天使「人間さんにおかしくされてしまいました」   作:桜の塩漬け

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新生活始まって早々に風邪引いた結果スケジュールがレされて萎え気味だったんですけど、メイドアリスとバニートキ来てくれたので頑張ります。


4.バレなければいいんです

 

 

 カレンダーに五月の文字が刻まれる今日、一年生はもう新生活にも慣れた頃だろう。

 長い休みの後に残る気分の浮つきも落ち着き、自分を取り囲む環境を日常と認識し始める。

 そんな去年の自分を思い返しながらも、朝特有の澄み切った空気を堪能して登校してきた僕は今―――

 

「人間さん、今日のハグはどうですか?たっぷり堪能してくださいね♡」

 

 ウリエルさんの胸で息を止められながら、酸欠その他諸々で顔を赤くしている。

 

 

 彼女との特別な挨拶が始まってもう二週間になる。

 僕が彼女と目を合わせられないことに端を発したこれは、朝早くの教室で二人きりの状態で行う。なにを言ってもこの挨拶の習慣化を取り下げなかった彼女に唯一僕が通せた条件だ。さすがに衆人環視の中で女の子と抱き合えるほどの度胸は持ち合わせていない。

 

 それに、彼女は完全な善意で僕のために提案してくれているのだ。勘違いとはいえ一度了承してしまったのもあるし、そもそも僕の噓が原因でもある。

 ならば助けてもらう立場でいちいち文句を言うのも筋が通らないと思い、最終的には受け入れたのだが・・・

 

「かわいいです♡」

 

 最近彼女の目がおかしい。

 少し前までは良かったのだ。最初のハグのとき僕が寝不足だったのもあって彼女に抱いたのは安心感が強かった。その印象を引っ張っていたのかその後の彼女とのハグも甘えている羞恥心はあるものの、お母さんと接するようなそんな気持ちだった。

 

 しかし慣れとは恐ろしいもので、やがて気づかなくていいものにまで意識が向き始めるのだ。例えば、顔に当たっている不定形なものの存在感とか、いつの間にか覚えてしまった彼女の匂いとか。それだけでも純粋に協力してくれている彼女に申し訳ないのに、悪いことは重なって起こる。

 

「人間さんはずっと私が守りますから♡」

 

 同じタイミングで彼女がより強く抱きしめてくるようになったのだ。今では先に言った通り息をするのも一苦労な状態である。

 原因はたぶん天使としての庇護本能が目覚めたことだろうと推測している。漏らす言葉も"かわいい"とか"守る"とかだし。

 とはいえ、この不幸なタイミングの一致によって僕の朝に平穏はなくなってしまった。

 

 また今も彼女の腕の輪が狭まり、そこに収まる僕の身体が潰れる。

 僕に見える世界がすべて彼女になって、まるで真夏日のように体温が上がり頭がクラクラしてしまう。

 彼女にそのつもりはなくとも、この状況は健全な男子高生として反応してしまうものがあるのだ。これ以上は理性が危うい。

 

 僕はギブアップの意思を伝えるつもりで彼女の背を叩く。

 

「んー?ふふ、そんなに催促しなくても、もっとぎゅっとしてあげますからねー」

 

 これが授業で習った異種族との壁というものであろうか。初めてのコミュニケーションエラーがこんなところで現れるとは―――

 

 

 ―――僕が彼女から解放されたのはこれから10分も後のことだった。

 

 

「何とか、乗り切ったぁ~」

 

 時が過ぎて放課後、僕は教室から出ていく生徒を横目に万感の思いでひと息ついていた。

 あれからふらつく思考を何とか持ち直した僕は今日一日の授業を気合で受け切った。

 ノートは取れたものの集中しているとは言い難い状態だったので、寮に帰ったら復習が必要かもしれない。

 ちなみに大地は学級委員の仕事で駆り出されているから今日は一人で下校だ。

 

 僕が席でぼうっとしていると教卓の側でウリエルさんとりゅーちゃん先生が話しているのが見えた。

 ここからではよく聞こえないが先生が彼女になにかを手渡しているのが見える。

 そのまま一言二言会話を交わし、最後にお礼らしきことを言った先生は忙しそうに教室を去っていった。

 

 なんとなく内容が気になった僕は隣の席に戻ってきたウリエルさんに問いかける。

 

「ウリエルさん、先生と何を話してたんですか?」

 

 そういえばあの挨拶の成果か少なくとも会話はスムーズにできるようになった。以前のように彼女の前でどもってしまうことはもうないだろう。

 まだ目はちょっとしか合わせられないのだが。

 

「さっきは先生にお使いを頼まれたんですよ。今は中間テストの準備で先生方も忙しいですから」

 

 詳しく聞いてみると、彼女が買いに行くのは中間テスト用の特殊な印刷紙だという。なんでも試験中の魔法による不正を防ぐための特別な加工がされているらしい。

 いつも試験のとき質のいい紙を使っているなとは思っていたがそんな機能があったとは知らなかった。

 

 もともとはりゅーちゃん先生が買っておく役目だったが、うっかり忘れてしまっていたらしい。

 まあ何千年も生きる竜族にとって一か月、二か月の時間など誤差にしか感じられなかったのだろう。僕らの担任に"最近"とか"近いうちに"は禁句なのだ。

 そして同じく忘れていた試験の作成に追われている先生に代わってウリエルさんがお使いを頼まれた、という経緯だ。

 先ほど先生に渡されていたのはその代金だったのだろう。

 

 そこで僕はひらめいた。

 全校生徒分の印刷紙を準備するとなるとかなりの量になることが予想される。

 そのとき僕がウリエルさんの荷物を持ってあげれば、彼女も僕のことを頼れる男だと思うに違いない。

 そうなれば彼女の母性本能も収まり、朝のハグも以前のような普通のものに戻るはずだ。

 

「それ、僕も付いて行っていいですか?」

 

「え、でも特に面白いことはないと思いますよ?」

 

「ちょうど復習用のノートが欲しかったので一緒に行こうかと思って」

 

 疑問に思う彼女にお誂え向きにさっきできた理由を提示する。

 ノートを買うのもお使いに付いていくのも、どちらも彼女のハグを起因としていると考えると少しおもしろい。

 

「ああ、なるほど。なら着替えた後に寮の入り口で集合しましょうか」

 

「このまま制服で行かないんですか?」

 

 文房具屋ならセンターからそう時間も掛からないうちに着くと思うのだが。

 

「魔法防止用の印刷紙は普通のお店では売ってないのでちょっとだけ歩かないといけないんですよ。それにセンターから近くても外に出かけるときには基本的に制服は非推奨です。たとえ学校外でも、風紀委員としてみんなのお手本となるように振舞わなければいけませんよ」

 

 そう窘める彼女に頷きながら、

 

 

 ―――誰もいない教室で異性が長時間抱きしめ合っているのはお手本にしていいことなんだろうか?

 

 という疑問が湧き上がってきたが、藪蛇になりそうなので口に出すことはなかった。

 

 

 僕らセンターに通う生徒が住んでいる寮には男子寮、女子寮を分けることなく巨大な一棟として建築されている。一応中で区別はされていて上層から人間男子、人間女子、魔族の順だ。でも普通体力がある魔族の方が上層になると思うのだが。

 そのせいで前にエレベーターが止まったときは、息を切らしながら階段を上っているところを魔獣族の人に見られて気まずかった。背負っていってやろうかとも言われたが流石に辞退した。

 

 今僕はそんな寮の入り口でウリエルさんを待っているところだ。

 黒いパンツにゆとりのある白いTシャツ、あとは適当に選んだ暗い青のジャケット、お洒落なんてあまり意識したことはなかったからかなりラフな服しかなかった。鎖骨の中ほどまで外気に触れてしまっているが今の季節だと夜は少し肌寒さを感じるかもしれない。

 まあデートというわけでもないし、最低限見れれば動きやすさ重視で構わないだろう。

 

 

 そう、思っていたのだが、僕が入り口で立ち止まってからというもののやけに視線を感じる、特に魔族の人から。

 なんでだろう、もしかして魔族の文化では僕のファッションってとんでもなくセンスのないやつ、みたいに認識されるのだろうか。

 変な汗が出てきて思わずシャツの襟を引っ張ってパタパタと身体に風を送る。あ、また視線が強まった。

 

 もういっそのこと着替えてこようかと考えていたとき、こちらに向かってくる見覚えのある影があった。

 フリルがあしらわれた白いブラウスに淡いベージュのタイトスカート、上には薄手の桜色のカーディガンを羽織っていて見るものに春を連想させる。

 そう思わせる服装で現れたのは約束の相手であるウリエルさんだった。

 

「ごめんなさい人間さん!お待たせしてして、しま、って」

 

「いえ、僕もさっき来たところですから」

 

 そう謝りながら駆け寄ってきた彼女は僕を見て急に固まった。

 明らかに僕の服装、正確に言えば上半身を凝視している。

 やはり、どこか変なのだろうか。

 

「あの、僕の格好って変に見えるんですかね?さっきから視線を感じていて、もう着替えてこようかと・・・」

 

「いえいえ、とてもお似合いですよ!?ぜひそのままで行きましょう!そのままで!」

 

 どこか必死な様子で彼女はそう言ってくれているが、これは確実に気を遣われれていると見ていいだろう。

 もしも本当に普通の格好ができているのならばここまで彼女は慌てていないはずだ。

 彼女を待たせてしまうことになるがもう少しキッチリした服に着替えてこよう。

 

「すいません、やっぱり着替えてくるので少し待って・・・」

 

 部屋に戻ろうと踵を返した僕の足は数歩進んだところでそれ以上動かなくなった。 

 彼女が僕の手をガシッと掴んでいるからだ。手から伝わる圧迫感はとても彼女の細腕から生み出されるとは思えないほど強い。

 そしてあろうことか彼女が僕の手を引いたまま強引に寮の外に出ようとするので慌てて声を出す。

 

「ちょっと急にどうしたんですか!?」

 

「い、いえ、早く行かないと寮に帰ってくるときに暗くなってしまうので急いだほうがいいと思いまして!」

 

 今は放課後に入ってすぐだから日没までには余裕があるし、着替えも長引かせないからそこまで急がなくてもいいと思うのだが。

 そう口を挟む間もなく、彼女は僕をぐいぐいと引っ張って寮の出入り口を抜けて歩き始めてしまう。

 ここまで来たら彼女の意向を覆すのは不可能だろう。・・・つい最近同じようなことがあった気がする。

 

「もう、わかりましたよ。着替えは諦めますからそろそろ手を放してください」

 

 さっきから僕と彼女の手は繋がったままだ。この時間帯だと下校中の生徒も多いし、僕らの仲を勘違いされるようなことになれば彼女にも迷惑だろう。

 そう思って僕は声をかけたのだが、彼女はきょとんとした顔でこちらを見てくる。  

 

「え?いやですよ?」

 

 あまりにもはっきりとした否定の声に驚き、思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。

 その表情から彼女は自分の発言がおかしいとは微塵も思っていないことが分かる。

 なんだか僕の方が変なことを言ってしまったような気持ちになるが、振り返って考えても自然な流れだったとしか思えない。

 

 ・・・というか今気づいたが彼女との距離がいつもより妙に近い。 具体的には彼女が僕の胸元を上から覗き込めるほどに。

 僅かな身じろぎでも彼女の匂いが届いてしまって、そこから脳裏に朝の一幕が思い起こされる。

 

 

 僕と彼女との距離感はただのクラスメイトとしては異常だと思う。

 一体どれだけの人間が学生時代に同級生の女の子とハグしたことがあるのだろう、それも日常的に。

 僕は今までこの距離感の原因を彼女の元来の性格からくるものだと思っていたけど、もしかしたら彼女が手を放したくないと言うのも彼女が僕にそういう感情を・・・

 

 

 

 

「だって人間さんが迷子になったら大変じゃないですか」

 

 僕の桃色の思考を断ち切ったのはウリエルさんのそんな言葉だった。

 彼女は微笑みながら続けて言う。

 

「人間さんの口振りからしてこれから向かうお店に行ったことはないですよね?だから私がばっちり引率してあげます!」

 

「なっ!?僕は子供じゃないんですよ!それくらい・・・」

 

「ほら、行きましょう!」

 

 

 薄々気づいてはいたが今日で確信した。どうやら彼女は結構強引なところがある。

 

 手を繋ぎ、どこかへ出かけようと身体を寄せ合い歩く男女二人。すれ違う人達からすればカップルかなにかに見えるのだろう。

 惜しむらくは彼女からの僕らへの認識が親子のそれであることだ。

 

 

 

 

 




ちなみに天使族にはデートと言う概念がありません。
理性の弱い大半の天使たちは自分に向けられている行為に気づく=天界につれていってセッなので、彼氏彼女の期間が存在しないからです。
また、天界にいる人間は天使の共有財産的な立場で休む間もなく永遠に快楽の虜になり、外にでることもありません。



ここから連続した三話がまとめて一幕になる予定です。
思ったより長くなった・・・
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