とはいえ、完全不可視化しているとはいえ、誰一人として私に気付く様子はない。配下達と共に彼等を同時に背後から奇襲すれば、それだけで陣形を崩してそのまま壊滅させる事も出来るかもしれない。
だが、彼等の動きには一切の無駄がなく、テレビや映画で見た様な軍隊や特殊部隊を彷彿とさせる雰囲気を纏っている。まぁ、映画で見た軍隊や特殊部隊も、あくまで俳優達による演技なので、本物ではないんだけどね。
装備は皆統一されていて、見た目で判断すれば全員が魔法詠唱者だろう。近接戦に用いる武器は持っていない。装備も軽装だ。そんな彼等が、少ない人数で村一つを囲う様に陣取っているのは、囲いから村人やガゼフ達を逃がさない為の三段なのだろうが、ガゼフが率いる戦士の数が少ないにしても、一点に戦力を集中させれば魔法を掻い潜り、陣形を突破する事は容易だろう。
(そうさせない為の対策が『アレ』か)
彼等の周囲に浮かぶモンスター。輝く翼の生えた天使。炎を宿したロングソードを装備した天使達は彼等にとっての前衛、もとい、盾なのだろう。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)……、確か第三位階の召喚魔法だった筈。私やアインズさん基準だと、この程度の召喚モンスターだったら問題なく対処できる。そう考えると、この世界基準のレベルは私達と比べると初心者クラスのレベルとそう変わらないのかもしれないな。
カルネ村を襲った騎士達よりも強いが、ガゼフが率いる戦士達と同等か……いや、ガゼフは兎も角、彼が連れてきた戦士達と比べても、魔法詠唱者達の方が強いだろう。戦士→魔法詠唱者→ガゼフといったところか。後は彼等を率いる隊長がどれほどの実力者か、それが分かればこの世界の基準もある程度把握する事も出来るだろう。
村の周囲を一周した後、特に多くの人員を割いている箇所へ目星を付ける。その中で唯一顔を出している人物、恐らく彼が隊長だ。頬に傷のある男。他の魔法詠唱者達が炎の上位天使を召喚する中で彼だけがもう一段階上の魔法、第四位階の魔法で召喚された天使、安寧の権天使(プリンシパリティ・ピース)を従えている。
(当たりだな)
隊長が使役している天使が第四位階だから第九位階の完全不可視化の魔法の対策が取れてないと考えられるも、伝言に対する対策まで怠っているとは思えない。不用意に伝言で彼等の情報をアインズさんに伝える事で彼等を警戒させるのは悪手だろう。彼もまた完全不可視化した私達の存在に気付いていない様子。此処は隠密に長けた配下に言伝を任せるとしよう。
配下を見送った後、意識を集中させ、村の様子を確認する。村の中の気配から察するに、戦士達は何時でも出陣できるよう準備を整えているようだ。後はガゼフの命令次第。
もし、ガゼフがこの包囲網から脱出する選択をするなら、囲いの薄い箇所を狙うだろう。少なくとも、多めに人員を配置している此処に突撃するとは考え難い。だが、その場合、村人達は彼等によって蹂躙されるだろう。会って間もないが、ガゼフは村人を捨てて逃げ出す様な事はしないだろうが、そうなると、彼が狙いを付ける箇所は……。
村人を逃がす為に囲いの厚いこの一点に兵力を集中させ、包囲していた魔法詠唱者達を一カ所に集結させた後に、村人達が少しでも遠くに逃げる為の時間を稼ぐ。彼ならそうするかもしれない。最悪、戦士達を数名村人達の護衛に付け、少数で突貫する可能性もゼロではない。
ただでさえ数でも劣る状況で人員を割く愚考を犯すものなのかと考えるかもしれないが、国民を守る為にこの村を訪れ、アインズが村人を守った事を知るや否や、下馬してまで感謝の意を示すほどの人格者だ。結果として自身の首を絞める事になろうとも、彼ならばそれをやってのけるのかもしれない。
私達の様に、自分の身を第一に考えるのではなく、自分より弱い立場の者達の為に、自ら矢面に立って行動する事が出来るなんて……そうだな、この感情は羨ましいとかではなく、凄いと思ってしまうんだろうな。
凄いけど、その行為はあまりにも愚かなものだと。でも、それが彼の信念なら、それを否定する事は誰にも出来ない。そう思いながら言伝を任せた配下の帰りを待ち続けた。
「……そうか、彼はその選択肢を選んだんだね。教えてくれてありがとう。君は元の配置に戻っていてくれ」
言伝を終えて戻ってきた配下からガゼフが部下を引き連れ、敵と正面から対峙する意向を示した事を聞き、深く息を吐いた。予想していたとはいえ、本当にその選択を選ぶなんて……。
それと、カルネ村を包囲している魔法詠唱者達の素性も把握する事が出来た。法国の特殊部隊。六色聖典と呼ばれる部隊の一つらしい。噂程度の情報でしかない為、彼等の力は不明だが、単純な質としては彼等の方が上らしい。
カルネ村に意識を集中させると、ガゼフと戦士達が此方に向かって突撃する準備を整えている。間もなく、ガゼフと六色聖典が一戦交える事になる。アインズさんは動かない。先ずは相手の戦力を分析するのが先だろう。私の情報も踏まえた上で。
此処で分析するのは、ガゼフ達戦士達の戦力をはかる兼ね合いもある。先ずはこの世界の各国の戦力をはかる。王国の王直属の戦士長。そして彼が率いる戦士達。そして六色聖典。ガゼフは王国の懐刀だ。生半可な戦力を投入している筈はない。手持ちの最高戦力かそれに近いレベルの人材を派遣しているに違いない。
(最悪、他の六色聖典も動いているとみて行動した方がよさそうだな。あり得るとしたらやっぱり情報系の部隊と隠密系の部隊か? 隠密系は兎も角、情報系の部隊だったら、私の知覚外から覗き見する事は可能。対情報系魔法を張ってて良かった。何かあっても法国に情報が洩れる事は無い筈)
アインズさん自身、何かしらの対策は取っているだろう。最悪、私とアインズさん、両方の対情報系魔法による功性防壁が作動する可能性もある。その時は申し訳ないけど、ご愁傷様という事で。
そんな事を考えていると六色聖典が動き出した。ついにガゼフが出撃したのだろう。カルネ村を囲っていた他のメンバーに合図を送り、一箇所に集まって迎え撃つらしい。果たして、炎の上位天使を前衛とした魔法詠唱者達を前に、まともな遠距離攻撃の術を持たないガゼフ達がどう仕掛けるか、その手並みを拝見するとしよう。
(と、思ってはいたけど、まさかこれ程とは……)
結果だけで言うと、ガゼフ率いる戦士達は、まともに六色聖典を相手にする事が出来ず、防戦一方のまま、戦士達は皆倒れ、ガゼフもまた満身創痍の状態で六色聖典と向かい合っていた。
馬の機動性を活かし、一気に肉薄せんと突撃する戦士達。唯一の遠距離武器となる弓で矢を射かけたが、魔法によって強化された防具に弾かれ、大した成果も得られず、代わりに精神操作系の魔法を馬にかけられ、ガゼフ達にとっての唯一のアドバンテージだった機動力すらも奪われた。中には動揺した馬から落馬し、負傷した者が天使達の攻撃によって倒される始末。
天使と戦士達の実力はほぼ拮抗状態ではあったが、倒されても再召喚出来る天使と、生身の人間とでは、物量作戦に持ち込まれれば決定は目に見えていた。その中でも、ガゼフだけは多くの天使達を屠る健闘を見せたのだが、快進撃はそこまでで徐々に体力を消耗していき、力尽きてしまった。
それでも、ガゼフは最後までよくやったと思う。少なくとも、ガゼフと六色聖典のメンバーが一対一で戦っていれば勝敗は変わっていた。一人の戦士として、王国の王直属の戦士長の肩書を許された彼の実力は、この世界において最高クラスなのだろう。だが、個人として最高クラスでも、集団戦で、しかもまともに接近する事すら許されず、多方から魔法による妨害を受け続ければ、格下相手でも勝利を掴むのは厳しいだろう。
そして何より、ガゼフの装備が問題だ。はっきり言って、今のガゼフの装備は、彼の実力を考えると、あまりにも貧弱すぎる。他の戦士達の様に、各々で扱いやすいように改良されたものとは違い、間に合わせの装備をしてきたような感覚だ。村々を荒らしまわる賊の討伐に、本来の装備は必要ないと判断したのか、それとも別の要因か、それは定かではない。此処で問題なのは、ガゼフの力が十二分に発揮できなかったという所だろう。彼本来の装備で挑んでいれば、結果は変わっていたかもしれない。
とはいえ、これはたらればの話だ。仮に、ガゼフが本来の装備で挑んだとして必ずしも彼等に勝利するかと言えば、まだ判断がつかない。ただ、それ以外の件について色々と新しい情報を手に入れる事が出来た。
一つはガゼフが天使達に用いた技。『武技』なる存在。これはユグドラシルには存在しないものだった。此方のゲームの世界で言う特殊なスキルの様なものだろうか。武技の使用中、一時的にではあるが、ガゼフの身体能力が上がっている事は確認した。攻撃においても『六光連斬』なる武技は、六体の天使を同時に斬るという、普通の人間では不可能な荒業をやってのけた。これらはとても興味深い代物だ。きっとアインズさんも武技なる特殊スキルについて研究する必要性をみいだすだろう。
そしてもう一つ、この世界の住人の実力者達のレベルがある程度判別したのは僥倖だった。ガゼフ率いる戦士達がレベルにして20以下。六色聖典のいずれかに所属している魔法詠唱者達がレベル20前後。そして、ガゼフと隊長格の魔法詠唱者のレベルがほぼ同等でレベル30以下といった所だ。
一般的な兵士のレベルが10前後、そしてそれ以上の実力者が20前後、別格なのが30前後といった所だろう。彼等だけで判断しているからこれが絶対ではないし、種族や職業、装備の関係で優位性も異なってくるだろう。後は六色聖典側で特別なマジック・アイテムを所有しているかどうか、それさえ分かればよかったが、流石にそれは欲張りすぎというものだろう。
だが、準備は整った。配下達の知らせでアインズさんが動くと分かった。ガゼフ達がヘイトをかった事により、カルネ村を囲んでいた六色聖典のメンバーが一箇所に集まっている。彼等以外に伏兵の存在は確認できない。実力もある程度把握した。
(アインズさんが……動く)
それと同時に、先程までガゼフがいた場所に、別の二人が出現する。マジック・アイテムによって互いの位置を交換するマジック・アイテムを使用したのだろう。対峙するアインズさん、アルベドと六色聖典の魔法詠唱者達。突然の事に動揺が走るが、隊長格の魔法詠唱者がそんな彼等を制し、睨み合っている。
そんな彼等の姿を見て、私はそっと口角に指を這わせる。知らず知らずの内に吊り上がった口角。あぁ、私は今、笑っているんだ。不謹慎な筈なのに、私は今、笑っている。脳裏に浮かぶのはかつての記憶。かつて私がユグドラシルで異形種狩りにあっていた時、救いの手を差し伸べてくれた彼等の姿が思い浮かぶ。まだアインズさんがアインズ・ウール・ゴウンではなく、別のギルドの名称で活躍していた時、彼等と対峙したプレイヤー達の姿が六色聖典と重なる。あの頃と変わらないアインズさんの姿に、私は懐かしさのあまり、笑ってしまったのだ。
―三人称視点―
「……何者だ。貴様は。ガゼフ・ストロノーフは何処だ?」
隊長格の男が、油断なくアインズに問い掛ける。
アインズは隊長格の男の言葉を無視し、礼儀正しくお辞儀をすると自己紹介を始めた。
「始めましてスレイン法国の皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを以って呼んで頂ければ幸いです。そして此方がアルベド。私の従者です」
先ずは名を名乗り、そして改めて先程の隊長格の男の質問に答える。
「ガゼフ・ストロノーフは転移の魔法でカルネ村に戻しました。今、村長達が彼と彼が率いる戦士達の手当てをしている事でしょう」
その言葉に、ガゼフの他に戦士達もその場からいなくなっている事に気付いた魔法詠唱者達から声が漏れ出る。
転移の魔法は位階魔法の中でも上位に位置する。一人だけならまだしも、あれだけの数の人数を一度で転移させたとなると、目の前の人物が、如何に強力な力を秘めた魔法詠唱者か、同じ職業を修めた者なら直ぐに理解出来ただろう。
少なくとも、自分たち以上の力を秘めている可能性がある。もしかしたら隊長以上の……。その動揺が緩やかに広がるのを感じた隊長格の男は鼻を鳴らして後方に控える魔法詠唱者達を諫めた。
「余計な事を。奴に雇われて助けたのだとしたら無駄な事だ。此処で確実に奴の息の根を止めねばならぬ。邪魔をしないというなら見逃してやってもいいぞ」
「ほぉ、それはなんとも寛大な御心を。それで、私達は兎も角、村人はどうするおつもりで?」
「無論殺す。私達の存在を知られた以上、生かしておく理由はないからな」
「……ほぉ、そうですか」
瞬間、隊長格の男は、自身の失言を理解し、後悔した。目の前の人物は言葉遣いこそ変わらなかったが、彼が纏う雰囲気ががらりと変わったのだ。
「ははは、本当に、本当にいい度胸をしている。お前達は私達が手間をかけてまで救った村人達を殺すと公言した。これ程不快な事はない」
(な、なんだ……なんなのだこの男は。何か嫌な……嫌な予感がする)
額から汗が滲み出る。この感覚はなんだ?
隊長格の男、ニグン・グリッド・ルーインはこれまで多くの任務を遂行してきた男だ。多くの死地を乗り越え、多くの部下を従え、多くの経験を積んできた実績がある。
それ故に、アインズから発せられる気配に、そして後ろに控えていたアルベドから発せられる殺気に、ニグンは気付いてしまった。目の前の人物は、自分よりも遥かに格上の人物であると。
だが、飲み込まれてはいけない。自身に課せられた任務を遂行する事により、人類が救済されると信じているニグンにとって、予想外の事態に巻き込まれたと判断しながらも、任務を優先しなければという思いに駆られ、平静を装いつつ、口を開いた。
「……不快とは大きく出たものだ。だが、その言葉も一理ある。此方の事情があったとはいえ、救った村人を殺すと言われれば確かに不愉快というものだ。だが、此方にも事情がある。ガゼフ・ストロノーフの抹殺は私達の優先事項なのだ」
そこでだ、と。言葉を選ぶように、あくまでも冷静を装いながら、ニグンは恐怖を押し殺し、アインズに提案した。
「先程の村人を殺す……という発言を撤回しよう。目的はあくまでガゼフ・ストロノーフ唯一人。彼を此方に渡してくれれば、他の者に手は出さないと誓おう。どうだ?」
後々の遺恨は残るだろうが、これがニグンにできるギリギリの妥協案だった。この案が通り、ガゼフの引き渡しに応じ、任務を遂行したとしても、本国に戻れば糾弾されるだろう。現に、後ろに控える部下達もニグンの提案に動揺している。素性を知られた以上、生かしておいては国家間の問題になる。そうなれば、人類救済を国の定義としている法国の理念に背く行為だと、自国の民からも糾弾されかねないからだ。
(仕方がないだろう。何故分からんのだ。アインズ・ウール・ゴウンとかいう男もそうだが、後ろにいる従者……アルベドといったか、奴もまたアインズと同等かそれ以上の殺気を放っているのだぞ)
油断すれば……いや、最悪、瞬きする間もなく間合いを詰められ殺されてしまうのではと思う程の殺気を放つアルベドに、ニグンは何故、自分の部下達が気付かないのだと疑問に思った。
それもそのはず、アインズは兎も角、アルベドはニグンにのみ殺気を放っていたからである。成り行きとはいえ、アインズとジンクスが守ると宣言した村人達。アルベドにとっては虫けらに等しい存在ではあるのだが、それでも守るとアインズとジンクスは宣言したのだ。ならば、守護者統括である自分も、アインズ達の意向に従わない理由がないのだ、何より、遠目で見た、アインズとジンクスの、この村を守ると決定した時の互いの表情が忘れられなかったのだ。
だからこそ、ニグンの不用意な発言は、アルベドの逆鱗に触れてしまったのである。
(どうしましょう。今すぐにでもあの虫けらをミンチにしてその辺の肥やしにでもしたいのですが……でもでも、勝手な事をしたらアインズ様のご迷惑になるし、きっとジンクス様もそれを望まない筈。あぁ、でも、一回だけ、一回だけなら本気で叩き潰しても良いのではないでしょうか?)
巨大な斧頭を持つ武器、バルディッシュを握る手が自然と強くなる。これを虫けらことニグンの頭に叩き付ける事が出来ればどれほど爽快かと思いながら、主であるアインズの返答をじっと待つ。
「成程、つまり、ガゼフ・ストロノーフさえ引き渡せば、私達の事も見逃すし、村人達の事も見逃す。最悪、ガゼフ・ストロノーフが引き連れた戦士達も見逃しても構わないと、そう言いたいのですね」
「そ、そうだ。それに、もしもアインズ……殿がガゼフ・ストロノーフに雇われた冒険者や傭兵だったのなら、提示された報酬の倍以上の報酬を約束しよう。どうだ?」
此処まで譲歩したのだ。どうか乗ってくれと。縋る様な思いで提案するニグンだったが、アインズの返答は残酷なものだった。
「はっはっは、確かに条件としては悪くないだろう」
「っ! ならば……」
「だが、私は彼の事を気に入っていてね。村を守った私達に感謝し、最後まで礼儀を尽くしてくれたのだ。その礼儀に応える程度の良心は弁えているつもりなのだよ」
「っ……ぬ……ぐぅぅ」
交渉が決裂した事を悟り、呻き声を漏らすニグン。自身に出来る最大限の譲歩を蹴られた以上、アインズと対立するしか道がない。ニグンは『ならば』と静かに手を上げ、部下達に指示を送った。
「ならば、仕方がない……天使達を突撃させよ!」
その命令と共に、召喚された天使達がアインズに殺到する。後ろに控えるアルベドに動きはない。
何故だ? 奴はアインズの従者ではないのか。従者であれば主の前に立ち、天使達の攻撃から主を守る筈。なのに何故……。
それとも、何か作戦があるのかと思考を巡らせるニグンを他所に、炎の上位天使達の剣が、吸い込まれるようにアインズの身体を串刺しにした。
(やったのか! もしや奴ら、はったりで私達を欺こうと……っ!!!!)
嫌な予感が唯の勘違いで、呆気なく終わったのではと安堵した瞬間、それが間違いだと気付く。天使達に貫かれたはずのアインズが、両手で一体ずつ、天使の頭を掴み、その握力を以って天使の頭蓋を粉砕したのだ。
「ば、バカな……そんな事がありえるというのかっ!」
ガゼフ・ストロノーフでさえ、武技による強化で漸く両断できた天使の肉体を、己の力のみで頭蓋を砕いたアインズ。もしやアインズは見た目に反して戦士職を修めているというのだろうか。それも、ガゼフ以上の力の持ち主。だが、如何にガゼフ以上の力を有しているとはいえ、正面から複数の刺突に身体が耐えられる筈が無い。にもかかわらず、アインズは天使の一体一体を丁寧に掴んでは握りつぶすという荒業をやってのけたのだ。
「そ、そんな!」
「あり得ない!」
「何かのトリックに決まっている!」
召喚した天使が一方的に消滅した事をきっかけに、部下達は半狂乱に陥りながら闇雲に魔法を詠唱し始めた。
ありったけの攻撃魔法。精神魔法。拘束魔法。様々な魔法を行使し、少しでもアインズにダメージを与えようと試みたが、それら全てを意に介する事無く、平然と立ち続けるアインズに、ニグンは全身から噴き出す汗を止める事が出来なかった。
(バカな……バカなバカなバカな! なんなのだ奴は! 本当に、本当に人間なのか!)
炎の上位天使の攻撃も、部下達の魔法攻撃も通じない。悪夢を見ているかのようだ。呆然と立ち尽くすニグンだったが、唯一残された自身の天使、安寧の権天使に突撃するよう指示を送る。天使の持つ巨大なメイスがアインズを襲うが、アインズはそれすらも片手で受け止め、お返しと言わんばかりに、見た事もない魔法で安寧の権天使を一撃で屠って見せたのだ。
これにはニグンのみならず、部下達からすれば絶望以外に何もない。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その中の一人が魔法も天使達の攻撃も通じないというのにスリングを取り出し礫を放った。意味のない攻撃、だが、もしかしたらという安易な気持ちがうっすらと脳裏に浮かびあがると同時に、礫を放った部下の頭部が文字通り弾け飛んだ。
「……え……は?」
脳漿をぶちまけ、崩れ落ちる部下に、ニグンは間の抜けた声を漏らす。ぎこちない動きでアインズの方へと目を向けると、先程までアインズの後ろに控えていた筈のアルベドが前に出て、身の丈ほどもある巨大なバルディッシュを振るった形跡があり、礫が打ち返され放った部下の頭部を破壊したのだと理解した。
「…………」
勝てない。勝てる要素が見当たらない。実力の差がありすぎる。その事は部下達も漸く理解したらしい。殆どの部下が戦意を損失し、膝を屈している。敵を前に何をしているかと、昔の自分なら叱責していただろう。だが、彼等の気持ちはニグン自身が誰よりも理解していた。理解していたからこそ、ニグンは、最後の切り札を切る時だと決心した。
これが通じないのであれば、それこそ世界の終わりだ。
そんな思いを胸に、ニグンはあらん限りの大きな声で部下達に最後の命令を下した。
震える身体を必死に抑え、懐からクリスタルを取り出す。かつて200年前に世界中を暴れ回った魔神を屠ったとされる天使が封印されたクリスタル。自分達で叶わないのなら、かの天使に力を借りる他ない。
「最高位天使を召喚する! 少しでも良い! 時間を稼げ! 時間を稼ぐんだ!」
ニグンが取り出したクリスタル、魔法封じの水晶を視認したアインズは、それと同時にジンクスから繋げられた伝言に『えっ』と声を漏らした。その事を知らないニグンは、アインズの声を聴いて勝機を感じたのだろう。かつて世界を荒らした魔神を屠った天使を召喚するのだ。その存在を知らないとしても、自身が召喚していた天使達よりも遥かに格上の天使を召喚すると明言したようなものだ。
(やれる……やれるぞ! 最高位天使さえ召喚する事が出来れば、あの化物を……)
勝機を見出し、二ッと笑みを浮かべるニグン。しかし、次の瞬間、部下達の悲鳴にも似た叫び声が周囲から木霊した。
「ニ、ニグン隊長! お逃げ下さい!」
悲痛な叫び声が木霊すると共に、自身を覆う程の巨大な影が出現した。
「……え?」
何事かと振り返った瞬間、ニグンの目の前に、自分の身の丈以上の巨大な獣が、牙の生え揃った大きな口を限界まで開け、ゆっくりと迫ってくるではないか。
(え、なんだ? 何が起こ……え? なんで急にこんな……え、え……なんで……)
何が起きているのか、ニグンは理解出来ないまま、ゆっくりと近付く獣の口に上半身が飲み込まれた。
『アインズさん、取り合えず敵を制圧しましたよ』
ニグンを口に咥えたフガフガと動かす獣ことジンクスに、アインズは思わず頭を抱えた。ニグンもニグンで、自身が獣に喰べられかけていることに気付いたのか、ジンクスの口の中で絶叫を上げてバタバタと慌てふためいている。その際、手に持っていた魔法封じの水晶を落としてしまい、それがジンクスの前足の前にコロコロと転がり、それをアインズの方目掛けて蹴飛ばした。
少し時を巻き戻すと、ニグンが魔法封じの水晶を取り出し、最高位天使を召喚すると明言した瞬間、完全不可視化の状態で待機していたジンクスがアインズに伝言を飛ばすと共に人狼の姿から狼の姿に変化し、ニグンの背後を強襲したのだ。
『アインズさん、申し訳ないですけど、隊長格の男を無力化します』
その伝言を受け取ったアインズは、返答を待たずにニグンの背後に忍び寄ったジンクスに『えっ』と声を漏らしたのだが、それをニグンが最高位天使を召喚する事に対してアインズが驚いたものと解釈、勝利を確信した瞬間、姿を現したジンクスに周囲の部下達が気付き、ニグンに逃げるよう叫んだが、その言葉に反応出来るはずもなく、そのまま無抵抗のまま上半身を噛み付かれた状態に陥ったのだ。
とはいえ、ジンクスもニグンをそのまま喰い殺すつもりはないのだろう。あくまでも口をモゴモゴさせるだけで出来るだけ歯を立てない様に気を付けながら、所謂『甘噛み』を続けている。
「……っ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
漸く、状況を飲み込んだのだろう。口の中で絶叫を上げるニグンの声が半開きとなったジンクスの口や鼻から漏れ出て酷い事になっている。ニグンの部下も、突如出現した狼姿のジンクスに腰を抜かして唯々呆然とする始末。そしてアインズは頭を抱えながら首を左右に振って、『何をしているんですかジンクスさん』と伝言を送る。
『だって、最高位天使を召喚するって言ったんですよ。流石にそれは許容できません。下手に切り札を切られて不利な状況になる必要はないじゃないですか』
『それはまぁ、そうなんですけどねぇ。ほら、折角彼等も、今から俺達凄い天使召喚するぜってなってたのに、いきなり背後から噛み付かれたら……ほら、可愛そうじゃないですか?』
『あぁ……それは……あはは、アインズさん、もしかして私、タイミングが悪かったですかね?』
『そうですねぇ、彼等の切り札にも興味がありましたけど、それはまぁ、今から調べるとしましょう』
足元に転がってきた魔法封じの水晶を回収したアインズは、アルベドに残りの魔法詠唱者達を無力化するよう命じると、手に入れた水晶を道具鑑定してみると、その結果に思わずため息を漏らした。
『ジンクスさん、これ、最高位天使って言ってましたけど、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)でしたよ』
『え、熾天使級(セラフクラス)じゃなくて主天使なんですか?』
『ですねぇ、熾天使級だったら警戒する必要がありましたけど、よくよく考えれば、この世界では第三位階や第四位階で相応の実力者認定ですから、ちょっと警戒しすぎたのかもしれません』
『うわぁ……なんか、悪い事してしまいましたね』
『ですねぇ』
そんな遣り取りをする中、陶器が砕けるような音と共に空が割れ、すぐさま何事もなかったように元の状態へと戻った。
『……あれは』
『誰かが情報系魔法を使って監視しようとしたみたいですね。対情報系魔法は張りましたか?』
『勿論です。アインズさんは』
『ばっちり張りました。今頃、功性防壁で大変な事になってるでしょうね』
『私とアインズさん、同時に張った功性防壁ですから……ちょっとした惨事になってるかもですね』
恐らく、法国の人間がニグン達の事を定期的に監視していたのだろう。偶々、アインズとジンクスの両名が功性防壁を張った状態で待ち構えていたので、二人の攻撃魔法が同時に発動し、今頃法国は大変な事になっているに違いない。
「アインズ様、ジンクス様。残党の処理、完了いたしました」
そして、アインズとジンクスが他愛のない会話をしている間にも、アルベドが戦意を完全に損失させたニグンの部下達を制圧。周囲に伏兵がいない事を確認した上で二人に報告する。彼女の足元に転がる魔法詠唱者達を一瞥し、一区切りついたと安堵の息を漏らす。未だに口の中でニグンが悲鳴を上げながら暴れているけど問題ない。彼もまた錯乱して完全に戦意を損失している。ちょっと牙を立てただけでより一層大きな悲鳴が上がるので気を付けてはいるが、そろそろ調整するのも面倒になってきたジンクスが、口を開いてニグンを解放した。
地面にどさりと落ち、上半身がジンクスの涎でべったりとなったニグンは、暫く呆然とした様子で辺りを見渡した後、両手で顔を抑えて嗚咽を漏らし始めた。泣かせてしまった。それも、完全に心が折れた状態で体裁も何もなく、泣き続けるニグンに、ジンクスはアインズに『やりすぎましたか?』と伝言で問い掛け、アインズも『まぁ、仕方ないですよ』と、カルネ村や他の村の襲撃や国の要人暗殺未遂、他にも余罪がありそうな彼等に慈悲は無用とし、取り合えずニグン達をナザリックに連行するよう配下に命じた。
これで本当に終わった。カルネ村の住人は無事。ガゼフとガゼフ率いる戦士達も負傷してはいるが何とか無事だ。アインズとしてはニグン達を相手に、もう少し調べたい事があったが、何事も不測の事態はつきもの。そう考えて納得する事にした。
「では、一度カルネ村に戻るとしよう。村長にもガゼフ・ストロノーフにも、彼等が撤退した旨を伝えなければならない」
「ですね。私は不可視化で周辺の警護をしていますので、宜しくお願いします」
「あぁ、了解した。では行くぞアルベド」
「はい、アインズ様。それでは失礼します。ジンクス様」
不可視化してその場から離れるジンクスと、アルベドと共にカルネ村に戻るアインズ。
カルネ村攻防戦は、アインズ達ナザリックの勝利に終わった。無論、この後の処理は沢山残っている。
法国と王国、そして帝国の関係。特に今は法国の動向に注意する必要がある。始めにカルネ村を襲った騎士達が法国に所属する者なのか、それとも帝国所属の兵士なのか定かではないが、ガゼフを襲ったニグン達魔法詠唱者は、法国の特殊部隊の六色聖典と思われる。彼等が消息を絶った事と、情報系魔法で監視しようとした人物が法国の人間であれば今回の件で別動隊が動く可能性がある。村長に今回の事を報告した後、ナザリックに戻れば今後の対策を取らなければならない。その時はアルベドやデミウルゴスの知恵を借りて防衛網を構築してもらおうと、アインズとジンクスはそう思いながらカルネ村へと戻っていった。
ー生存ルートまとめー
・エンリ・エモット
生存ルート:原作通り、ジンクスのその場しのぎの嘘(旅人設定)を察し、自身の持ってる情報を提示。魔法の事や友人の薬師の情報など、原作よりも早い段階で有益な情報を手に入れた。
・ニグン・グリッド・ルーイン
生存ルート(仮):原作と違い、アインズ(主にアルベドの殺気)の発する気配をいち早く察し、自身の失言に対する訂正と妥協案を提示、提案した上で交渉が決裂した為、戦闘になるも、切り札を使う前に無力化された点がかなり大きい。尚、アルベドからの評価は最悪だが、アインズに直接の被害(傷)をおわせてないのでギリギリセーフ判定。心がへし折れた後のガチ泣きはアインズとジンクスの両名に同情する余地を残した。スリング使った部下は…タイミングが悪かったのだ。
個人的にオーバーロードで好きな4名なので、作品に登場させる予定ですが、皆さんはこの中で誰が好きですか、参考までに教えて下さい。
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アルシェ・イーブ・リイル・フルト
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番外席次
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ニニャ
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ネイア・バラハ