千束の元相棒が自殺しかけた   作:曇らせピエロ

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 止まるんじゃねえぞって曇らせじっちゃんが言ってた。けど明日は休むと思う。感想は明日返します。
 ※嘔吐表現あり、見る人はご注意を。


四話

 

 

 リコリコが閉店し、働き終えた二人は一緒に帰っていた。いやー疲れた疲れた、と言ってる千束に対して真菜はため息を吐きながら、今の感覚に違和感を感じていた。

 

 

「(変な感じ……)」

 

 

 体力が余っているのに今日が終わる事が変に感じた。今までの任務の慣れ、疲労や疲弊感を感じて眠る事の方が多かったせいか、何か落ち着かない。記憶はなくなっても身体はその日々を覚えている。その体力が有り余った感覚に困惑しているようだ。

 

 

「どしたの?」

「いや、なんか体力が全然余ってて疲れないから……落ち着かないっていうか」

 

 

 楠木曰く、真菜は非番の日でさえ鍛錬していたらしい。それ以外は支給された本を読んでいたりするが、精神的苦痛を鍛錬で誤魔化して眠りにつく事が特に多かった。日々の任務の疲労感を覚えて日常を生きてきた真菜にとって、リコリコで働くだけなのは疲れにもならなかった。

 

 落ち着かない様子の真菜の頭に千束はポン、と手を頭に置き優しく撫でる。やや顔は曇りながら優しく諭すように口を開く。

 

 

「疲れなくていいんだよ。ゆっくり慣れてけばいいし」

「でもこれじゃ眠れる気がしなくて」

「じゃあウチで一緒に映画でも見ようよ!今夜はパジャマパーティーだぁ〜!コンビニ寄ってかない?」

「いいよ。でも何買うの?」

「映画と言えばコーラとかポップコーンでしょ。あっ、ポテチでも可」

「リコリスって余分な脂肪はデメリット……あれ」

 

 

 ほんの少しだけ、記憶がフラッシュバックした。

 非番の日に休み方を知らない真菜をフキが映画館に連れていってくれた時に同じような会話をしていたのを思い出す。

 

 

『あぁ?映画と言えばコーラとポップコーンだろ。一緒に食べるならデカいの買っとけ』

『いいの?余分な脂肪はデメリット』

『今日くらい考えんな、ほら行くぞ』

 

 

 手を引かれて、映画館に入った記憶がある。

 何を観たかは覚えていないけど、真菜にとって楽しかった思い出だった気がした。

 

 

「フキと同じような事言ってる」

「えっ?」

「意外と、二人って似てるのかもね」

 

 

 え〜、絶対似てないでしょ、と千束は苦笑している横で真菜はほんの僅かに微笑んでいた。立ち止まって真菜の顔をもう一度見ると、どうしたの?と首を傾げるだけだった。

 

 でも、少し笑えた。昔みたいにほんの少しだけ笑顔になれた真菜に千束は涙が滲みかけた。

 

 

「千束のオススメは?」

「『ガイ・ハード』!」

 

 

 今日は、眠気が来るまで夜更かし決定。

 満喫する為に二人はコンビニに立ち寄った。

 

 

 ★★★★★

 

 

「うぅ……ん、ん?」

「おはよう、千束」

「あっ、真菜……って時間は!?」

「まだ7時だよ。顔洗ってきたら?」

 

 

 夜更かしして寝坊したと思っていたが思った以上に早かった。

 良い匂いに千束は起き上がると、テーブルにはガレットとサラダとコーンスープ、そして店長のミカ特製ブレンドの珈琲とバランスの良い朝ご飯が並んでいる。

 

 藍色のエプロンをつけて食卓を並べた真菜は先に席に着くと千束も遅れながら席に座り手を合わせた

 

 

「おおー、美味しそう」

「ネットって凄いよね。作り方一瞬で検索できちゃう」

「おばあちゃんみたいな言い方」

「意外と大変なんだよ。感覚的に触れた事があっても記憶が無いから使い方忘れてるし。記憶があればもっとやりやすかったけど」

「……この話やめようか」

「千束が言い出したのに?まあいいけど」

 

 

 真菜はどうして記憶喪失になったのかは知っているが、その過程でどうして自殺しようとしたのかに関しては千束は伝えていない。少なからず今は言える状態じゃないことは確かであるし、このまま話さない方がいいとまで思っている。辛い記憶なんて思い出してほしくないという千束の願望もあるが。

 

 

「と言うか真菜ちゃんと寝た?」

「寝たよ。私ショートスリーパーだし」

「……それ寝つき悪いだけじゃない?」

「………」

 

 

 真菜は何も言わずにガレットを頬張った。

 その様子を千束はじっと見て誤魔化させないようにしていた。居た堪れなくなったのか真菜は視線を逸らした。

 

 

「一週間の間、ずっと私より先に起きてたよね」

「……まあ」

「何時間寝たの?」

「……四時間」

「それ普通の睡眠時間じゃないから」

 

 

 真菜の目の下には隈が出来ている。

 仕事中も欠伸を何回もしていたのを覚えている。普通、社会人の平均睡眠時間は約七時間と言われているが、DAの任務もない真菜がそれしか取れていないことに顔を顰めた。

 

 

「いや……まあ深く眠れなくて」

「山岸先生に頼んで睡眠薬貰おうか?」

「そこまでしなくても」

「寝ないと辛いよ」

 

 

 深く眠れないのは体質だと錯覚しているが、真菜の場合は単純な習慣によるものだ。DAにいた頃の感覚や習慣を身体が覚えている為、睡眠にもそれが影響している。時間が経てば治る筈だが、少し舐めていた。染み付いた感覚はこんなにも厄介なのかと千束は頭を抱えた。睡眠薬を飲んで寝るのも一つの手だが、真菜は首を横に振った。

 

 

「本当にヤバかったらそうするから今は気にしないで」

「……分かった」

 

 

 そう言って千束は渋々納得した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 気が付けば真菜は廃校の教室に立っていた。

 暫くの寝不足で身体が疲れていたのか直ぐに眠れて、浅かった眠りも今回は深く眠れる気がした。微睡んだ感覚で廃校の廊下を歩き始める。

 

 薄暗くて、灯りもなくて、空は曇天に包まれていた。

 意味もなく歩き始めて、辺りを見渡しても変わり映えしない景色。歩き続けるとその奥には体育館の扉が見えた。

 

 関心も何もないのに真菜は体育館の扉の前に立つ。

 この先に何かがある、そんな幼い子供のように好奇心で扉を開いた。

 

 

「───」

 

 

 そこは地獄だった。

 目の前に広がっていたのは無数の死体。

 頭を撃ち抜かれて死んだ名前も知らない誰か、喉を切り裂かれて苦しんで死んだ顔をした知らない男、紺色や白色の制服の知っていた筈の女の子が血濡れて息絶えている。

 

 誰かも知らない、誰も覚えていない。

 ただ無惨に死に絶えて骸となって血みどろの世界を体育館という狭い空間で作り出していた。

 

 

「───」

 

 

 誰かがこっちを見ていた。

 視線を感じた場所に首を向ける。死体の一つが虚な目で此方を見ていた。視線が増えた。名前も知らない死体だった男が、苦しんで絶命した男が、制服を着た女の子が、屈強そうな男が、か弱そうな女が、子供が、青年が、老人が、死体の全てが虚な瞳で此方を見ていた、

 

 気が付けば自分の服は赤い制服で、返り血で黒く滲んでいた。左手にはナイフ、右手には銃が握られて、まるで自分が殺したようなその惨状に慌てて武器を放り投げた。

 

 

 足が動かない、身体が動かない。

 此処から逃げたいと思うのに身体がまともに動いてくれない。ドロドロと溶けていくような自分の感情に恐怖で震える。

 

 手が冷たい。

 震えながらも自分の手に視線を向けた。血で滲んで黒くなった手が目の前で溶けた。肉片がドロドロと溶けて、剝き出しとなった骨の手が投げ捨てた筈の銃に導かれるように引っ張られた。

 

 逃げたい、もう何も見たくない。 

 目を瞑ることすら出来ず手を引かれて捨てられた銃を拾わされた。銃の安全装置を外し、その銃口は此方を見続ける死体にではなく、自分へと向けられた。

 

 

「───!」

 

 

 冷たくなって死に囚われた右手に怖くなって引き鉄を引かせないように力を入れても遅かった。死が近づいてくる恐怖に叫ぶ事も出来ず、その引き鉄は引かれた。

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああっ───!?!?」

 

 

 

 叫び声が部屋に木霊する。

 喉が張り裂けそうなほどの絶叫が響き渡った。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 夢というにはリアルすぎる光景、血みどろの地獄を忘れられず息が上がる。心臓の鼓動は早いというのに身体は異常なほど寒い。特に冷たくなった右手を左手で握りしめても温かさを感じない事に気持ち悪くなってゾッとした。

 

 

「うっ、ぉえ……!」

 

 

 吐き気を噛み殺しトイレへと走る。

 見えた光景に耐えきれず胃の中のものを全てぶちまけた。右手が冷たい、冷え性だというわけでもないのに冷たく感じ、夢の光景がフラッシュバックする。寝汗でパジャマが身体に張り付いていて、寒く感じるのが怖くて身体は震えていた。

 

 

「真菜!?大丈夫!?」

「ち、さと……ちさとぉ……!」

 

 

 眠っていたはずの千束もその叫び声で目を覚まし、トイレに駆け込んだ真菜の背中を摩る。真菜は真っ青な顔をして千束に縋るように顔を胸へと埋めた。涙が出ながら冷たく感じる手を千束の背中に当てる。

 

 人肌の温かさを感じて恐怖を紛らわせようと縋りついて、ぐちゃぐちゃの感情で真菜は泣き続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 翌朝、いち早く山岸先生の所に診断に行った。

 夢のフラッシュバックによる発狂に千束もどうすれば良いか分からずに山岸先生に連絡した所、強めの睡眠薬と鎮静剤を処方される事になった。

 

 夢見が悪いのは、真菜が前に少し似たような夢を見たからだ。前回見た悪夢はただ目が覚める程度に収まっていたが、深く眠ろうとすれば悪夢を見てしまうと錯覚し、深く眠ろうとしなかったのが原因らしい。毎回そんな事は起きるはずがないと理解しても、悪夢に苛まれる事を恐れた真菜は睡眠薬すら恐れた。

 

 山岸先生は手が冷たいなら手袋でもしておけと進言され、真菜は日常生活でも黒の革手袋を着けるようにした。忘却した記憶はいつ戻るか分からないが、同じ経験を見たり、同じ感覚を感じたりすれば思い出す事もある。手が冷たく感じると血が滲んで人で無くなったような感覚や悪夢がフラッシュバックするらしく、当然ながら今の真菜は銃も握れない。

 

 皮肉な話だ。

 記憶を呼び覚ますキッカケが見つかったのに喜べずに記憶を思い出させないために処置をするなど。だが、今の真菜に耐えられる記憶ではないのも理解し、記憶を元に戻そうとする試みは暫くは止めるように厳命された。

 

 

「ごめんね……心配かけて」

「ううん、私こそごめん」

 

 

 冷たいと錯覚した手を千束は優しく握る。

 手袋を買うまでは暫く手を握るようにした。冷たくないって思えさせられるように。

 

 ボロボロで、銃で出来たタコだらけの気持ち悪い手を千束は気にする事なく握り続けた。

 

 

「……ありがとう」

「これくらい大丈夫、いつでも言って」

 

 

 冷たく感じていた右手はあたたかい。

 今は、もう怖くなかった。何も思い出さない。今はそれが真菜にとって幸せだった。

 

 

 

「千束の手はあったかいね」

 

 

 

 真菜がそう呟くと、千束は握る手を強くした。

 忘れてしまった方が幸せなのに、忘れられないその記憶はまだずっと真菜を苦しめている。普通にさえ生きさせてくれない過去の業に千束は哀しそうな顔をしていた。

 

 

「……千束?」

「大丈夫、私がついてるから」

 

 

 迷子の子供の手を引くように、ゆっくりと真菜のペースで歩いていく。千束は悟られないように笑って罪悪感を押し殺した。苦しんで、死にかけて、忘却しても尚苦しみ続ける真菜を見て、こうなるまで友達として気付いてあげられなかった自分を千束は呪った。

 

 






 傷だらけにした彼岸花を必死に枯らさないように育ててる千束。結果曇るからマジで滴って曇らせ意欲が止まらない……!多分次回たきな出す。曇らせが見てぇ……!足りない!もっと曇らせを寄越せ!!という方、感想評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。

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