高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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高嶺の勇者を殺したい
十二月二十四日、開幕


 親愛なる高嶺(たかね)アリス様へ

 拝啓

 クリスマスを控え、今年も残り少なくなってきたこの頃ですがいかがお過ごしでしょうか。

 さて。叶うならばまだまだ今年の振り返りをしたいところですが、友人に対し長い前置きなど不要かと思いますので、手短に用件を記させていただきます。

 私こと上野進(うえのすすむ)は、何としてでも貴女様に伝えたいことがあります。

 ですがなるべく他者に聞かれたくない話ですので、私事で勝手ですが、是非とも二人だけの場を設けさせて頂きたくこのお手紙を出させていただいた所存です。

 つきましては日時は十二月二十四日の午後十九時。場所は我らの通う学び舎の屋上にて、一人でお越しいただければと思います。もちろん冬の寒空ですので、断っていただいても構いません。

 最後になりますが、今年のクリスマスは雪だと予報されています。風邪など引かれぬよう細心の注意を払いお過ごしください。

                             敬具

                            上野進

 

 

 

 

 

 高嶺(たかね)アリスに、告白しようと思ってる。

 世界中のみんなには、悪いけど。

 抜け駆けで。

 次のクリスマス、覚悟決めるから。

 手紙で誘って、そこで気持ち伝える。

 高嶺さんは俺のことなんて何とも思っていないだろうから。

 びっくりするかもだけど。

 もう気持ちを伝えるのを我慢できないから。

 

 うーんこの駄ポエム。まるで黒歴史ノートの一番前に書いてありそうなほど素敵な文だこと。

 けどまあ仕方ないよね。何ヶ月も難しく考えてた割に出した答えがこの数文で片付くほど簡潔で単純なものだったんだし、何よりあんな畏まったお手紙を手渡ししちゃったんだからね。

それにしても、あの時の高嶺(たかね)さん可愛かったなぁ。想定外の角度からの一矢にちょっとびっくりしちゃったって感じのきょとん顔で、可能なら写真に撮って収めたかったくらいだ。

 

「変顔してないでとっとと食べなさい。今日は一日用件があるんでしょ?」

「へーい」

 

 母親の呆れ八割な叱咤を受け、止まっていた箸と口を再度動かし始める。

 若干温くなった味噌汁に余計な物のないTKG(卵かけご飯)。いずれもシンプルで趣のある、大舞台を迎える俺にとっては理想の一日の始まりだ。

 

『今日は日中は青空ですが、何と今夜は雪が降る可能生が高いとのことです! クリスマスイブの降雪は五年ぶりですが、気温も低くなるので防寒具のご用意を忘れない方が楽しく過ごせそうですね! ちなみに私は一人お家でお鍋を食べる予定です! では次の──』

「……雪ねぇ」

 

 元気なお天気キャスターのお姉さんを羨ましく思いながら、ずずずと味噌汁を啜って喉へ流し込む。

 あー美味しい、にしても俺とは違って朝から元気なことで。是非ともモーニング弱々勢筆頭のこの俺に、その元気の一端でも朝から保てる理由を教えてほしいものだ。

 

「クリスマスねぇ。そういえば私もお父さんも今日は遅いけどご飯どうするんの?」

「あーうん。外で食ってくるから良いよ別に。気にしないで」

「……へーそう。ふーん」

 

 回らない頭で適当に答えを返すと、母は朝の支度をしながらもやけに何かを含んだ笑みを浮かべてくる。

 

「……何さ」

「いや別にー? まさかあんたにそういう機会が来るとは思わなかったわーって。冬休みだってのに朝起きられるんだもん。そら私もびっくりよ」

「……喧しい。息子からかってないではよ準備済ませたら?」

 

 目を細め、反論しながら腕を指差して時間アピールすると、母は再度支度を進めていく。

 我が親ながら随分慌ただしいこと。とはいえ俺と違い、決して遅刻をしないところが母親という生き物の優れた部分であり、俺に遺伝しなかった残念な部分でもあるのだが。

 

「じゃあ行ってくるから後はよろしくね。きちんと皿は洗って、それから──」

「わかってるわかってる。風呂は洗って鍵は閉める、子供での出来るっつーの」

「そう? けどあんたは忘れるから確認は大事よ」

 

 失敬な。いつもはやる気がないからサボってるだけで、ただ忘れてることはそこまでないわ。

 そんな俺という人間を理解し尽くしている方のいつものお小言に。

 いつもなら拗ねて言う意味のない反論をしてしまうところだが、今日は少しだけ違う気持ちがついつい出てきてしまっている。

 

「……ねえ母さん。いつもありがとな」

「えっ、何よ急に。怖いから止めてくんない? 腐った物でも食べた? 熱でもあるの?」

「……なんだよもうぅ! ほらっ、早く行きなよ薄情マザーめ!」

 

 俺の怒号に生温かい視線を向けてから、いつもはしない手を振ってリビングから出ていく母。

 あの反応、まったく何て酷い親だ。仮にも息子が日頃の感謝を告げた感動の場面やぞ? こちとら言いたくなったから言っただけだっつーの!

 

「……まったく、本当に困った親だよ」

 

 それでもふと湧いてしまう微笑みが、一人きりな俺を更に羞恥を与えてくるのだが。

 ……けどま、確かに可笑しいよな。誕生日や結婚記念日ですら碌に両親への感謝なんて口に出さない俺が、よりにもよってこんな何もない一日の始まりで言い出したんだからな。

 けどあれでこそ、だ。そんな雑な親だからこそ、何だかんだここまで歩んでこれたのだ。もっと繊細だったらとっくに離婚して、この一軒家で暮らせる今の俺はなかっただろう。

 

 そんな感傷に浸りながら食べ終わった皿を置き、頬杖を突いてテレビをぼんやりと眺める。

 気がつけば左上の時計は八時を回り、番組自体が切り替わってしまっている。

 こうして朝のテレビを観る度に良く思うのだが、朝のニュースとワイドショーはわざわざ別の番組へと区切ってしまう。視聴者への録画の配慮なのだろうか。

 

 まあいいや。今日の俺が調べる気にもならないだけで、きっとらしい理由はあるのだろう。

 

「……さて、そろそろ準備始めっかな」

 

 そんな感じでぼんやりと眺めていると、気がつけば八時から三十分ほど過ぎており。

 そろそろ準備を始めるべきだと重い腰を上げ、空になった皿を洗い場へ運んでいく。

 ちべたい水で皿を洗い、シャカシャカシャカと歯を磨き、それからシャワーを軽く浴びて整えてから自室へと着替えを取りに行く。

 普段は朝シャワーなんてしないが今日は特別。件の彼女がどうかは知らないが、俺にとっては特別な日だ。

 

 ……彼女にとっても特別な日になれば良いな。願わくば、今日から死ぬまで永遠に。

 

 今年買ったお気に入りの一張羅に着替えてから、ふと改めて部屋を見渡してみる。

 思えばここで、初めてステータスなんてものと出会ったんだよな。

 ……懐かしい、思い返せばつい最近のようだ。何だかんだで、あの日の衝撃は今でも残り続けている。

 閲覧魔法が宿り、人のステータスを覗いて遊び、そしてあの高嶺アリスの一端を目の当たりにしてしまった。

 

 今にして思えば、きっとあれは俺の人生で最も愚かな行動だった。

 あの日高嶺(たかね)アリスの別次元な数値を目撃しなければ、俺はもう少しまともな人生を送れたはず。少なくとも、この世の裏に巻き込まれることのない普通の学生生活だったに違いない。

 ……思えば散々だったなぁ。完勝なんてほとんどなく負けを重ね、時には本当に死んだことさえあった。というかこの前は死んでばっかりだった。

 

 けれど悪くはなかった。俺は一度たりとも、関わったこと自体に後悔なんてない。

 だって楽しかったから。人を殺すことになったが、それ故に結べた縁だってあるわけだ。

 (かなで)ちゃんと忠犬三人。パイセンやシルラさん。そして姫宮(ひめみや)とクソイルカ。……そしてやっぱり高嶺アリス。

 いずれも俺が普通に過ごしていたら巡り会うことはなかったし、距離が近づくことなんてなかったはずだ。姫宮なんて二度と再会は叶わなかっただろう。

 

「……楽しかったなぁ」

 

 だからつい口から出てしまった言葉に、きっと嘘はないはずだ。

 自分の思うようにいったことなど、それこそ数えるほどしかなかったとしても。

 失ったものと同じくらい、手に入れたものもあったのだから。

 

 支度が終わり、鞄を持って再びリビングへと降りていく。

 点けっぱなしにしていたテレビに映る時間は九時十三分。待ち合わせの十時半を考えれば、もう出た方が良い頃合いだろう。

 

 ……そろそろ行くか。今日はやることが盛りだくさんだからな。

 

 テレビを消して全てを片付け、鞄を持っていつもと同じように玄関へ向かい。

 靴を履き、最後に影の中の相棒を確かめてから立ち上がって、それからつい振り向いてしまう。

 

 誰もいない静かな家。いつもと変わらないはずなのに、今日はえらく違って見えてしまう。

 きっと見る側の問題だ。慣れ親しんだ場所でも……いや、だからこそ抱ける思いが違うのだ。

 生憎経験などないが、二度と来ない旅先の旅館を出る前はこんな気持ちなのだろう。

 

「……行ってきます」

 

 返事の返ってこない挨拶を呟き、そして再び前を向いて立ち上がり、扉へ手を掛ける。

 ここをくぐれば今日という一日の始まり、そして俺の全てに蹴りをつける終わりへ待ったなし。

 けれど扉を引く手は自分でも驚くほどするりと動き、気負いもなく外へと歩き出す。

 

 今日は十二月二十四日。冬休み一日目で、誰しもが心躍る冬の一大イベント当日。

 全てに蹴りをつける一日の幕開けに拝んだ空は、清々しいほどに青く澄み渡ったものであった。

 

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