私の生涯は、良くも悪くも特筆する所がない事が特徴だ。
父が多額の借金を残して他界し、そのツケを母と私が必死になって返済。自由になった時には年齢は既に三十路を超えていた。色恋沙汰も無く、裕福な生活とも縁が無い。それでも、生活そのものは満足していた。
借金を返済した後は、出来る限りの親孝行をした。そのお陰か、母が重い病にかかった時も不安は無かった。『何時まで経っても結婚しない』なんて小言を言われはしたが、そんなのは些細な事。私は母に『今までありがとう。母さんのお陰で幸せだった』と、感謝の言葉を伝えてから安らかに逝ってもらった。
私の生涯において……特筆すべき事のない人生において、唯一胸を張る事が出来る思い出である。
その後、天涯孤独の身となった私は、娯楽に興じる時間が増えた。少ない給金で質素な生活。娯楽と呼べるのは当時流行していたDMMO-RPGと呼ばれるフルダイブ型のRPGゲーム。嗜む程度であった娯楽の中に、『ユグドラシル』というゲームがあったのだが、そのゲームだけは特別だった。
圧倒的なデータ量。自身の現身となるアバターの自由度は豊富で、人や亜人、そして異形種と種類が豊富で、キャラクターの作成には本腰を入れたものだ。
子供の頃に夢見た、動物を飼う事が出来なかった私は、人と獣人、そして獣に変身可能な人狼を選択し、誰かを守りつつ支援を行う職業を選んだ。他にもメインとなる獣人を主に、獣、人とステータスの割り当てを調整し、満を持してユグドラシルに身を投じた。
楽しかった。何もかもが。
様々な人と出会い、友と出会い、冒険し、敵と戦い、勝利と敗北を共に共有し、珍しいアイテムを入手した時は祝杯を挙げながら喜びを分かち合った。
私という人物には特筆すべき所はなかった。だが、私ではなくユグドラシルに存在する私は……『ジンクス』は、その世界において輝いていたのだ。
私の輝かしき思い出。自慢のギルド。アインズ・ウール・ゴウン……。
アインズ・ウール・ゴウンは私の全てだった。例えそれがデータ上の世界であったとしても。ギルドのメンバーが一人、また一人と欠けようと関係なかった。時間さえあれば、私はユグドラシルに身を投じた。私と同じく、ギルドに残り続けたギルドマスターであるモモンガさんと共に。
だが、そんな生活も終わりを迎える時が来た。ユグドラシルサービス終了のお知らせと共に。
何時ものようにログインすると、運営からメールが届いていた。内容は単純明快。〇月〇日を以って、ユグドラシルのサービスの提供を終了させて頂きます。という文章だ。
それを目にした瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。私は呆然としたまま、一度ログアウトし、再びログイン。既読済みの運営からのメールを再度開いて中身を何度も確認した。しかし、何度確認しようと内容が変わる事はなかった。無常なるメッセージ。
「嘘……だろ?」
そんな呟きが、口から洩れる。嘘だと腹の奥から叫びたかった。だが、そうは出来ない。何故ならこれはゲームだからだ。
分かっていたのだ、終わりが来るということは。サービス開始から爆発的にユーザーを増やしたユグドラシルであったが、徐々に過疎化が進んでいるという話題を耳にしていたし、ギルメンの数も徐々に減り、私とモモンガさん以外のメンバーがユグドラシルを去っていった事も事実だ。
だが、それでも……心のどこかでは思っていた。『サービス終了』という文字は嘘っぱちで、終わりはまだまだ先であると。
しかし、それは間違いだった。私は今この瞬間に知ったのだ。ユグドラシルのサービスが終了するという事を。
私は失意のままモモンガさんにメールを送ると『いつもの所で待ってます』という短い文章が返ってきた。それに分かったと返信すると、私はモモンガさんが待つ円卓の間へと向かった。
―ナザリック地下大墳墓―
ユグドラシルサービス終了。その知らせを知った鈴木 悟ことモモンガは、運営からのメールを確認した。そこに書かれていた内容はジンクスがDMで送った内容と変わりなく、それが現実なのだと突きつけられる形となった。深い溜息と共に、天井を仰ぎ見る。
もう二度と、仲間達と会う事が出来ないのか。仕事や生活環境の変化など、様々な理由があってメンバーが引退していった。もしかしたら、心境の変化や私生活に余裕が出来た……いや、それ以外の理由でも良い。また此処に、ユグドラシルに、アインズ・ウール・ゴウンに戻ってきてくれるのではと淡い期待を抱きながら、彼等から引き継いだアイテムを大事に保管し続けてきた。
共に過ごした仲間達。同じギルドに所属し、苦楽を共にした仲間達。モモンガにとって、彼等は掛け替えのない存在であり、家族に等しかった。しかし、彼等との繋がりも終わりを迎える。
サービス終了と共に、彼等から引き継いだ思いから、そしてギルド長としての役目からも、その全てから解放される。
その反面、心に穴が開いたような喪失感を覚える。これが寂しいという感情なのだろうか?
ジワリと涙が溢れそうになるが、それを必死に堪える。泣いてはいけない。泣いたらきっと、もっと辛くなる。何時かはこうなると分かっていた。それが現実となっただけだ。だが、それでもまだ、あまりにも早すぎる。もう少しだけ、せめてもう少しだけでも、皆と一緒に居たかった。皆が帰って来られるこの場所を守り続けたかった。
暫くの間、沈黙していたモモンガだが、気持ちを切り替える。何時までも悲しんではいられない。ギルドの長が何時までもこの調子だと、彼に心配をかけてしまう。彼だって同じ気持ちだ。サービス終了の知らせを受け取った時、彼は……ジンクスは何を思ってDMを送ったのだろう?
彼らしくもない乱れた文章。きっと彼も、現実を受け入れられず、それでもこの事を伝えようとDMを送ったに違いない。彼に会って、今後の事を話し合おう。まだ終わったわけではないのだ。サービス終了まで期間はある。その間、自分達は何をするべきなのか。それを改めて再確認する必要があるだろう。
もしかしたら、これを機に、引退しなされるかもしれない。もしかしたら、最後にやりたい事があるからと、ギルドを脱退してやりたいようにやるかもしれない。いや、彼ならきっと、最後の最後まで此処に残り続けるだろう。彼はそういう男だ。
そんな事を考えつつ、モモンガは彼が待つナザリックの地下9階層、円卓の間へと移動を始めた。
―ジンクス視点―
DMを受け取ったモモンガさんは、円卓の間で今後の事について相談を持ち掛けてきた。私としても異論はなく、即座に了承する。モモンガさんとこれからの事を色々と話し合い、今後の方針を決定した。
先ず、ギルドについて。モモンガさんはギルドの長として残り続ける意志を示し、私も此処に残り続ける旨を打ち明けた。その時、少しだけ重苦しかった空気が和らぎ、アバター越しではあるものの、互いに内心笑っていたのだと思う。維持費は今まで通り効率よく稼げる場所で稼げるだけ稼ぎ、何があっても大丈夫なように余裕を持って備蓄していく方針が決まった。
次に、今後の活動についても色々と意見を交換した。モモンガさんも私も、一度ナザリック地下大墳墓内を隅々まで見て回る事に決めた。各階層を守護する守護者達。皆で協力して創り上げたNPC達の設定や各階層の情報を改めて見直し、それを映像に記録する事でサービス終了した後でも、その録画データだけは互いに共有し、他のギルドメンバーにも、そのデータのコピーを配る事になった。
「折角ですから、今まで撮り貯めた記録媒体も編集してみませんか?」
「良いですね。みんなが残した記録用データクリスタルが宝物殿に残っていた筈です」
「他にもイベントのデータが沢山残っていた筈ですから、それらも全部やってしまいましょう」
「そうなると結構時間がかかってしまうかもしれませんが大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。その手の編集は得意ですので、任せて下さい」
「分かりました。それではお願いします」
そうして、モモンガさんの了承を得た私は、これまでに撮り貯めたデータクリスタルをかき集め、編集作業にあたった。その間、ナザリック内をくまなく散策し、各階層の守護者達の設定や装備を見直す中で、様々な発見があった。
「モモンガさん。アルベドの設定ですが……」
「あぁ……タブラさんですよねこれ。確かギャップ萌え……でしたっけ?」
「『因みにビッチ』はちょっと……どうにか出来ないですか?」
「設定を弄るのも気が引けますが、流石にこのまま終わらせるのは可哀そうですよね」
「でしたら、折角ですし少し弄っちゃいましょう。モモンガさんの嫁なんてどうですか?」
「いやぁ、流石に同じギルメンが創ったNPCを嫁にするのは。俺からすれば娘みたいなものだし」
「良いじゃないですか。きっとタブラ義父さんだってモモンガさんの事を認めてくれますよ。それに、モモンガさんもアルベドみたいな女性を妻にしたくないですか?」
「お義父さんって……まぁ、アルベドみたいな女性が妻だったらそれは……確かに」
こうして、時にギルドメンバーが残したNPCの設定を自分達のいいように変更したり……。
「モモンガさん、見て下さい。珍しいマジック・アイテムが売ってますよ」
「へぇ、種族変更可能な指輪ですか。確かに珍しいですね。リスクは種族レベルが変わる事と、代わりに外す指輪の効果がなくなる事か。それ以外のリスクは特になさそうですね」
「種族も沢山ありますよ。折角ですし、買えるだけ買っちゃいましょう。モモンガさんは何が良いですか?」
「じゃあ、俺は悪魔の種族変更の指輪を買おうかな」
「私は……悪魔に天使に獣人に……」
「ちょっと買いすぎじゃないですか? 流石に全部の種族変更時のアバター作成なんてやってたら時間が足りませんよ」
「記念ですよ記念。私は今のままで充分満足しているので。代わりと言っては何ですが、モモンガさんの悪魔種のアバターを私が作成しても良いですか?」
「良いですけど、記録データの編集は大丈夫ですか?」
「はい、それに関しては殆ど終わっているので大丈夫ですよ」
「仕事が早いですねぇ」
「出来る男と言って下さい」
「あはは、ジンクスさんは出来る男です」
「まぁ、慣れた作業だったので。モモンガさんも慣れたら直ぐに出来ますよ。そうだ。折角ですからモモンガさんにはカリスマ性溢れる悪魔に仕上げて見せますよ。楽しみにしていて下さい」
露店巡りをしては珍しマジック・アイテムを購入。サービス終了する事も相まってか、普段なら並ぶ事のないレアなマジック・アイテムが所狭しと並んでおり、出かけるたびに大量のアイテムを持ち帰る事になった。
なお、キャラデザはモモンガさんが好みそうな設定をふんだんに盛り込んだけど、タブラさんのギャップ萌えに触発されて余計な設定も盛り込んでしまった時は流石に怒られた。
そして時に、自分自身のアバターの設定を見直してみた。職業は大雑把に言えばモモンガさんと同じ魔法詠唱者だ。その設定に箔をつける為にナザリック内にある最古図書館に目を付け、自分なりの設定を盛り込んでみた。最古図書館の一角に自分専用の棚を作り、そこに所狭しと大量の書物を用意したのだ。
私の創ったジンクスの設定。それは『魔法の深淵へと至った賢人』という設定だ。後に、モモンガさんと共に深淵に至ったと設定を追加し、巻き込む形となったが、モモンガさんはそれを了承。今更ながら少し恥ずかしい設定ではあるが、その設定が盛り込まれた魔導書ー聖遺物級や伝説級が大半で神器級は一冊が限界だったーが棚一杯に並ぶ光景は圧巻で、満足のいく出来となった。
作業を終え、満足した私は、改めて自分の設定を見直した。アインズ・ウール・ゴウンは自他共に認めるDQNギルドだ。ギルドのメンバー皆がその方針に沿ってカルマ値がマイナスな者が大半で、NPCも同様にカルマ値がマイナスと、悪の組織として成り立っている。
「…………」
私にとって、ジンクスというアバターは自身の現身だ。その現身であるアバターがギルドの暗黙の方針とはいえ、カルマ値がマイナスなのかと考えると、心の中がモヤモヤした。そしてふと思い出すのが看取った時の母の最期の言葉。
―…………―
その言葉を思い出した時、私はジンクスの設定を少し弄っていた。カルマ値はプラマイゼロの中立。そして『家族を愛している』『手に届く範囲で他を愛する』と、設定を付け加えた。この設定を付け加えた時、漸くジンクスという自身の現身は本当の意味で自分の合わせ鏡となったのだと、そう自覚した。
そうして、残された時間をモモンガさんと共に過ごし続け、サービス終了の日を迎える事になった。
最後はモモンガさんの希望で、連絡を取る事が出来るギルドのメンバー全員に連絡した。DMが届いたメンバー全員が来るとは思っていなかった。引退と同時にデータを削除したメンバーもいただろう。そこまで覚悟を決めて引退したメンバーが別のアバターで此処に来るとは思えなかったからだ。そして、案の定というべきか、サービス終了の日にログインしたのは僅か数名のメンバーだった。
最後に戻ってきたヘロヘロさんがログアウトした後、円卓に残された私達は談笑に耽っていた。
「これで終わってしまうんですね。モモンガさん」
「そうですねジンクスさん」
「折角、ワールドアイテムが破格の値段で売り捌かれてたから買えるだけ買ったんですが、使い道がなかったですね」
「え、その話初耳なんですけど」
「あ、そういえば言ってませんでした。確か、買ったのがこれとこれとこれで……特にこれ、『世界を照らす笑顔の輪』……通称『スマイル』を見つけた時は心臓が飛び出るかと思いました」
「『スマイル』って……ジンクスさん。もう少し早くに言って貰えたら最後の最後に戦争が出来たのに」
「ははは、サービス終了前にこれを使うとか、本当の意味でアインズ・ウール・ゴウンがDQNギルドとして永遠にその名を刻まれてしまいますよ」
他愛のない話。そう、本当に他愛のない話だ。手に入れたアイテムの自慢。それも、サービス終了してしまえば、ただのデータとして消え去るだけの、その場限りの思い出だ。
「本当に楽しかったですね」
「……そうですね」
モモンガさんの言葉に同意する。そう、本当に楽しかったのだ。最後の最後で良い思い出が出来たと思う。
やれるだけの事はやった。後悔しない為に、やろうと思った時にはすぐさま行動に移した。
動画データも、連絡が取れたギルメンに送る事が出来た。皆、懐かしそうな声色で喜んでくれていた。中には、辞めた事を申し訳なく思うメンバーもいたが、私達は笑って別れを告げた。
そう、これで良かったんだと思いながらも、それでも心の何処かで、寂しさが残っている。
「さて、そろそろですかね」
「はい。準備万端です」
「それじゃ行きましょうか」
モンガさんの言葉に私も応える。その言葉には寂しさと同時に最後までこのゲームをやり通したという誇らしさがあった。
「やっぱり最後はあの場所じゃないとダメですよね?」
「勿論ですとも」
モモンガさんは立ち上がると、扉に向かって歩き出す。それに続くように私も立ち上がって歩き出した。モモンガさんの手にはギルドの象徴であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが握られている。折角の最後だ。誰も文句は言うまい。
モモンガさんに付き従うように歩く私と、私達の後に続く戦闘用メイド『プレアデス』とプレアデスのリーダーである執事のセバス・チャン。
「結局、九階層まで辿り着く敵はいませんでしたね」
「そうですね。誰にもお披露目する事もなかったですね」
「まぁ、あれだけの数の暴力をもってしても攻略できなかったんですから誰もここを攻めようなんて思いませんよね」
「ははは、確かに」
「良い思い出でしたね」
「えぇ、そうですね」
「モモンガさんは……もし、ユグドラシルⅡとか出たらプレイしますか?」
「どうでしょうねぇ……少なくとも、此処での思い出が忘れられそうにないですから考えてしまうかもしれませんね」
「モモンガさんもですか。実は私もです。私も、このユグドラシルが……モモンガさん達との思い出が詰まったこの場所こそが、私の居場所でしたから、もし続編が出たとしても」
「ジンクスさん」
「まぁ、モモンガさんと一緒でしたら、そこもまた新しい思い出になるかもしれませんし、その時は宜しくお願いしますね」
笑顔のモーションを出す私にモモンガさんも『此方こそ』と返答する。しかし、内心ではモモンガさんも私も、此処こそが居場所であり全てであった。他に代わるものなど何もないのが本音だった。
サービス終了と聞いた後も、思い出の為に彼方此方を巡った。時にイベントに参加し、時にギルド内を隅々まで見渡し、出店を巡っては、希少なアイテムを入手したりと、最後の最後までこの世界を堪能した。堪能した筈だった。
だが、そんな思い出も終わりを迎えようとしている。ギルドメンバー皆で作ったナザリック大地下墳墓第十階層。その最奥にある玉座の間へと繋がる巨大な扉の前で二人は足を止める。
「モモンガさん、最後に聞きたい事があるのですが」
「なんでしょうか?」
「その……モモンガさんは楽しかったですか?」
「もちろん、とても楽しかったですよ」
「良かったです。モモンガさんがそう思ってくれたのであれば、きっと他のメンバーも同じ気持ちでいると思いますよ」
私の言葉にモモンガさんは耳を傾ける。
「私も、皆さんと同じぐらいに……いえ、それ以上にこのギルド、そしてこのナザリック大地下墳墓を愛していますから」
「……えぇ、その通りです。俺も、このナザリック地下大墳墓を……いや、アインズ・ウール・ゴウンが俺の全てでした」
「……それでは、最後の挨拶に行きましょうか」
私の言葉に、モモンガさんは静かに首肯すると扉に手をかけた。ゆっくりと開かれていく扉。徐々に見えてくる部屋の光景。部屋の最奥に鎮座する玉座。
あぁ、これで本当に終わってしまうのか。その事実が二人の心に深く突き刺さる。そして、ついに玉座の前まで辿り着き──
「お疲れ様でした。モモンガさん」
「お疲れ様でした。ジンクスさん」
その言葉を最後に、ユグドラシルというゲームは終了した……筈だった。
個人的にオーバーロードで好きな4名なので、作品に登場させる予定ですが、皆さんはこの中で誰が好きですか、参考までに教えて下さい。
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アルシェ・イーブ・リイル・フルト
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番外席次
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ニニャ
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ネイア・バラハ