これはある家族の物語。
タグの「残酷な描写」と「R15」は保険です。さして残酷でもエロくもありませんが、なんかアレな感じに仕上がってます。お暇ならどうぞ。
雄英高校に入学してから数ヵ月後の三連休初日。峰田君の実家に僕はお泊りすることになった。電車に一時間ほど揺られ、バスに乗り換えて三十分。閑静な住宅街に建つ峰田君の実家は木造二階建ての一軒家だった。
「入れよ、緑谷」
玄関で靴を脱ごうとしていると、家の奥から綺麗な女性が近づいてきた。二十代前半くらいで、胸元の大きく開いた服を着た色気のある女性だ。
「僕、雄英高校1年A組、緑谷出久って言います! 峰田君とは同じクラスで、いつも彼には・・・その・・・大変お世話に・・・・・・」
初対面の相手に緊張しながら挨拶する僕を不思議そうに見つめながら、その女性は会釈だけして外へ出ていった。
「今の人、峰田君のお姉さん?」
「デリヘルの人だよ」
怒りを露わにした峰田君は大声で怒鳴った。
「親父!! 今日は友達を連れてくるって言ったろ!! なんでデリヘル呼んでんだよ!!」
バツの悪そうな顔をして現れた中年男性は、皺のある峰田君といった容貌である。ここまでそっくりな親子も珍しい。
「すまんすまん。どうしても我慢できなくてな」
「いいから服着ろよ!!」
全裸の親父さんは慌てて部屋の中に戻っていった。
「ごめんな、緑谷。じゃああがってくれ」
廊下には、部屋に収まり切れなかったのであろう膨大なエロDVDが平積みされている。さながらAVの壁である。
「親父の趣味なんだ。観たいのがあったら後で親父に頼んでやるよ」
この環境が峰田少年の人格に与えた影響は計り知れない。彼が何故ああいう性格なのか少しだけ分かった気がした。
それにしてもなんだろう。この家、すごくイカ臭い。
二階に上がると襖が開いて、峰田君本人としか思えない男性が目を伏せながら声をかけてきた。
「実、おかえり。君は実のクラスメイトだね。ゆっくりしていってね」
そういう彼は、アニメの美少女キャラがプリントした抱き枕を抱えている。
「明日までお世話になります」
頭を下げた僕に笑みを返した彼は、峰田君に一冊の薄い本を差し出した。
「カチンコチン先生の新刊が出たんだ。お前、カチンコチン先生好きだったろ?」
「兄貴・・・オイラ、もう二次元は卒業したんだ。もう三次元でしか抜かないよ」
ひどく傷ついた顔をしたお兄さんはすごすごと自分の部屋へ戻っていった。そんな彼の背中を横目で見ながら、峰田君は自分の部屋へ案内した。物の少ない部屋で、意外にもエロDVDは一本もなかった。不思議そうに部屋を見回す僕に、心中を察した峰田君が教えてくれた。
「AVはサブスクで観てるんだ。パッケージ版は場所を取るから」
そういって勉強机の椅子に座った峰田君は恥ずかしそうに俯いた。
「みっともないところを見せちまったな。親父は無職だし兄貴は引きこもりなんだ。二人とも、昔はあんなんじゃなかったんだぜ」
聞いてもない事を聞かされて戸惑う僕を尻目に、峰田君は語りだした。
「ああ見えても親父、昔は有名な汁男優だったんだ。色んな作品に出演してた。その出演料でこの家だって建てたんだ」
汁男優ってなんだろう。今度学校で麗日さんに聞いてみよう。
「だけど年を取って飛距離が落ちて、業界に居場所がなくなって、今じゃどこにでもいるただの無職さ。兄貴だって、高校時代はマスコットみたいで可愛いってモテてて、彼女も大勢いたんだ。ああ見えて地元じゃ有名なヤリチンだったんだぜ。それなのに大学に進学した頃から深夜アニメをリアタイで観始めて、それからは二次元にしか興味が無くなって、大学を辞めて引きこもるようになった。深夜アニメさえなければ兄貴はああはならなかった。オイラは深夜アニメが憎いよ。アニメは夕方に放送しろよ」
それは深夜アニメが悪いのではなくリアタイで観るのが悪かったのだ。毎晩リアタイで観続ければ睡眠時間は削られ、脳が疲弊して鬱になる。行きつく先は引きこもりだ。録画して観ればよかったのだ。
だが、そんな正論を今の峰田君に言えるはずもない。お兄さんはもう手遅れなのだ。
なんとか話題を変えようと、僕はたまたま目についた天体望遠鏡を指差した。
「立派な天体望遠鏡だね。峰田君は星が好きなの?」
そういうと峰田君の目に涙が滲んだ。
「母ちゃんにねだって買ってもらったんだ。その母ちゃんはもういない。スーパー銭湯アイドルにドハマりして、全国のスーパー銭湯をハシゴしている。もう何年も家に戻らないんだ。いまもどこかの県のどこかのスーパー銭湯で推しの応援をしてるよ」
もう何も言えない。黙り込んでしまった僕に気がついたのだろう。峰田君は精いっぱい明るい声を出した。
「そうだ! 緑谷! 猥談しようぜ!」
そのあと峰田君はクラスの誰とヤリたいとか、マウントレディのおっぱいに挟まれたいとかゲスな話をし続けたが、いつもと違ってどこか寂しそうだった。
日が落ちて夕食の時間になって、僕たちは台所の食卓の椅子に腰を下ろした。晩御飯は焼きナスとなめこ汁だった。少しだけ重苦しい空気の中、僕と峰田君、親父さんとお兄さんは黙々と食事を口に運んだ。僕以外の三人がほぼ同一人物にしか見えない異様な空間で、静かな食事が進んでいく。
お母さんが座っていただろう席には等身大の精巧な人形が置かれていた。それまで黙っていた親父さんが峰田君に話しかけた。
「このラブドール、お母さんに似てるだろ?」
「全然似てねえよ」
苛立たし気にそういった峰田君は頭からマリモ状の髪の毛を何個もむしり取り、人形の頭にペタペタと貼り付けた。どうやら峰田君のお母さんはサザエさんみたいだったらしい。
「そうだそうだ。お母さんはそんな髪型だったよな」
嬉しそうにそう話す親父さんに峰田君の苛立ちが爆発した。
「親父!! いつになったら働くんだよ!! 親父がそんなんだからお袋も帰ってこないんだろ!!」
「それは違うぞ。お母さんが帰ってこないのはスーパー銭湯アイドルのせいで・・・・・・」
「それはそうだけど、それだけじゃないだろ!! ハロワとか行けよ!! 頼むから働いてくれよ!!」
息子の心からの訴えに、親父さんは急に真面目な顔になった。
「実はな、今まで話してなかったけど、お父さんには夢があるんだ。この家をリフォームしてAV博物館にしようと考えている。そこでお前に頼みがあるんだ。高校を卒業してプロヒーローになったらお父さんを援助してくれないか? お父さんはそれまでの間、貯金を切り崩して生活するつもりだ」
「本気で言ってるのかよ、親父」
「ああ・・・本気だ」
父親の真剣な眼を見つめ、峰田君は微笑んだ。
「分かったよ。オイラがプロヒーローになったらリフォーム代は出すよ。そのかわり、絶対にAV博物館を成功させろよな」
「ああ。もちろんだとも」
その夜、峰田くん家が火事になった。親父さんの寝タバコが原因だった。燃え盛る炎の中、親父さんはラブドールを抱えて逃げのびた。抱き枕を持って逃げようとしたお兄さんは丸焼けになった。
あれから数日が過ぎ、雄英高校に戻った僕と峰田君は、夜に寮を抜け出して丘の上へ向かった。見上げると満天の星空である。
「お兄さん。命に別状がなくて良かったね」
僕がそう言うと峰田君は少しだけ笑って天体望遠鏡をセットし始めた。お母さんにねだって買ってもらったというあの天体望遠鏡である。
「おい、緑谷。ここから女子の風呂場がバッチリ見えるぞ」
天体望遠鏡で覗きをする彼を僕は止めなかった。今夜だけ僕はヒーローじゃない。せめて今夜だけは彼の行いに目をつぶろう。そう思ったのだ。
―完―