「好きなやつ、フレンチクルーラーでよかったよね?」
「いえ、私はオールドファッションのほうが……」
「あれ、そうだっけ、ごめんごめん」
「先輩のせいじゃないです……」
ドーナツ屋さんのレジ前で、おのれ。と、口の中で呟いた。
座席に座ってからも、君からそう聞いたと思ったんだけどなあ、記憶違いかあ、と首を傾げる先輩を見ながら、私は内心荒れ狂っていた。ちょっとしたお手伝いのご褒美ということでおごってもらったオールドファッションを食べてやっと一息つく。
またよろしくね、と手を振る先輩と別れ、自宅。自分の部屋に戻るより前に、隣の部屋に怒鳴り込んだ。
「お兄ちゃん私の知り合いの前で私に寄せて女装するのいい加減やめてよ!」
フレンチクルーラーが好きな私の兄は、面倒そうな顔をしてこっちを見てきた。面倒事を引き起こしてるのは誰だと思ってるんだ。
「いいかい繭良。ぼくは女装しようとしたことはない。単純にたまには可愛い服が着たいだけだ」
年頃の割には高めの、といっても普通に男子の声。これが当人がいうところの可愛い服を着てるときには私の声とそっくりな声になるんだから厄介極まりない。
「そういうのいいから」
「いや女性の装いだからとか女性を装うとかが目的でないというのは重要な」
「いいから! ともかく私だと勘違いされるような状態で知り合いと話すのやめてよ」
これでもかなり譲歩しているのに、兄は嫌そうな顔をする。何なの。
「これでも女の子に見えうる格好で女の子騙して接近するようなことにならないように気を遣ってるんだけど。あと勘違いはするほうが悪いよね」
こんなに違うのに、とつるりと顔を撫でてみせる。一卵性の双子よかは似てないかもだけど、同じ年頃の一卵性の双子は私たちの身近にはいなかったので比べようがなかった。というかこの前、小母さんに、『ほんとあなたたち年子なのによく似てるわねえ』と言われたばっかしだし。
兄は背が低めなので、一つ(より正確には一つ半)違いなのに背格好まで同じなのだ。だからって私の服勝手に着るようなやつではないのが唯一の救いというか、そういう挙に出るやつならこんな会話もせず然るべき措置を取っているというか。ともかく。
「そこまで気にすることができるんなら、私の知り合いと話すのやめるぐらいできるでしょ?」
「話しかけられて無視した感じ悪いやつ、みたいに思われてもいいの?」
「やっぱり私に見えるの分かってやってるんじゃんかこのくそあにき!」
まあそう見える人がいるのはしょうがないよね、とつぶやきゃがる。そう見える人がいるんじゃなくてそう見せてるんじゃないか、もう。
髪型まで付け毛までして私と一緒のやつにしてるの、ほんとひどいと思う。この前追及したらセンスが似てるんだからしょうがないじゃない、と言ってのけた。服は同じものがないんだけど、聞いたら何かの弾みで入れ替わっちゃったらお互い嫌でしょ、だって。実際嫌だけど。
その後、何を言っても兄は自分がしたいことはやめない、と言い張りゃがって攻め手を欠いたので。……被害を抑えるために、ということで、今度の週末はふたりであちこち歩き回ることになった。
そっくりさんがいるって印象づければ、兄が知り合いと話しても私じゃないと分かってくれると信じたい。いいように扱われてるような気がしなくもないけれど、少なくとも財布は兄持ち、行く場所は私チョイスなので、今回はいいことにする。したい。
その後、兄の財布でクレープを美味しく食べたりしたはいいものの、月曜に登校したら会う人会う人から関係性聞かれて大変だったそうな。