田舎道を帰る青年。
一本の煙草に火を付けた。

1 / 1
遺作

ある田舎の歩道橋の上。

赤のジッポの蓋を小気味いい音を響かせて開け、火打石を擦る。

 

一度では点かず、二、三度やすりが石を削るチャっという音を鳴らしてようやく点く。

パーラメントの9ミリロング。

ボックスから一本取り出して、咥えているそれに火を近づけ、吸い込む。

 

口の中で燻らせ、吐き出す。

味の良しあしなど分からないが、何となく口当たりがいいので好んで吸っていた。

 

ここ数日、色々な出来事が続いて疲れていた。

俺の色々な出来事なんて、突発的な飲み会か遊びの誘いが関の山なのだけれど。

それでも、常日頃から運動不足な身体には応えた。

 

何か音楽を聴こうと、スマホからyoutubeで適当な曲を聞く。

明るい曲がいいな、と思ってラップの替え歌を聞き始めた。

 

付けているワイヤレスイヤホンは右だけ。

左は、電池切れだった。

 

周りは大きな倉庫があったり、集落があったり。

集落の間には田んぼがひたすら並んでいて、遠くに信号の光が見えた。

青、黄色。白。

 

その光を見ていると、心が安らぐような気がした。

多分錯覚に過ぎないのだけど、それでもよかった。

 

 

 

歩きながら、煙草を吸う。

煙が体の後ろを流れていく。

 

ふと後ろを見ると、緑の歩道橋がやけに小さく感じた。

 

履いている、有名なコミックスとのコラボの白いスニーカー。

見た目に惹かれてネット通販で買った物だが、高すぎるバックステーはアキレス腱を攻撃してくる。

 

歩くたびに足にダメージが入る感触に、いつか慣れは来るのだろうか。

 

空の月は半月。

曇り空だった。月だけが浮かび上がるように雲を外れていた。

 

煙草は、まだ半分も吸いきっていない。

 

曲に混ざって、battery lowと機械のような声が聞こえる。

曲を聞きたいのに、耳障りで仕方なかった。

 

T字路に来た。この道を真っすぐ行くと、友人の家に着く。

左に曲がると、自分の家だ。

 

左に曲がって、少し後悔した。

面白くない生き方だ。

 

自分の右にある電柱には、犬の小便がかけられた跡があった。

電線は真っ黒で、揺れる様子はなかった。

街灯の明かりが心の支えとなるくらい、寂しい道で、暗かった。

 

曲も盛り上がる直前で、右耳からdisconnectと一言聞こえて沈黙した。

曲が無くなると、世界はこんなにも暗く重いのだと気付いた。

 

静寂は、辛い。

 

 

 

煙草の味が、落ちてきていることに気付いた。

そもそも、火種の位置が明らかに指に近い。

 

あぁ、煙草を吸い終わるか。

そう思った。

 

クオリア。

その単語が、頭の中に浮かんできた。

 

共感性とか、感じる力。

創造性と言い換えてもいい。

 

きっと、これが僕の遺作になるんだろうと思った。

煙草を地面に落として、踏みつける。

 

この煙草を踏みつけることで、僕の創造性は終わりを迎える。

共感性も失う。

 

作るものや、感じる力は失われて、何も感じない木偶人形になるんだろう。

その、最後の遺作がこの煙草だ。

 

ぽとりと落ちた煙草を、スニーカーとコンクリートで挟み込み、なじる。

足を離すと、先端が焦げた葉で、紙が破けていて、少し葉っぱが先端からばらけるように散らばっているんだろう。

スポンジも、余りの吸い口の紙も、ぺちゃんこにされて、少しの泥が付く。

 

そのぐちゃぐちゃになった煙草が、僕の遺作だ。

 

足を離して、歩き出す。

下は、見なかった。

 

ポケットから、パーラメントの箱を取り出す。

箱を開けて煙草を一本抜き出して、咥えた。

 

箱を無造作にポケットに仕舞い、反対のポケットから赤のジッポを出す。

蓋をキンという軽快な音を立てて開け、やすりを擦る。

 

今度は一発で着いた。

 

火に煙草の先端を近づけて吸うと、ジリ、と音を立てて火が付いた。

 

僕は口から、煙を吐いた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。