ゆるして
「ああぁいぃィィィィィ……」
ギリギリともはや砕けそうな歯軋りが辺りに響く
竹林から抜けた先、少しの原っぱが広がっている場所
とある木の下で一人の男が口を半開きにしたり、歯軋りをしていた
「畜生やっぱりなんか折れやがったな…フゥゥゥゥゥンンン!!!」
腕を少しでも曲げようとした瞬間、激痛が襲いかかってくる
かなりあった霊力も今やカラカラだ、もうなんも残ってねぇ
激痛を和らげるにも霊力がなくて無理だ
…あまり使いたくは無い
「使うしかないか…いだだだだだだだ」
ウエストポーチからひとつの薬品を取り出す
"モルヒネ"と紙が貼られた瓶だ、確かこれが痛み止めだった
記憶が正しければの話ではあるが…
「注射器は…折れてないな」
割れても折れてもない注射器を取り出し、モルヒネを抽出する
そしてそれを己の腕に射し込む
腕の中に液体が入っていく感覚がするのも束の間、その感覚は煙のように消えていく
「彼女が作ったものはどうも普通のものと違うらしい」
少なくともこの服の持ち主が持っていたキットのものとは違う
あの薬品はこれより効くのがずっと遅かった
もう効き始めている、腕が簡単に動かせる
…そういう能力持ちなのか
「この場所にはもっとヤバそうな能力持ちが居そうだ」
腕に包帯を巻き付け、添え木を付ける
このまま動かさず霊力が回復した時に一瞬で回復してみせよう
今は少し足らなさ過ぎる、スッカラカンにも程がある
…くらり、と頭が揺らぐ
「う…眠い」
そういえば最近ろくに寝れたのはアリスの家くらいだった
それと単純な霊力切れ、その上であの戦闘だ
もう疲労に疲労を重ねてもう何もする気がおきない
近くの木に背中を預ける
どうも小高い森の木だったらしく、当たりがよく見えた
眼科に広がっていたのは、季節通りか、太陽のような花が咲き誇っていた
皆綺麗だ、太陽のようにキラキラと輝き、己を誇っている
「…向日葵、だっけか」
海外からこちらに入ってきたらしい花
今よりかなり昔のことらしい、知らんけど
母がそう言っていたから、恐らくそうなのだろう
…?太陽のような向日葵?
『幻想郷には"太陽の畑"という場所があってな』
「あぁッ!」
俺は眠りかけていた脳をフル回転し、この場から離れようとした
そういえば母の話には続きがあった
世にも恐ろしい、聞くだけで震え上がってしまうような続きが
「畜生なんで忘れていたっ…」
俺は立ち上がる
そして、見てしまった
『太陽の畑にはこわーい妖怪がいてなぁ』
ゆっくりと、草をふむ音が聞こえる
優しく、草は花に配慮しているような優しく足音が
優雅なる影が近付いてくる
いや、今の俺に言わせれば、幽雅、か
片手にお洒落な傘を、片方の手に見覚えのある編笠を持っている
その影がずっと、こちらに歩いてくる
しかし、その優雅さに合わない暴力的な妖力
俺を簡単に殺せるくらいの圧倒的妖力
俺はモルヒネを1本丸ごと注射した
注射器1本程度の量で逃げ切れるとは思えない、思わない
足が震える、少しだけ右足が後ろに下がった
母の声がよく思い出せる
『名前を、風見幽香…彼女は良い奴だけれど…会わない方が良い』
「はじめまして、これは貴方の編笠かしら?」
彼女が放ったのはその言葉、ただ、それだけでも恐ろしかった
〇
母はよく話をしてくれた
囲炉裏を囲っている時、畑仕事をしている時、暇な時
幻想郷についての話を楽しそうに、時に悲しそうに語った
どれもこれも噂ではなく、本当の事だ
幻想郷ではよく有り得る事だ
『空の上には霊界があってな、一人の姫様が居るらしい』
『人里には人に協力する半妖が寺子屋を開いているらしい』
『妖怪の山には奴隷商売があるらしい…性的な方の』
『最近、変な屋敷が湖の近くに出来たらしいな』
『雲のさらに上には天界って場所あってな、暇を持て余した奴らが桃を食ってるらしい』
…とかとか、色んな話をしてくれた
こうやって探し回ってみれば実物を見なくとも現実にあると思える
だって、幻想郷だからな
ただ、どこに行くにも危険は付き纏う
そこら辺の野良妖怪が襲いかかってきたり、運悪く腹を壊すこともある
いい事をしてれば悪いことは無いと言うがそんなことは全然ない
なぜなら、悪い方からちょっかいをかけてくるからだ
いつもいつも、面倒くさい
こちらは平穏に生きていたいというのに奴らはいつも邪魔をする
まぁ、そんな世界に生まれた俺も悪いのかもしれない
運命とは奇なるものである
〇
「…ああ、俺のかもしれねぇ、落としてしまったからな」
「そう、見つかって良かったじゃない」
彼女は優雅にこちらに投げ渡した
ふわりと軽く飛んだそれは俺に届く前に地面に落ちていく
しかし、いきなり地面から草が生えてきたかと思えば、落ちた帽子を支える
とても太い草だ、どちらかと言えば蔦なのだが
取りやすい位置まで来た編笠を取り、頭に被る
「わざわざありがとう」
「ええ、こちらこそ」
そう言うと彼女はこちらにまだ近づいてくる
ゆったりとした足取りで、笑顔のままで、だ
「…何か気になることでも?」
俺は気を逸らすようにそういった
こうでも言わなければこの妖気に耐えられる気がしない
あまりにも重い、重すぎるのだ
「うふふふ、ねぇ?聞きたいことがあるんだけど」
彼女は不気味に笑いながらこちらに歩みよってくる
俺は下がりたかった
今すぐ後ろにある森に逃げたかった
しかし、その無理だった
何かがギッチリと足を固定していて動かすことが出来ない
それどころか、その絡みついているものは俺の足に伸びていっている
(…蔦か!こいつ、植物を操るのか?)
緑色の血管のようなもの
葉が生えているからそれが蔦だと分かる
ただ、獲物を逃さない、触手のように伸びてきているのだが
「最近、辺りで妖怪殺しが駆け回っているらしいわ」
「そうか、そら良い話だな」
「えぇ、うるさい奴らが消えていくのは清々するわ」
「ああ、俺もそう思――」
瞬間、腹を殴られた
あまりの衝撃に腹がちぎれると思った
胃が逆流しかける、喉が熱い、痛い
「うごっ、あがぁぁ…」
「五月蝿いハエねぇ、静かねして欲しいわ」
「ごぶっ」
顔面を傘の先端で殴られる
どうも妖怪殺しが俺だとバレているらしい
よりによって1番マズイやつに…
「人間がここまで来るものじゃない、わよ!」
「ぐあああっ、ああぁああ…!」
腹を傘で突かれる
パリン、と薬品がひとつ割れ、地面に液体がかかる
酷く鼻にツンと来る薬品臭だ
「人をいたぶるのも大概にしやがれ、クソッタレ」
唯一動かせる腕で音を鳴らす
すると、足元にぽうっと、火がつく
それは絡みついていた蔦を全て焼き払った
その上、あまりに激しく燃えて、まるで俺が火柱になっているかのようだった
ただ、己の霊力だから燃えることは無いんだけども
「あぁ、眩しい…やっぱり鬱陶しいハエねぇ」
人の事ハエ呼ばわりしやがってコノヤロウ
そう思いながら全力で森の中に飛び込んだ
飛び込んだ衝撃で腹が激痛に襲われる
腹がちぎれそうだ、風見が更に力を入れていたらもうこの世にはいなかった
そう思っていると、火が小さくなっていく
生命が生きていくために必要な火は、何も供給されることも無く、そのまま消えていった
そのような工程を見るのは、かなり時間を潰した
もはや、ここで寝るのもいいかとも思った
意識が、脳がもうお前は休めと言っていた
これ以上彼女対して何かすることは無い
できることも無い
ただ、じっとしておけ
ただ、相手はそれを許さなかった
「…!!!」
俺はすぐさま霊力で自分を横に吹き飛ばす
意識がある、僅かな状態で耳を傾けていたのが命を救った
虹色の閃光
圧倒的な圧力、質量が突き抜けていく
これがなんなのか、それを考える暇もない
ただ、声を抑えるのが精一杯なのだ
俺が寝ていた地点は、跡形もなく、焦土と化していた
「さぁ、lets partyTime!」
彼女は俺に理解できない言語で、楽しそうに言った
子供が新しいおもちゃに触るような、楽しそうな顔で、声で
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