静寂の物語   作:トラロック

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Femina mobilior ventis.
01 灰髪の忌み子


 その女は次代の英雄を作ろうとし、数多の冒険者と死闘を交え、敗北の後に死を迎えた。

 想いを託し未練を断ち切れたかと言えば否である。

 その身が病に冒されていなければ――

 後悔しても後の祭りではある。しかし、この世には『絶対』という不可思議な概念が存在する。

 例えば『絶対に無い』と言い切れない。

 例えば『絶対に在る』とも言い切れない。

 証明する事が非常に難しいが大抵は『言った者勝ち』になってしまう事も(しばしば)

 もし、死した後に転生する事があるとすれば――それを証明することは出来ないが――女は何を望むだろうか。いや、彼女だけではないけれど。

 平和な世か。それとも愛すべき妹との幸せな生活だろうか。

 分岐する人生の内、自分に都合のいい選択肢を選びがちだが全ての正当を引き当てる事は奇跡であり、そんなものは存在しないと()()()()()

 なぜならば――

 

 願望は無限大。

 

 女はそれを知るからこそ人生に後悔を覚えるのではなく覚悟を決めたのだ。そうでなけば前に進めない。

 黙って待つより勝ち取る事を選ぶ。生前の彼女はとても我儘であり孤高の女王であった。

 因果がもし気紛れを起こすとするならば――果たしてどのような形を表すだろうか。

 『もし』など所詮、妄想の類である。それこそ願望の一部と言ってもいいくらいに。

 全てを否定することは出来ないが女の居た世界には『神』が身近に居た。ならば死して天に昇ろうとする魂に機会を与えたら――それはどんな変化を(もたら)すだろうか。

 神為(じんい)的に操作された場合、それを知れば間違いなく激怒する事受け合いだ。

 時には神も手違い(うっかり)を犯す。神自身がそれを認めている世界があったら――

 もし、第二の人生を歩む機会が――偶然の産物かどうかは証明できないが――女に与えられたら。

 それは祝福か呪いのどちらと取られるだろうか。

 かくして女はとある国のとある領地にて産声を上げた。その子は()()()()()()()()脆弱な身体を与えられた為に高貴な魂が風前の灯火となる。

 才能と引き換えに多くを失ってきた女はまたしても試練を突き付けられた形となった。だが、生前と同じ(宿痾)かと問われれば――やはり否と答える。

 世界が女に優しくないのであれば、こちらからも優しくする必要は無い。

 才禍の怪物はまだ何も成していないのだから。

 これは気紛れに転生した孤高の令嬢(女王)の物語――【静寂の物語(シレンティウム・ヒストリア)】――

 

invictus

 

 死の記憶と共に物心ついた時は寝たきりの生活だった。

 物静かで不気味な子だと実の親から言われた。

 愛情の欠片も無い冷徹な人間――それが生後間もない赤子が抱いた両親の感想である。

 不自由な身体と精神構造が災いしたのか、誕生初期からある程度の認識を持っていたはずだが途中から覚えが無くなった。

 気が付けば一年、二年と過ぎていた。

 はっきりと記憶に残っているのは自分の名前とある程度の固有名詞。

 聞き慣れない単語が混じっていたが赤子はそういうものかと納得し、耳から入る情報をどん欲に吸収していった。――正しくはそれくらいしか出来なかった。

 病弱な身体ゆえか言葉は出ず、思い出したように咳をする。胸が苦しく、排泄もままならない。

 食事などは親ではなく雇われの女中と思われる女達の仕事だった。

 

(双子の内の片方が死産……)

 

 赤子がそれを知ったのは随分と後になってからだった。

 名前を付けられる事無く死んだ妹か弟――

 血を分けた肉親の死は少なからず(こた)える。それが例え実の親だったとしても。

 何も出来ない。ベッドに括りつけられたかのような生活を続けて三年目。

 少しずつ言葉を話せるようになったが相変わらず虚弱な体質のせいで一人ではまともに歩けない。

 気が付けば親の姿を見なくなった。女中というかメイドの噂話によれば王都に居るという。

 

(一部のメイドは読み書きができないとか)

 

 親が居なくても書庫があるので子供にも理解できる本を読み聞かせてもらった。

 あまりに不自由な暮らしなので自分が乳幼児であることにも気にならない。夜泣きはしないがお漏らしはいくつになっても恥ずかしいものだ、と一人ごちる。

 そんな暮らしも四年目に入ってから少しずつ変わり始めた。

 一番の変化は体調だろうか。

 メイド達は割りと献身的に面倒を見てくれたので部屋を歩き回ったり、だっこの形で屋敷の中を案内してくれた。

 この家は『クラネル家』の屋敷だという。――一応、貴族らしい。

 ゆえに赤子だった自分の名前である『アルフィア・クラネル』も違和感なく受け入れられた。

 どうしてアルフィア(生前と同じ名前)なのかは分からないが神の介入を――少しだけ――疑った。

 我が家は辺境伯という爵位を持つ貴族で領地は国境付近ということは理解した。

 外にはまだ出た事はないがモンスターの脅威があり、一部の人間は魔法を使えるらしい。

 

(……両親の髪は金髪らしいが私は灰色……。この国では黒やそれに近い色合いの人間は忌み嫌われているという)

 

 髪色は魔法の属性が影響し、一概に悪とは言えないが恐怖の象徴となっている。その主な原因が『魔王』だという。

 黒髪は闇属性を操る魔王が由来だとか。

 全ての黒髪が魔王というわけではないが人々が畏れる色だというのは昔から言われていた。

 灰色は何属性なのかと質問すれば分からないと答えてきた。

 

(……魔法適性を調べる道具がどこかにあるらしいが家には無いと……)

 

 時が経つにつれて知識が蓄積していく。

 五歳になる頃には家庭教師を雇い入れ、基礎的な勉強と並行し自分でも本を読めるようになってきた。

 虚弱体質ゆえか剣術はそれほど上達しなかったが貴族としての振る舞いはすんなりと覚えられた。

 色々と出来るようになれば欲が出るもの。今一番欲しいものは――妹だろうか。

 アルフィア嬢の家族は両親を除けば屋敷内に居る世話係達ばかり。

 つまり一人っ子だ。

 

invictus

 

 バルシャイン王国に生まれたアルフィア・クラネルはメイド達から見れば大人しく、とても聡明な娘だった。

 我儘は言わず、熱心に勉学に励み、よく言えば手間が掛からない。悪い点をあげるとすれば――可愛げが無い。子供らしくないともいえる。

 当初は灰色の髪を気味悪がっていたようだが仕事として割り切ってくれたようだ。今も忌避感を抱いているのか、という点は興味が無かったので無視している。

 貴族令嬢としては間違っていないのかもしれないが愛想良くして欲しいと思われている節がある。

 両親は彼女の誕生から未だに王都に行ったまま戻ってこず、領地は代官が取り仕切っていた。

 辺境の領地ゆえにモンスター討伐を生業とする者や護衛の騎士の数は多いが住民の現状は幼い彼女の耳には入ってこない。メイド達から危機的状況の気配を感じない。

 街や村の状況を知りたいと思っても赴くことが出来ない現状においてアルフィアに出来る事は元気になる事くらい。

 

(……肺炎の類か……。この地の医療では軽い病でも幼子にとっては命に係わるようだ)

 

 当初危惧していた宿痾の影響下と思われたが薬で治る程度の病だったらしい。――治る気配は一向に無いけれど。

 虚弱体質の子供にとって病の代償は関係なく脅威なのだが今となっては()()()()と思わざるを得ない。

 乳幼児の死亡率も高く、貴族の家だとしても例外ではない。

 六歳になる前に屋敷の書籍を百冊ほど読み切り、基礎知識も充分に蓄えた。基本的なテーブルマナーと国の歴史も習熟済み。後は実戦くらいか。

 領主が不在でも領地が経営できるのは充分な税収が見込めるからだと家庭教師が言った。

 クラネル辺境伯領は豊富な食料生産地にして『ダンジョン』をいくつか所有する都合で冒険者達の稼ぎにも貢献しているとか。

 この国におけるダンジョンはモンスターの住む場所であり各地に点在している。

 地上にもモンスターは居るのだが住民に被害が及ばないように各地の騎士団や勇気ある者達が駆逐している。

 モンスターの種類は様々で倒すと珍しいアイテム(ドロップ品)を落とす事があり、それを買い取る店もある。

 その中で一番重要な事柄は『魔王』だ。

 この国では魔王なる存在の脅威に備えている。今の段階ではそのくらいしか分からない。人なのかモンスターなのか。

 

(魔王を除けばこの国は割りと平和とみていいのか? モンスターやダンジョンがあるというのに)

 

 外の世界に出て自分の目で確認しない限りはどうしようもない問題なのかもしれない。

 クラネル領には広大な森と山、いくつかの鉱山があり、その中にいくつかダンジョンがある。

 一攫千金を狙う者や護衛騎士の鍛錬の場となったり、それなりに活気があるとか。

 しかし、世の喧騒を知らず――アルフィアは深層の令嬢のような暮らしを続けていた。

 

invictus

 

 七歳になる頃、ようやくにして屋敷の外に出る事が出来るようになった。護衛やメイドの同行があるものの家の外の景色は室内で見るより新鮮だった。

 大きな街の一角にあるかと思われたが意外と広い空き地に驚いた。聞けば未開拓の地が広がっているという。

 喧騒から逃れる為なのか住民の反乱を防ぐ目的なのか。

 それらを差し置いても空気が綺麗な世界だとアルフィアは思った。

 肉体年齢は幼いが精神年齢は三〇代を超える。前世の記憶を保持しているとはいえ傍目から見れば充分子供らしく振舞えている。それと貴族らしくするための言葉使いが大人びている為に精神年齢を気にしなくて済んでいるとも言える。だから、今のアルフィアはとても――

 

 自然体で生活出来ていた。

 

 灰色の髪が風に(なび)く。

 最近になって両目が色違いであることに気付いた。緑色と灰色。――生前と容姿が似ている。

 色違いだからと言っても特に目が痛くなる事はないが普段から瞼を閉じたままで過ごす。

 視力に問題は無く、これは彼女のクセのようなもの。

 遠くに居る者からすれば糸目だとか薄目としか見えないので騒ぎにはならないと予想する。現にメイド達は普段のアルフィアの姿に慣れているから指摘する者は殆ど居ない。

 

(……そういえば私の父上と母上なる存在の名前は何といったか……)

 

 見舞いにも来ないし、七歳の誕生日にも姿を現さない。それでメイド達の給金はどうしているのかと思ったが代官が連絡を取っているので問題は無いらしい。

 今すぐ必要な事柄ではないのですぐに脳内から追い出す。今は(もっぱ)ら身体を動かす事と街や村の様子に興味があった。もちろんモンスターも。

 騎士が使うような剣は無理でもナイフのような小剣ならば幼子でも扱える。鍛錬の時は木剣だが。

 それと一番はやはり『魔法』だ。

 火や水などの属性魔法が主流だがアルフィアの得意とするものは別にある。光りとも闇とも違う。

 折角外に出られたのだからまだしばらくは魔法の事を考えなくて良いかも、とは思うものの自分の能力を把握するのは基本的にして重要である事もまた間違いない。

 ただ、それがとても煩わしい事を彼女は知っている。

 

(澄んだ空気に失礼だ。私はこの自然を大切にしたい)

 

 側に居ない妹に見せてやりたいとも――

 微笑む彼女()はもはや幻想や妄想の(たぐい)と化している。それはとても――寂しかった。

 

invictus

 

 八歳の時に近隣の村に行った。取り立てて貧しさは無く、九歳の時に訪れた領都の街並みは活気にあふれていた。

 自分の領地の住民を馬車の中から眺めつつ不安要素をつい探してしまうのは貴族令嬢の宿命なのか、と思わないでもない。

 貧困や飢餓、モンスターの脅威に疫病、諸外国からの侵略など。国であるからには避けては通れない問題がある。それらを幼い子供の内から考えるのは貴族としての務めなのか、それとも呪いなのか。アルフィアは自虐的に笑う。

 

「こちらのアルフィアお嬢様の為にドレスを仕立てて下さい」

 

 貴族は物を買う時、御用商人を呼びつけて値段を見ずに買い物するらしい。だが、邸宅が辺境にあり、折角だからと店に直接行った方が手間もかからないとアルフィアが提言するとメイドは表情少なめに従ってくれて今に至る。

 唐突に店にやってきた貴族に対し、店主は小さな令嬢に平身低頭に畏れ敬い続けた。

 領主の娘と言えどぞんざいに扱えず、ただただ只管(ひたすら)に言われたことを遂行するのみ。それが互いの立場であった。

 

「こちらは無理を言っているのだ。無理のない範囲で急ぎ頼むぞ。色は黒がいいのだが……」

「黒い色ですと……、喪服のように……」

「……ああ。それでいい。無ければ灰色でも構わん。私の好きな色だからな」

「いけません、お嬢様。黒は忌み嫌われる色。艶やかで色彩豊かな色になさいませ」

 

 さすがにメイドも苦言を呈する。

 分かった上で言っているのだから、とアルフィアは店主に顔を向ける。ただし、相手側は盲目の少女のように映っているので何色でも構わないか、と内心では思っていた。

 一般的な貴族の令息令嬢達は華美な服装を好む。それなのにアルフィアが要望するのは地味なものか喪服のような色合いばかり。作る側にとっては割りと困る案件だった。

 

(かといって赤だの黄色だのは着たくないな……。白はパーティに着るには明るすぎるし……)

 

 外出着はメイド達が選び、今正に華美な服装を着せられて辟易したばかりだ。

 頭には大きなリボンが装着されている。

 不愛想な(かんばせ)から見れば似合っているとは言えないがメイド達が喜んでいたので閉口したまでだ。

 癖のない髪質の為か質素な服装にすれば町民と大差が無い。

 宝石が散りばめられたアクセサリーも注文するようだが資金面がどうなっているのか不安になる。今のところ相手の言い値で取引が成立している。

 子供だから帳簿を見せられないのかもしれないがいずれ当主を引き継ぐ時、想定以上の赤字が出ないことを祈るばかりだ。

 

invictus

 

 週の半分は自宅療養――勉学も含む――に当て、他の日は自己鍛錬に費やす。

 外出は月に一度か二度ほど。買い物でもない限りは街に行かない。

 農村に赴くと畑の様子から問題があるようには見えないがモンスターの襲撃がたまにあるらしい事を聞く。

 アルフィアは領主の娘であり長女だが権限はそれほどない。意見は聞けるが騎士団や護衛を自分の裁量で動かすのは難しい。

 

(ろくでもない親であれば早々に片付けるに越したことはないが……。本当に我が領地はどうなっているのか、ちゃんと調べなければならないな)

 

 折角の第二の人生だ、とアルフィアは新たな目標を得てご満悦であった。

 そして、十歳になると他の貴族からの招待が増えた。

 仲の良い貴族との交流も令嬢としての務めらしいが親の意見が聞けない状態で誰と親しくすればいいのか――

 世話係の執事(ゾラ)に聞けばそれなりの情報が得られるが全く知らない相手ばかりで眉根が寄る。

 

(毎度思うがメイド長の名前がクソアーヌというのは一般的なのか?)

 

 この国の言葉では問題ないのかもしれないが、何となく不穏な気配がする。

 人の名前にケチを付けても仕方が無いのだが――

 おそらく単語的には女性らしさが――あると信じたいとアルフィアは思った。

 自分の名前もこの国では実はとんでもない意味ではないかと疑ったが、今のところ誰からも指摘されない。

 

(それよりもデビュタントをうちの領地で出来るのか?)

 

 貴族令嬢が一定の年齢に達したら他の貴族を招いてパーティを開催する。その最もたるイベントを両親不在で開催できるとは思えない。それともこの時ばかりは帰ってくるのか、アルフィアには何の連絡もないので窺い知れない。

 辺境の地に態々(わざわざ)来る奇特な貴族に覚えも無いし、と。

 招待状を送っていない為、結局開催することが出来ないと知ったのは後日だ。代わりに隣領に赴く事になった。どうやら我が家は娘を大々的に宣伝する気は無いようだ。灰色の髪で忌み子扱いしているのだから当然と言えるが――個人的には楽しみにしていた。

 仮にも産みの親だ。子供を愛しているのでは、と今更ながら淡い期待を抱いたものだが貴族ではその常識が通用しないらしい。

 別に珍しくもない事ですよ、とメイドと執事に苦笑いされながら言われれば何も言えなくなる。

 この国の何処かにあるというドルクネス家も同様ですよ、と知らない貴族で例えられたが同情の念すら浮かばない。

 

(親の愛情を得られない子供はろくな育ち方をしないぞ。……だからこその忌み子なのかもしれないが……。私はどうすればいいのだろうか)

 

 煮え切らない思いを抱いたところで王都に乗り込む意欲があるわけでもなく――

 態々(わざわざ)招待してくれた貴族家の催しに参加してみた。思っていたほど灰色の髪の子は嫌われていないようだと知ったのは僥倖だ。完全な黒髪だと駄目らしい。

 それほど魔王は潜在的な恐怖の象徴なのだろう。

 パーティに参加したものの大人たちの会話が多く、子供達は壁際に追いやられる始末。

 政治的な会話ができるかと言われれば否だ。初対面が多すぎる。

 何人かの令息令嬢と挨拶程度の会話を交わすのが精々だった。途中、体調を崩す事があった以外は概ね順調と言えるが。

 

 煩わしい雑音共め。

 

 心身共に成長し、成熟もある程度済んだ頃に抱くのは言い知れない怒りであった。

 転生直後から大人しく過ごせていたのに今頃になって感情的になるのは肉体と精神がようやく符合、または一致してきたのか。それは分からないが子供らしくしなくていい年頃になった為のものだと理解する。

 今までがおかしかった。

 多くのメイド達に世話をされる令嬢の生活は子供の内では充分かもしれないが大人になりつつある人間にとっては毒のようなもの。

 精神の成熟は避けられないが自身にとってはとっくに過ぎ去ったものだとばかり思っていた。だが、実際は違っていた。

 幼き身体にはそれ相応の精神が宿り、その振る舞いに気付かなかっただけだ。

 

(もしこれが人生をやり直す事だというのであれば甘んじて享受しよう。……難しく考えなければ存外悪い物でもない)

 

 見た目は十代の子供だ。黙っていたって成長する。

 時の齟齬など今すぐ合わせる必要など――

 

invictus

 

 無為にも等しい時間を過ごせば十一歳。

 かといってこのまま行けばあっさりと老後になる。

 生き急いだ人生を歩んだためか、けっこう勿体ない時間の使い方をしていると思い始めた。

 鍛錬は可能な限り続けているがもっと領民に目を向けるべきかと思い、街や村に赴く回数を増やしてみた。体調管理も疎かにしない。

 時々、鼻血や吐血する事がある以外は健康と言える。

 この身体は生前より軽い病に冒されているらしいが医者の(げん)によれば快方に向かっているとか。――それを素直に信じられるわけはないが。

 自由に動けるうちに魔法の修練も始める。執事に勉強のための魔法書を強請(ねだ)り、何冊か手に入れてもらった。

 王都の図書館に行けばもっと多くを借りられるらしいが行く予定が無いので仕方が無い。

 借りに行くとすれば馬車移動に結構な日数を費やされる。もちろん帰りも同様だ。

 

(この世界では神の介在は無く、先天的に魔法を使用するようだ。……だが、レベルだの経験値の取得方法がよく分からん。それに個人のステイタスを見る方法が一般的ではないのも……)

 

 今まで分かっている事は属性魔法がある事とレベルが数字で表されること。

 モンスターを倒せばいずれレベルアップする事は分かっているが必要討伐数は不明。

 アルフィアの知るレベルの概念が違っている事に()()()驚いた。

 街に行けば戦闘に役立つアイテムを購入できるらしい。強請(ねだ)れば買ってもらえるかもしれないがひ弱な令嬢という事になっているのでメイド達にあまり無理は言えない。

 クラネル領にあるダンジョンは四属性に適したものが三つほど。

 知られているダンジョンはとても深く最下層に向かえる者は王国全土でも一握りだとか。

 

(人類の脅威には違いないが王国全土にあるダンジョンは結構多い。魔王が居ると思われる場所は知られていない……)

 

 誕生から十年ほど経過しているが魔王やモンスターの脅威について我が家ではあまり聞かれないし、街や村も平和そのものと言っても過言ではない。

 他国の情勢も入って来ないので本当に平和なのかは分からないけれど。

 貴族令嬢として自分に出来る事は――今のところ無いと言わざるを得ない。

 

「クソアーヌ」

「はい、アルフィアお嬢様」

 

 メイド長の名前も十年経てば慣れたもの。本人も特に気にしていないようだ。

 彼女達の機嫌を損ねてしまうと料理に毒を入れかねない。そんなことをうっすらと思いつつ鍛錬用の庭に出る事を告げる。

 メイド長は呼び鈴(ハンドベル)でメイド達を呼び、アルフィアの着替えを始める。

 何をするにもメイドの手を借りる。それが貴族令嬢としての正しい在り方――

 護衛を数人引き連れて庭に出た後、何をするかと言えば魔法の鍛錬だ。

 それぞれの資質に合った魔法を扱う事が出来る、と本には記されていたが正確な事は分からない。

 適性が無ければ発現しない。至極わかりやすい理屈だ。

 

(私には四属性と光と闇の才能が無いらしい。この国では無能と同義だ。だが……、それ以外の才能について記された本があればまた違った状況になるのだろうな)

 

 体内の魔力がどうたらと小難しい記述が書かれていても実際に出来るかは運次第。そんなことでいいのかと疑問を覚える。

 虚弱と言われたが今日まで生きてこられたことをまずは感謝する。神や宗教についてはまだ不勉強ではあるが居ない事はあるまい、と。

 空は僅かに曇り。太陽が少し陰っていた。

 地方という土地柄か、空気は街より澄んでいる、気がする。

 

(魔法は基本的に短文。小難しくなく、才能があれば容易く扱われる。……その点で言えば私の知る魔法とは随分と違う事が分かる。……果たして私の場合はどうなることやら)

 

 胸に手を当て、大きく呼吸する。それを何度か繰り返す。

 感覚的に理解できることがある。他人に理屈を説明する事はおそらく相当難しい。

 才能という一言で済ます方が簡単なのかもしれない、と思うと苦笑が漏れる。

 

「……ああ。生を受けし我が身は生誕を祝福せねばならないようだ。だが、私はかつて貴様(自分を構成する全て)を憎んだ。今度はどうだ?」

 

 空に向かって呪文を詠唱するように、高らかに高説を垂れる。

 近くで待機しているメイドや護衛達は突然始まった演劇じみた光景に戸惑いを覚える。またはお嬢様がついに乱心した、などという声も。

 そんな喧噪(雑音)もアルフィアは許した。今はとても気分がいい、という理由で。

 

「天に座す神々よ。私はここだぞ。新たな試練か? それとも罪業ゆえの所業か? だが、全て許そう。私はとても寛容である。……もし、言葉を交わしたいのであればいつでも歓迎しよう。そして……、願わくば祝福せよ。この地に封じた事を後悔させないことを誓おうではないか。……だから、我が願いを聞き届けよ。なあに、それほど大それたものではない」

 

 大演説を繰り広げる小さな女の子。

 歳若い筈なのに老成した佇まいは見た目にそぐわぬ狡猾さを幻視させる。

 灰色の髪の令嬢は一つ大きく息を吐いた。胸は苦しくない。

 閉じていた目蓋を開く。

 彼女の望みは愛する妹。ついでとばかりに弟でも構わないと小さく付け加える。

 地位と名誉、宝飾類よりも家族を願った。

 無理を承知で吐露した。叶わなくても恨みはしない。これはただの願望だから。

 

invictus

 

 慎ましく生活した反動での他愛無い戯言。

 それでも願ったことは否定しない。滅多に見せない本心に嘘をつきたくなかった。

 周りの者達が騒然とする中、気を取り直す。

 軽く手を振る。脚を可能な限り上げる。何も無い後方に拳を向ける。

 日々の鍛錬の成果か、筋肉が悲鳴を上げない。しっかりと成長している事が分かった。

 

(……もういいか。過去を振り返る事をやめよう。もう十年も過ぎてしまった)

 

 世界の終末の脅威は形を変えたものの充分な平和を謳歌させてもらった。

 であれば、改めて前を向いてもいい頃合いなのではないか、と。

 胸に手を当てて(まぶた)を閉じる。

 

 さあ、産声を挙げよ、其は混迷(雑音)を振り払う(はふり)の鐘楼――

 

 (こと)の葉は力なり――

 と、辺境伯令嬢アルフィアは胸の内で告げた。

 これから紡ぐのは新生を果たした祝詞(のりと)――新たな門出の魔法(産声)なり。

 

福音(ゴスペル)

 

 生前の自分が最も得意とした超短文詠唱。しかしてその効果は――

 彼女の身体を中心に外へと広がるように――半径十メートルほど――風の結界のようなものが形成された。

 ただし、広がりはほんの一瞬。次の瞬間には辺りに響き渡るような音の衝撃が吹き荒れ、魔法の効果範囲内に居たメイドや護衛達が吹き飛ばされていく。

 例えるならば硬質なものに金属の武器を叩きつけた時に発生する音そのものが凶器となって身体に打ち付けてくる様なもの。

 彼女の近くに行けば行く程生傷は裂傷となり、より傷が深くなっていく。

 今回は充分な距離を取ったが無事では済まなかったようだ。

 

(……む。加減が難しいな)

 

 魔法の資質を持たない者には分からないがアルフィアの視界には魔力の残滓がどのようになっているのか分かる。ゆえにそれらを使う事も出来るが、今回は魔法の効果だけで満足する事にした。

 相変わらず騒々しい魔法だと苦笑を滲ませつつ身体の内で発生させた()()()()()()()にて後始末する。

 ある程度の効果は確認できた。後は能力をどこまで伸ばせて、どういう使い道があるのか模索する。

 範囲魔法なので周りに人が居ると被害が甚大になってしまう。使いどころを誤るわけにはいかない。

 

invictus

 

 勉学と鍛錬と読書と視察を続けている内に十二歳となった。その間に出来た友達はほぼ居ない。

 各地の貴族から招待こそされるが話題が何も無いので適当に飲み食いして帰るだけになってしまった。

 それもこれも両親が未だに帰ってこないからだ。

 領地の運営方針がまるで分らない。どうしたいのか、何をすればいいのか。

 可能であれば裁量権を貰いたいとも、この頃思うようになった。折角、領地があるのだから活用しない手はない。

 

「肝心の両親が王都で何をしているのかさっぱり分からない。もう十二年だ」

 

 自室に執事のゾラとメイド長のクソアーヌを呼びつけて愚痴を零す(ぼやいた)

 二人を咎めようとは思わないが不満は蓄積する。

 分かっている事は彼ら(両親)が武官で顔が殆ど思い出せない事だ。いや、そもそも顔を見たのかさえはっきりしない。

 生存すらあやふやだ。

 成り済ませるほど貴族社会は甘くない筈なので代官が嘘を報告しているとも思えないし思っていない。だが、帳簿の誤魔化しは想定内だ。

 

「旦那様は軍務を担っておいでなので……」

「諸外国とモンスター対策だろう? こんなに長期間向かわねばならないものか? 一人娘を放置して」

 

 向かった先は王都の筈だ。国境沿いにずっと足止めというのも考えられない。

 灰色の髪の娘に会いたくない一心で別に邸宅を用意してそこに住んでいる可能性が浮かんだ。

 辺境伯の地位からすればいくつかの別邸があってもおかしくない。

 

(親としての愛情を受けない子供は心が病むぞ。……私は前世の記憶があるからまだマシだが……)

 

 居たら居たで煩わしいか、と思えば納得しそうになる。

 何にしても直接顔を見たり会話を交わす程度はしておかなければ今後の生活で色々と問題が出るのでは、と苦言を呈する。

 それと給金についてちゃんと貰っているのか尋ねた。娘であるアルフィアの個人資産は毎月のお小遣いだけだ。当然、それで従者たちの給金に当てられるわけがない。

 

「きちんといただいております」

「誰から?」

「代官を通じて、でございます」

 

 他の貴族もそうだが領地経営は代官でも務まる。ゆえに貴族本人が年中遊び回っても成り立つ仕組みであるらしい。

 もちろん、豊富な財源があれば問題ない。財源が無ければ廃れて王家に没収――領地を――される。

 

(よその貴族家と婚姻してしまえば私が当主にならずとも済むし……。貴族社会としてはありふれた制度なのかもしれない。だが、私個人としてはもう少しなんとかしてもらいたい)

 

 少なくとも両親は娘の為にかかりつけの医者を呼んでくれる。愛情が全く無いわけではない、と信じたい。

 煮え切らない気持ちを抱きつつ十三歳になるまでにモンスター討伐を(おこな)いつつ領地経営についての勉強も始めた。前々から興味があったので本腰を入れる事にした。

 広大ゆえに杜撰(ずさん)が目立つかと思ったが元々人口がそれほど多くないので未開拓地が六割ほどあり、領地の大きさの割に納める税は想定よりも少なく済んでいた。

 とはいえ――ずっとそんな調子でいいはずが無い。何処かで意識改革をしなければ破綻してしまう。

 過度な期待を抱かず胡坐(あぐら)をかかない。アルフィアは見た目以上に成熟した令嬢として一歩踏み出した。

 

invictus

 

 何度か寝込むことがある以外は順調に成長し、辺境地にもかかわらず聡明な令嬢として各貴族に認知され始めた。

 大きなことを成したわけではないが領民には慕われている。

 次期当主()()として。

 この国は男尊女卑というわけではなく女性でも活躍の場がある。男女差別よりも属性差別の方が根強いと言っても過言ではない。主に髪の色が大きい。

 ある時期に代官を呼びつけて帳簿を出せと威圧を込めて告げ、現在の領地の現状に真剣に取り組むことにした。裁量権は当然無視した。

 

(穀物の生産量は安定している。飢饉に対する備えはどうなっているんだ? 軍備にかかる金も少し大きいな)

 

 問題があれば現地を視察する事も(いと)わず。

 広大な空き地を見て少し動揺した以外は順調だ。代官が思いのほかしっかり仕事をしていたことも分かった。

 残りはメイド達の待遇改善だが一人娘しか居ないので人数を増やすことは出来ないし、減らすのも得策ではない。

 それと貴族はとにかく無駄が多い。一度しか着ないドレスや宝飾品の数が増える一方で困る。それらは可能な限り処分する事にした。

 食事は質素である。これは元々からそうだったので保留だ。

 

 両親は意外と倹約家だった。

 

 貴族社会から見たら、の話しだが。

 娘にかける金額以外は目立った浪費が見つからない。本当に何をしているのか疑問だ。

 自領の意外性に驚きつつ気が付けば十五歳になった。時がこんなに早く過ぎ去ると老後も間もなくと思っても過言ではない。

 この国では成人に相当する年齢となったわけだが、それを祝う為か手紙が届いた。

 宛名にクラネルとあったが最初誰だか分からなかった。

 

(……両親の名前か。生きていた事を喜ぶべきか、それとも名前を(かた)る別人と見るべきか)

 

 両親の字にてんで覚えが無い。真偽は執事や代官に任せて内容を確認すれば学園入学の案内というか命令だった。

 一方的なので、いずれ婚約者の釣書(つりしょ)でも送ってくるのだろう。

 貴族の令息令嬢は十五歳になると王都にある王立学園に通わなくてはならないらしい。

 

「王立学園では主に戦闘に関する勉強が中心となります」

 

 市民に武器を持たせるのではなく貴族が率先して国を守る形か。

 騎士団や護衛は近隣のモンスター対策だというのは理解しても令嬢は、と思ったところで後方支援ならあり得るかと納得する。

 年頃の娘となったのだから入学自体は(やぶさ)かではない。

 王立学園には学生寮があり、そこから三年間通う事になる。それと従者を連れていけるというのでメイド長の指名によりキトリーが選ばれた。

 アルフィア専属の主治医は同行できないが王都には優秀な医療従事者が居るとの事なので現地調達する事になった。

 

(学生服や細々としたものを除けば行くだけだな)

 

 今まで領地の視察で馬車移動に問題は無かったが王都までとなると更に数日かかってしまう。

 体調に不安が無いわけではないが自分が学生として振舞う事に違和感がある。だが、子供の成りとして見ればおかしくはない。

 若返った、と思えは気は楽だが老成した精神では素直に受け止められない。

 もどかしく思う間もなく周りは(せわ)しなく彼女の入学準備に奔走し、気が付けば馬車に乗せられて出発を果たしていた。

 手慣れた従者に驚きつつ、ままならない人生に深くため息をつく。けれども、その表情は態度とは裏腹に何処か楽しげであった。

 

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