きおくそうしつのぼくが

どうにかしあわせになるまでの

ながいながいおはなし

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初オリジナル兼リハビリ作品

超見切り発車なりて続くか不明なり


喪失

   

 今日から、日記を書いてみようと思う。

 

 理由は至極単純で、ぼくが、というより木嶋 秀という人間が記憶喪失になったからだ。

 

 ぼくが目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。怠い体、視界の白、そして呼ばれ続ける()()()()()()()()。朧気だった視界が明瞭になって見えたのは、泣きじゃくる一人の少女であった。彼女はぼくを見た途端、泣き崩した顔をさらに崩して、ぼくに抱き着いてきた。彼女の髪が頬をくすぐり、鼻をすすり上ずった声で彼女は木嶋 秀という知らない名前を呼んで、心配したとか、本当に怖かったとかをぼくに語ってきた。

 

 けれど、ぼくとしては何がなんだかわからないのが現状だったので、ぼくはどうにか彼女の肩を掴んで距離を空け、彼女にどなたでしょうかと尋ねると、今度は彼女は先ほど一瞬見せた希望に満ち溢れた表情から一変し、絶望に呑まれたように暗いものとなった。今思えば、彼女には少し悪いことをしてしまったかもしれないが、右も左もわからない中でぼくに出来ることはそれしかなかったのだ。

 

 彼女はその後、多くの質問や悪い冗談でしょうと、つくろったような笑みでぼくを見ながら違う誰かに向かって言葉を投げていたけれど、そのすべてにぼくは首を傾げるしかなく、最後にぼくが聞いたぼくは何という人なのかという質問を切り目に、彼女はもう手が付けられないほど泣き出してしまった。それこそ、ぼくが横たわっていたシーツに跡が残るほどに。

 

 その後、ぼくは医師、そしてぼくの上司を名乗る人物、奥寺という男性と話をした。その内容は、にわかには信じがたいものだった。

 

 複雑かつ長くなるが、ぼくはいわゆる超能力者と呼ばれる存在らしい。しかも国家を守る秘密結社の一員と来た。いったいどこのSF小説なのだろうと耳を疑ったが、どうやら本当の事らしい。

 

 ぼく・・・いや、この体の名前は木嶋 秀。年齢は19歳、持っている超能力はバリアのようなものを張り、防衛のための壁を形成することが出来るというものとのこと。医師や奥寺と名乗る男性の話から、感覚的に使えるはずだということだったので、手を振って念じてみると、実際に()()正方形のような形のナニカがぼくの手から出現した。

 いやはや、超能力というのは本当に呼吸や腕を動かすと言った当たり前のものとして使えるらしい。初めての経験であったのでとても驚いたのを今でもよく覚えている。

 

 そしてぼくは、先ほども書いたが秘密結社『八咫烏』という組織に属しているらしい。これはぼくのような超能力者を集め、来る敵である『天使』という存在と戦う秘密結社なのだという。

 『天使』とは、人類を目下襲う外敵存在の呼称であるらしく、白の羽と頭上の青いわっかが特徴的で、人間を見境なく襲う存在なのだという。なんとも厄介で気味の悪い存在だ。

 

 で、ぼくこと木嶋 秀はその『天使』という存在と日夜戦うヒーローの一人であり、しかも小隊のようなもののリーダーだったとのこと。リーダーなんて柄じゃないだろうと奥寺さんに言うと、彼は少し苦い表情で唸るだけだった。もしかしたら、記憶を失う前の木嶋 秀という人間はそういうことが得意な人だったのかもしれない。

 

 『天使』、『超能力』、『八咫烏』。もう書いているこの間でも頭がこんがらがって来る。色々聞いたのが今日だからというのもあるけれど、少しファンタジーが過ぎやしないだろうか・・・けれども天使の映像や写真、自分が使うことが出来た超能力などから、もうどうであれ信じるほかないのだ。悲しいことに。

 

 しかも、ぼくは治療や諸々の検査が終わればその『八咫烏』の組織に戻らねばならないらしい。なんでも、ぼくら超能力を持ち『天使』に抗う者達には戸籍といったものはなく、『天使』と戦う事を放棄もしくは逃走しようとするならば機密処理ということで殺害の許可が下りているらしい。なんとも恐ろしい。これでは飼い犬も同然だ。

 奥寺さんや医師に抗議したが、木嶋 秀という男はもう既に国との契約が成されているため、『八咫烏』に戻る以外の選択肢は最初からないらしい。なんということをしてくれたんだ木嶋 秀め、恨んでやる。

 

 結局のところ、ぼくは引かれたレールを今のところは流れるがままに乗るしかないのだ。まぁ楽でいいと言えば聞こえはいいが、結局は首輪をつけられた犬も同然。不満たらたらなのが現状だけれど、言っても変わらないのだから受け入れるしかない。

 

 しかし現状ぼくは記憶喪失で文字通り右も左もわからない。ありがたいことに一般常識はあるが、今後絶対に避けて通れないような、『八咫烏』を筆頭とした事柄、そして関わったであろう病室で会った少女といった人間関係など、わからないことが多すぎる。今後はその情報の雨あられがぼくを打つことだろう。

 

 そこでぼくは自分の記録兼メモとして日記を書くことにした。医師の人も、このようなことは記憶が戻ることにいい影響を促すとかなんとか言っていたわけだし・・・。

 

 毎日、とまではいかないけれど出来るだけ書いていこう。ぼくも記憶を取り戻したいし。

 

 初めてで大体2000文字。これだけ書ければ十分かな。まだ体もだるいから、このぐらいで切り上げる。まぁ基本話聞くばっかりと検査だけだから、明日からはまたいっぱい書くことが出来るかな?

 

 そろそろ寝ないと、医師の人に怒られちゃうな。明日もいい日になるといいな・・・

 

 

―――

 

 今日も今日とて検査ばかりの日々。面会などはまだまだ先になるとのこと。検査もあるがぼくも相手も混乱してしまうからだという。この前会ったあの子には重ね重ね申し訳ないことをしたと思ってる・・・

 

 しかしベッドの上でずっといるというのも暇なだけだので、唯一ぼくのところへやって来る奥寺さんに何か暇つぶし出来るものはないかとお願いすると、彼が持ってきてくれたのは天使に関する資料とぼくと共に戦っていたメンバーについての書類だった。

 

 ぼくとしては小説とか、そういう類の娯楽的なものを希望したつもりだったけれど、奥寺さんには通じなかったらしい。堅物そうだしなぁあの人・・・基本笑わないし、眼鏡かけていかにもお堅いって感じだし・・・あの雰囲気はちょっと苦手だ。

 

 持ってきてくれたものを無下にするわけにもいかないし、まぁ本来の目的にもなるので今日は検査が終わったあとはずっとそれを読んでいた。

 

 まず『天使』とは、数十年前に突如として発生した存在であるらしい。海上自衛隊が偶然遭遇したそれは、天が裂けラッパの音が鳴り響くと、天空から宗教絵画のように舞い降りてきたという。その後戦闘になったが、部隊のすべてが死亡。ただただ蹂躙されるという結果に終わった。

 

 この事件はエンジェルフォール事件と呼ばれ、これをきっかけに世界各地で『天使』が発見され、それに伴う被害が出始める。各国はこれが人々、ひいては社会の混乱を生むと判断し隠蔽。どうにか天使の死骸から天使への対策と研究が始まっていくことになった。

 

 わかった事の一つに、天使には階級が存在していることが挙げられる。下位天使、中位天使、上位天使の三つに分けられ、エンジェルフォール事件以降上位天使と中位天使は確認されておらず、基本地上の現れるのは下位天使のみである。

 天使の分け方は羽の数、頭上の光輪の大きさが関係しており、羽の数が多くそして光輪の大きさが大きければ大きいほど強力な天使であるのだという。

 

 さらに階級が上がるにつれて天使はより人に近い形を取っていく。下位天使には知性はなく、ただ命令に粛々と従う機械のようなものであるのだが、中位天使になると自意識を持つ。

 

 そしてエンジェルフォール事件後、特殊な力である通称『権能』を持って生まれるようになった超能力者たちを躍起になって集めるようになる。ぼくこと木嶋 秀もそんな権能を持った人間の一人だ。

 

 この権能が現在天使に対して最も有効的な攻撃手段である。権能は強さからDからSまでの階級分けが成されており、より階級の高い権能を世界各国は欲している。権能の力の理由は、なんでも天使と同等の力であるという仮説が上がっているらしいが、今はまだ細かいことは不明とのこと。

 天使の出現時には特殊な力場、『ゲート』と呼ばれる扉が開かれる。そのため天使の出現場所はその力場にて測定されるらしく、出現場所と出現時間、そして出現する天使の質と量のおおよそはそこで判断出来るらしく、その予想ポイントに出現前に赴き、一般人に知られることなく天使を処理することがぼくら『八咫烏』の主なお仕事らしい。

 

 長い・・・天使の説明だけでもこんなにあるのか・・・書くのも疲れてくる・・・でもまとめないと覚えれないんだよなぁ・・・奥寺さんの話的にぼくは退院したらすぐまた部隊に戻るみたいだし。人員不足では?こっちは病み上がりなのに・・・

 

 そして次、ぼくの部隊についてのお話だ。長ったらしい天使についての説明よりこっちのが興味がある。だって

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 ぼくが所属する隊は、『三羽』という名前らしい。奥寺さん曰く、八咫烏の戦闘員は三つに分けられておりその三つ目の部隊がぼくが預かっていたものだとか。

 

 三羽隊はぼくを含む5人で形成されている。すっくなと思ったけれど、権能を持って生まれてくる人間の絶対数が少ないんだって。しかも力を持つ人が天使との戦いで死ぬ事も珍しくないから、本当に希少なのだという。人材不足の話はマジっぽいなぁ・・・

 

 男子2人、女子4人。メンバーの中ではぼくが一番年上みたい。資料からわかったことを簡単に書いていこう。

 

 副隊長、湊 美野里。年齢18歳。持っている能力・・・これ権能って書いた方がいいのかな・・・まぁ権能でいいや。権能は『極光』。光を自由自在に操る力らしい。レーザービームのように撃つことから、剣のように固定することまで、出来る幅は非常に広い。ただし夜間は、日中に自分に貯めた分の光しか使うことが出来ない。

 性格はメリハリがきっちりしたしっかり者。気にしがちなところと、判断に時間がかかってしまうところはネックではあるがそこ以外は極めて優秀。

 

 前衛、真壁 ミキ。年齢18歳。権能は『ギア』。5段階に自分の身体能力を引き上げることが出来る。最大まで引き上げると岩すら拳で容易く貫く。ただしギアのスタートは1で、5の最大まで上げるには時間がかかるというスロースターター。

 性格は熱しやすく直情的。まっすぐで、これとなればこれしか見えなくなる時もしばしば。ただ誰よりも仲間思いで、前を突っ走りながらもしっかり仲間を慮る。

 

 前衛、山田 龍太郎。年齢17歳。権能は『影転』。副隊長の湊さんとは逆で、こちらは影を操る能力。影を刃や弾丸にして飛ばし、前衛をフォローするのが彼の役割。特に影を利用した足止めや妨害が彼の専売特許、このメンバーの支えであるらしい。便利な力であるがこちらも湊さんと逆で日中は力を影のある場所からしか発動できず、夜間に最も強い力を振るうことが出来る。

 性格は控えめで温厚。ただし自分の意見はしっかり言う芯の強さを重ね持つ。

 

 中衛、篠原 葵。年齢17歳。権能は『チェーンアウト』。鎖を自在に操り、妨害や拘束に長けた能力。射程はおよそ25メートルと長く、拘束も一気に多数を捕縛可能。地中から奇襲を仕掛け拘束。その後前述の三人による攻撃で仕留めるのがこの部隊のセオリーらしい。

 性格は騒がしく天真爛漫。しかし冷めるところは冷めるとけっこうオンオフが激しい。マイペースで向上心があまりないのが玉に瑕なのだとか・・・

 

 後衛・・・ここで知っている子が出てきたんだ。ぼくが目を覚ました時にいた子だ。後衛、霧崎 あやめ。権能は『リアライズ』。主に後方で敵の解析を行う。相手が何に強く何に弱く、また敵の状態や味方の状態といった全体の状況把握が行える力だ。

 能力もあるが視野が広く、状況把握に長けている。性格はシャイで引っ込み気味だが、責任感が人一倍強く役目は絶対にこなす仕事人。ただ責任感が強いあまり仕事に押しつぶされてしまうこともしばしば・・・

 

 もともとここにぼくともう一人を加えた合計7人でのチームだったらしいが、第一部隊の一羽から欠員が出てしまったためそちらに異動になったということで、ここ最近は6人でのチームで活動していたようだ。

 

 なかなか個性的な面々だ・・・これをぼくがまとめていたっていうのが疑いたくなってくる。しかも復帰したら彼らの陣頭指揮も取らないといけないと来た。もう胃が痛くなってくる。

 この資料もぼくが記憶を失う前に書いていたらしい。なんだこいつは、優秀にも程があるだろう・・・

 

 今からこのメンバーになじめるか不安になって来る・・・見限られないようにしなきゃ・・・

 

 不安はあるけど、もういい時間だ。そろそろ寝なくちゃ。

 

 そうだ、明日は奥寺さんにぼくが記憶を失う前はどんな人物だったのかを聞いてみよう。きっといろいろ教えてくれるはずだ。それ以外の時間は少し自分の権能の練習をやってみよう。

 

 明日もいい日になればいいな・・・

 

 

―――

 

 今日は奥寺さんにぼくはどんな人だったかを聞いてみた。他の人と関わる時の指標にもなるし、チームでどういう立ち回りをする人間だったのかを聞ければ、合流したあともスムーズに活動できるかもしれないという理由もしっかり述べた。

 

 なのに奥寺さんは心底嫌そうな顔―というより今思えばあれはつらそうな顔だったかもしれない―をしながら最初は嫌だって言っていたけれど、どうにかごねたら教えてくれた。

 

 ぼく、木嶋 秀はこの組織『八咫烏』創設から所属している古参のメンバーであるらしい。性格は気さくかつ底抜けに優しく、気配りの出来る人物とのこと。

 自分のことを書いているが、本当にそうなのか?とぼく自身が心底疑問に感じている。けれどもあの仕事人間の奥寺さんが言うのだから間違いないんだろう・・・ほんとなのかな・・・

 

 三羽隊リーダーであり、行動隊ひいては八咫烏の精神的支柱であったとか。権能のレベルはC-とメンバーの中では最も低くはあったが経験と応用で仲間たちを守っていたのだという。本当に木嶋 秀という人物はすごい奴らしい。

 

 けれどもここで疑問が生じる。そんなぼくがどうして記憶喪失なんて状態になったのかだ。ぼくはその後や自分の現状にばかり重きを置いていて、そこに着眼していなかったのだ。

 せっかくだからと、ぼくは奥寺さんに尋ねてみた。すると、奥寺さんは重い面持ちのまま少し考えた後、ゆっくりと話してくれた。

 

 ぼくが率いていた三羽隊はいつものように力場が測定された場所へと任務として向かっていた。天使の数はいつも通りで、危うい場面もあるにはあったがどうにか天使すべてを殲滅し任務は成功。そのまま何事も帰れるはずだったのだ。

 

 問題が起きたのはその時だった。

 

 突然ぼくら三羽隊が任務を行っていた上空にゲートが開いたのだ。それも、非常に高密度のエネルギーを保有した力場を伴って。そこから現れたのは、人の形をした天使であった。三対の羽を持ち、神々しく降臨したのは中位天使、クラス・主天使(ドミニオン)の天使であったのだ。

 

 ぼくらは逃走した。まず一部隊だけで勝てるどころか戦いになるような相手ではないからだ。けれど、主天使(ドミニオン)はそれを許しはしなかったらしい。逃げ惑うぼくらを弄ぶように攻撃を雨を尽くしてきたのだ。現場にいた三羽隊のサポーターたちは皆ぼくらを生かすために抵抗したものの、奥寺さんを除く全員が死亡。救出のためのヘリが来た頃には、主天使(ドミニオン)の魔の手はすぐそこまで来ていたのだという。

 

 ギリギリで全員が乗れる。そのはずだった。しかしメンバーの一人、霧崎 あやめがヘリ目前で転倒。ヘリは主天使(ドミニオン)の攻撃によって墜落し、脱出の術をぼくらは失った。

 万事休す。もう主天使(ドミニオン)による断罪をぼくらは甘んじて受け入れるしかない。メンバーの誰もがそう感じた。現場にいた奥寺さんも、その一人だった。

 

 けれどただ一人、木嶋 秀だけは諦めなかった。

 

 彼はたった一人立ち上がり、権能の力を増進させるブースターと呼ばれる薬品を基準以上摂取して、主天使(ドミニオン)に抗ったのだ。血反吐を吐いても、指が折れても、血涙を流しても、限界なんてとうの昔に超えても、仲間たちがもうやめてくれと泣きながら願っても、木嶋 秀という男は諦めなかった。泥臭く、必死に耐え抜いたのだ。

 

 決死の防衛の末、主天使(ドミニオン)は退散。木嶋 秀は血だらけのボロボロになりながらも、三羽隊のメンバーと奥寺さんの6名を守り切ったのだ。しかし代償はあまりに大きく、彼はその後三か月昏睡状態に陥り、医師ももう起きることはないだろうと、誰もが木嶋 秀の帰還を望みながらもそれは叶わない事だと理解していたのだ。

 

 けれど、木嶋 秀は目覚めた。記憶の全てを失って。

 

 それが事の顛末らしい。話し終えると、奥寺さんはそのまま去って行ってしまった。

 

 ぼくは、いや、木嶋 秀という男は本当にすごい奴らしい。死にかけてでも必死に抗って仲間を生かそうとするなんてことは誰にでも出来ることじゃない。

 

 みんなが、ぼくが本当のぼくになることを待っている。

 

 早くみんなのために記憶を取り戻さなきゃなと、ぼくは再度決意した。

 

 書いていたらいい時間になってきた。権能でどこまで出来るかわからないけれど、ぼくもみんなを守って天使を殺して役に立たなきゃ!!

 

 それに少し性格も前のぼくに似せてみよう!!その方が記憶も戻っていくかもしれないし!!明日から色々頑張らなきゃ!!

 

 それじゃあここら辺で寝ようかな。

 

 明日もいい日になるといいな・・・

 

 

―――

 

 「うっぷ・・・おうぇぇぇぇぇぇぇぇえ・・・!!」

 

 酸い匂いが、病院内の男子トイレに霧散する。個室便器内で、奥寺 悠仁は顔をこれでもかと青白く染めながら、胃にたまったすべてを戻すかのように吐き出していく。

 

 耐え切れなかった。こうなるとわかっていたから、彼から当時の話をするのを避けていたのだから。()()の最期を思い出したくなかったから。

 

 「はぁ・・・はぁ・・・おえぇ・・・」

 

 震える手で胸を押さえ、ロックした扉に勢いよくもたれかかる。触れるタイルはひどく冷たくて、それは奥寺に虚しく悲しい現実を突きつけるようだった。

 

 奥寺と秀は、『八咫烏』結成当初からの付き合いだった。

 

 まだ人も権能保持者も足りなかった頃、奥寺は秀の専属サポーターとして各地を駆け回りながら天使撃破の手助けを携わっていた。

 

 時に苦楽を共にし、時に殴り合い、時に笑い合いながら飯を囲む。そんな仲であった。

 

 それは権能保持者が増え、秀が部隊を持つようになっても変わらなかった。人柄がよく、人を集わせる太陽のような輝きとカリスマを持っていた秀の下には多くの人が集まり、慕われていった。三羽隊は、秀の人間性に惹かれて出来た部隊と言っても過言ではないほどに。

 

 そのころから、奥寺の中で秀との隔たりを感じるようになっていた。それもそうだろう、かたや部隊を率いる最高のリーダー。かたや組織の一般支援者だ。格差を感じるのもやむを得ない。

 『八咫烏』の中での推進として、権能保持者を身を挺しても守り抜くという旨のものがある。現在権能保持者は世界を見ても少ない。それは天使という人類の脅威に対抗しうる人物が少ないということを表わす。

 

 奥寺のようなサポーターは、『八咫烏』から見ればいくらでも替えの利く駒であり肉盾なのだ。

 

 一度、秀にそれを吐露したことがある。酒で酔った勢いだろう。嫉妬、秀との格差、肉盾でしかない現状、すべてを吐き出した時、秀は言った。

 

 『なーに言ってんだお前?』

 

 真顔で、本気でこいつは何を言っているんだという表情のまま呆れるように言い放ったのだ。

 

 『俺は悠仁が自分より下だとも、肉壁だとも思ったことはねぇよ。むしろ無二の親友で、俺にとって絶対失くしたくない奴の一人だ』

 

 食べ終わった焼き鳥の串が山のように入った空皿を弄りながら、いつもみたいな爽やかで明るい笑顔を奥寺に向ける。

 

 『むしろ俺は一人じゃなーんにも出来ないんだよ。権能もC-で『八咫烏』の権能持ちで最弱に近い。俺みたいなやつは、誰かに支えられないとダメなんだよ・・・だから、』

 

 『そう簡単に死ぬなよ?お前に支えてもらわないと俺が困るんだよ。肉壁?んなことさせっかよ。お前も、美野里も、ミキも、龍太郎も、葵もあやめも俺が死ぬ気で守ってやる。な?』

 

 その言葉は、どんな勲章よりも奥寺の心に深く深く突き刺さった。親友は自分に背中を預けている、なら応えるのが、親友というものだろうと。その日、柄にもなく奥寺は男泣きをし、そして決意したのだ。この男を支え続ける男になると。

 

 そして、秀は実際に守って見せた。主天使(ドミニオン)という未曽有の脅威を前にして、たった一人で。

 

 目が覚めたあいつを、もう一度俺が支えていくんだ。その心の下再会した秀は―――

 

 『初めまして・・・木嶋 秀?と申します・・・』

 

 もう、どこにもいなかった。

 

 記憶を失い、希薄な笑みを見せる彼は、奥寺のよく知る秀ではなかった。言葉も、一人称も、どこにも彼の面影は見当たらなかった。

 けれども、支えると決めたのだ。秀が記憶を呼び起こすその時まで―――

 

 『記憶が戻る可能性はない』

 

 冷たい言葉は、医師のものだった。代表として話を聞く中で、医師は暗い表情で言ったのだ。

 

 『権能とブースターの過剰使用で、脳に多大なショックが与えられたようだ。脳細胞ごと『思い出』という名の記憶と人格が死んでいる。普通は廃人になるはずだけど・・・そこはさすが権能保持者というべきか、不幸にもというべきか・・・人格がショックによって死滅した後、再構成されたというのが一番近いね。だから今あの病室で眠っているのは、』

 

『木嶋 秀の皮を被った別の人間だよ』

 

 言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。

 

 秀が・・・死んだ?もう、戻ってこない・・・?

 

 目の前が真っ暗になるとはこのことだろう。どうにかなってしまいたかった。けれども、自分には木嶋 秀を支えるという誓いが―――

 

 本当に、あの男は木嶋 秀なのか?

 

 人格は死んだ。記憶も死んだ。けれども体は生きていて、喋って、動いて、でも確かに人格は死んででも生きていてでも死んで死んで生きて死んで生きて生きてイキテしんでシンデ生きてしんで死んでああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!

 

 『あの、奥寺さん。ぼくの事を教えてくれませんか?』

 

 狂ってしまいそうだった頃、彼が奥寺へそう聞いたのだ。

 

 正直話したくなかった。こうやって目の前で木嶋 秀が生き、動き、話すことすべてが苦痛だ。けれども、自分は秀に誓ったのだ。支えていくと。奥寺は話した。秀がどんな人間で、どのような事を成したのかを。

 

 奥寺は願ったのだ。ここで話したことをきっかけに、秀の記憶が呼び覚まされるのを。

 

 いつもみたいに笑って、気さくに話して、大丈夫だって。心配かけて悪かったなって言ってくれと切に願った。だが願いは・・・

 

 『それじゃあ、早く記憶を戻さないとですね!!』

 

 まるで違う明るい笑みで、すべて崩れ落ちた。

 

 何もかも違う。もう耐えられなかった。吐いて吐いて吐いて吐き出して、それでもあの秀の皮を被った何かの笑みが抜けてくれない。

 

 「は、はははは・・・ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 項垂れるように、奥寺は渇いた笑みを見せて、悲痛な慟哭が木霊する。

 

 親友はもういない。そんな現実だけが、遺されたすべてだった。

 

 数日後、奥寺 悠仁は首を吊り自殺した。

 

 遺書にはただひたすらに木嶋 秀への謝罪の言葉が、埋め尽くされていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 





・木島 秀(喪失後)
 右も左もわからん本作主人公。
 知らんうちに目覚めて超能力ゲットして、天使殺してね?じゃなきゃお前死な?ってけっこー理不尽な運命。
 とりあえず色々知りたいから奥寺さんに自分の事聞いたら、次から奥寺さん来なくなった。体調悪いのかな??

・奥寺
 秀に狂って激重感情持ってたサポーター。中身違くて発狂自殺しちゃった。けど魂ごと消えてるので、上に行っても会えないよ!無駄死にだね!

ほんとに見切り発車。
評価とか感想とか着いたら続くかもですね(多分ない)

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