―0:00:00となる少し前―
二人は玉座の間で最後の時を過ごした。玉座に座するモモンガさんと、配下として跪き臣下の礼を取る私。最後の言葉は『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ‼』にするか、それとも別の言葉にするかで迷ったが、結局はこの状況に落ち着いた。
王座に座するモモンガさんと、モモンガさんの傍に控える守護者統括のアルベド。ユグドラシルのサービス終了のお知らせをきっかけに、ギルドのメンバーが創造したNPC達の設定を見直した際、『因みにビッチ』という設定を盛られた彼女だが、それは可哀そうだという事で、『モモンガの嫁』と設定を書き換えた状態だ。『モモンガを愛している』にしようか考えたが、話し合いの末『モモンガの嫁』という設定に書き換えられる事になった。
モモンガさんの傍にいるのはやはり嫁であるアルベドだろう。私は臣下として跪くくらいが丁度良い。と、モモンガさんとアルベドが並んで映る光景に、ある情景が浮かんだ。
式場で皆に祝福される二人の姿。色恋に縁が無く、交友関係も皆無な私には無縁な行事。モモンガさんとの他愛のない雑談の中でも幾度となく上がった話題の一つでもあった。
「ジンクスさんって、リアルで好きな人とかいないんですか?」
「ん、そう言ったイベントとは縁が無かったですからねぇ、今後もそう言ったイベントとは無縁の予定ですよ」
「そうなんですか? ジンクスさんでしたら、出会いの一つくらいありそうなんですけどね」
「ははは、若い頃はリアルが多忙すぎて、気が付いたら誰とも出会う事無く見事に売れ残ってしまいました」
そんな、他愛のない雑談に華を咲かせ、『私としてはモモンガさんの結婚式に参加することが出来れば最高なんですけどね』という私の言葉の後に、モモンガも苦笑いを浮かべて『相手がいない』と言って話は締め括られた。
NPCではあるが、アルベドの花嫁衣装は映えるだろう。形だけでも良いから一度はみてみたかった。最後の最後で遣り残した事があったと後悔したがこれは私の自己満足だ。モモンガさんに強要するものではない。そんな事を思いながら、ついにその時が訪れた。
―0:00:00―
明日の出勤時間は何時だっただろうか。ユグドラシルのサービス終了に合わせて、有給を消費したから仕事は相当溜まっているだろう。ヘロヘロさん程ではないが、身体の方にも相当ガタがきている。最後にモモンガさんにDMを送って、明日に備えないと……。
そんな事を考えながら、強制的にログアウトされるのを待っていたが、私は……いや、私とモモンガさんは、未だにユグドラシルの中にいた。
時間は過ぎた筈だ。なのに何故、ユグドラシルは続いている?
コンソールを開こうと試みるも反応がない。チャットやGMコールも機能しない。極めつけは強制的にログアウトする事すらも叶わない。いったい何が起きている。モモンガさんも同様に困惑の色を浮かべながらコンソールを開こうとしたり、GMコールやその他の機能が正常に起動するか試行錯誤していた。
いよいよもって訳が分からないと混乱し始めた私は、同じく混乱しているモモンガさんに話しかけようと口を開きかけた。その時……。
「どうかなさいましたか? モモンガ様。ジンクス様」
女性の声が玉座に響き渡った。
「「……え?」」
二人して困惑の色が混じった声を漏らした。此処には女性プレイヤーはいない。いや、ナザリックのギルドメンバーの中には女性プレイヤーはいたが、此処に残ったメンバーの中には女性はいなかった。此処にいるのは私とモモンガさん。そして、NPCだけの……。
声の方角へ目を向けると、そこには守護者統括のアルベドの姿。心配そうな表情を浮かべて私達を見つめるその姿は、まるで本当に生きているようだった。
(アルベドが喋った?)
ちらりとモモンガさんへ視線を動かすと、彼も同じ事を考えているのだろう。あまりに突拍子もない出来事に狼狽し、言葉も出ないようだ。そんな私達を他所に、アルベドはモモンガさんと私を交互に視線を向けた後、ナザリックの主人であるモモンガさんに詰め寄っていった。
心配そうな面持ちで問い掛けるアルベドと突然NPCが意志を持った様に動きだした事に驚き立ち上がるモモンガさん。二人の立ち位置が丁度、モモンガさんがアルベドの胸を上から見下ろす形となっていた。女性的なボディラインを至近距離見下ろす事になったモモンガさんは、狼狽えながらもその視線は胸元に集中している。もしも骸の顔をしていなければその視線が何処に向けられているか直ぐに分かっただろう。同じ男として、羨ましくもあるが、今はそんな役得な状況を堪能する場合では……。
そう思いかけて、私は気付いた。
何故私は、骸姿のモモンガさんの視線がアルベドの胸に向けられている事に気付いたのか。それ以前に、故意ではないにしても、明らかなセンシティブ行為をしているモモンガさんを運営が放置している事に、より一層、この不可思議な現象に困惑せずにはいられなくなった。
ユグドラシルは、いや、ユグドラシルに限らず、サービスとして提供されているゲームの大半がセンシティブな行為に厳しい。スカートを履いたキャラクターを下から覗こうものならバレた瞬間一発でアカウント停止もあり得る。胸の谷間を見下ろすような行為も、厳重注意やアカウント停止もあり得るというのに、未だにモモンガさんは運営からの警告を受けている様子が見られない。
運営がまともに機能していないか、センシティブな行為を容認しているのか、それとも、別の不確定要素が原因で、運営がモモンガさんの行為を発見できていないか。恐らくは後者だろう。
そんな事を考えている間に、モモンガさんの身体が一瞬光ったように感じた。それと同時に、モモンガさんの困惑の表情が『スンッ』と何事もなかったように元に戻り始め、アルベドの肩に手を置き、『何でもない』と彼女を制した。
「……モモンガさん」
と、そこで初めて、私はモモンガさんに声をかけた。モモンガさんも私の方へ目をやると、小さく頷き、この場で起きている不思議な現象を解き明かそうと、玉座の間に控えていたセバスにナザリック近辺に変化がないか確認するよう指示を出した。その後、プレアデス達にも9階層にて侵入者に対する警戒を指示し、最後に第4と第8階層以外の守護者を第6階層の闘技場に集めるよう、アルベドに命じた。
モモンガさんの命令を受けて、各人が行動を開始する。そんな彼等に、私も声をかけた。
「セバス」
「はい、何で御座いましょうか?」
「確認したい事があります。簡潔でも良いので答えて下さい」
「畏まりました。どのような事でしょう?」
「セバスの創造主は誰か、答える事は出来ますか?」
「無論でございます。私を創造して下さった至高なる御方はたっち・みー様に御座います」
「うん、そうだね。たっち・みーさんだね。ありがとうセバス」
「いえ、お役に立てたようで幸いです。それでは、失礼致します」
そう言って、深々と頭を下げた後、セバスはモモンガさんの命令通りにナザリックの外へと偵察に向かった。
私はというと、他のプレアデスのメンバーに同じ質問を繰り返し、皆が自身の創造主を言い当てた事を確認しながら、最後にモモンガさんの傍に駆け寄った。
「モモンガさん、少し良いですか?」
モモンガさんに声をかけると、アルベドは何かを察したのか、モモンガさんから少し離れて待機する。
「どうしました、ジンクスさん。先程からプレアデスやセバスに何か聞いてたみたいですけど」
モモンガさんも、アルベドが離れたのを確認しながら、先程NPC達に指示を送った時の魔王ロールをやめ、素の状態で話しかけてくれた。
「いえ、ちょっと確認したい事があったので色々と質問していました。ちょっとこの状況が異常だなって思ったので」
「ジンクスさんもそう思いますか。俺もです。GMコールも他の機能も反応しない。おまけにNPCが普通に話しかけるし簡単な命令でも動くし、何よりセバスに至っては、本来不可能な筈の命令すら実行出来ましたから」
本来、ナザリックで創られたNPCは拠点から出る事が出来ない筈だ。しかし、セバスはモモンガさんの命令に従う素振りを見せている。ナザリック近辺に変化がないか確認する。正確には、何か変化があった場合、可能な限り外の様子を調査するよう命じたのだ。つまり、外の様子に変化があった場合、セバスは拠点の外に出て活動するという事だ。これは本来のユグドラシルにはない機能である。
「ユグドラシルサービス終了と共にユグドラシルⅡが始まりました。さぁ、これから皆さんにはユグドラシルでは不可能だった様々な機能が追加されたので存分に堪能してください……みたいなDMが届いていたらどれだけ良かったか」
と、愚痴をこぼしつつ、話を戻す。
「先程、セバスやプレアデスには自分達の創造主の名前を確認させました。私達が所有する情報に齟齬がないか確認したいという名目で」
「それで、何が分かりましたか?」
「簡単に言えば、私の質問に対して、セバスやプレアデス達の答えには『感情』が籠っていた様に感じました」
「感情……ですか?」
創造主の名を確認した途端、皆からは各々別々の感情を読み取る事が出来た。何処か懐かしく、何処か誇らしげに、そして時に、悲しげにギルドのメンバーの名を口にする彼等には、確かに感情と呼べるものが存在した様に感じた。ただし、これは客観的なものなので、話の材料とするには信憑性は薄いだろう。
しかし、そんな客観的なものとは別に、私は彼等が質問に答えた際にある事を注視していた。それは……。
「それともう一つ。もしかしたらモモンガさんもアルベドに詰め寄られた時に見たかもしれませんが、質問に答えた彼等の口が言葉に合わせて動いているのを確認しました」
喋るからには口も動くだろう。それは当然の事だ。しかし、此処はゲームの世界だ。言葉に合わせて口をパクパク動かす事はあっても、言葉に合わせて口が正しく動かす事は、どんなに技術が発展しても難しいと言えるだろう。
「データの更新で多少は応用が利く事はあっても、あそこまで正確に口が動くのは難しいです。いえ、それ以前に、このゲームはサービス終了と告知されていたんですよ。そのゲームに最新技術を取り込む必要性はありません」
「では、この状況を、ジンクスさんはどのように捉えていますか?」
「まだ何の確証も得られてはいないので、今の現象が異常としか言いようがありません。昔流行ったゲームの世界に閉じ込められたみたいなファンタジーな世界線が現実で起こったって言って、誰が信じると思いますか?」
そう、言葉にしながらも、自分の手を握る感触を確認する。ゲームの中では存在しない感触。人狼種である私は、通常の状態が半人半狼の姿で、所謂二足歩行の人型を模した狼の姿となっている。掌で体毛を撫でる感覚。ふさふさで気持ちいい感触だ。そう、感触があるのだ。肌を撫でる空気の感触、鼻孔をくすぐる玉座の間の匂い。周りの音も全て、ゲームの時に味わう事が出来なかった感覚がジンクスのアバターを解して伝わってくる。まるで現実の世界の様に。まるでゲームの外にいるような感覚だ。
ならば一つ、最後にアレを確認する必要がある。
「確かめる事は沢山ありますけど、今は情報が多すぎて何から手を付けていいかわかりません。その上で、最後に一つだけ、モモンガさんに確認を取ってほしい事があります」
「……何ですか?」
「本当に申し訳ないのですが、アルベドに対して、センシティブな行為を行ってください」
「よし、分かりm……え? 今、なんて?」
「ですから、アルベドに対してセンシティブな行為を行ってくださいと言いました」
「……ちょっと何言っているかわかりません」
「先程、私は見ました。モモンガさんがアルベドの胸を凝視した時、運営は動きませんでした。センシティブな行為に煩い運営がですよ。」
「…………」
「もしも、モモンガさんが誰が見ても分かるレベルのセンシティブ行動を起こして、何の反応もなかった場合、この現象を知るきっかけになると私は思っています」
「…………」
「残念ながら私は男です。そして私はモモンガさんの嫁であるアルベドに手を出す事は出来ません。無論、他の子達も同様です。皆が創ったNPCに手を出すなんて私には出来ません。ですが、モモンガさんでしたら嫁であるアルベドに何をしようと、それは許されるはずです」
「…………ジンクスさん、もしかしなくても、混乱しすぎて何を言っているか自分でも分かってないんじゃないですか?」
「そうかもしれません。ですが、これは必要な処置だと思っています。もしもこれでログアウト出来たなら問題なし、もしも出来なかったら、やはりこの現状は何かしらの異常で……」
「あぁ、その、はい。分かりました。分かりましたから。そんな真剣な顔で変な事を言わないでください。やります。やればいいんですよね。それでジンクスさんの疑問が晴れると、そういう事ですよね」
荒唐無稽ともとれる私の提案に、モモンガさんは何処か諦めた様子で了承する。私はというと、流石に友のセンシティブな行為、本人が何処までするか分からないが、流石に一線を越える事はないだろうと思いながらも、それを近くで観察するのは申し訳ないと、一端、円卓の間で待っていると告げ、そのまま一人で移動した。
その後、円卓の間に戻ってきたモモンガさんから内容こそ問い質さなかったものの、運営からBANされる事も強制ログアウトされる事もなかったと聞かされ、悪い方向に予想が確信へと至っていった。
此処は現実の世界だ。しかし、現実ではあるが、私達のいた世界ではなく、しかも、本来の肉体ではなく、ユグドラシルのアバターであるモモンガとジンクスの姿で、本来の世界線と異なる世界、異世界に飛ばされたのではないかという核心に迫る事となったのだ。
後はNPC達との話し合いでわかる事もあるだろう。皆が創意工夫を凝らして創り上げた可愛い子供達。彼等と邂逅する事にどんな意味があるのか想像しながら、皆が集結する第6階層の闘技場へと転移した。
・悲しい豆知識
ジンクスはナザリックにおいて、NPCの作成に携わっていない。
リソースは少し残ってはいたが、ギルドの方針的にカルマ値がマイナス方面のキャラ作成になると思い、創るに創れなかった。その後、他のギルメンの創ったNPCを見て、カルマ値がマイナスではないNPCがいた事に驚きつつ、サービス終了が近付いている事もあって最終的に何もせずに本作に至った。もう少し、皆のNPCを見る機会が早ければプレアデスレベルのNPCが作成されていたかもしれない。
個人的にオーバーロードで好きな4名なので、作品に登場させる予定ですが、皆さんはこの中で誰が好きですか、参考までに教えて下さい。
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アルシェ・イーブ・リイル・フルト
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