しかし、主役の大尉とその親友2人には名前があります
なぜ名前がそいつらだけあるか?さぁ?
さよならを言え
「ぐ…あ、あぁ…」
口の奥からとめどなく嗚咽が漏れる
視界は半分が赤い血に染まり、半分は泥で見えない
サーサーと振る雨が倒れたこの身を叩く
辺りはクレーターだらけだった
主武器であるアンツィオ20mm対物ライフルは持ち主の手を離れ、今は地面に倒れていた
副武器のマテバ・カスタムは左手にある
だが、それを撃つ気力も無い
俺は、目の前の女を睨む
金髪
ゴスロリの様な厳かで…紫を基調とした服
その手を傘に置き、その傘は肩にスっと置かれている
その佇まいは淑女のようにおとしやかだ
雨のおかげで体が悲鳴を上げる
死闘は、圧倒的だった
俺の2つの能力を女の能力で意味の無いような戦闘になった
そもそもの相性も悪い
そいつは、ずっと笑ったままだった
強者の、余裕の笑い顔
ああ、俺達はなんて奴に戦争を吹っかけたんだ
ここで終わってしまうなんて
…母さん、俺はアンタの所に行くよ
その死、その死の気配が俺に安心感をもたらす
…これで少しは楽になるかな
そう思っていると、体が楽になってきた
あれほどの痛みももう無くなっていた
これが、死ぬ前か
本で見たのと違う
暖かい
暖かい
冷たい訳でも、暗い訳でもない
体を温もりが包んでくる
…いや、違う
これは、これは
「死ねると、思って?」
女の
八雲、紫の
温かさ
どうやら、俺は簡単には死なせて貰えないらしい
〇
「ふ、はっ」
2人で畑を耕す
横で鍬を振るは俺の母
力が強くて、並の妖怪なら拳で飛ばしてしまう、凄いヒト
俺達2人は里から少し出てすぐの所に住んでいる
理由は、畑仕事がやりやすいからだろうか
里の土地を買おうとしたらそれで家が買える
それも、ボロ屋じゃなくて結構いいのが
稗田家みたいな御大層なものじゃない
それでも、貧乏人にとって一生使えるものだ
買えないからこそ、外で暮らしているのだ
誰にも所有権が無い、この土地で
…正確に言うなら、幻想郷の作成者の物だろうか
「ふ、疲れたか?腕が止まってるぞ」
「あ、ごめん…少し考え事を」
「してる場合か?全くウチの息子は…」
ふっと笑いながら母はこちらを見ていた
優しい笑みだ、呆れも混じっているだろうけど
そんな母はまた鍬をふった
自分は刀を腰に携えながら、同じく鍬を振る
この刀は無縁塚から拾ってきた捨て物だ
刀身は研いだとはいえガタガタなのが目立つ
もはやなまくらと化しているそれを腰に付けていた
ほぼ、意味は無い
ただ自衛手段を持っている、と誇示しているだけだ
そんなの、意志を持たない下級妖怪に意味は成さないのだけれど
その日も、同じように畑を耕していたのだ
〇
「…母さんは」
何処、という言葉は続かなかった
最近こういう事が多くて少し困っている
いつの間にか母さんが居なくなって、帰ってくる
何をしていたのか聞いても、はぐらかす
凄く心配だ
いつの間にか、死んでいるかもしれなくて
夢で、数回見てしまうのだ
母が腸をばらまいて、その体から赤い血が飛び散るのを
その死に様は時に無様で、時に勇敢で、
時に、幻想的で
そう思う自分を嫌悪したこともあった
それをいつの間にか受け入れていた自分を嫌悪していた
そうして、囲炉裏の前で座っていた
パチパチと火が散る音
鶏肉を使った山賊焼きを作っている
今日は母が帰ってきたら、少し豪華に祝おうと思ったのだ
…
…、……
………、…、…
「遅い」
口からあくびが出る
俺は立ち上がると玄関を開ける
そこには、闇が広がっていた
何も見えぬ、闇
それに少し恐怖する
だが、ここで止まる訳にもいかないだろう
カンデラという照明器具を持ち、歩き始める
柄に手を置き、何時でも襲撃に対応出来るようにする
かさり、かさりと自分が土と草を踏みしめる音が辺りに響く
光に照らされた森は、暗い
何かがこちらを見ている、そんな気がした
やがて、広いところに出た
とても広い、野原だ
そこには季節外れの筈である彼岸花がさいていた
なんだろう、例の花が咲きほこる異変が再発したのか
と、思っていたのもつかの間
その彼岸花の海に立つ1人の人物に目が行った
そこに、居た
あの背中、間違いなかった
「…母さん?」
質素な和服を着た、母
そんな母が背を向けて立っていた
カンデラの明かりに照らされ、浮き上がっている
月の光が、妖々しい
酷く、哀しい背中だった
あの大きい背中は、何処に行ったのか
俺はその背中に手を伸ばす
ここから見る背中はどう見ても幻覚では無い
母との距離が何故だかとても遠く感じた
「…ごめんね」
「…え」
母さんが振り返って、そう言った
何故そんなことを言ったのか分からなかった
ただ、涙を流して、別れを惜しんでいた
どうして?
それが分からなかった
そして、その次に起きた現象も意味がわからなかった
「こんばんは」
透き通る声
母の横におぞましい空間が現れ、その中から1人の女が現れる
ソイツはどう見ても人間じゃない、敵だ
母さんに触れ、そのおぞましい空間にねじ込もうとする
「触れるなぁ!!!」
叫ぶ
錆び付いた意味の無い刀を抜き、振り上げながら走り出す
風を感じるが、今この瞬間では全く認識もされない
距離はもうすぐ刃の届く範囲にまで縮まっている
斬り殺してやる――そう思った時には、2人の姿はなかった
「…!?」
俺は一瞬、何かされたのかと辺りを警戒した
何も無い
草を嬲る風以外、そこには何も無かった
そう、何も無かった
あの不気味な女も
俺の、ただ1人の家族である母さんも
何も、無かった
「母さん?」
自分の声は頼りなく、か細い物だった
恐らく今、それを聞き直せば自分のものと分からないほどに
それ程俺の心は動転していたと思う、いや…していた
「…」
膝が崩れ落ちる音がする
夜の原っぱ、どことも分からない草むらの中で絶望する
これからどうする?
はっきり言って母がいないと俺は生きていけない
野生の動物なら狩れるが妖怪を殺す力なんて無い
「…いや」
必要無い
妖怪を殺す力なんて必要無い
この胸の中で湧き上がるこの感情に流されてしまいたい
がさり、と草むらから音がした
俺は錆びた刀をそちらに向ける
「グルルルァ…」
現れたのは、黒い何か
強いて言うなら獣の形をした黒い煙
ただ、その口らしき場所から垂れる涎はちゃんとした液体だ
「…」
刀を顔の横に両手で構える
この心で湧き上がる感情
怒り
報復の怒り、復讐の怒り
心をドロドロに溶かし、更にこの都を溶かし尽くさんばかりの怒り
最初の矛先は、運悪くそこに居た一匹の妖怪となった
その妖怪は一番の痛みと苦しみを味わいながら死ぬ事になる
それは仕方ない、仕方の無いことなのだ
なぜなら、後に妖怪達に最も恐れられる男に殺されるのだから
ただ、これさえも彼女の計算の範囲内とは、彼も知らないことだろう
怒りとはその時限りのものだ
報復心、復讐心、憤怒
しかし、彼にとっては怒りはその時限りのものでは無かった
報復心という感情は彼の中で、特別なものとなったのだ
そして、それだけは彼女の計算違いであった
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