朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。あなたはそんな放送を受信する。

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わたしと怪獣

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。「シリーズ『わたしと怪獣』強化週間、初日のきょうは、我らが怪獣と世界で初めて遭遇した一人、レイモンド・マーティン氏にお越しいただいています。よろしくレイモンド」

「よろしくルチアーノ。いつも見てるよ。なにせほかに放送してる番組がないからね」

「よく言われるんだ。さてレイモンド、さっそくきみの怪獣ストーリーを聞かせてもらえるかな」

「オーケー。わたしは当時、空母〈ドワイト・D・アイゼンハワー〉に乗艦していた。着艦する艦載機を拘束するアレスティングワイヤーの整備を担当するV2と呼ばれる部署だ。もしワイヤーが切れれば、緑のジャケットに包まれたアラバマ産カルパッチョの一丁上がり」

危険な場所(デンジャーゾーン)だね」

「だからとても規律が厳しい。今となっては最先任上級兵曹長(マスターチーフ)のお小言も懐かしいよ。艦長に代わりがいてもあの人なしでは〈アイク〉は動かない。だが――そんな彼でも手を焼く水兵がいた」

「もしかしてあなた?」

 ハハハ。

「その同僚はオクラホマ出身の差別主義者だったから、KKKのあだ名で呼ばれていた。上官にいくら警告されても“ニガー”が口をついて出る。悪気はないんだ。育った環境が彼を差別主義者にしていた。そしてそれはとても悲しいことだ。彼にとっても、艦の仲間にとっても。

 ジブラルタル海峡の手前まで来たあたりで、彼は懲罰委員会にかけられ、除隊させられることになった。彼はそれを望んでいるようだった。海軍は人種のるつぼだ、とくに空母は。いやおうなく黒人やスペイン系、アジア系やユダヤ系と肩を並べることになる。そこでは彼はどうしても己自身の憎むべき悪癖と向き合うことになってしまう。自分をこれ以上嫌いにならないためにも彼は艦を降りなければならなかった。処分が下ってなげやりになっている彼が、わたしには努めて悪役ぶっているように見えたよ。

 そう、あれは、除隊になったKKKをC-2グレイハウンド輸送機が迎えに来る日の朝だった。だしぬけに戦闘配置のブザーがけたたましく鳴り響いた。空母というのは安全な海域から艦載機を飛ばす艦だ。しかも護衛の駆逐艦や巡洋艦、原子力潜水艦が辺りを見張っているから空母自身が敵の攻撃にさらされるなんてありえない。だが体は勝手に動く。訓練どおり水密扉を閉めていたときだ。世界が揺れた。床が壁になって、わたしは転がり落ちた。全長一〇〇〇フィート、排水量十万トンもある空母が、フラスコのようにシェイクされていた。水の冷たさで意識を取り戻した。わたしのいる区画が猛烈な勢いで浸水しはじめていた。ほとんど水没しかけていたよ。

 ――今でもわからない。どうして黒人のわたしなんかを、あのKKKが助けに来てくれたのか。ある夜、差別感情の抜けない自分に苦しんでいた彼に、もし第五デッキが浸水してきみが溺れていたらわたしはきみを助けに行く、それと同じことをきみにもしてほしいんだと言ったことがある。彼は変なところで律義だったから、それを忠実に守っただけなのかもしれない。

 結局、彼は助からなかった。もうほとんど垂直になっている空母から海へ飛び込む段になって、急に艦が大きく揺れて、バランスを崩した彼は甲板を滑落していった。何度も甲板に体をぶつけながら……。もしわたしを助けなかったら、彼は安全に海に飛び込んで助かっていたかもしれない。

 空母がすっかり海に呑まれて、救命ボートの上で震えていたわたしたちは、そこでやっと気づいた――空母よりでかいものが海上にいる。しかも、それは動いている。航跡波で転覆するボートもあった。そいつは、まっすぐに西へと向かっていたんだ」

「あなたたちは史上初の怪獣の目撃者となった」

「なにもできなかったがね。友人すら救えなかった」

「怪獣に復讐を考えたことは?」

「ヤツの代わりに“彼女”が来ているからこんなことを言うわけじゃないが、わたしはあの当時から怪獣には憎しみや怒りは覚えなかった。あれは――地形だ。あれくらいでかいと、生物じゃなく、地形としか認識できないんだ。ハリケーンに復讐したってしょうがない。それと同じさ」

「“彼女”は東部標準時のけさ、海王星を食べたそうです。地球到達まであと七日と計算されています」

「けさ、空を見たら、わたしの握りこぶしくらいの顔が浮かんでいたよ。あれでもまだそんなに遠くにいるんだな」

「地球の滅亡が刻一刻と近づいていますが、率直な感想は?」

「街ではみんな黒人は黒人、白人は白人というふうに人種ごとにグループを作って日々を過ごしている。どれだけきれいごとを言っていても、結局人間は同類同士で居るほうが安心できる生き物なのかもしれない。人種差別が人間の自然な姿なのかもしれない」

「宇宙規模の滅亡を前にして人種にこだわるのは、人間として小さいと思いませんか?」

「思わないね。むしろ破滅が近いからこそこだわるんだ。死ぬなら真に仲間だと思える連中と死にたいだろ? 血族的な紐帯こそ人類の根源なんだ。

 けれど、中にはあのKKKみたいに自らの凝り固まった世界観を打ち破って、人種の壁を越えようとする人もいるかもしれない。彼のおかげでわたしは、豊かな心で最期のときを迎えられるんだ」

「ありがとうレイモンド。よい終末を」

「ああ。きみもよい終末を、ルチアーノ」

 

  ◇

 

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと六日になりました」と言う。

「あの日、突如としてロングアイランド島に上陸した怪獣は、ただ歩いただけでニューヨークを壊滅に追い込みました。体高二二〇〇フィート、全長五〇〇〇フィートの巨体にとって、ハンガリーの人口と建物をすべてブダペストに詰めこんだような世界都市は、ウィルト・チェンバレンがわたしの実家の散らかった部屋を歩くにひとしかったでしょう。当時の取材映像を見てみようか」

 野戦病院と化したコニーアイランド病院の映像がインサートされる。男性医師がインタビューに答えている。「わたしはアラン・エイブラムス。ブルックリンのキングス・カウンティー総合病院に外科医として勤務していたが、そこを含めたほとんどの病院がヤツに踏みつぶされた。ヤツの足は高層ビルほどもあるんだ。一歩あるくごとにグラウンドゼロができていた。この病院だけが無事だったのでニューヨーク中の医師とスタッフが集められた。けが人は一時間にダースではなくグロス単位で運ばれてくる。人手もベッドも物資もまるで足りない。なにしろわたしたちスタッフも被災者なんだ。今はもう収容しきれない患者を道路に寝かせているありさまだ。グレーヴズエンド湾に停泊している海軍の空母から引いた電源で、夜中でもブルックリン南部をまぶしく照らしている。そこで何千人という負傷者が傷の痛みとヤツの恐怖に呻き、泣き叫び、そして息を引き取っている。かつてマクシム・ゴーリキーはコニーアイランドを“光がぎらぎらと至る所を照らし、影はどこにも見当たらぬ。地獄の作りはまことにお粗末だ”と評したが、まさに地獄そのものだ」

 映像がスタジオのルチアーノに戻る。

「これが五年も前だなんて信じられないね。まるできのうのようだ。このときは怪獣対策でみんな頭がいっぱいだったね。さて『わたしと怪獣』二日目のゲストは、元空軍パイロットのアーメット・リチャードソン氏だ。よろしくアーメット」

「やあルチアーノ。神が空を作った日に呼んでくれてありがとう」

「神は七日かけて世界を創造したけれど、今のわたしは七日で地球を終焉に導こうとしている気分だよ。さて、軍が最初に怪獣と交戦したのは、確かアレンタウン?」

「そう、ヤツがワシントンD.C.に侵攻する可能性を考慮して、早々に駆除するよう大統領命令が出された。あのときは誰もが、ヤツには人類に対する敵意があって――そう、ヤツのほうが人類を駆除しに来たと――まずは世界最強の国の中枢を叩きに来やがったって考えてた。そうはさせるかって、おれたちは使命感に燃えたものさ。即応可能なヘリ部隊や戦闘爆撃機がかき集められた。その一人がおれだった。F-15Eのパイロットとして。

 まずはAH-64Dアパッチ・ロングボウの三十ミリ機関砲だ。こいつで貫徹できない装甲車両はない。生物ならなおさらだ。いくらデカくても悶絶してくたばるはずだ。だがそうはならなかった。五万発の三十ミリをあのくそったれな顔に浴びせ続けたってのに、ヤツは傷一つつかなかったんだ。正直いうと、おれたちにまで攻撃命令が回ってくるとは思ってなかった。だから投下の許可が下りたとき、いやな予感がしたんだ。そしてそれは的中した。おれたちが投下した、計一二〇発のMk.84二〇〇〇ポンド爆弾。全弾命中だ。ああ、なんの効果もなかったよ。念のために付け加えておくと、二〇〇〇ポンドの爆弾っていうのは、人間なら爆心から五十ヤード離れていても確実に死ぬ。ハーフマイル離れていたら生き残れるかもなっていう威力だ。それが一二〇発。だが前線航空管制の爆撃効果判定は、“目視による損傷、確認できず”。無傷さ。進行速度もなんら変化なし。後席のWSO(ウィソー)(兵装システム士官)から後で聞いたけど、俺はそのとき“神よ”ってつぶやいたらしいんだ。教会なんて、父がアフガニスタンで死んだ日からずっと通ってなかったってのにさ」

「現在は怪獣を神と信仰する人々も多いね」

「そうだったのかもしれないな。でも当時はまったく信じられなかった。高度一万フィートからでもはっきり見えたよ。全体的なシルエットはケンタウロスに近く、四つ足で、上半身は人間に似ている。だが頭部は凶悪なドラゴンって感じ。悪魔としか思えなかったね」

「怪獣は反撃してきた?」

「おれたちの必死の空爆も、興味すらないようだった。帰投すると、ミズーリ州のホワイトマン空軍基地からB-2ステルス戦略爆撃機が離陸したって仲間から聞かされた。生物相手にステルス性能なんて意味がない。だがホワイトマン基地の第13爆撃飛行隊と第393爆撃飛行隊のB-2どもは、ほかのB-2にはない能力がある――大型地中貫通爆弾GBU-57の運用能力だ。MOPと通称されるこの三万ポンドの誘導爆弾は、通常兵器としてはまちがいなく最大最強で、二〇〇フィートのコンクリートでも貫徹し、地下要塞の内部に飛びこんでから六〇〇〇ポンドの爆薬で吹っ飛ばす。おれたちはみんな“いいところをもっていかれた”と言い合ったが、それは、最強のバンカーバスターなら倒せないはずがないって自分に言い聞かせていたんだ。なぜなら、こいつより強い通常兵器は、この世にないんだ。だから――倒せるものだと無理にでも信じようとしていた」

「でも、効かなかった」

「六発すべて直撃したのに、血の一滴も流さなかった。みんなただ黙り込んだ。もう残された手段は一つしかない。そして、アメリカはそれをやる国だということをおれたちは知っていた」

「今も軍に?」

「先月まで、軍閥化した州軍を空爆したりしていた。やっぱり人間を爆撃するほうがいい。空軍はもう解体されてお役御免だ。残された人生を有意義に過ごせとさ」

「ありがとうアーメット。よい終末を」

「よい終末を」

 

  ◇

 

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと五日になりました」と言う。「速報でもお伝えしましたが“彼女”はGMT十四時に天王星を食べたとのことです。あんなガスの塊が美味しかったりするのかな? ヴィーガンも真っ青だね。さてきょうは自国領内を核攻撃した初めてのアメリカ人に来てもらってる。ドロシー・ハーディスティー氏だ。ドロシー、来てくれてありがとう。核攻撃が命令されたときどう思った?」

「冗談だと思ったわ。そのときはまだ怪獣なんてものがアメリカに上陸したっていう話すら信じられる状況じゃなかったの。でもそれは本当に存在していて、ワシントンD.C.こそ襲わなかったけれど、アメリカ大陸を西に向かって横断している――ニューヨークを歩いただけで死者数万人、直接的な経済損失だけで数兆ドルの被害をもたらすでかぶつに、シカゴや西海岸といった人口密集地を踏みつぶされちゃたまらない。そして、その怪獣にはMOPでもびくともしない。となると、もう、核兵器以外に頼るものはなかった。

 わたしの祖父と父もB-52の機長だったの。祖父はハノイを焼き払った。父はアフガン侵攻で空爆を。どちらも落としたのは通常兵器よ。でも――三代目のわたしは、水爆を抱えて離陸した。核爆弾の搭載はB-52本来の任務だったけれど、まさかわたしがその操縦桿を握るなんて。

 でも、そのときのわたしは、今にして思えばまだ楽観的だったのね。わたしのちっぽけな罪悪感とひきかえに世界を元通りに戻せる、そう信じて疑っていなかったもの。

 核攻撃の作戦名は〈オペレーション・ラッキードラゴン〉。ブリーフィングで、怪獣はペンシルヴェニアのクローヴァータウンシップで停止したと聞かされた。写真も見せられたわ。四つの足をアウトリガーみたいに大地へ食い込ませ、天を仰いでる――そして、爬虫類みたいな口腔から、砲身が伸びている。なにをしているかわからないけど、止まっているなら好都合。フロリダのエグリン基地から飛び立ったわたしたちは、弾頭にW80を搭載した巡航ミサイル十二発を発射した。核出力は一発あたり二〇〇キロトン。十二万人を蒸発させたヒロシマ型原爆がたったの十五キロトンといえば、わたしたちの罪深さをわかってくれるかしら。五大湖が六大湖になるって仲間たちは本気で言っていたわ。

 結果はご存じのとおり、失敗。あらゆる意味でね。核攻撃はヤツにわずかながら打撃を与えたの。十数日ほど行動不能になるくらいのね。そう、核は効いたのよ。もし水爆でも無傷なら人類は怪獣を倒すのをあきらめたでしょうね。でも、効いた。効いてしまった。もし、わたしが命令を拒否して、怪獣に核を撃ち込まなければ……。地球がこんなことになってしまったのは、わたしのせいなのよ……おじいちゃん、お父さん、わたしを許して……」

 

  ◇

 

「世界の終わりまで四日、きょうのゲストは元合衆国統合参謀本部議長アンドレ・イエスタディ氏です。ホワイトハウスでは怪獣には核攻撃が有効だと?」

「〈オペレーション・ラッキードラゴン〉で目標の全身は焼けただれていました。なら、もっと多くの核を落とせば勝てる。あのときは当然の論理でした。ネヴァダのネリス空軍基地とルイジアナのバークスデール空軍基地、ノースダコタのマイノット基地、とにかく国内のB-2とB-52をかき集めて、再度の核攻撃――〈オペレーション・ラッキードラゴンⅡ〉を断行しました。しかし、ミサイルの射程よりはるか手前で、一機のB-2との通信が突然途絶しました。護衛のF-35からは、“光線がB-2を貫いて撃墜した”と。そうこうしているうちに爆撃機がレーダー上から次々に消えていく。理解が追いつきませんでした。いくら規格外の巨体を有するといっても、相手は生物です。まさか生物が、口から高加速荷電粒子ビームを発射して、一五〇〇マイル離れた、高度四万フィートをマッハ〇.八で飛行中の航空機を狙撃するなんて、当時は想像もできませんでした」

「怪獣が反撃してきた最初の事例となった」

「それまでは歯牙にもかけられていなかったのでしょう。われわれは、人間という生き物を特別な存在だと思っています。“愛国心とは、自分が生まれたからという理由で、ほかのどの国よりも自分の国が優れていると思い込むことである”」

「バーナード・ショー」

「そう。だから人間はホモ・サピエンスという種についてこんな愛国心を持っています――“人間は地球上でもっとも進化した動物である。なぜなら、自分が人類という国に生まれたから”」

知恵がある(サピエンス)と自称するくらいだからね」

「だから映画でも、エイリアンは人類に挑戦するものと相場が決まっていました。逆にいえば、自分たちは何百万光年の宇宙旅行ができるエイリアンに狙われるほどの価値がある、ご大層な生き物だと思い込んでたということです。人類は地球の支配者ではないし、番人でもない。わざわざ人類を狙い撃ちしてくる怪物なんていやしないのです。人類は自意識過剰なんです。

 そう、怪獣にとって、人間なんて蟻かなにかだったんです。いてもいなくても気にならない。空母を沈めたのは、仏教の海亀のように、ただ海底から浮かび上がったところにたまたま空母がいたからぶつかっただけ。アメリカに上陸したのは“彼女”を狙撃するポイントに北米大陸が適当だったから。ニューヨークを始めとしたアメリカ東部を壊滅させたのは、ただ狙撃位置まで歩いただけだった。アメリカを攻撃しようとか、人類を絶滅させようとか、そんなことはこれっぽっちも考えていなかった。

 おそらく、今まで眼中になかった人類をはっきり敵と認識したのは最初の核攻撃のときだったと思う。このちっぽけな、だが危険な火を持った虫けらに邪魔されてたまるか、とね。

 そしてわれわれは判断を誤った――こちらの射程外から爆撃機を迎撃されるなら、弾道弾による飽和攻撃しかない。中国やロシアとのパワーバランスが崩れない程度の投入ですませ、なおかつ目標の正確無比な対空迎撃で損耗しても、最初の核攻撃で与えたダメージから怪獣を確実に倒せると算出されたプレゼントを届けられる数、すなわちICBMとSLBMあわせて二五〇発をヤツに集中すれば、アメリカはこの未曽有の試練を乗り越えられる。こうして〈オペレーション・ネヴィルシュート〉が発動された。わたしたちは皆、正しい合理的判断だと信じていた。とんでもない過ちを犯してしまった。神よ、どうかお赦しを」

 

  ◇

 

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました」と言う。「きょうはメギル・トゥイリンジャー氏にオンラインで出演していただいています。きみは二五〇発の核攻撃をその目で見たんだって?」

「そうさ。核で怪獣を倒す、それは結構なことだけど、じゃあその後は? それが疑問でね、生活基盤が消し飛んだら死んだも同然だ。なら慣れ親しんだ故郷とともに、と思ったんだ。おれはオハイオ州ペインズヴィルに住んでいた。エリー湖のすぐ近くだ。あの日、テレビで一時間くらいサイレンが鳴らされて、薄雲を貫いて流星群が降り注いでいった。それから世界が真っ白に染まった。家は吹っ飛んだが、なぜかおれは生き残っちまった。東の空に立ち昇る何十本ものキノコ雲が見えたよ。クローヴァータウンまで、ざっと一五〇マイルはあるってのにさ」

「怪獣を倒せたと知ったのはいつ?」

「インターネットさえ使えなくなってたから、白血病で入院するまで知らなかった。そして同時に“彼女”のことも知った。わけがわからなかったよ。はるか宇宙のかなたから、太陽系よりもでかい女の子が接近してきていて、五年後の地球の軌道と予想進路がぴったり重なっていて、確実に世界は滅亡するだなんて。クソみたいなサメ映画作ってる会社でももっとましな脚本考えるぜ。でも、だんだん近づいてきた“彼女”が空にいるのが見えるようになると、受け入れざるを得なくなった。ああ、地球はこうして終わるんだなって」

「今の率直なお気持ちは?」

「どうせあのときの核爆発のせいでこんな体になっちまったし、そもそも死ぬつもりだったから、なんてことはないよ。歴史が後世に残るなら、おれたち人類はとてつもない大馬鹿野郎として記録されるんだろうが、星ごと食われて消えるんだから問題ない。おれたちの罪も愚かさもすべて“彼女”のクソになるのさ」

「おっと、今入ってきたニュースだ。“彼女”が土星を食べたそうだよ。土星のドーナツがどんな味か知りたいね。きょうは本当にありがとう。一緒に宇宙のクソになろう、トゥイル。よい終末を」

「ああ、よいクソと終末を」

 

  ◇

 

「世界の終りまで二日となりました。木星も“彼女”の朝食となった本日はとびっきりのVIPをゲストにお招きしております。我らが怪獣を倒してしまった、レイ・ヒットリア大統領です!」

「やあルチアーノ。ここがわたしの処刑場かい?」

「いえいえ、あなたが全人類に死刑宣告をしたんです」

 ハハハ。

「では大統領、怪獣を倒したあとのお話を聞かせてもらえますかな」

「あのときは心から安堵していた。アメリカ中西部全域を代償に平和を取り戻せたとね。わたしの仕事はこの国の再建にシフトするはずだった。だが、〈オペレーション・ネヴィルシュート〉の一か月後、NASAがメシエ第七十八星雲の方向の宇宙に、なにかとてつもなく巨大な物体を発見したと言ってきた。重力レンズ効果で背後の星雲の姿さえ歪めるほどの質量をもったそれは、軌道計算の結果、五年後に地球と衝突する。しかも隕石ではない。身長三.五光年、推定される質量は太陽の二億倍という女の子だ。“彼女”は星座を食べながら確実に地球を目指している。すぐに対策を模索させたが――地球上の核兵器すべてを撃ち込んでも軌道を変えることさえ不可能。南極にありったけのロケットエンジンを設置して地球を動かして“彼女”から逃げるという作戦も真剣に検討された」

「なぜ“彼女”は人間の姿をしていると思います?」

「猫は人間を大きな猫と思っている。それが猫の認識の限界なのだろうね。わたしたちが人間だから“彼女”も人間に見えているだけなんじゃないかな」

「政府は“彼女”の情報を隠そうとした」

「隠しきれるものでもなかったがね。なにしろ、しし座やかに座も丸呑みされていたから、世界中のアマチュア天文家たちが気づかないわけがなかった。そんなときだ。先の怪獣について研究していたチームから最終報告書が提出された――いわく、クローヴァータウンで一時停止した対象の射角は、“彼女”の方向と合致している。また、軍との戦闘データから、三年間エネルギーを蓄積していた場合、対象の荷電粒子ビームは“彼女”を完全破壊するに足るものと推定される」

「怪獣は“彼女”から地球を守るために現れた」

「今となってはわからない。いや、これもわたしの責任逃れなのだろうな。知らなかったとはいえ取り返しのつかない失敗をしてしまった。政治とは結果がすべてだ。ほかならぬわたしの判断が今の状況を招いている。わたしは認めなければならない。怪獣の本当の敵はわれわれ人類などではなく、“彼女”だった。あの怪獣こそ、地球最後の希望だった。地球を殺してしまったのはわたしだ。わたしは、何もしないほうがよかったんだ」

「人間は地球に対して余計なことしかしない生き物だからね。さようなら大統領。よい終末を」

「さようなら、ルチアーノ」

 

  ◇

 

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。ついに世界最後の日が来ました」と言う。「シリーズ『わたしと怪獣』強化週間、最終日のゲストは、あなたです。きょうはスタジオから飛び出して海に来ています。大勢の人々が集まって祈っています。さきほどからアヴェマリアを歌っている一団もあります。そして、ご覧ください、水平線の向こう、海が空に向かって吸い上げられています。まるで虹色に輝く白い柱のようです。“彼女”の重力に引き寄せられて、海が空に落ちています。また、すさまじい地響きも続いています。地球が“彼女”のいる方向に引き伸ばされているのでしょう。さながら地球の断末魔の悲鳴のようです。

 もう空はすべて“彼女”の顔に支配されています。まるで慈母のような微笑みです。なんと美しい女性なのでしょう。これからわれわれは彼女に星ごと食べられるのです。

 今、“彼女”が口を開けました。口の端が耳まで裂けていきます。あっという間に空は“彼女”の口だけになりました。これが、これが、地球四十六億年の最後です。この放送の電波は宇宙へも送っています。もし、この電波をキャッチする知的生命体がいたなら、そのときこそ、彼らにとってわたしたちが滅んだ瞬間となるのです。この放送をあなたが見たとき、わたしたち地球人類は滅ぶのです。願わくは永遠にだれもこの電波を受信しないことを。

 ますます近づいてまいりました。ものすごい大地震です。地殻までが引き剥がされています。いよいよ最後です。いよいよ最後、さようなら、皆さんさようなら。よい終末を」――――――――



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