オレとぼっちと鈍い空   作:KKS

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光と影

 薄暗い部屋の中。電源の入ったスマホの画面だけが、くっきりと浮かび上がっていた。

 三角座りをして、ひとりは端末を両手で握りしめている。額にじわりと滲む汗。乾いた喉が、ごくりと鳴った。

 画面に映っているのは、微妙に視線の外れたお兄さんと、萎れそうなピースをキメている顔面蒼白な自分だけ。数時間前にあったやり取りを思い返すだけで、表情がだらしなく緩んでしまう。心が、変になるくらい浮ついてしまう。

 

「す、すごいぞ、私。夢じゃない。ほんとに、夢じゃないんだ」

 

 眼の前にある写真は、幻覚とか妄想の類ではない。

 お兄さんからロインで送信されてきたデータ。すでに何箇所かに分けて保存してあり、なにがあっても万全なようにはできている。

 

「ふへっ、へへっ。自分から撮ろうって誘ってくれたのに、お兄さんもあんまり写るの上手じゃないんだ……。な、なんだか親近感」

 

 スマホを胸に抱いて、ひとりは部屋の天井を見上げた。

 壁一面に張り巡らされたバンドメンバーとの写真。アー写撮影第一弾の時のもので、嬉しさのあまり印刷をする手が止められなかった。

 どうしよう。お兄さんとの一枚もいつでも見られるようにしておきたいのに、どこにも隙間がない。かといって、結束バンドの大切な思い出を、自分のエゴで剥がしたくはなかった。

 

「あっ、それなら押入れに」

 

 ギターの録音をする時なんかに活用している場所なのである。そこならばまだ余裕があるし、なによりもっともパーソナルな空間で、あの人の顔をいつでも見られると思うと妙に胸が高鳴るのだ。

 コピー機の準備をして、ありったけの用紙をスロットに叩き込んだ。

 ガタガタと本体の揺れる音が聞こえる。がんばれコピー機。がんばって、私とお兄さんの愛の証をこの世に顕現させてくれ。

 

「でへへっ……。さ、さすがにそれは言い過ぎかも。あ、愛の証だなんて、そんな、うへっ……」

 

 虹夏ちゃんたちの助力があったとはいえ、結構うまくいっているんじゃないか、私。

 乗ってきた気分に任せて、ギターを手に持った。近頃さぼりがちになっている動画投稿。ここで一本録っておけば、しばらくバンド練習だけに集中することができる。それに、せっかくリアルでいいことがあったのだから、ネットの向こうにいる誰かに聞かせたくなるのは普通なのではなかろうか。

 

「ふふふっ……。録音はよし、あとは」

 

 できあがったツーショット写真を壁に貼りつつ、ひとりは投稿コメントをどうするか思案していた。

 もはや、妄想の中に頼る必要なんてないんだ。今の自分にはお兄さんという唯一無二の人がいてくれて、日々絆を深めている。もし押入れが開けた場所だったなら、全力で飛び跳ねてしまいたいくらいに心が躍っているのだ。

 

「うげっ、あいたっ……」

 

 低い天井に頭がぶつかる。慣れないハイテンションでいるせいか、普段以上に密閉空間が狭く思えてくる。

 出る杭は打たれる、なんていうがそれは事実なのかもしれない。じんと痛む頭頂部。おそるおそる擦りながら、ひとりは文字入力を開始していた。

 

「ふっ、ふへへっ……。これが全部嘘じゃないだなんてこと、ほんとにあり得ていいんだろうか」

 

 自分のことであるはずなのに、眩しすぎて直視し難い現実がそこにはあるのだ。

 文字を打ち込む指がちょっとふるえる。お兄さんとの関係性の深化は、事実そのくらいの破壊力を宿している。

 

「と、年上彼氏と公園でデート……。疲れた私は、ベンチで膝枕までしてもらっちゃいました……、と。んっ……。ぐっ、うはっ……」

 

 これが、世にいう事実陳列罪なのか。

 すべて嬉しいことのはずなのに、ひとりで考えていると異様なプレッシャーを感じてしまうのだ。

 お兄さんのお店で飲むミルクコーヒーが恋しくなる。

 やわらかな香り。甘いだけでない味が口の中に広がると、それだけで心が満たされる。

 

「あっ。な、なんだろう、この気持ち。いろんなことが一気に起きすぎて、私ちょっとおかしくなってるの、かも……」

 

 常用しているジャージの上着。着ているのがなんだか苦しくなって、そっとジッパーを下までおろす。

 ちょっとだけ軽くなった身体。やや心もとない壁に背中を預け、丸めた上着に顔面を突っ込んだ。深呼吸。それでも、動悸は収まってくれなかった。

 

「残っていないかな。お兄さんの匂い、ほんの少しだけでもいいから」

 

 目を閉じ、暗闇の中であの人の姿を捜した。

 手を伸ばす。けれども指は空を切るばかりで、欲したものに届くことはない。

 

「うう……。んーっ、はあっ……」

 

 人間というのは、強欲な生き物だ。

 一度味を知ったからには、それなしには生きられない。孤独なままでは満たされない空腹。このインターバルがあるからこそ、最高の食事にありつけるという考え方もあるんだろう。けれども、ぼっち生活が長すぎた自分にそこまでの分別はまだなかった。

 貪り、喰らい尽くす。青い春だろうがなんだろうが、勢いで腹に入れてしまえ。

 

「お兄さん」

 

 防虫剤の支配的な香り。

 慣れ親しんだはずのものが、自分の邪魔をする。おまえだけ遠くへ行かせるか、と腕を掴んでくる。

 欠片だけでもいい。深く。さらに深くまで潜って、ひとりはどこかにある残滓を追い続けた。

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