オレとぼっちと鈍い空   作:KKS

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それは柳か幽霊か

 賑わうことが珍しくなくなった店内を見渡していると、どうしてか寂しくなる瞬間がある。残っていた『客』を送り出し、シンジは入り口の扉にぶら下がった案内板を『CLOSE』に変えた。

 きっかけを生み出した張本人。後藤ちゃんはどことなくそわそわしているようで、普段以上に落ち着きが見られなかった。

 妙に距離を詰めてきたかと思うと、奇声を上げて大きく後退りをしてしまう。そんなやり取りが、この一時間ほどで数回繰り返されているのだった。

 伊地知虹夏。結束バンドのリーダーである妹ちゃんと眼があった。

 今日の集まりは、この子の発案によるものなのである。どうして自分を巻き込む必要がある、なんてはじめは考えもしたが、最終的には勢いで押し切られてしまうのだから、廣井の言うようにつくづく甘い男なのだと自覚させられる。

 立ち上がる妹ちゃん。カウンターを占拠しているメンバーたちの視線が、自然と集まった。ただし、後藤ちゃんだけはまだ飲み物をすすっている途中で、眼だけを動かしてなんとか視界にとらえようとしている状態だった。

 

「はーい注目。というわけで、みんなでアー写を撮ろう、かっこ第二弾かっことじ!を今より開催します!」

「いえーい、ぱちぱち」

 

 妹ちゃんの宣言を、山田ちゃんがやる気のない拍手で賑やかしている。

 時刻はまもなく十七時を迎える。少し早めの閉店にはなるが、ここから先の客入りを考えれば特に問題はなかった。

 夏を間近に控えた季節なだけに、これから外に繰り出してもしばらくは明かりを失うようなことはない。今日は快晴だったから、空には雲だってほとんどなかった。

 

「ご協力ありがとうございます、藤原さん。今日はたくさん、後藤さんのかわいいところ見ていってくださいね」

「あ、ああ……?」

 

 喜多ちゃんの笑顔があまりにも眩しかった。常夏の太陽と並んでも、案外いい勝負ができてしまうのではなかろうか。灰色の煙を接種したくなる衝動。なんとか抑え込み、シンジは苦笑いを浮かべている。

 なし崩し的に承諾してしまったものの、女子高生バンドのアー写撮影に、どんな顔をして参加すればいい。協力できることはしてやりたいという気持ちはあるのだが、これは自分の本分からは外れすぎている気がしてくるのだ。

 最後の一口を飲み終わり、ようやく後藤ちゃんが顔を少しだけ上げた。前髪で隠れた瞳。この子は今、どんなことを考えているのだろうか。心を揺さぶるだけの旋律。意外なくらい頑固で、強靭な意志を感じさせる指先。

 どうにも、調子が狂ったままもどらない。そして、後藤ちゃんと近くで過ごしていると、その感覚はずっとはっきりしてくるのである。

 

「お兄さん。おーい、息してる? ぼっちに夢中になるのは構わないけど、呼吸だけはしっかりお願いします。あっでも、それはそれでチャンスにはなるのか」

「やっ、なんだか危ないこと考えてない、山田ちゃん」

「そうでもないです、たぶん。うん、きっと」

 

 あまりにも白々しい返答だった。

 たまに、どこまでが本気でやっているのか疑わしくなってくる。それでも腹が立たないのは、山田ちゃんが持つ独特の雰囲気によるものなのではないか。深いことを考えているようでいて、実はそこにはなにもない可能性だってある。ただ、時折のぞかせるアンニュイな表情が、奥底に秘めたなにかを感じさせているのだろう。

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ」

 

 元気な声に促され、全員で店を出た。

 先頭を行くのは妹ちゃん。そのすぐ後ろに、両手をぶらつかせた山田ちゃんが続いている。

 

「あ、あの、ううっ……。む、むむむ無理に決まってる……。みんないるのに、んっ、でもっ」

「当たって砕けろって言うでしょ、後藤さん。事故を装って、ほらっ」

「えっ、あっ……。が、がんばって当たっても、砕けたら意味がないような気がするんですが、喜多さん……」

「言葉の綾よ。そんなの気にしてないで、どーんといきましょ!」

「あわっ、き、喜多さんっ!?」

 

 二人が密談を中断したかと思うと、後藤ちゃんが自分の方に向かって押し出される。

 触れる手と手。それは本当に一瞬の出来事でしかなく、過ぎ去る熱は夏の通り雨のようだった。

 

「あっ、ご、ごめんなさい、お兄さん。あのっ、でも。そのぅ……」

「こっちなら平気でしょ。前みたいに、ね」

 

 こうなったら、正面切って向き合ってみるしかないと思った。

 意味を理解してくれたのか、後藤ちゃんの手が上着の裾を掴む。油断すれば離れてしまうような状態。それがなんとなく、自分たちの関係をあらわしているようにも思えてくる。

 偶然店先で声をかけただけの女の子。けれども、刹那的でしかなかったつながりは絶えることなく、現在まで続いている。

 

「うんうん、すごくいいわねっ。その調子よ、後藤さん」

「うへっ、えへへっ。あ、ありがとうございます、喜多さん……」

 

 裾を掴む力が、少しだけ強くなった気がしていた。

 ちょっと癖のあるところにも、自分は興味を惹かれているのかもしれなかった。放っておけない危うさがある。それなのに、この子の奏でる旋律には心を打つだけの力強さがある。

 振り向くと、後藤ちゃんが必死につくった笑顔を見せてくれる。

 なんだっていい。この子が求めてくれるのなら、他に理由なんてなにも必要ないと思えてくる。

 

「だいたい、この子に惚れたなんて言い出したのは、オレの方じゃないの……」

「えっ? あの、どうかしたんですか、お兄さん」

「やっ、なんでもない。なんでもないんだ、後藤ちゃん。それより、歩くのが早かったりしたらちゃんと言うように。遠慮なんていらないからさ、オレには」

「あ、はいっ。け、けど、平気です。私もがんばって、着いていこうと思いますから、お、お兄さんに」

 

 大した言葉でもないのに、どうしてこんなにも照れくさくなってしまうのか。

 公園で聴いたギターの音色を思い出す。後藤ちゃんにとって、あれ以上に真っ直ぐな感情をぶつける手段などないはずだった。だからこそ、心が揺れる。揺れて、もとには戻らなくなってしまう。

 

「ほうほう。思ってたよりもいい感じじゃないのさ、ぼっちちゃんとシンジさん。ねっ、リョウだってそう思うでしょ?」

「んっ……。だね、虹夏。あっ、ここなんて結構よさそうだけど。ぼっちの調子が出てきたことだし、一枚いっちゃう」

「よぉーし。だったら早速、いってみようか。シンジさん、撮影係よろしくお願いします!」

 

 錆びついて廃れたフェンスの前で、前を歩く二人が立ち止まった。

 確かに、いい雰囲気ではある。人通りも少ないから、撮影をするのにも手間はかかりそうになかった。

 妹ちゃんからスマホを受け取り、みんながスタンバイするのを待つ。後藤ちゃんと山田ちゃんが中央に立ち、左右を残りの二人がかためている。やはりというか自信がないのか、後藤ちゃんの表情は浮かなかった。

 

「後藤さん、ちゃんと前を向かないと。かわいいところ、しっかり見てもらわなきゃね」

「あっ、なんだかすみません。こんなミジンコ以下な女のために、わざわざみんなに付き合ってもらうようなこと」

「そんなことない。ぼっちがギター弾いてくれないと、結束バンドだって成り立たないんだし」

「そうそう。助け合ってこその仲間でしょ、ねっ? でさ、ポーズとかどうしよっか」

 

 なにやら相談事をしているようだが、自分のところまでは声は届いていなかった。

 普段使いの端末ひとつあれば撮影から編集までやれてしまうのだから、便利な時代になったものだと思う。そんなかすかに年寄りくさいことを考えている間に、メンバーの意見はまとまったようだった。

 山田ちゃんが親指を立てて、準備オッケーだというサインを送ってくる。

 手を結ぶ四人。それに合わせて、シンジはカウントダウンをはじめた。

 

「さん、にー、いち、はいっ」

 

 女子高生らしく、元気に飛び上がる四人の画、になるはずだった。

 シャッターボタンから離した指がふるえる。絶対に写ってはいけないもの。眼の前にある画像の中には、それがはっきりと顕在してしまっているのだ。

 白いなにか。公からは、秘匿されるべきもの。嫌な感じのする頭痛に、シンジは思わず襲われている。

 

「なにも見ていない。いいか。誓って、オレはなにも見ちゃあいないんだ」

 

 みんなの笑顔が辛くなってくる。

 どうする。というか、撮影を失敗したことにして、リテイクにしてしまう以外にいい考えが浮かばなかった。

 その前に、今ある画像をなんとかしてしまう必要があった。一秒でも早く闇に葬らなければ。でなければ、俺は。

 

「どれどれ。新入りカメラマンの腕を、ちょっと拝見」

「なっ、山田ちゃん……!?」

 

 焦燥感からか、接近に気づくことができなかった。

 画面に映し出されているのは、忌避されるべきあの一枚。たとえ山田ちゃんにだろうと、見てもらいたくはなかった。

 冷たい汗が背中に流れる。狙って撮影したのではない。なのに、この無限に湧き上がる罪悪感はなんだというのか。

 

「むっ……? ぷっ、ふふっ。ぼっち、また見えてるし。それともあれか。これはお兄さんに対する、身体を張った高度なアピールだったり?」

 

 愕然としているところを追い打つかのように、他のみんなが駆け寄ってくる。

 ここでも後藤ちゃんの運動神経のなさは欠かさず発揮されてしまうようで、来るのがひとりだけ明確に遅かった。

 

「ど、どうですか、リョウさん。以前よりは、ちゃんとジャンプしてみたつもりだったんですけど」

「うむ。とてもいい感じだったぞ、ぼっちよ。その証拠に、ほら」

 

 かたまったままの俺の腕を操り、山田ちゃんが画面をみんなの方に向ける。

 微妙な笑顔で宙に舞う後藤ちゃん。そして、ばっちり写り込んでしまっている白いアレ。無駄に高機能化したスマホのカメラが、その姿を鮮明にとらえてしまっているのだ。

 

「うあっ!? う、うそ、嘘だっ……」

「な、なんというか。ねっ、元気だしてぼっちちゃん?」

「そ、そうそう! 二度あることは三度あるって言うんだし、またがんばりましょうよ、後藤さん!」

「郁代。たぶんだけど、それまったく慰めになってない」

 

 見る間に崩れていく後藤ちゃんの輪郭。決壊をどうにか防ごうと、仲間たちが必死になって押し止めている。

 出てくるのは、乾いた笑いだけ。少しでも潤いを求めるシンジは、無意識に煙草を口にくわえていた。




あと数話で完結予定です。
よろしければお付き合いください。
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