葵ちゃんはよく寝てる。
それはいつでもどこでもってわけじゃなくて、例えば学校での葵ちゃんはいつも静かに、真面目に授業を受けてる。授業中に寝てる姿なんて見たことない。
でも、私が葵ちゃんのお家にお邪魔するとき、よくリビングのソファで寝てる。
どうしてなのかと思って本人に聞いてみたけど、別に意味があったり、病気かなんかだったりするわけでもないらしい。ただ暇だから、やることもないから寝る。それだけだって。
多分だけど、家での時間の使い方の一つに常に睡眠があるんだと思う。
普通の人が趣味に時間を使うのと同じ感覚で、葵ちゃんは睡眠に時間を使うことを選択できる。それでホントに寝れるんだから特殊体質って感じだよね。
そして実際に今、私の目の前で葵ちゃんが眠ってる。
ソファから垂れる青い髪はとってもつやつやで、手で掬えばこぼれた髪がサラサラと落ちていく。
呼吸にあわせて膨らむ胸と、すぅ、っていう寝息さえなければ、きっとお人形さんかなにかだと勘違いすると思う。それくらい、眠ってる葵ちゃんは綺麗だ。
そういえば茜先輩がこんなこと言ってたっけ。
葵ちゃんは昔からいい子で、茜先輩の目にはどこか気を張って生きているように見えるらしい。
だから誰にも見られない家で、何も考えずに眠る。それが葵ちゃんにとっての数少ない、安らげる時間なんじゃないかって。
そんな姿を見せてくれるってことは、きっと私のことも信頼してくれてるんだと思う。私はその信頼を裏切りたくないし、その安らぎを尊重したい。
それでも、やっぱり。
こんなに綺麗な寝顔を見てたら、もしかしたらこのまま起きないんじゃないかって、そんなことを思ってしまう。
まるで童話に出てくるお姫様みたいで。起きておはようって言ってもらえる、そんな些細な幸せすら、もう味わえないかもしれない。
無意識で、自分の顔を彼女の唇に近づけてしまう。
もし仮に、私が白馬の王子なら。このまま口づけして、永遠の眠りから覚めてくれたなら──
突然、がっ、と。
「──っ!?」
私の後ろ襟が掴まれて、声も出せないくらい驚いた。
そのまま葵ちゃんの顔の上へぐいっと引き寄せられて、さっきまで閉じてたはずの赤い瞳に見つめられる。
「なにしてるの?」
意地悪な笑顔でそう聞いてきて、なんとなく気づく。これは多分、全部わかってる上で聞いてるんだ。
気づいた瞬間、体全体が熱くなって、とてつもない恥ずかしさとちょっとの怒りが湧き上がってきた。
「も、もう! 起きてるなら言ってよぉ!」
「ふふっ、ごめんごめん。寝たフリしてたらなんかイタズラでもしてくるかなーと思って」
わちゃわちゃと暴れる私を抑えながら、葵ちゃんが心底楽しそうに笑ってる。
そんなことしてたら。
「あー、ゔっゔん!」
「ふぇっ!?」
突然、テーブルの方から茜先輩の声が聴こえてきた。
「別にイチャつくんはええけど……ウチのおらんとこでやってくれん?」
呆れたように言う茜先輩を見て、驚きと恥ずかしさにまた体が熱くなってきた。
「てかお姉ちゃんいたんだね」
「あぁン!?」
掴まれていた襟も離されて、葵ちゃんにとやかく言ってる茜先輩の方へストンと向き直る。
ほ、ホントにいつからいたんだろう、さっきの絶対見られてたよね……。
というかそれ以前に、白馬の王子とかお姫様とか、なんで急にそんなロマンチックなことを! は、恥ずかしいぃ……。
思い返せば返すほど熱さも増してきて、思いきり俯いてしまう。穴があったら入りたいってこんな気持ちなのかな。
俯きながら、ソファに座る葵ちゃんの顔を横目でチラリと窺ってみる。
視線に気づいたのか、ぷんぷん怒る茜先輩を適当にあしらいつつ、こっちを見下ろしながら微笑みかけてきた。
優しい笑顔からはどこかミステリアスな雰囲気も感じられて、私なんかより断然上手なんだと強く思わされる。やっぱり、葵ちゃんにはまだまだ敵わないや。
……でも、それでも。
いつか、私でドキドキしてもらいたいな。
気を張らなくてすむ信頼の置ける相手。それでもいいけど、それ以上になりたい。
葵ちゃんがお姫様なら、王子様は私がいい。
今はこんなに顔が真っ赤で、全然格好もつかないけど。
一緒に安心しながら、たまにこうやってドキドキしながら、末永く幸せに暮らしていく。そのお相手に、なれたらいいな。