「ぁ……が……は……っ!」
わたしの“六本腕”で抑え込まれて絞め殺される最中、裏切り者はそれでも何かを訴えようとしていた。耳を傾けてみると、息も絶え絶えにこんなことを言っていた。
「な、ぜ……?」
……『
わたしたちの組織:
しかし、だからこそ興味が湧いた。
こうして組織の“後始末屋”であるわたしに抹殺される理由などわかりきっているだろうに、『何故』とはなんだろうか。
「何故、とはなんですか」
そう訊ね返したわたしへ、断末魔の裏切り者は一生懸命に問うていた。
「あなたも、わたしと、おなじ……なのに、どうして、このしあわせを、だれかに、分け与えようとしないの……!?」
……ああ、そんなことだったのか。痴れたことを、決まっているでしょう。
わたしはすべての腕に力を込めながら答えた。
「“裏切り者に死を”、それがわたしの仕事ですので」
そしてわたしは、裏切り者の
「君はアジトを持たないのかい」
わたしにそう訊ねたのは組織内の古い友人、イチロー君だった。“仕事”を片付けた帰りがけ、事前の約束もなく唐突に来訪したわたしをイチロー君は快く出迎えてくれたのだけれど、その歓待の最中でこんな話題が出たのだった。
イチロー君は言う。
「
……ふむ。言われてみれば、とわたしも思い当たる。
たとえばハチオーグ。わたしとはそりの合わない彼女だけれど、彼女は自分の目的のために独自のアジトを構えている。まるで家屋や樹木の隙間に取り憑いて成長し続ける蜂の巣のように、ハチオーグの勢力圏は着々と拡大を続けていまや町一つを支配するほどだという。
ハチオーグだけじゃない。コウモリ、サソリ、今わたしと対話しているイチロー君さえもがそうだ。SHOCKERの上級構成員は皆それぞれに適した形のアジトを構えているが、そうした上級構成員の中で“巣”を持たないのはわたしくらいなものだろう。
イチロー君は至極リラックスした様子で玉座にかけたまま、さらに問い掛けた。
「クモ、君は誰よりも組織に忠実だけれど、組織の命令に従って各地を根無し草のように巡って、汚れ仕事の使い走りのようなことばかりしている。けれど、それでいいのかい? それで、君は“幸せ”かい?」
つまり、イチロー君は、わたしのことを心配してくれているのだ。古くからの同胞であるわたしのことを。
……君は優しいね、イチロー君。そういうところは昔から変わらない。わたしのような“歪な幸せ”しか抱けない、地べたを這う日陰者こそ相応しいようなひとでなしに対してさえも、イチロー君はこうして友として思いやりを向けてくれる。
そんなことを少し考えてから、わたしは答えた。
「……知っていますか、イチロー君。蜘蛛類の中でも網を張らないものは全体の約4割、相応に多いものなのですよ」
「そうなのか?」
怪訝に聞き返すイチロー君へ、「ええ」とわたしは頷いた。
「ハエトリグモ、アシダカグモ、アリグモ、トリクイグモ……徘徊性の彼らの多くは巣を張らないし、張ったとしても一時的なもので固定的な根城とはしないものです。それに蜘蛛の巣と一口に言っても多種多様、イチロー君が想像しているような立派な巣を構えるのはほんの一部でしかない」
「へぇ……!」
心から感心したように声を漏らしてから、イチロー君はこれまた面白おかしそうに口を開く。
「つまりクモ、君は“巣を作らないタイプの蜘蛛”ということなのかな? おれたちの家に巣食う害虫を始末する、ハエトリグモやアシダカグモのように? まるでヒーローみたいじゃないか」
まあ、そういうことになるのでしょうね、と答えておく。
実際のところ糸を使う能力であればわたしも備えてはいるし、標的を捕えるために投網を用いることもあるが、その程度の能力なら徘徊性の蜘蛛だって持っている。その気になればわたしだって、それこそ本物の蜘蛛や他の上級構成員たちのように安住のアジトを持つことだって可能なのかもしれない。
けれどわたしはそうしない。たしかに、わたしたちSHOCKERの改造人間:
よって、わたしがアジトを持たないのは、巣を作らないタイプの蜘蛛がベースになったからというよりも、飽く迄も素体となったわたし自身の気質に由来する部分が大きいのだろうと思う。
「それに、わたしは別に自分の役回りに不満があるわけではありませんよ」
「そうなのかい?」
そのとき、イチロー君はとても意外そうな顔をした。それはオーグメントとなって以来超然としてしまった日頃の彼らしくない反応で、とうの昔に失われたはずの人間:緑川イチローの名残りだ。そんなイチロー君に思わず微笑ましくなりながら、わたしは答えた。
「巣を張る蜘蛛とそうじゃない蜘蛛がいるように、どんな者にも“天分”というものがあります。与えられた役回りをきちんと果たすこと、それもまた幸せなものです。イチロー君や他の構成員たちの幸福にはアジトが必要で、わたしには必要では無かった。それだけのことですよ」
「……そうか」
わたしの答えに、イチロー君は納得したようだった。軽く一息ついたイチロー君は、そこで思い出したかのように言った。
「ねぇ、クモ。物は相談なんだが、ひとつ、頼みを聞いてもらえるだろうか」
「ええ、喜んで」
わたしが即答したことで、イチロー君は満足げに微笑みながら続けた。
「おれの“妹”のことを知っているだろう?」
「ええ」
イチロー君の妹。彼女もSHOCKERの上級構成員……といってもわたしたちのような人外合成型オーグメントというわけではないし、わたし自身は彼女とそれほど親しくもないのだけれど、組織にとっては兄のイチロー君、そして彼らの父である緑川博士と並ぶ重要なメンバーの一人であることは間違いがない。
その彼女が一体どうしたというのだろう。訝しむわたしに、イチロー君は言う。
「実は最近、妹の様子がおかしいんだ」
「それは……?」
続きを促すわたしに、イチロー君は淡々とした表情で口を開く。
「どうも、自分の“幸福”について悩んでいるらしい。おれの妹は誰よりも賢い、けれど幼い子供で、まだまだ世間知らずだ。そんな彼女に、自らの幸福の形を見つけるのは難しいだろう」
だから、とイチロー君は言った。
「おれ自身が出られれば良かったんだが、生憎今はそういうわけにもいかなくてね。だからクモ、誰よりも信頼できる君に、どうか妹のことを見守ってもらいたいんだ。そして万が一、ということがあれば……」
……なるほど、そういうことか。
イチロー君の懸念、きっとそれは“SHOCKERへの裏切り”さえも視野に入っているのだろう。幸いにしてイチロー君自身はそうではないが、彼の父である緑川博士が率いるグループにはそういった“不穏当な動き”があることをわたしは独自の情報網で掴んでいた。あるいはイチロー君の妹もそんな緑川博士の動きに連携してSHOCKERから離反しようとしていて、その微妙な空気をイチロー君自身もなんとなく感じ取っているのかもしれない。
殊、イチロー君は気遣い屋で、繊細で、そして誰よりも優しい人だから。
わたしは答えた。
「……心得ました。善処しましょう」
「本当かい、クモ」
ええ、もちろん、とわたしは頷く。
「他ならぬあなたの頼みです、イチロー君。君の妹に“万が一”のことがあれば必ず、君のもとに連れて帰りますよ」
「……ありがとう、クモ。君はやっぱり善い奴だね」
……善い奴、か。
このどうしようもない虫けらの身には余るほどの感謝を捧げてくれるイチロー君に、わたしは
いえいえ、とんでもない。だって。
「オーグ仲間のために尽くす、それがわたしの仕事であり、そして幸福ですから」
⇒To be continued to “Shin-Kamen Rider”...
大事な台詞を間違えてたので再投稿~
クモオーグの好きなところ~
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ガスマスクみたいなイカした仮面
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物腰丁寧な仕事人気質
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彼の幸福の定義
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アクロバティックで軽快な仕草
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漫画と同じ複数の腕
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ルリ子を捕まえてから車内で寛いでるところ
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戦闘時はやたらテンションが高いところ
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一度逃げられても追いつく抜け目の無さ
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ライダーに勝手な仲間意識を抱いてるところ
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「しまりました!」実は敬語苦手そうなとこ
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変な幸福論をぶちあげてるところ
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一話怪人らしくあんまり強くないところ
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なんだかんだで変態趣味っぽいところ