千束の元相棒が自殺しかけた   作:曇らせピエロ

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 明後日まで休み。そろそろ就活がヤバ目。


五話

 

 

 それから二年が経った。

 真菜の精神も大分安定してきた。殺し続ける非日常から漸く普通の生き方が出来るようになった。表情筋も柔らかくなった。無表情である事が多いが、時々微笑む真菜を見た客は清廉な乙女のような神聖さを感じて頬を赤くするらしい。真菜目当てで男性客や学生が増えて経営の状況も上に上がりミカも笑顔だった。千束は面白くない顔をしていた。

 

 ただ、リコリスとしての仕事は千束が殆どさせないようにしていた。やる事は大体は送迎程度。少し過保護ではと思うのだが、仕方のない話でもあった。

 

 今の真菜は銃を握れない。

 銃の感触から記憶のフラッシュバックに千束が真菜に銃を持たせないようにしているのだ。ミカから渡された万が一の時の専用武器も殺傷能力は無い。どうしても千束は真菜に人を殺させたくないようだ。

 

 とはいえ、思い出さなくてリコリスとして復帰させるように依頼した楠木の意見も否定出来ず、渋々ながらミカは一度真菜の戦闘能力を見たのだが……

 

 

「うおっ……!?」

「あっ、す、すみません」

 

 

 絶句した。

 ミカは自分より体格の小さい真菜に容易く投げられた。ミカはペイントの模擬銃を使い、真菜は銃を持っていない状態での勝負。ミカが圧倒的有利な上に記憶を失った真菜に負けるはずが無い筈だった。

 

 真菜には線が見えた。

 その行先に向けられた線の終着点はミカの首、目、心臓へと伸びていて真菜はその感覚のままに動き、気が付けば銃を持つ手を捻り、放り投げていた。

 

 合気道の手捌きだけではなく、対テロリストの制圧術が混合した真菜の技術。記憶を失っているはずなのに、ミカは真菜のペースに呑まれて敗北した。

 

 

「どうしてそんな動きが出来る……」

「えっ、と…行動する時とかって線とか見えませんか?」

 

 

 アラン機関にも認められたその力。

 あらゆる最適解を可視化し、行動する能力は忘却していない。

 

 紛れもない殺しの才能。

 無駄のない殺しのルートが見えている。記憶を失っても尚その技量だけは身体に焼き付いていた。無意識だが、自分がどうすればいいかを可視化して行動出来ている。全盛期の戦闘能力の四割低下の意味は真菜の技量が落ちたのではなく、銃を持てなくなった事にある。

 

 殺しの才能がありながら殺す事が出来なくなった。殺す力を不殺に使う才能の無駄遣いというべきか、四割低下は不殺しか行えなくなった事に対しての評価だ。銃口を向けられても恐怖の前に身体が動いている時点で、普通ではない。

 

 

「ただ、少し怖いんです」

 

 

 黒の革手袋を着けて心情を口にした。

 

 

「手袋を外せばなんとなくどうすればいいかわかるんですけど、ずっと外してると無意識で殺しに走るんじゃないかって」

 

 

 手袋を外す事による一種の暗示。

 暗示やルーティーン、特定の行動を起点に集中に没頭する。山岸先生の所に通う事で、真菜は過去との向き合い方を考え、手袋を外す事を起点とし、自分の過去をフラッシュバックさせる事で忘れていた技量を取り戻す事が出来るようになった。

 

 ただし、暗示は長時間も持たない為、精々十五分程度。それ以上は今の自分が曖昧になるような感覚に陥る事があるらしく、倫理観や価値観、自分が大切だと思っていたものが欠落し始めるようになるというのが真菜が実際感じた感想だ。

 

 その上、人を殺せない。銃もナイフも持てない。

 結果取り戻せたのは可視化出来る道筋、予想による行動、視線を感じ取る感性、武術総称の真菜の制圧術だ。どれも人を殺せる技術に直結してる以上、記憶が戻る可能性も否めない。

 

 

「目の前で死なれたら、私多分……」

「いい。その先は言わなくていい」

 

 

 真菜も暗示中は全能感に酔いしれる感覚ではない。むしろ気持ち悪くて、手袋を外したくないくらいだ。そして、その後ミカの戦闘報告を受けた千束は真菜をより強く依頼に連れて行こうとしなくなった。

 

 

「難儀な話だな、全く」

 

 

 想っているからこそ傷付いてほしくない。

 罪悪感があるからもう苦しんでほしくない。千束の気持ちは痛いほど理解出来るが、真菜は千束の力になれない自分に嫌悪感を抱き始めている。このままじゃ拗れるのも時間の問題だとミカはため息をついた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 店の前の掃き掃除をしながらため息を吐く。

 最近、千束が頑なに任務や依頼に連れて行かない。気が付けば終わらせてごめんと軽口で笑っている。いや、気持ちは分からなくもないのだが、それでも二年間ずっとコレだ。

 

 流石に過保護もここまで来れば束縛とも思える。記憶喪失からまだ日が経っていない時は千束に何度も助けてもらっている。だが、流石に行きすぎている事に不満も覚える。

 

 いや、正確には自分の力をアテにされていない事に少し苛立ちを感じていた。店長であるミカは問題ないと言っていても千束がそれを拒む。そして最近のリコリスの乱射事件、千束に「来ないで、今の真菜じゃ足手纏いだから」と強く言われた。

 

 記憶喪失で弱くなった。けど足手纏いと言われてカチンと来た。それでも、千束のおかげで今を生きれているからその気持ちはグッと抑えた。迷惑かけても、自分に返ってくるだけだから。

 

 

「……ハァ」

 

 

 またため息が溢れた。

 幸せが逃げるというが、既に逃げている気がしてならなかった。

 

 

「あの……此処の店の方ですか」

「ん?そうですけど……」

 

 

 反射的に声をかけられた方向に顔を向けると黒髪ロングで、頬には湿布が貼られ、リコリス指定の紺色の制服を着ている女の子が居た。手に持った藁箒の手を止め、首を傾げた。

 

 

「リコリスの制服、セカンドの」

「本日配属となりました。井ノ上たきなです」

「配属……あっ、そういえばミカさんが言ってたっけ。とりあえず中へどうぞ」

 

 

 近々異動するとは聞いていたが、今日だとは思っていなかったのか拳を掌にポンと置き、納得した様子で新人のセカンドリコリスのたきなを『喫茶店リコリコ』に招いた。

 

 

「ミカさん、ミズキさん。新しい子来ました」

「ん?あぁ、例の子か」

 

 

 珈琲を淹れているミカと開店前だというのに朝からお酒を飲んでいるミズキが反応する。誰その子?と視線を飛ばすミズキにたきなは答えた。

 

 

「本日よりこちらに配属されました、井ノ上たきなです。よろしくお願いします」

「あぁ〜、DAクビになったいう」

「クビじゃないです」

 

 

 例のリコリスの機関銃乱射事件。

 生け捕りという司令の命令を無視した井ノ上たきなの独断による機関銃乱射により、銃千丁の行方が闇に消えた事件。その責任として異動という形で此処に配属されたのだろう。実質クビに近いだろう。厄介払いされたと思えてしまった。

 

 

「此処を預かってるミカだ。そいつは中原ミズキ、元DAの情報部だ」

「元?何故DAを」

「アンタらみたいな孤児を集めて殺し屋育ててるキモい組織に嫌気が差したのよ」

 

 

 盛大な皮肉を溢しながら酒を煽るミズキに、真菜はため息を吐いた。何も本人の前で言わなくてもいいだろと言いたかったが、DAの実態をミズキは嫌っている。秩序を守る裏組織と言っても殺し屋を育ててる事実も、殺しを強要させていることも否定出来ない。

 

 だが、その言葉にも動じることなく無表情のままたきなが真菜に頭を下げた。

 

 

「楠木司令から、こちらに優秀なリコリスがいると聞きました。全力で学ばさせて頂くつもりです。よろしくお願いします、千束さん」

「いや、私は千束じゃないよ」

 

 

 自己紹介が遅れ、千束と勘違いされた真菜は改めて名前を口にした。

 

 

「私は星野真菜、よろしくね井ノ上さん」

「…!貴女が伝説の……!?」

「伝…説……?いやまあDAに居た星野真菜と言ったら私の話だと思うけど」

 

 

 仰け反って僅かに困惑する。

 真菜はファーストリコリスであった事は知っているがそれ以上は知らない。ただ、赤服のファーストリコリスは現在は三人しか居ない。その中の一人であり、優秀であった記憶を覚えていない。伝説と言われてる困惑するのも無理はない話だ。

 

 

「貴女の武勇は京都でも噂されています。電波塔の英雄、裏組織を18箇所壊滅、あらゆる最適解を導く天才、歴代最強のファースト・リコリスと」

「お、おお……ありがとう?」

 

 

 褒められてるのに違和感しかない。

 今の真菜は銃を握れない。握れた時代でそれだけの組織を壊滅させたという事はそれだけ人を殺していたという事だ。取り乱さないようになったが、それでもまだ違和感に顔を僅かに顰めた。

 

 

「貴女からも学ぶ事が多いと思います。ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」

「いや私は……」

「たっだいまー!」

 

 

 記憶喪失のことを言おうとした瞬間、お店の扉を開けて荷物を中に入れる店の和服を着た千束の姿が。元気そうなのは相変わらず、真菜の隣にいるたきなは視線をそちらに向けた。

 

 

「先生大変!『たべモグ』の口コミで、『この店のホールスタッフが可愛い!』って書かれてる!これって私の事だよねー!」

「アタシの事だよ!」

「冗談は顔だけにしろよ酔っ払い」

 

 

 バッサリと告げた千束にジト目を向けるミズキに真菜は口を開いた。

 

 

「ミズキさんも綺麗ですよ」

「おお、なーに褒めてくれるの?」

「整った顔立ちと、綺麗な髪で柔らかくて良い匂いがして、辛い時によく気を遣ってくれて、包容力があって、仕事も出来る素敵な大人な女性で」

「あっ、ちょっとやめて恥ずか死ぬ」

 

 

 褒め殺そうとしてきた真菜にまだ酔ってもいないのに顔が熱くなってきてカウンターに顔を伏せるミズキ。記憶がない分純粋すぎて破壊力がえげつなかった。流石元最強リコリス、こんな殺し方も最強だとは誤算だった。恥ずか死にそうだ。

 

 

「真菜の事も書かれてるよー!『たまに微笑む氷の女の子しゅき』『今日の生き甲斐、結婚したい』『うなじがエロい、めっちゃペロペロしたい』って……」

「いや最後、なんか救いようの無い変態のコメントだったんだけど」

 

 

 此処たまにそんなヤバい客が来ている事に戦慄して身体が震えそうになった。千束は『たべモグ』のツイートに【変態はお断り、何かあったら警察呼びます】と書いて送信していた。真菜は手に持っていた藁箒を倉庫にしまい、自分の髪ゴムに手をかけ、ポニーテールからストレートに髪を下ろした。

 

 

「ミカさん、私上がりますね」

「ああ、わざわざ助かった」

「アレ、真菜予定あったっけ?」

「今日は簡単な清掃だけ。子供達と約束があったから」

「おー、じゃあ行ってらっしゃい!たきなは任せて」

「はいはい」

 

 

 赤い制服ではなく、黒いパーカーと灰色のデニムに着替え腰元に小物バッグを付けて店を出る。制服は着ないのか、とたきなは僅かに疑問を含んだ瞳を向けるが、軽く微笑んで扉に手をかけたのを見て何も言えなくなった。

 

 

「井ノ上さん、また今度ね」

「はい、また今度」

 

 

 伝説とまで呼ばれた最強のリコリス、もっと冷徹で冷酷な仕事人のイメージをしていたが、凛々しさと儚さを兼ね備えた人も殺せなさそうな性格のように思えて、たきなは少し呆気に取られていた。

 

 





 盛大な曇らせを起こす前の前書き。

『星野真菜』
・イメージカラー 灰色、クリムゾンレッド
・髪の色 ワインレッド
・身長155センチ、体重45キロ
・スリーサイズ 76/55/79
【才能】
・最適な殺しのルートの可視化

『能力』
※記憶喪失前
・身体能力S
・射撃精度S
・状況判断力S
・近接格闘術SS
・任務達成率100%
・任務合計436件
・殺害記録2402人

※記憶喪失後 時間制限付き
・身体能力A
・射撃精度─
・状況判断力A
・近接格闘術S
・任務達成率100%
・任務合計7件
・殺害記録0人

 曇らせが見てぇ……!足りない!もっと曇らせを寄越せ!!という方、感想評価お願いします。モチベ次第で曇らせます。

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