三人を店内に案内し、シンジはカウンター内に入っていく。しばらくは客も来ないだろうし、貸し切り状態のようなものだった。
後藤ちゃんは相変わらず挙動不審で、他の二人の様子を横目でしきりにうかがっている。
とりあえず、なにか飲み物でも。そう切りだそうと、シンジはコップを用意しながら口を開く。
「ドリンク、好きなもの頼んでよ。後藤ちゃんが友達連れてきた記念に、今日はサービ……」
「わわっ、私はいつものやつでお願いしますっ!!!」
おどおどとした態度を一変させ、後藤ちゃんが叫びを上げる。
やりきったという表情。
しかし、発声に気合いを入れすぎたせいか、顔色がちょっと悪くなっている。こういうところがあるから、放っておけなくなるのだろうか。出会いからこれまで、常に鮮烈な印象をくれる少女。纏っているのは陰のオーラなのに、過ごしていて楽しいのが後藤ちゃんという存在なのである。
初々しいリクエストだった。全力で応じてやろうと、シンジは珈琲を淹れる準備を開始している。
「び、びっくりしたあ。そんな声出せたんだね、ぼっちちゃん」
「だね。というか、やるなぼっち。ほんとに、それでオーダー通っちゃうんだ」
「え? そ、そうでしょうか。今の私、もしかしてかっこいい? えへっ、うへへっ……」
ちょっと変わったベースの子が、感心の眼差しを向けている。それがよっぽど嬉しかったのか、後藤ちゃんは全力で相好を崩していた。
「妹ちゃんと山田……ちゃんはどうしようか。用意はしてあるし、ソフトドリンクでも全然構わないけど」
「それなら私は、炭酸入りの甘いやつで。ここまで歩いて、喉も乾いたことだし」
「了解。最後に、山田ちゃんの注文をお聞きしようか」
妹ちゃんのグラスに氷を投入し、冷やしてあった瓶入りの炭酸飲料を取り出す。ペットボトルのものではどこか味気ないし、なによりこの店の雰囲気にもそぐわないと思った。
栓抜きを探している間も、山田ちゃんの答えは出なかったようだ。
別に、迷うほど豊富にメニューがあるわけではない。
開栓した瓶とグラスを妹ちゃんの前に置く。店に来ると、決まって同じものを飲んでいる気がしていた。弾ける笑顔。もっと小さな頃から知っているだけに、なにもかもがほほえましく思えてくる。
「……へい大将。私にも、いつものやつを」
「いや、知らんが。それに大将なんて、オレ呼ばれたことないし」
「ちっ、だめか……。だったら、私もぼっちと同じものでお願いします。年下美少女を虜にした味が、どんなものか気になるので。ね、ぼっち」
「えっ? な、なんですか、リョウさん」
「ふふっ。なんでもないよ、別に」
不思議系クール美少女。山田ちゃんのことを見ていると、そんな言葉が浮かんでくる。
毒気、というと失礼かもしれないが、独特な要素を持ったメンバー二人を、妹ちゃんが如何にして牽引していくか。できたばかりではあるが、それがバンドの将来を左右するのではないか、という気になってくる。
「そういや、バンドのボーカルは誰がやってるんだ? まさか、飛び入りの後藤ちゃんじゃあるまいし」
「お、お客さんの前で歌なんて絶対無理です……。もし歌詞飛ばして野次られたりなんてしたら、うっ……、想像しただけで気分が」
冗談で言ったようなものだが、いつか後藤ちゃんの歌声を聴ける日が来ればいい、と思わなくはないのである。
やりきれない感情。鬱屈とした日々の中で、積み上げられた想い。そうした要素が、どのようなかたちで外に向けて発せられるのか。いちバンドをやっていた人間として、気にならないはずがなかった。
「あはは……。実は、ボーカル兼ギターだった子に逃げられまして。それで、偶然ぼっちちゃんを見かけて、サポートを頼むことになったんですけど」
「ああ。なら、現状はボーカル不在ってわけ」
「私がフロントマンやってもいいけど、それだとワンマンバンドになりすぎるから自重してる。なので、誰かいい子を知っていたら紹介してください、お兄さん」
「なかなか難しい相談だねえ、それは。みんなくらいの年頃の子なんて、この店にはまず来ないし。後藤ちゃんと知り合ったのが、奇跡的なくらいだよ」
「えっ、えへへっ。奇跡的だなんて、褒めすぎですよぉ、お兄さん。で、でも、よければもっと言ってもらいたい……!」
本当に、スイッチのオンとオフが激しい子だと思う。
ちょうど出来上がったミルク入り珈琲を、シンジは二人の前に並べていく。立ち上る湯気。少し渋さのようなものが含まれていて、全体を引き締める役割を担っている。
後藤ちゃんが、ソーサーに乗ったカップを遠慮がちに引きずっている。スプーン。二本の指で、摘むように持っているのがかわいらしい。
「おっ、いい香り。それでは、いただきます」
合わせられる両の手。きちんとした所作をこなしてから、山田ちゃんがカップに口をつける。
横柄でいるようで、案外礼儀を心得ている。今の山田ちゃんを見ていると、あのなんでもない雑草にもそれなりの真心が込められていたのではないか、と錯覚しそうになる。
「うむ、美味しい。お子様の虹夏には、ちょっと早い味かもしれないけど」
「さらっと人の悪口言うのやめい。そ、それにあたしだって、今日は気分じゃなかっただけでコーヒーくらい飲めるし?」
「ふうん? そうらしいですけど、お兄さん?」
「あう……。し、シンジさん……?」
懇願するような表情。ここは、かわいい妹ちゃんの面子を守ってやるべきなのか。
その間も後藤ちゃんはひとり珈琲を楽しんでいて、時折物憂げに天井を見つめていたりする。
「ううむ……。まあ、たまには、ね?」
「おおっ、めちゃくちゃ怪しい擁護がでた。これは真実が明らかになるまで、毎日タダコーヒーを飲めという天啓なのでは?」
「ないない。それに散財してなければちゃんとお金あるんだし、リョウは自分のお金で飲みに来なさい」
「虹夏。お兄さんじゃないけど、その相談は難易度が高すぎる。私に散財するなって言うのは、呼吸するなって言ってるのと同じ」
「若干いい感じにまとめようとしない! ほんと、そんなだから雑草食べる羽目になるんでしょ、あんたは」
ずずっ、と慎重に珈琲を味わいながら、後藤ちゃんが二人のやり取りを見つめている。
言いたいことがあるのに、話の輪に入るタイミングを計れないでいる。時折自分の方に眼を向けてくるのは、そのためなのか。
頃合いをうかがい、後藤ちゃんに目配せをする。理解してもらえていると思っていなかったのか、視線は少し泳ぎ気味だった。
「あ、あの、たまになら、ここでバイトしてもいいって、お兄さんが。そのお給料代わりに、ご飯を食べさせてもらえば、リョウさん的には助かるんじゃないでしょうか? ほ、ほら……、お金だったら、別のことに使っちゃいそうですし」
「むう。虹夏があることないこと吹き込むから、ぼっちの中で私の評価がどんどん下がっているのでは」
「ほほう? あたしは、あることしか言ってないつもりなんだけどなー? ぼっちちゃんも、そう思うよね?」
「えっ!? い、いえ、私はそのぅ……」
後藤ちゃんに言ってしまった手前、バイトのことも本気で考える段階になってきてはいた。
食事で現物支給をするだけなら、ハードルとしては結構下がる。ついでに、試作品に対する意見を聞いたりすることも可能になるだろうし、思っているよりも有意義になりそうな感じもする。
「予備のエプロンとか、買っておこうかな。山田ちゃん、スタイルいいから結構似合いそうじゃない」
「あっ……。や、やっぱり、手伝ってもらうならリョウさんみたいな人がいいですよね……。私みたいなどうしようもない社会不適合者に、着せるエプロンなんてあるはずない……」
どんどん小さくなっていくピンク色をした塊。
それはそれで見ていて飽きないものなのだが、妹ちゃんの刺すような視線が少し痛い。
「あれ、来てくれないんだ、後藤ちゃんは。残念だなあ。オレ、まあまあ楽しみにしていたのに」
「た、楽しみ? えっ、あっ、今のって、私の聞き間違いじゃないですよね、虹夏ちゃん?」
「よかったねー、ぼっちちゃん。シンジさんに、かわいがってもらえてるみたいでさ。あっ、だからって、ウチの仕事すっぽかしたりするのはダメだよ?」
「そそっ、それはもちろん。大事ですもんね、お金……」
息を吹き返した後藤ちゃんが、やたらと期待に輝く眼差しを自分に対し向けている。これでポジティブな方向のやる気が生まれたのなら、提案を受けた甲斐があるというものだ。
「万が一、JK効果でお店の売り上げアップした場合、取り分はもらえたりするのでしょうか、お兄さん」
「あはは……。貪欲だなあ、山田ちゃんは」
「現ナマ、めちゃくちゃ大事……。あっ、ぼっちは承認欲求さえ満たされれば平気だと思うんで、溢れた分はぜひとも全部私に」
「ええっ!? わ、私もお金は欲しいです、リョウさん……」
寂れた店内に響く若者たちの声。
乾いた笑いを洩らすシンジは、どこか現代社会の闇を垣間見たような気持ちになっている。