【悲報】私氏、小学生妹ちゃんのヒモになりそう 作:おねロリのおね
淫猫からの申し出に、わたしは固まってしまった。
くずおれた姿勢から動くことができない。すぐ近くには淫猫が微笑を浮かべており、幼気な仔羊をなぶるのを愉しんでいるかのようだ。
――生の声を聞かせる。
それはわたしが須垣異空であるとバレてしまうことを意味する。
しかし、それは即ゲーム終了ということを意味しない。
わたしが固まっていたのは、今後の盤面を見据えて
ひとつにわたしが淫猫を恵子だと知らずに来ていると思いこんでくれるかもしれない。
わたしは淫猫が猫であるかどうかを測るためにメンバーになりたかったわけだが、わたしが異空だとわかっても、恵子は猫であることを隠さないかもしれない。情報は偏っており、向こう側はアドバンテージをとったと思いこんで、より素の状態を観察できる可能性はある。
だが――、その可能性はよくて五分五分。
一度バレてしまったら、その関係を覆すことはできない。
対してバレていなかったら、いわゆるコンティニューができる。
つまり、メンバー登録の面接をもう一度受けられる可能性はある。
いやそもそも、面接は合格したと淫猫は言った。
その言葉をいまさら覆すだろうか。
JCの設定を活かせば、ネットリテラシー的に声を出さないことは通りそうではあるが……。
あともうひとつだけ方法はある。AIによる合成音声を聞かせるということだ。ただ加工しただけではおそらく通らないが、わたしには誰にも言ってない秘密兵器を持っている。
――お姉ちゃんのサンプリングボイス集。
年齢設定を思いっきり下げて、わたしの声と混ぜ合わせれば。
だが、少なくとも調整に三分くらいはかかるか――。
いまも裏側でアプリケーションをたちあげているが、受け答えをしながらだと、まともな調整は難しい。
どうする。どうする。どうする!?
「どうしたのですか? さきほどから固まって。ふわふわな羊さんなのにカチコチですわ」
ええい。迷ってる暇はない。
覚悟を決めろ。並列思考をするんだ。
『淫猫様』
そのとき落ち着いたバリトンボイスが響いた。
機械音声であるが、その声はさきほど聞いた。
カフェ・オレお兄ちゃんがわたしと淫猫の前に進み出て、片膝をついたのだ。
「なにかしら?」
淫猫は眉をひそめ、わずかに不快そうに視線を投げた。
『メスガキ様が中学生でありましたら、生声を聞かせるのは豚の耳に悪いかと』
「アバターが機能しているのですから、生の声くらい問題ないでしょう?」
『いえ、音声解析が発達している昨今。声から身バレという危険もありますれば……』
カフェ・オレお兄ちゃんは隣にいるわたしにチラリと視線を寄こしてきた。
そういえば、カフェ・オレお兄ちゃんにわたしがお姉ちゃんの妹だとバレたのは声がきっかけだったな。
ちょっと前のことだけど、そのときのことを思いだして、笑みがこぼれる。
わたしはひとりじゃなかった♡
お兄ちゃん
いま、このときがチャンスだ。
「声から身バレというのは確かに可能性としてはありますわね。ただ、わたくしは定型の機械音声ではなく、メスガキちゃんの唯一の声が聞きたかっただけですわ。この意味わかりますかしら。カフェ・オレさん?」
『加工してもよいということですか?』
「ベースが生の声でしたらいいでしょう」
『しかし、あまりにも特例が過ぎませんか。メスガキ様は今般メンバーに加えられたばかり。序列を乱すことは淫猫様ご自身がお嫌いでしょう』
「それを言うなら、
会場のざわつきが大きくなる。
淫猫のメンバー序列はチェスの駒のようになっているらしい。
わずか100名にも満たないメンバーの中で、新参のポーン、ナイト、ビショップ、ルークというふうに区別されている。もちろん、クイーンは淫猫で、王はいない。
『カフェ・オレ氏も比較的新参者だしな』
『しかし、メスガキの声出しはリテラシー的には問題があるように思うが』
『ウーム。淫猫様はメスガキを特別視しているのだろうか』
『これだけキャラ立ちしてたらモブじゃねえよなw』
『声、加工OKならまあ……』
『盤面によっては、
カフェ・オレお兄ちゃんが真っ直ぐに淫猫を見つめていた。
不興を買う恐れもあるのに、お兄ちゃんはひるまない。
淫猫は腕を組み、カフェ・オレお兄ちゃんの視線を受けた。
組んだ腕をトントンと指先で叩く淫猫。
瞳の中に不快の感情はないが、直接受けたわけでもないのにすさまじいプレッシャーを感じる。
デフォルメキャラの視線からは遥か高みから見下ろされる形になるから当然だ。
「カフェ・オレさんは紳士ですのね。よろしい。それだけのことをおっしゃるということは、自分がメンバーの資格を失うということも覚悟しているということでよろしいですわね?」
『……』
カフェ・オレお兄ちゃんは何も言わない。
本当にそこまでわたしのことを優先してくれているんだ。
お兄ちゃんは、狼を守る狂信者としての役割を完璧にこなしてくれていた。
ツーンと鼻の奥が痛くなる。
胸が締めつけられるような痛み。暖かみ。家族みたいな絆。感謝。
感情がぐちゃぐちゃ丸になりそう。
『淫猫様がここまで強権をふるうのは珍しいな……』
『メスガキを妹様と同一視してらっしゃるのだろうか』
『カフェ・オレ氏、骨は拾ってやるぞ』
『淫猫様。どうかご再考を』
『淫猫様怖いけど、踏まれたい自分もいて複雑な気持ちブヒ』
「静まりなさい。わたくしは今、カフェ・オレさんと話をしているのです」
シンと静まった。
淫猫は再びゆっくりとした歩調で壇上へと登り、玉座へと座った。
「序列を乱すなと言ったカフェ・オレさんは自ら序列を乱した。この責任をどうお考えですか?」
口調はあくまで静かだが、言葉に逃げ口上を許さない強さがある。
カフェ・オレお兄ちゃんは一瞬、わたしを見た。
メスガキちゃんアカウントにDMが入る。
――あとはガンバレよ。メスガキ。
させない!
お兄ちゃんが作ってくれた時間は、わたしの計略を完成させた。
なんとか滑り込みセーフだ。
『私はメンバーをやめ――』
「待って!」
お姉ちゃんの柔らかボイスとわたしの透明な声を混ぜ合わせるのは初めてじゃない。お姉ちゃんとひとつになりたい系の妹であるわたしがそれくらいのことをしてないわけないからな。
今回は、お姉ちゃんの年齢を十歳程度まで落とし、わたしの素の声を二十歳くらいまで引き上げた。
結果として出力されたのは、姉妹逆転の不思議な響きをもった声だった。
「んー。あー♪ あー♪ 淫猫ちゃん。どうかな。これがわたしの声だよ」
「あら……お可愛い」
会場はわたしの声に騒然さを取り戻す。
『うお。マジで女の子だった』
『メスガキちゃんかわよ』
『なんか不思議な声色だな』
『合成音声っぽいが定形ではないな』
『AIちゃん。メスガキちゃんの声はネットでのサンプルボイスにあがってる?』
『ウェブ上にある既知のサンプルボイスではありません』
『素の声を加工してるっぽい感じか?』
『96パーセントの確率でベースの声を加工しております』
『メスガキちゃん女の子?』
『98パーセントの確率で女性の骨格をお持ちの方です』
『AIちゃんありがとうw』
『あいかわらず、AIちゃんなんでも答えてくれるな』
「これでいいでしょ。カフェ・オレお兄ちゃんは悪くないよね」
「ふふ……。まったく論理的整合性はないですが、そういうことにしておきましょう」
『メスガキがなんか優しいな』
『カフェ・オレ氏。JCに庇われる』
『事案では?』
『けじめでは?』
『カフェ・オレ氏。良識派なのにw』
『よろしいのですか。淫猫様』
「わたくしはよろしいと申しあげました。この話題はおしまいですわ。カフェ・オレさんもそれでよろしくて?」
『はい。淫猫様がよろしければ、私から申し上げることはございません』
「カフェ・オレさんをナイトにしてさしあげます」
雷光のように淫猫が言った。
『え? それは……』
「お受けできないと?」
『いえ。かしこまりました。謹んでお受けいたします』
「よろしい」
なんか知らないけど、お兄ちゃんが昇格したらしい。
いきなりの抜擢に、会場内には動揺が見られるようだ。
『ふえ。カフェ・オレが騎士に昇格だと?』
『やっぱカフェ・オレけじめだろw』
『JCを守った功績でナイトに昇格とかうらやまw』
『エリート豚すぐるww』
『淫猫様はカフェ・オレ氏をお試しになられたのかもしれない』
冷静に振り返ってみると、この状況は少し怖い。
カフェ・オレお兄ちゃんが試されたというのは、おそらく違うだろう。
――試されたのは多分わたし。
庇われたわたしがお兄ちゃんを助けに出ることを見越していたんじゃないか。
確かに淫猫はわたしとカフェ・オレお兄ちゃんの関係は知らないかもしれない。
けれど、庇われたら庇いたくなるのが人情ってもんだ。
もしも、カフェ・オレお兄ちゃん以外が助けに入ったとして、わたしはどうしただろう。結局、同じ筋道をたどったように思う。確信はないが。
淫猫は感情をインストールしたAIみたいに、精確に人のこころの動きをトレースしてくる。
わたしの精神性が異空と同値だと考えれば、この場にいるメスガキちゃんがどう動くかは高い蓋然性をもって推知可能だ。
結局、わたしの声を手に入れることが、淫猫の目的で、カフェ・オレお兄ちゃんがメンバーをやめるやめないっていうのはどうでもよかったというのが真相なのでは――。
などと考えた。考えすぎだろうか。
淫猫は丸めた拳で頬杖をつき、お豚さんたちに向けて宣言する。
「わたくしが、あなたたちエリートなお豚さんに求めているのは庶民の考え方を知るためだと申しあげましたわ。特に――わたくしの妹は優秀で宝石のようにきらめく知性を持っていますの。あなたがたに期待しているのは、怠惰な豚ではなく輝く黄金のような精神性なのですわ」
恵子のわたしに対する評価が高すぎて恥ずい。
でも、お兄ちゃんのことを評価してくれるのは嬉しい。
なんだか複雑な気持ちだ。
淫猫は詩歌を朗読するように続ける。
「カフェ・オレさんの精神は気高く、わたくしの妹に近しいものを持っていると思います。だから評価したのですわ。まさにナイトにふさわしいと」
淫猫は腕を翼のように広げた。
いままでの無慈悲な女王という態度はどこへやら。
指先で慈愛を表現するのがサマになっている。
『ここの位階って妹様との近似値だったのかw』
『淫猫様がカフェ・オレ氏をほめちぎってるな』
『我らも庶民サンプルもとい妹サンプルとして精進しなくては』
『ぶ、ブヒ……』
『ば……バブぅ』
『カフェ・オレが赤ちゃんになってるw』
あーあ、持ち上げられすぎて、いつもみたいにバブっちゃってるよ。
でも、かっこよかったよ♡
わたしはメス堕ちしない系女子だけどね。
※
「さて、メスガキちゃんはこれで正式なメンバーです」
メンバーのみんなからも拍手があがった。
仮初のメンバーとはいえ、受け入れてもらえてうれしくはあった。
猫と狼の戦いが終わっても、恵子の配信から得られるものは多そうだ。
メンバーを続けてもよいかもしれない。
「ありがとう。淫猫ちゃん」
「違いますよね?」
「え? なにが?」
「淫猫お姉ちゃんです。先の配信の時もおっしゃっていたでしょう」
「なんで?」
「そんなのわたくしがそう呼ばれたいからに決まっております」
「あれは文字だからそんなに恥ずかしくなかっただけで……」
「わたくしの言葉に逆らうのですか?」
淫猫がジト目で微笑を浮かべてくる。怖いからやめてくれ。
リアルでの言葉よりも容赦がないのは、本当の妹とは思っていないからだろう。
わたしの立ち位置はあくまで妹サンプル。
抵抗する妹をいかにお姉ちゃん呼びさせるかというエミュレートなのだろう。
わたし、負けてあげたほうがいいんだろうか。
「淫猫お姉ちゃん?」
わたしは小首を傾げる動作をさせて、おずおずと言ってみた。
「そう……その調子ですわ!」
スッゲエキラキラエフェクトまきちらしてるんですが。
淫猫のアバターからは星やらハートやら、光の粒やらがあらわれている。
『淫猫様がバーチャル妹を手に入れて喜々としていらっしゃる』
『これから疑似姉妹百合が見られるの?』
『てぇてぇ……』
『でもメスガキって妹様の情報を見ることになるんだよな』
『うーむ。これからのことを考えると、リアル妹VSバーチャル妹の戦いに?』
『メスガキちゃんが妹様に嫉妬する展開もそれはそれでブヒれる』
『そういや今回メンターがいないから、メスガキってメンバー配信のこと知らんのじゃ』
自分で自分に嫉妬するとか、どんな罰ゲームだよ。
でもよく考えると、メスガキちゃんはメンバーになりたいくらいには淫猫を慕っているという設定なわけで、嫉妬心がまったくないのも変だろうな。正直、メンバーに入ったあとのことはあんまり考えていなかった。ここまで淫猫がメスガキを妹視してくるなんて思わなかったからな……。
まあいい。それはおいおい考えていくってことで。
「そういえば、メスガキちゃんにメンバー配信のことを説明しておりませんでしたわね」
両の手を指先だけ合わせて、淫猫は楽しそうだ。
「株とか投資について教えてくれるんじゃないの?」
「もちろん、それも含まれますが――、わたくしがメンバー配信をしている理由は妹のことをよく知るためなのですわ。わたくしに妹がいることはお伝えしましたでしょう?」
「ふうん。そうなんだ。妹のことを知ってどうしたいの?」
「もちろん、妹と仲良くなりたいのですわ」
「そうなんだ。優しいお姉さんなんだね」
「そうなりたいと願っておりますわ。ですからメスガキちゃん。あなたには――」
淫猫は再び玉座から降りてきた。
仔羊であるわたしのアバターに手を載せるようにして、
――
ぶっこんできやがった。
王配。チェスで言えばキング。不在だった位階。
そしてメンバー内の地位で言えばほとんど頂点に近い。
何段飛ばしって話じゃねーぞ。
お豚さんたちのざわめきは頂点に達している。
当たり前だ。こんなポッと出のJC設定の疑似妹にいきなり高ランクを与えては現場は混乱するに決まっている。本社からやってきた社長血縁の若い兄ちゃんが、五十近いベテラン部長を顎で使うようなもんだからな。
『き、キングだと。馬鹿な……』
『これは妹様と同等に見る宣言なのでは?』
『ウーム。淫猫様の考えに異を唱えるつもりはないが……』
『これからメスガキちゃんのことメスガキ様って呼べばいいの?』
『オレ、メスガキ様にもブヒれるわ』
『ええい。静まれ。静まらんか』
『ビショップの爺さんが切れ散らかしとるw』
会場のノイズに引きずられてはいけない。ここは冷静に対処だ。
わたしはメンバー内の地位を知らないことになっている。
「王配ってなに? 意味がわからないんだけど」
「わたくしのメンバーはチェス盤の駒で、位階を区別しているのですわ。キングはクイーンであるわたくしのひとつ下。あるいはニアイコールの地位ということになりますわね」
「いきなりキングにするのってまずくない?」
「いいえ。その位階はあなたにこそふさわしいですわ」
「メンバー配信の意義とかなんにもわかってないのに?」
「わたくし、あなたには期待しておりますのよ」
「なにを?」
「妹の
「どういうこと?」
言いたいことはわかったが、わたしには聞くという選択肢しかない。
知らない設定をここで埋めておけば、ボロが出る確率は減らせるだろう。
淫猫はあいかわらず嬉しそうに顔を赤らめている。
アバターの設定を弄っているのか。自動でAIが頬の温度を感知しているのかはわからない。
ただ、淫猫が全身で喜びを表現しているのはまちがいなかった。
わたしという最高のモルモットが手に入ったからだろう。
「わたくし、妹のこころがよくわからないんですの。というより――、庶民の方々のお気持ちというか、他人の気持ち自体を数値パラメータ以上の意味では理解できないところがあるんですのよ」
「エスパーじゃない限りそうだろうね」
「わたくしはエスパーではございません。エスパーでもないただの凡人が妹のこころに近づき、妹の精神を解析し、わたくしが理解できるように理解したいと考えておりますの。それにはデータが必要なのです」
「淫猫お姉ちゃんはかわいがるよりも慕われたいタイプ?」
つまり、
数値パラメータうんぬんのことはよくわからんが、誰かのことを好きっていうのはその人の中では問うまでもないことだ。誰かがどう思うか――その平均要素をとりたいというのは、その人からどう思われるかをパターン解析したいということに他ならない。だから、恵子は愛されたいタイプかと思った。
もちろん、比重の問題で、人間ならどっちの感情も持ってると思うけどね。
わたしもお姉ちゃんを愛し愛されたい年頃だからわかる♡
「その思考の切れ味。本当にわたくしの妹そっくりですわ」
「そうかな。普通だと思うけど……」
「普通とはなんですか?」
「哲学だね」
お姉ちゃんと同じようなことを言われ、やっぱり姉妹って似てくるのかなと思った。
前回はたくさんのいいね♡ありがとうございました♡