「…」
小屋の中で刃の先端を見やる
中級妖怪と呼べる白狼を切った刃は全く刃こぼれしていなかった
それどころか、鴉天狗を切り裂こうとも刃こぼれをしなかった
どうも良いものを当てたらしい、思った以上に使える
カーカー
あの白狼が研ぎの道具を持ってないのが悔やまれる
…まぁ巡回中に研ぐ方がおかしいか
刃に異変を感じたならささっと終わらせて修繕に出せばいい
あの山だったら恐らくそれ程時間はかからない
どうにかして砥石を探さないといけない
一応幾つか手段はあるのだが…
カーカー
「そろそろ羽もぎ取るぞコノヤロウ」
「カー」
肩に図々しく乗ってかーかー鳴きやがる鴉を睨む
どうも飼い主と似たのか反省した素振りがない
ああ、本当に面倒なのがついてきた
…あの天狗、射命丸文の鴉
家に付いて中に入ったら囲炉裏の真ん前にある座布団に座っていやがった
母の残した物に触んなと外に出したらいつの間にか中に居た
どうも彼女仕込のやべーからすらしい、面倒くさい
仕込元が元だからかそれが伝授されて本当に面倒な鴉になっている
「カー、カー、カー」
「飯?自分で作っ…あいたっ」
コイツ、自分で作れって言おうとしたらつつきやがった
ああ本当に図々しい奴だよこんちくしょう
俺は鴉…"彼女"らしい…の半分住処となっている棚の上にある巣に木の実を置く
一番のいい所は餌代がかからない所である
基本なんでも食うから残飯処理は楽勝だし、それ程手間もかからない
時折羽の手入れをねだってくるのは…自分でやれ
鴉の単語を理解するのに手間取ったが、何とか覚えた
あの射命丸とかいう天狗次会ったらはっ倒してやる…
「カー」
「なんだ、遊びたいなら外いけよ」
木の実を食べた彼女は俺の肩に乗ってきて体を擦り寄せて来る
俺は何も言わずにその体を撫でてやった
…嬉しそうだった
「…ふん、遊んでる訳にもいかんな」
俺は息を鳴らして立ち上がる
肩に乗った鴉は立ち上がった反動を使って飛んで行った
立ち上がる時に支えにした両手はどちらともぎこちない包帯が巻かれていた
死体が持っていた「応急キット」というものを使った
しっかりと説明書があったのでそれに合わせた
注射器等を使用すると痛みがスーッと引いていくのがわかった
動かせない訳じゃないが腕までヒビが入っていたら戦闘に支障が出る
動けなくなる前に1週間は耐えられる物資を確保した
死体が持っていた食料とそこらの猪の肉、大根。
それに加えて少しの贅沢品達だ
後はこの腕でどう調理するかである
無理やりにでも動かしていいが長引いてしまう
…最小限の動きでやるしかない
「ふぅぅ…――ッ!」
猪の肉を加工する時は腕が死ぬかと思ったが加工出来ればこちらのものだ
後は適当な棒に刺して囲炉裏の周りに置けばいい
これで今日はどうにか出来る
後は若干焼いた大根やらをかじればどうにかなる
「…火をつけるか」
これまた死体が持っていた四角いものを使う
手のひらサイズの長方形、しかし使用すると簡単に火が付けられる
「ZIPPO」と刻まれたそれを懐に仕舞う
「外の世界は余程便利なんだろうな」
寝床で横になりながらそう思う
多分、あちらの医療技術はこちらを遥かに上回る
この医療キットがいい証拠である
これがなかったら指が歪んだ形で修復されただろう
…それでなくても、霊力をどうにかすればいいのだが
霊力の使い方はよく分からない
先の戦いでもどうもただ斬ったわけではなく、霊力を纏っていたらしい
指先を見ると、白い包帯の下に薄い白が見えた
恐らくこれが霊力だろう
よく分からないが使い方によれば攻撃、回復、身体能力の向上…
ともかく使うことが出来れば便利なのは間違いない
…前述した通り、俺は使えないのだが
使えるのは使えるのだが、こう…勝手にやっているのだ
自分がやるかーと見てみたら既になっている
一番の謎がそれである、素質ねぇのかな
ただ、この謎の霊力のおかげで早く治りそうではある
どうも今気づいたが使用すれば痛みも少しマシになるらしい…
今、少し料理して気づいたことだがな…
もう今日は疲れた
それに、お腹もあまり減っていない
減ってない時なら消費は抑えるべきだろう
そう思いながら目を瞑る
ただ、囲炉裏で燃える炎が弾ける音が響くのみ
それと、1人の男の呼吸音だけだ
〇
闇の中、俺はただ、1人っきりだった
この自分だけハッキリとした…影が無くなったような感じで歩いていた
時折走り、時折得物を振り、時折座り込んだり…
俺が持っているのは剣ではなく、"大砲"だった
見た目は雑に書かれた、大根のような砲身
それを俺は背中に背負っていた
それと体の"違和感"
俺の体が俺の体で無い何かになった気分だ
…実際、俺が良しとしないものが三つ程着いていた
そのついていかない体と大剣を使って敵を潰していた
いつの間にか俺は俺の戦いに他人を巻き込んでいたらしい
夫婦喧嘩ってか?
そして、最後に俺は…
確か…刺されて…?
〇
「あの人間、あんな所に住んでいるのねぇ」
木の上で足を揺らし、腕に止まった鴉の情報を聴きながら扇を扇ぐ
彼女が言うにはどうやら彼は里の外れにあるボロ小屋に住んでいるらしい
なるほど見た目を聞けばそれは人が住んでいるとは思えない
どちらかと言えば妖怪が住んでいそうなくらいだ
「人間より妖怪よりねぇ、言ってたら殺されますかねぇ」
己に刻まれた傷をなぞる
なぞられた後からじーんとした痛みが続いていく
少し前の自分ならこれが人間に斬られたとは言わないだろう
博麗の巫女でもここまで出来るとは思わない、思う筈がない
彼がまだ"一匹狼"であるのが妖怪達の救いだろうか
「…最初はE.E.F.の人間かと思ったけど」
全く違うらしい
腰の自動拳銃も使う素振りが無かった
多分、死体から剥いだ装備類なのだろう
しかしそれにしては…
私は懐から"ある人物"の写真を取り出す
E.E.F.で危険視されている人物の1人だ
…もう生きていないだろうな
というか
「似すぎでは?」
私はあの時この人物が現れたと思った
だから殺す気で彼に突っ込んだ訳だ
しかし、よく見てみるとこの写真の人物と彼は違うところが多い
顔のハリ、髭、目のたわみ、老いが写真からは感じられた
しかし…彼はそれらが一切無い
今思い出すだけでも体が疼く
――攫ってやりたいと
…少し、気に入った
「…っは、危ない危ない」
頬をツネって正気に戻る
彼を攫ったところでなにもいい事は無い
多分捕まえたところで喉掻っ切られて逃げられるだけだ
それを実行する程の決意と気力が彼にはある
私にはわかる、輪切りにされた私になら
「…もう少し、楽しみますかぁ!
ほら、いっておいで」
鴉を飛び立たせる
私仕込みの優秀な鴉、飼っている中では1番優秀かもしれない
もう100年ほどかもう少しで鴉天狗となるだろう、あの様子なら
それを楽しみにして待つのも中々乙なものである
「ふふ、楽しくなりそうね」
未来を思い描き、不思議と口角が上がる
刺激が少な過ぎる最近に現れた人間の反乱軍
人間が妖怪を退治するという至極当然な集団
退屈で死にそうなところだった、有難い
そう思いながら、また足をブラブラと揺らすのだった
〇
「あんたは大尉だ、今日からそう呼ぶ」
「階級なんざどうでもいい、さっさと立て」
「研究成功…キヒヒヒ…」
「空はな、鳥だけのものじゃないんだよ」
「総司令が?どうしてくれるんだよ、貴様!」
「貴方のことを好いているのは私だけじゃない」
様々な声が頭に練り込んでくる
これが夢ならどれだけ良かったか、そもそもこれは夢なのか
誰かの走馬灯をただ見せられているだけだ、強制的に
なんなんだ?これはなんなんだ?
誰の物語だ?
「敵襲!敵襲ッー!」
「ウワァァアアァアアッ!死ねッ、お前らなんか、お前らなんか!」
「母さん…母さんー…」
「おい、俺の目玉を知らないか?どこかで落としちまったらしいんだ…
あれがないと前が見えないじゃないか…」
「やめろ、あいつはもう助からない」
戦場?それとも地獄?俺は見分けのつかないところにいた
「恐怖から妖怪が作り出されるんだろ…?
だったら全員死ぬしかないじゃないか!」
「悪夢だよ、悪夢、生きる悪夢
ここに希望なんてないんだよ」
「あれば良かったよね、でも全部奪われていくんだ」
「「「「お前のせいで」」」」
誰が?誰のせいで?
「わたくし達が、ね?」
それは唐突に、後ろから響いた
ねっとりとした言葉が俺の耳を這いずって鼓膜をゆする
俺は何もせず動かずに下を向いていた
「ゴミ共の幸せなんてどうでもいい、私は貴方
あなたへの幸せしかないのよ」
呪詛のようなそれにウンザリしながらただ下を向いていた
まるで、俺は前を向く資格がないかのように、下をじっと見つめていたのだ
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