今日は前皇帝インティの御前で、ラフィタが報告をしている。
「カイやクシュリュの話によれば、クスコにおわすアタタルカ皇帝陛下の側近で不穏な動きがあるとの事。」
「まあ、クスコ派や廷臣どもをヤツが完全に押さえつけることができるとも思えないがな。」
「それが、信じられない話なのですが、陛下のお耳に入れるべきかと悩みまして。」
「ラフィタ、俺と二人で話す時には遠慮はいらんと言っただろう。」
「では申し上げます。アタタルカ陛下が、事態の打開をはかるために再びピサロに近づいているとか。」
「なんだと!」
この知らせにはさすがのインティも立ち上がって驚いた。
「愚かな。…ピサロが我が国の苦しみの原因である事ぐらい子どもだって知っているわ!」
「クスコ派のユパンキ閣下を支持する勢力が優勢になりつつあるとのことで、自分の影響が下がっていくのを目の当たりにしたのでしょう。」
「それにしても。だったら俺みたいにさっさと権力の座から降りるべきだ。我が国は派閥争いでいがみ合う余裕などない。一枚岩にならないといかんのだ。」
「私は、アタタルカ陛下がまた金銀財宝をピサロに差し出して、この国の商業や産業を弱めてしまうのを恐れております。金銀の価値はエストレージャで決めることですが、その価値を決めるためにもたくさんの金銀があることが前提となります。また以前のようにインティワタナ近辺から南部地方一帯だけでも金銀の締め付けをはかるべきかと。」
「そうだな。よし、すぐにかかれ。」
「それから、以前陛下がおっしゃった前皇帝直属の親衛隊の件ですが。」
「人は集まっているのか。」
「はい、前皇帝陛下の徳を慕って勇敢な若者たちが続々と。」
「それはいい知らせだ。」
「その親衛隊の給与には、是非その金銀を支給してはと。親衛隊のステイタスを高めるだけでなく、金銀の価値を定め、かつ金銀のエストレージャへの流出を防ぐことになります。」
ラフィタの提案にインティ前皇帝は少し宙を仰いだ。そして
「よし。それを採用しよう。」
「ははっ。」
また別なところでは、妙な命令が言い渡されていた。
「ケチャ少尉、今日より5日間の休暇を与える。」
上官のラトゥ大尉から急な休暇の命令が来て、ケチャは戸惑った。
「俺もわからん。なんだか知らないが、アタタルカ陛下が、先の皇帝救出に功のあったもののために、順番に特別休暇を与えるとのことだ。」
それにしても急すぎる。そもそも皇帝の救出なんてだいぶ前の話だ。今アタタルカ陛下の気にすべきことは首都クスコの政治の安定ではないか。
「わかりました。では、私が毎日見張っているあの捕虜、フェリアのことはどうしましょうか。」
「そのことだが、アタタルカ陛下の直参の家来がその5日間は見張ると言うことらしい。」
「女性ですよね。」ケチャは念の為に確認した。
「ああ。そのように聞いている。それがその5日間に代わりに見張る女性らしい。」
ケチャは、キープを受け取った。縄目には「レイ」と結び目がある。確かに女性の名だ。このぐらいの短い単語なら、軍属のケチャでも難なく読み取れる。
「…急なことで俺も釈然としないが、替わりの見張り役も女ということはアタタルカ陛下も御配慮くださったのであろう。お前はとりあえず少し休め。御命令書にも書いてあったが、お前のキートの家族に会いに行っても構わないということらしい。」
「…そうですか。」
エストレージャとピスカ・スーユは一時的な休戦状態になっている。その状態なのに、ケチャはエストレージャ勢力圏であるキートの家族に会いに行けなかった。それほど彼女は多忙なのであった。この休暇にケチャは少しばかり心が躍るのを感じた。