オレとぼっちと鈍い空   作:KKS

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再会と出会いと

 珍しく、一度に客が五人も入っている。

 軽食の注文も受けているから、多少は慌ただしくもなる。そんな中、シンジは機嫌よくカウンターに座る客に話しかけていた。

 

「どうよ、そっちの調子は。少なくとも、オレよりかは忙しいんだろうけどな」

「仕事柄、暇でいるわけにはいかないんでね。藤原んとこも、今日は繁盛してるみたいじゃないか」

「はははっ。こういう日もなけりゃ、やっていけないっての。それに、おまえだって困るだろ? 下北沢で時間つぶせる場所、なくなったらさ」

「うん、違いない。だから、これからも頑張って生き抜いてくださいよ、マスター」

 

 そう言って、スーツ姿の男が笑う。

 司馬薫。かつてのバンドメンバーで、ドラムを担当していた過去がある。地方から来た仲間が帰郷していく中で、司馬と自分だけが東京に残っているような状態だった。

 

「そうだ。試供品いくつか持ち運んでるけど、欲しいやつなんてあったりするか? これなんて、彼女にあげたら喜ばれると思うなー」

 

 小さな瓶。ちょっと顔をにやつかせながら、司馬が指で摘んで振っている。

 司馬が勤めているのは化粧品の会社で、そこでこれまで営業を担当しているのだった。自分なんかより、ずっとまともに社会人をやっている。昔から要領がよく、バンド内の均衡が保てていたのも、この男の存在による部分が大きかった。

 

「彼女? いるか、そんなもん。というか、わかってて言ってるだろう、貴様」

「あははっ。いやいや、おまえ見てくれは悪くないからさ。そろそろ、客のひとりでも引っ掛けたのかと思ったのよ」

「ひ、ひとりっ!? な、ないない。そんなこと、あるわけないって」

 

 ひとりと言われて、後藤ちゃんの顔を思い出さずにはいられなかった。もちろん、それは言葉の綾でしかないのだが、どうしても挙動が怪しくなってしまう。

 

「あら? もしかして藤原、ほんとに思い当たる節があったりして。おっと……。ぼちぼち、時間だわ」

 

 腕時計を見ながら、司馬が疲れたように呟いた。

 これから、近くまで営業に行くらしい。相手はなかなか手強いようで、それに対する気負いが立ち上がる速度にまで如実にあらわれている。

 珈琲代を精算し、釣銭を司馬に手渡した。再会は、またしばらく先になるのだろう。数少ない昔からの友達だけに、寂しさが多少はある。

 

「じゃあな、藤原。珈琲、うまかったよ」

「おう。そっちも達者でな、司馬」

 

 店の外まで司馬を見送る。時間的には夕刻に差し掛かっているが、空はまだ明るいままだった。

 姿の小さくなっていく旧友。軽く伸びをしてから、シンジは店内にもどろうとした。

 

「あ、あの、すみません。いきなりなんですけど、少しだけ匿ってもらえないでしょうか」

 

 聞こえてくるのは、少女のような声。一瞬気のせいかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 ギターケースを背負った少女。どう見ても後藤ちゃんではない。明るい髪色。身だしなみに気を遣っているのか、うっすらとだが香水のかおりがする。

 

「事情……をうかがう余裕はなさそうだな。まあ、入りなよ。人助けにも、慣れてきたところなんでね」

「あ、ありがとうございます、店員さん!」

 

 エプロン姿から、店の人間だと判断したのだろう。責任者だと思ってもらえなかったのはちょっとだけ悲しいが、無理があるといえばまあそうだった。

 ギター少女二号、と心の中で呼称することにする。とにかく店の中に案内し、カウンターに座らせた。

 そわそわとした様子からして、誰かから逃げている途中なのかもしれなかった。バンド内でのトラブル。あるいは、もっと別の理由があるのか。

 

「えとっ、アイスコーヒーをお願いします。あっ、できれば甘いシロップつきで」

「ご注文ありがとうございます。……気、遣ってくれなくてもよかったのに」

「あはは……。でも、喉乾いてるのは本当なので。お兄さん、ここの店長さんなんですか?」

「ご明察。といっても、オレひとりの店なんだけどね、ここ」

 

 あの時の後藤ちゃんと違って、ギター少女二号(仮)は明確に注文を行っている。

 この様子であれば、理由を聞いても問題はないのかもしれない。男女間のもつれとか、かなりプライベートなことなら、そこで突っ込むのをやめればいいだけだった。

 

「私、ちょっと前までバンドに参加していたんです。担当はギターボーカル。だけど、歌はともかく、実際はギターなんてまともに弾けたためしがなくって」

「なんだか、結構な理由がありそうじゃない。言いたくなければ、無理しなくてもいいんだよ」

「いえ。私は、全然平気ですから。それに店長さん、なんだか話しやすいですし」

「お褒めいただいた代わりに、ちょっと多めにしておいたよ。はい、どうぞ」

「わっ、なんだかすみません。匿っていただいた上に、こんなサービスまで」

 

 ギター少女二号(仮)が笑顔になる。全体的にきらきらとしていて、後藤ちゃんの対極にいるような子だな、なんて感想が不意に浮かんできてしまう。

 話によると、先輩に憧れてバンドに入ったまではいいものの、いざ本番となると嘘がバレるのが怖くて逃げ出してしまったらしい。

 ほほえましい騒動ではあるが、脱走された当人たちにとってはたまらないだろう。というか、消えたギターボーカルと聞いて、頭の中に引っかかるものがあるのは確かだった。

 

「それで今日、勇気を出して謝りに来たんですけど、心の準備ができる前に遭遇してしまって、そのぅ……」

「なるほど。それで、思わず逃げちゃったってわけだ」

「そうなんです。うう……。情けないですよね、私。ああ、シロップの甘さが心に染みるわ……」

 

 なんというか、独特な空気感のある子だな、と会話をしながらシンジは思っていた。

 からん、と入口の扉が開く音がする。今日は本当に来客が多く、これもなにかの巡り合わせなのかという気がしてくる。

 

「こんにちはー、シンジさん」

「久しぶり、大将。今日も今日とて、ゴチになります」

 

 ちょっと身構えていたことが馬鹿らしくなる。

 入店して来たのは顔見知りの二人で、声に応じるように小さく手を上げてみる。

 

「うあっ……!? あ、ああっ。どうして、そんな……」

 

 急に狼狽えはじめるギター少女二号(仮)。そうこうしている間に、妹ちゃんと山田ちゃんがカウンターに近づいてくる。

 びくり、とふるえあがる身体。ギター少女二号(仮)は、グラスを手に持った状態で完全にかたまってしまっている。

 

「へっ? 喜多ちゃん、どうしてここに……」

「あっ、ほんとだ。よかったね、虹夏。お兄さんにたかりにきたおかげで、捕まえる手間が省けたみたい」

「やっ、せめてもう少し、オブラートに包んだ表現してくれない? というか、そんなことはどうだってよくて」

 

 頭の中。うまく嵌っていなかったパズルのピースが、正解を見つけたような感覚が生まれている。

 妹ちゃんのバンドから逃げたボーカル。それこそが、喜多ちゃんと呼ばれたギター少女二号(仮)の正体だったのだ。

 

「もう。心配してたんだからね、喜多ちゃん。さっきだって、一瞬姿が見えたかと思ったらすぐに消えちゃうしさー」

「す、すみません、すみません! この前のこと謝ろうとしてたのに、私また……」

「ま、まあまあ、落ち着いて? 私もリョウも、別に怒ってるわけじゃないんだから。ねっ、シンジさん?」

「どうして、そこでオレに話を振る。タイミング的には、山田ちゃんに聞くところじゃないの、これ」

「いや……。リョウはご存知の通り、あれな子なので……。話をややこしくしても、今は仕方がないかなあと」

 

 妹ちゃんの眼が泳いでいる。

 その言葉が若干不満だったようで、山田ちゃんはぷくっと頬をふくらませていた。

 

「かっ、かわいいです、先輩。ふくらんだほっぺ、ぷにって押してみてもいいですかっ!?」

「やっ、どうしてそうなる。というか喜多ちゃん、切り替えめちゃくちゃ早いね」

 

 表情を輝かせるギター少女二号(仮)あらため喜多ちゃんに、思わずツッコミを入れてしまう。

 山田ちゃんはわれ関せずといった様子で、ぼんやりとメニューを見つめていた。

 

「あっ。そういえばシンジさん、ぼっちちゃんのロイン返してあげたんですか? もうすぐここに来ると思うんですけど、全然返信がこないってさっきからあたしに嘆いてて……」

「ぼっちちゃん? ぼっちちゃんて誰ですか、伊地知先輩?」

 

 スマホを取り出し、ロインを確認する。

 後藤ひとりからのメッセージ。あっても数件だろうと考えていたのは、大きな間違いだった。

 二桁を優に通り越し、その総数は五十を数えるまでになっている。これはまずい。店の扉が再び開いたのは、そう思った時だった。

 

「おおっ、お兄さぁん……! うっ、えぐっ……」

 

 入店するなり、力尽きた後藤ちゃんが膝から崩れ落ちていく。流れる涙の量は果てしなく、この前以上の水たまりが床に発生していた。

 妹ちゃんから向けられる、憐れみを多分に含んだ視線。動揺する心をなんとか鎮め、必死に指を動かそうとした。

 

『ほんとごめん』

 

 静まり返った店内。短い着信音が、後藤ちゃんの握るスマホから鳴っている。

 今のシンジにできる精一杯は、そうやってロインに返事をしてやることだけだった。

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