈姉(ゆなねえ)と大差ないほどの背丈。

 そんな大人びた少女に俺は目を奪われたのだ。小学生高学年という、まだ色も恋も知らない幼い時期だというのに。

 

「何故って、こう読みたくなったから……?」

「……そうですか」

 

 長く付き合いになる彼女との初めての邂逅。けれど当時の会話はそれだけだった。

 当然だ。そもそも同じクラスでもなく、話すのは愚かその存在ですらここで初めて認知したのだ。

 いくら由奈姉(ゆなねえ)で最低限の耐性がついたとはいえ、初対面の女子と楽しくおしゃべり出来るコミュ力など持ち合わせていなかったのだ。

 

 それから俺は、彼女について少しだけ調べた。

 彼女の名前は高嶺(たかね)アリス。クラスで一番足も速く、常にテストは百点だという凄い人。

 けれど良いことばかりではなく。クラスの輪に入ることなく、女子からは嫌がらせを受けているとそんな暗い噂すらも聞こえてきてしまった。

 

 話しかけにいこうと思った。彼女について、もっと知りたいと思った。

 興味という欲求を満たしたかっただけなのか。それともこのドクドクと、弾んで止まない胸の内に導かれたのか。……きっと両方だったのだろう。

 

 そうして隣のクラスへ入ろうとして──目に入ってしまったその姿に、俺の足は止まってしまった。

 

 あまり人のいない教室の窓際で一人、パラパラと本を丁寧に捲る少女。

 その姿があまりに様になっており。まるで一枚の絵が飛び出したかのように神秘的で。

 だから小学生ながらに悟ってしまった。本能が理解してしまったのだ。

 あの人は孤独ではなく孤高であって、俺なんぞじゃ手の届かない存在なのだと。昔から手を伸ばそうとしては出来なかった、諦めなきゃいけない高嶺の花なのだと。

 

 だから彼女のことは心の奥底へ仕舞い込み、それから数度話しただけで小学生時代は終わった。

 我ながら薄情なものだ。自分の関心が消してしまえば、いじめに遭っていたかもしれない少女に近づこうとすら考えなかったのだから。

 

 そして中学生になり、偶然にも高嶺(たかね)アリスも同じ学校であった。

 小学校とは違い、様々な情緒の育つ時期だ。当然彼女の魅力に世界は気付き、もて囃され学内で知らぬ者はいないほどの存在になった。

 けれど臆病な俺に話しかける勇気はなく。小学校よりも遠ざかった彼女と接触する機会なんてほとんどなかった。

 

 変人と呼ばれる奇行に走ったのは、彼女に興味を持って欲しかったという打算もあった。

 本を逆さにした俺へ話しかけてくれたあの日のように、変なことしていればまた彼女の方から声を掛けてくれるのではないかと、そういう浅ましい欲望がないわけではなかったのだ。

 

 やがて姫宮(ひめみや)はいなくなり、残ったのは変人という名の無価値な過去だけ。

 結局高嶺(たかね)アリスと話す機会なんてほとんど訪れず、俺の心はまた、昔みたいな濁り燻った灰色に戻ってしまっていた。

 

 初恋だというのは理解していた。流石の俺も、自分の気持ちにまで鈍感なわけがなかった。

 けれど同時に嫌というほど理解していた。文武両道で誰もが憧れる高嶺(たかね)アリスと何も持たず積み重ねようとしなかった俺の差を。

 だから再び諦めた。分不相応な想いは今度こそ完全に捨て去るのだと、そう決意して心の奥底へと押し込んでなかったことにした。

 

 ──そして高校に入り。またしても、高嶺(たかね)アリスは俺から離れてはくれなかった。

 

 皮肉なものだ。全部を捨ててからようやく、彼女と同じクラスになれてしまったのだから。

 まるで運命が手を出さないなら見ることだけは許してやろうと。せせら笑って俺と彼女を隣の席にしたと、そう錯覚してしまうほどにあっさりと慈悲を送るように。

 

 同じ中学なのは知ってくれていたけれど、それでも彼女にとっては路傍の石の一人だっただろう。

 けれどね高嶺(たかね)さん。例え君にとっての俺が石ころでも、俺にとっては違うんだ。俺にとっての君は、檻の外に垂らされた極上の肉だったんだよ。

 

 ──けれど運命とは残酷で。まるで俺へと弄ぶかのように、微かな希望の糸を垂らしてきた。

 

 ある日湧いてきた閲覧魔法。まるで空想(フィクション)の主人公のような不思議な力に覚醒し、一層美しくなった高嶺(たかね)アリスのステータスを最初に覗いたときに思ってしまったのだ。

 成績、容姿、身体能力、精神性。

 至高の存在である彼女の何一つ並ぶことのない、月を見上げるすっぽんでしかない俺でも。

 このステータスというファンタジーであれば。レベルという俺だけが覗ける概念であれば、彼女と並ぶことが出来るのかもしれないと。消えない傷を刻めるかもしれないと。

 

 だから殺したかった。彼女に強さという原始的な証明をしたかった。

 だって殺し合いが出来るということは、彼女の強さに並べると同義だと思ったから。

 最強無敵を殺せれば彼女にとって唯一になれる。例え殺せずとも、その戦闘はきっと彼女の戦歴に残り続けてくれるはず。何も持たない(モブ)を、高嶺(たかね)アリスに敵として認めてもらえる。

 

 ……けれどそれは叶わない。そんな当たり前を、俺はもうとっくに察してしまった。

 

 屍鬼(かばねおに)戦の最後に降り落ちたあの極光。

 俺が罅すら入れられなかった姫宮(ひめみや)の迷宮への乱入。

 そしてこの前戦った偽物の高嶺(たかね)アリス……彼女を模しただけの贋作未満。

 

 叶わない。歯が立たない。どれほど藻掻き足掻こうとも、俺は彼女の影さえ踏めていない。

 進めば進むほど理解(わか)らせられるその差は、俺の歩みなど無意味だとただただ実感させてくる。

 

 どんなにレベルが上がろうと、俺のステータスはもう昔ほどの伸びを見せてくれない。

 薄々感じているのだ。もうまもなく限界が来ると。俺はあのクソイルカが驚くほど早熟だっただけで、どう足掻こうとここから先に進むことは出来ないのだと。

 俺がそんな様だというのに、レベル200の贋作未満のガラクタにすらまともに勝ててないのだ。

 あの贋作未満はどんなに多く見積もって、高嶺(たかね)アリスの二割にも届かない。だというのに、どうして彼女と殺し合いを成立させられると思えるのだろうか。

 

 全ては高望みだった。出来るはずもない、都合のいい幻想にただ夢を見ていただけ。

 そもそもの話、ちょっと考えてみれば猿でも馬鹿でも分かることだ。

 高嶺(たかね)アリスは異世界を救った本物の勇者。それに対し、俺はそこいらにいるだけの役目も価値もないぼんくら。才能や努力以前に、端から土台が違ったのだ。

 

 

「……俺は高嶺(たかね)アリスに恋している。高嶺アリスが、好きだ」

 

 

 それでも、一度声に出してしまえば、認めてしまえばこんなにも楽なことはない。

 ずっと気付いていた。分かっていたからこそ、俺は何としてでも認めたくなかった。

 必死に見ない振りをして、向き合わないための努力をして、それでも今日由奈姉(ゆなねえ)にぐうの音もないほど断言されてしまった。

 

 ……分かっている。分かっているとも。

 俺がすべきことは明白。こんな誰の得にもならない、抱くことすら分不相応な我欲を捨て去るだけで良い。それだけで、そんな些細事だけで彼女の隣にいれる元通りの日常に戻れるのだから。

 

「……嫌だ。俺はもう、この想いだけは、捨てたくない」

 

 ──それでも。その拒絶が、どうしようもないほど愚かな選択だったとしても。

 

 捨てたくない。失いたくない。例え全てを諦められるとしても、これだけは諦めたくない。

 この想いを捨てるには、俺は高嶺(たかね)アリスという少女を知りすぎてしまった。

 初めてなのだ。諦めて、否定して、目を逸らし続けて、それでもなお捨てきれなかった想いなんだ。

 

 高嶺アリスの笑顔が好きだ。

 高嶺アリスの容姿が好きだ。

 この一年で知ってしまった、高嶺アリスの全てがたまらなく好きだ。

 

 身勝手なのは分かっている。間違っているのは理解している。きっと彼女は、こんな気持ち悪い想いを向けられるために俺を助けてくれたわけではないはずだ。

 けれど、それでも。もう抑えきれないんだ。その胸の宝石を捨て去るくらいなら、俺は死んだって構わないんだ。

 

 滲んだ視界で空を仰ぎ、一際輝く一番星に手を伸ばしながら、俺はようやく覚悟を決める。

 

 俺が星を手にすることなんてない。星は人には手に入らないからこそ星なのだ。

 だからこれは自己満足。高嶺の花を摘もうと夢見た、身の程を知らない愚者に訪れた当然の末路。

 それでも構わない。自覚してしまえば、認めてしまえばもう待ったは効かない。それが恋心という、誰もが患うこの世で最も愚かな病の熱なのだから。

 

 ──逸らし続けた想いの名は恋。決して咲かせていけない、この世で最も醜い欲望の花だ。

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