「何をどうしたらペンキなんか頭から被るんですか」
「いやな、河童んところ行ったら頭にバケツが落ちてきた」
「避けれなかったんですか?」
「だってよ、会話中だぜ?」
「知りませんよ、んな事」
「そうかよ…なぁ、火ないか?」
「ありますけど濡れて使えませんよ、それと禁煙しなさい」
妖怪の山某所
2人の白狼天狗が会話をしていた
怒られ気味の白狼はあははと軽く笑う
それを見て笑い事じゃないでしょと怒っている白狼は言う
男の白狼と女の白狼のペア、と言ってもカップルでは無い
この2人は巡回ルートが重なっただけである
故に恋人のような関係でも、ましてや夫婦の関係でも無い
ただの仕事仲間のような関係だ
「貴方が地面に転がっていてもこの雨じゃ分かりませんよ」
「そんときはそのご自慢のおめ目を使って探してくれ」
「上が探せと言うなら探しましょう」
「つれないねぇ」
男がそういうと女ははぁ、とため息を着く
編笠を深く被り、背を向ける
「私はルートに戻ります、死んでも私は知りませんよ」
「分かってるよ犬走、俺は死なんから大丈夫だ
帰ったらお前に一杯奢ってやる」
音がそうにッと笑うのを横目に女はどこかに歩き去る
彼女と会話するのは男にとって良いものだった
なぜなら、彼女のことを彼が好いていたからだろう
分隊長でありながら頭は大隊長レベル
それでいてその剣の腕前も見劣りしないものだ
そんな彼女を見ていてどこか自分は惚れていたのだろう
帰って一杯やるといったが、その時に告白するつもりだった
これで玉砕しても良い、1度でも失恋は経験すべきだ…
「…腹減ったな、何処かで食うか」
そんなことを思っているとがさり、と物音がした
あわてて大剣を構え、そちらを向く
そこには草むらがあった、木下にあるのに揺れている
雨粒がそこに落ちていないのは乾いた地面を見ればわかる
――雨の音が嫌という程耳に入ってくる
こういう時の雨というのは面倒くさい
自然とドクンドクンと心拍数が上がる
緊張感で手が汗で滲む
「…なんだ?おい?誰かいるのか?」
そう草むらに問いかけても何も帰ってこない
それはそうだろう、草むらに何かがいるわけが無いのだ
あまりにも緊張しすぎで雨の降った音を敵の音と勘違いしたのだろう
もしくは…
「鼠か…」
安堵のため息が口から漏れる
早く別のところで飯でも食べよう
そう思って後ろを振り返って――
一瞬動きが止まった
その一瞬の内に喉元に何かが入ろうとしていた
止まったその時に見えたのは暗い、暗い、黒曜石の様な瞳
もはや美しいと感じさせる黒さを持った瞳の男が居た
「よう、まぬけ」
「なっ――」
声を上げようとした瞬間、喉元に何かが突き刺さる
あまりにガタガタとしていて喉の中をぐちゃぐちゃにして行く
いきなりの奇襲に手から大剣を離してしまった
それを男はさっと拾い上げて俺に向けて振りかぶる
その顔は復讐に満ちた顔でも、憤怒に満ちた顔でも無い
――無
圧倒的な無に満ち溢れていた
今から生命を断つというのに顔色一つすら変えず、目の色も変わらない
まるで河童の作っていた機械の様だ
悲鳴を上げる間もない、出ても出るのは乾いた声
「――!!!、アぁ――!―かぁ―!!」
痰が詰まった時、それを吐き出すかのような声しか出ない
未だに刺さった刃は抜けず、それが声の邪魔をしていた
男は哀れみの感情を一寸も出さずに大剣を振り下ろす
頭がかち割られる直前、俺に見えていたのは1人の家族
美しい夫婦と1人の娘の家族
慈母の様な優しい顔をした女と眼帯をした凛々しい男
それの真ん中に居たのは、俺には見覚えのある女
――椛
声が届いたのか分からない
しかし、彼女は確かに俺の方を見てくれた
少し、こちらを見た後に踵を返して歩き出す
待って
待ってくれ
そう思った瞬間に、意識は現実から切り離されたのだった
〇
「…?」
ふと、何かの気配を感じた
何かが私を引き止めたかのような気配
それは先程彼と別れた方向からした
「…何かあったのか」
面倒臭いと思いながら先程の場所に行く
行っても、彼の姿はある訳が無いだろう
さっさと仕事を終わらせるつもりがあるなら、いないはずだ
大剣を肩にあてながら、歩く
彼の事ははっきりいってそこらの哨戒と同じ奴らと思っている
一緒に戦えと言えば戦うし、書物に励めと言われれば励む
ビジネスパートナー、同僚、その程度の仲、だと思う
「あちらはどうか知らないけど」
相手の気持ちなぞ知ったことでは無い
そんなことより仕事に集中してもらいたいところだ
死んでいても困るだけだから、見に行くだけ
「おーい、生きてるー?飯奢ってくれるよねー?」
あと飯代が浮く
たどり着いたそこで声を上げても、帰ってくる声は無い
はぁ、とため息をついて下を見る
「…ん?」
やけに、地面がぐちゅぐちゅだった
足で踏み鳴らしたにしては広範囲、走り回ったにしても深い
何かあったのか…?私は地面をジロジロ見て、何かを探す
「…足跡」
それは哨戒で支給される物と同じものだ
踵の辺りに大きな三角があるため判別しやすい
よく見てみればそれ以外の足跡もある
「…ブーツ?」
見た限り足跡はそれだった
なぜ、ブーツなのか…意味がわからない
よく良く考えれば不審である、先程の地面…まさか
「ここで戦闘があった?」
私は千里眼を使う
大雑把に辺りを見渡し、状況を把握する
すると、すぐ近くの森の中が火災になっていた
それに気づいた私は急いで遠吠えを発する
すると、雨に紛れて走る音と空から翼のはためく音がする
「…まさかな」
私は最悪を想定しながら大剣を構えるのだった
〇
「危ないところだった」
まさかあんなにも早く駆けつけるとは、甘くみていた
どうもかなり白狼は耳がいいらしい
耳が良いとなると1部の個体は目も良さそうだ
…ともあれ、もうこの山に入ることは無いだろう
目的は達成することが出来た
背中にある大剣が今回の大きな収穫だ
…白狼でこれだと、「――鴉天狗はもっと面倒臭そうだ」
「そう、思いましたね」
「…――」
大剣を振る
その刃は何にも当たることなく、宙を斬る
後ろに…下山する側に数歩下がる
顔を上げると、木の上に1人の影が見えた
「何もいきなり斬り掛かるのは無いでしょうよ?」
「…」
何も言わず、大剣を霞の構えに持っていく
その背中にある黒い翼が彼女を鴉天狗であることを証明している
木の上で、笑顔絶やさずに彼女はこちらを見下ろす
持った扇子をパタパタとあおっている
「いやー、椛の遠吠えが聞こえたから帰ってきてみれば侵入者とは、いやはや驚いたものです」
「…」
雨の音に紛れてそんな声が聞こえてくる
俺は構えを解くことなく、待つ
「…侵入者があなただったとして、ただ薬草と取り来たとは思えませんね
その大剣、私らの支給品ですし…
…直球ですけど、1人殺りましたよね」
「…だったら、何が悪い」
俺は疑問を女にぶつけた
そう返されるとは思っていなかったのか、彼女はため息を着く
「いえ、見逃せるには見逃せたのですが仲間を殺られたからには逃せないわけで」
「へぇ、どうするつもりだ?」
「どうするも」
彼女がそう呟いた瞬間だった
俺は思い切り大剣を振り回す
その場で二回転、大剣の刃渡りはかなりある
「おっと、そう来ましたか…
悪いですけど、"抵抗"者の生死は現場に委ねられているんですよ」
俺のすぐ後ろから奴の声がした
どうもそのスピードを活かして後ろから殺るつもりだったらしい
この瞬間分かった、こいつはスピードで攻めてくる
予想は運悪く当たる
「じゃあ、この射命丸文の神速で死に腐れ!」
俺はその瞬間、風が吹いてきたのかと思った
そう思った時には肌の出ていた部分に傷が大量に生まれていた
身体中に激痛が走る、歯を食いしばって何とかそれを耐える
一瞬で気絶しそうだったが、服が耐えてくれていた
恐らく普段着にしていた和服だと俺はもう死んでいた
「ちっ、仕留めきれなかったか…"奴ら"の服を着ているのか?
まぁ、次で終わらせてやる」
口の中に溜まる血を吐き出しながら
大剣を腰だめに構える
今の俺に出来るのは遊撃的な姿勢では無い、耐えるだけだ
どんな攻撃であるとも耐える精神力、それを付ける
それが人間一人では勝ち目のない鴉天狗であろうとも
「無謀だな」
一陣の風が吹いたかと思えば奴の気配が消える
いや、飛び立ったのだ、風の音がそう伝えてくれる
空からの奇襲で一気に刈り取るつもりらしい
だったら、好都合だ
鞘のない大剣を構える
地面と水平になるくらい、腰だめに構える
先程のかまいたちが付けた傷から血が吹き出す
ただ、それを歯を食いしばって耐える
――さぁ、来い
「…そこ」
一瞬の音、刹那の見切り
俺の耳と心は確かに空から襲来する鴉天狗を捉えた
こちらに愚直なまでに真っ直ぐ突っ込んでくるそれに大剣を横に構える
そして、顔面前まで来たそれの腹に大剣を当てる
後は全力で抑えるだけだ
すると、勝手に相手から切れてくれる
「ぐがっ!?」
「うつっ、あっ」
しかし余りの神速に手首から妙な音がした
いや、指の何本からも同じ音がした
一秒ほどの間を開けて腕からミシリと嫌な音がする
畜生おそらく折れたしヒビも入った
しかしその程度の骨折じゃあ止まれない
俺は次の攻撃に備え、構える
しかし、地面に倒れたやつは動かない、仰向けのままだ
「見事…と言っておくわよ、人間」
「クソ野郎に褒められたくない」
俺が大剣の血を拭い去りながらそれを言うと奴は軽く笑った
その瞳は俺の瞳を眺めた
奴の瞳は紅、真っ赤な紅色だ
そして、ある種の納得をしたらしい
「そう、妖怪に恨みがあるのね、何かしら?
家族でも殺されてしまったかしら」
「…お前に語ることも無い」
俺はそう言うと奴の翼から一枚の羽を奪う
それと持っていた扇子もだ
扇子をとる時にとらないでくださーいとか言ってるが知らんわ
負ける方が悪い、「本気」を出してもない癖に負けた振りをするな
「…次は本気でやれよ」
「…そうですか…くふふ」
俺の言葉に彼女は軽く笑った
俺はそれ以上何も言わずに山から降りた
ここから少し、行動が出来ない
あまりにもダメージを負いすぎた
俺は悪態をつきながら己の小屋に向かった
これ以上ここに居たくなかった
敵にバレたくなかったのも理由のひとつだが…
なにかに見られていた気がするのだ
酷く監視するような視線だった…
そう思いながらこの場を離脱する
その視線はいつの間にか無くなっていたが、胸騒ぎが消えることは無かった
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