バルシャイン王国の王立学園は各地の貴族令息令嬢が十五歳になると三年間通わなければならない所である。
勉学よりも戦闘に力を入れているのはこの国が勇者と聖女によって興されたことに起因する。
成り行きで貴族令嬢となったアルフィア・クラネルは特に興味を覚えなかったが両親の命令なので仕方なく――という否定的な気持ちは無く、知らない国の事を知る良い機会だと前向きに考えて通う事を決意した。
病弱の身の上なので主治医を用意しなければならないのだが、細々とした手続きは執事のゾラとメイド長のクソアーヌに任せた。
問題があるとすれば数日にも渡る馬車移動だ。寝台用の一台を余分に追加しなければならない事に少なからず心を痛める。無駄な支出で申し訳ない、と。
領民の納める税が潤沢なお陰で薬が切れる事は無いそうだ。
道中モンスターではない野盗などに遭遇する事も無く、順調だった。ただ、馬車の揺れを軽減する為に学園に到着するまで十日ほどかかってしまった。
護衛の兵士たちの食事代などを尋ねると資金は潤沢です、としか答えない。――我が領地は意外と裕福なのか、と首を傾げる。
「……この調子では夏季休暇に戻る事も難しそうだな」
「お嬢様の為ですもの」
と、応えたのはメイドのキトリー。
歳若い平民の娘だ。見た目と性格は平凡だが着付けの手際は素晴らしい。
目的地である学園に到着してすぐに手続きに入る。学生寮に荷物を運び込み、長旅の疲れを癒すべくアルフィアは早速寝込んだ。その間にキトリーは王都の街に出向き主治医を探す。
数日は何人か侍従が待機しておりアルフィアを一人で放置する事は無い。
余裕をもって王都に到着したが手続きや新たな人選やらで入学式まで時間がひっ迫してきた。
学生服の採寸と常備薬の用意。それと途中で具合が悪くなってもいいように学園側に病状を伝え、いつでも量に戻れるよう手配する。ここまでアルフィアは何もせず彼らに任せていた。
(貴族令嬢という立場だが自分で何もしないというのは暇だな。ここには図書があるようだから、これからじっくりと時間を潰すこととしよう)
今度の人生ではまだ目標と呼べるものが見つかっていない。怠惰な生活を甘受しているが、いずれは領地経営に勤しむ所存だ。
かつて冒険者として名を馳せていたが平和な世の中に居る自分は酷く場違いな気がした。
楽な生活ではあるが何もしない、というのは存外退屈を覚える。
体調を整えて入学式に臨む日がやってきた。
まずは一通りの挨拶から。その後で各人のレベルを測定する流れとなっている。
虚弱体質のアルフィアはいつでも退席できるように壁際にメイドのキトリーが控えていた。
ざっと居並ぶ学生を見ると灰色や黒は僅かしか無い。他は魔法の属性に見合った色合いで――やはり黒髪は忌避されているらしく、恐れの混じった目で該当する学生を見ていた。
髪の色を除けば他と変わらない人間達の筈なのだが――アルフィアも黒髪の生徒を見た時は心臓が止まるかと思った。
それは黒い靄の塊に見えたからだ。身体から闇のオーラを放っているとしか思えず、顔も判別が出来ない。
誰もがその者を見ているので自分にしか見えない化け物ではなく生物ではあるらしい。
(……なんと禍々しい波動だ。あれが闇属性の生徒か。……適性が無い者が見たら普通の生徒に見えるのだろうな)
魔法の心得があるアルフィアから見ても闇属性の生徒は容易に視認できなかった。それとも自分も周りからはあの
そうと知らなければモンスターと思って攻撃していた可能性がある。
生徒の席に座ったので同期なんだろうけれど、凄い世界に来てしまったと少し後悔を覚えた。
その間も式は淡々と進んでいく。
生徒達は学園でモンスターと戦う意義を学び国を支える精神を養う。
この国では貴族が前に出て市民を守り、国を守る盾のような役割を担っている。各地にあるダンジョンの攻略も貴族の役目の一つ。
(貴族なら平民をこき使う気がするのだが……。どこか不自然だな。冒険者に置き換えればそれほど変でもないか……)
国の仕組みがそうなっているのであれば従うしかない。特に貴族は王命に従うのが義務のようなもの。
自分の両親も王命に従い何らかの仕事に従事していると信じたい。そういえば、と王都に居るのだから探してみようか、と。
学園長の長い話しが終わり、生徒達のレベル測定が始まる。
遠目で見た感じ、水晶の特殊な魔道具に触れると個人のレベルが分かる仕組みらしい。
(【
長時間待たされた事で胸が少し痛みだした。長生きしたいが、戦闘より健康に気を使うべきか、今度の人生設計についても学ぼうと決意する。
そして、生徒たちの名前が呼ばれ、次々とレベルが発表される。
ほぼ一桁。それが普通かと思っているとアルフィアの番になった。
立ち上がり壇上に向かう。まだ意識は保てている。
(この世界ではレベル7程度はそれほど強い部類ではないらしい)
覇気のない生徒がレベル5ということは相当低い数値という意味だ。
水晶に触れると一瞬光った。自分の目から見てもそれだけだった。
「クラネル辺境伯家長女、アルフィア・クラネル。レベル7」
(……そんなものか。そんなものなのだろうな)
特に感慨深くも無く、可もなく不可もなく。ただ、辺境伯というところで一部の生徒が騒ぎ出した。内容までは聞き取れないがいい噂であってほしい、と願った。
長く拘束されたのでそろそろ気分が悪くなってきた。
レベルの報告以外、特に何も言われなかったので自分の席に戻る。その間も次々と生徒達のレベルが測定され、ついに闇の化身が呼ばれた。
それは女だった。姿が確認できないので怪しんだが、魔法の才能が無い者から見れば中身がちゃんと見えるのだろう。少し羨ましい、と。
彼女が壇上に上がり、水晶に手を置くと一瞬だけ激しい光りが講堂内を照らした。
「ドルクネス伯爵家長女、ユミエラ・ドルクネス。レベル……99!?」
この時、悪いタイミングが重なったのか、胸の痛みとレベルの驚きで血を吐いた。
吐血癖があるのでいつもの事だが、何度か咳き込み、レベル99という部分が真なのかどうか耳を疑ったりと混乱が極まった。
魔道具の誤作動かと騒然となるが、世の中には凄い人物も居たものだと感心した。不思議と嫌悪感は湧かない。
アルフィアの異常に気付いた生徒が騒いだのでキトリーがすぐさま駆け付け、中途退場を余儀なくされた。
午後は王都から連れてきた主治医に診てもらい、二日ほど休むことになった。
長旅の疲れもあったのだろう。この少女の身体はひ弱で壊れやすい。大事に扱わなければ、と自身を労わるように抱き締める。
後日、メイドからユミエラ・ドルクネスのレベル99の続報について聞いた。どうやら間違いないそうで、生徒達からインチキ呼ばわりされているとか。
測定装置がそう判断したのだから合っているのか間違っているのか個人で調べられればいいのに、と思いながら今後の事を考える。
アルフィアのレベル7というのは生徒達の中では高い方らしい。レベル99の後だとありがたみが無くてがっかりした。
大事を取って三日間休学した後、初登校に臨んだ。事前に学園側には病弱の為に一日いっぱいの学業は難しくメイドの同伴が必要な事を伝えてある。
吐血で汚れた制服を取り換えて真新しい制服に袖を通す。このような事があると思い、結構な数の制服を用意していた。
午前は座学、午後は実技。
(キトリーに薬湯を探させよう)
テーブルマナーの一環として貴族は大抵紅茶を嗜む。だが、肺の病持ちであるアルフィアは薬の方が安心する。
王都にもクラネル家の邸宅がある。キトリー一人では心許ないのでその邸宅から応援を呼ぶことを許可しておいた。
最初は調子を見る為に一日いっぱいの授業を受けてみる事にして寮を出て学園に向かう。
若返った心境は十五年も経つと薄れるものと思っていたが若者に交じると新鮮な空気に期待が高まり、悪くないと思えた。
そこかしこで挨拶を交わす生徒の姿があるが灰色の髪は警戒されるのか、誰も挨拶してこない。それはそれで構わないのだが陰口を叩かれるのは気分が悪い。
周りを見渡すと黒、または灰色の髪の生徒は自分を含めて片手の指で足りるほど。
彼らの目から見ても
居心地は悪いが授業が始まれば生徒の視線も教師に向く筈だ、と。
午前の座学では遅れてきたアルフィアの挨拶を済ませた後、何も言及されず授業が始まった。――内容は一言で言えばつまらない。調子に乗って教わる内容の全てを学んでしまったらしい。目新しさが無い。
これは教師が悪いわけではなく、退屈を持てはやした自分の責任だ。
(ならば午後の実技に期待しよう。午前は無理に出なくてもいいだろう)
昼休憩までぼんやりした後、キトリーを伴い食堂に向かう。
この学園には食堂があり、専属の料理人が作っている。自領の邸宅でも領の自室でも一人で食べる食事は味気ない。特に
時折ふらつきキトリーに支えられながら食堂に向かうと多くの学生達の姿が見えた。
メニュー表があり、カウンターで注文し、出来上がったら学生自身がテーブルまで持って行くようだ。中には従者に運ばせている者も居る。
まずは空いている席を確保し、テーブルの上にあるメニュー表を眺める。ここから注文する者はおらず、自ら出向く必要があるようだ。
「サンドイッチとパンケーキになさいますか?」
「それとホットコーヒー、ミルクを添えて」
「了解いたしました」
育ち盛りの若者らしく腹に溜まる物を食べたいところだが、体力面が著しく低下しているので軽食が精々だ。
スープだけというのも味気ない。
無理して食べずとも部屋で夜食を用意してもらえばいい。そう考えながらキトリーの後姿を見送った。
周りに居るのはほぼ貴族の子息たち。顔なじみが無く、パーティーに行った時に会ったかどうかさえ定かではない。
そもそも貴族社会の振舞い方がよく分からない。親からは何も学べなかった。
(……十五年。私は何もしてこなかったな)
平和な領地でぬくぬくと療養していた。病弱な令嬢だからどうしようもないのだが――
それにもまして夢も希望も抱けなかったような気がした。
せっかくの第二の人生だというのに。
黄昏ていると黒い靄の塊が見えた。相変わらず凄まじい見た目をしている。他の生徒は人間の姿をしているのに。――キトリーに自分の見た目を尋ねたがちゃんと人間の姿に見えており、黒い奴は黒髪の女生徒だと答えた。
自分の目がおかしくなったのか、他の生徒を見てもやはり黒い奴だけは姿がぼやけたまま。
見た目こそ奇異だが授業の時や今も特別問題を起こしているわけではない。言いがかりをつけられることはあるようだが。
(いや待て。あれは何なんだ?)
と、他の生徒に尋ねても要領を得ないだろう。
奴の名はユミエラ・ドルクネス。女生徒でレベル99の異端児。圧倒的な存在感を醸し出す。
瞼を開けたら目が潰れるのではないかと思い、遠くから窺う事しかできない。
『才能の権化』などと言われていたアルフィアが『隻眼の黒竜』以外に恐怖を抱かせる相手がこの世に存在するとは、と驚いた。
「お待たせしました」
と、キトリーの声を聞くと現実に戻ってきたようで安心する。このメイドが居なければ何度倒れていた事か。
黒い塊に気を取られていると昼食が食べられないので、出来るだけ視界に入れないようにサンドイッチに手を付ける。
普通においしい。生きているからこそ味わえる。それを今更ながら思い出す。
現実逃避気味なのは自覚しているが、どうしようもない。また誰に言いがかりをつけられているようだが、関わると血を吐きそうなのでキトリーの顔で癒しを得る。
「キトリーも食べていいのだぞ」
貴族の食事の食べ残しを平民に下げ渡しとして与える風習があるが自分の裁量で彼女に注文を許可してある。
一応、アルフィアが食べたのを確認してから口にするようだが――
それほど多くは無いが全部食べられたことに満足する。
体調を窺いつつ午後の授業に臨む。
武器の扱い方や魔法の指導。実際に野外に出てモンスターを倒す訓練をするようだ。
大半の貴族は戦うよりパーティ類が大好きな生き物だ。自らを着飾ったり友達を増やして派閥を形成したりする。
魔王の脅威がある国の貴族として武器も嗜まなければならないのだが、大半が剣を持たずに育ったようで、訓練風景も実に
男子はその中で武器を振り回し、強さをアピールする。
「では、二人一組になって模擬戦を始めて下さい」
木剣をもってまずは戦え、といきなり言われた。
自領で訓練している事が前提のようだ。アルフィアは親から何も言われていなかったのでお抱えの騎士からも訓練の手ほどきを受けた事が無い。無くても別に困らないが、知ろうと目線で考えると無茶苦茶な事を言われた気がした。
メイドのキトリーが安全な場所で待機していたが何かあればすぐに駆け付けるように言ってある。何をするにも彼女の存在は大きい。
「まずはレベル99の君から」
指導員から指名を受けた黒い靄が開けた場所に歩み寄る。
木剣が張り付いているようにしか見えない。
相手をする者は名乗りを上げろと言われたのでアルフィアが手を上げた。
早めに相手の力量を計り、場合によれば即座に医務室に撤退する事も視野に入れる。
「アルフィア君。無理しないようにな」
「はい」
「では、両者、構えて」
アルフィアは木剣を下段に構え、黒い塊はどういう構えなのか分からないが剣は持っているようだ。
一応、女性ということだが近くに居るとより圧力が分かる。明らかに属性魔力が強すぎる。周りの反応からもこういう風に見えているのは自分だけのようだ。
開始の合図と共に身構える。まずは相手の出方を窺う。
(……ん? 即座に来ないのか。人物像がはっきりしないから攻めにくい)
軽く木剣を回すように下から振り上げ、一歩前に出る。ユミエラは一歩引き下がった。
こちらの動きが見えているようだ。であればもう少し攻め込んでみる。
刺突から振り上げ、振り下ろし。黒い靄にはかすりもしない。
単なる剣術では勝てないかもしれない。明らかに相手には余裕がある。それにもまして病弱だった身体のせいか、非常に疲れやすい。
振り抜くように、けれど力を入れず。大振りの攻撃もユミエラは余裕をもって躱した。
(……駄目だ。生前のような動きが取れない。……それにしても何だ、この黒い靄は……)
お遊戯のような動きに辟易しつつ果敢に攻め立てるもユミエラには何一つ通用しなかった。
自分の動きが想定以上に遅く
生前より弱体化している。魔法こそ使えるが、威力は低く魔力もきっと少なくなっている事だろう、と。
ここから挽回する事は無理だとして能力を上げるにはレベルアップしかない。では、それをどうやって
僅かな思索の
(……ん? 腕が……折れた?)
「お、お嬢様っ!?」
「……あ。……ご、ごめんなさい、今治します。ヒール」
「【
「?」
治癒魔法が消えた事にユミエラは首を傾げた。
アルフィアは精神年齢こそ高いが意外と子供っぽいところがある。つまり、嫌がらせだ。
怪我の痛みは甚大ではあるが耐えられない事は無い。その記憶を持つ彼女にとって懐かしいものではあるが、それでもやっぱりやせ我慢の域を出ず、涙目になってしまった。
普通の貴族令嬢であれば泣き叫んで無様に転がるところだ。だが、アルフィアは平静を装い、反撃の糸口を模索していた。勝てないまでも一撃くらいは、と。
のこのこ近づいてきたユミエラの服らしきものを無事な方の手で掴む。そうなればもう避けられまい、と考えて頭突きを敢行した。
「……やめてください」
迫りくる頭をユミエラは思わず振り払った。
彼女はこの時、意識していれば決してしなかった加減を間違えてしまった。
スパンと乾いた音と共に何かが飛んでいった。
ユミエラの服を掴む手はそのままに目の前で唐突に赤い血しぶきが発生した。そこで
レベル99の尋常ならざる攻撃はレベル7程度の女学生にとって致死率がとても高くなる。例えそれが蠅を振り払う程度の仕草だったとしても――
周りから悲鳴が上がった。キトリーはあまりの事に卒倒した。いや、他の生徒も同様に。
(……あ、ヤベ……)
うっかり同級生の首を弾き飛ばしてしまった。
レベル99になったせいか、結構な惨劇にも耐えられ、首なし死体が目の前にあっても取り乱すことなく、思考はとても穏やかだった。
まだ間に合うかな、と呑気に思いつつ即座に転がって行った首を拾い、戻るまでに数秒もかからなかった。――飛んでいった先に樹木や岩があれば当たって粉々に爆散していたかもしれない。
元の位置に首を合わせて治療魔法を唱えた。先ほど無効化されたがまた通じなかったら立派な殺人犯として捕縛されるか、学園を退学させられてしまう。それは何となく嫌だったので、少し本気を出す事にした。
闇属性でも治療魔法が使える。ただし、回復する時の絵面がとても気持ち悪いことを除けば他の属性の治療魔法と大差が無い。
アルフィアの首元の肉が盛り上がり、何とも不快な音を轟かせながら修復が始まった。
ここまで酷い怪我を治した経験は無く、ユミエラにとっても初めての事だった。腕なら再生させた経験があるが。
ついでに
周りはユミエラを恐れて近づけず、言葉もかけられない。
アルフィア以外には普通の黒髪の女学生に見えるが今は返り血でより近づきがたい様相となっていた。
(もう少し魔力を込めてみようか)
闇属性魔法を習得してから使い方を模索してきたが魔力を込めれば威力が上がる。至極、単純な法則だった。
強くなりすぎてここ最近は本気が出せなくなった。理由は目の前の結果を見れば語るべくもない。
見た目の悪さを除けば闇も一つの属性に過ぎず、他の魔法と大差が無い。
首の修復が済み、腕も傷痕一つない綺麗な肌になった。飛び散った血はどうしようもないが――
後は息を吹き返す事を祈るのみ。ここで迂闊に胸を叩けば肺か心臓が潰れてそのままお陀仏になるかもしれないのでしない。
(前と後ろは間違っていないな。……ここは保健室に運ぶべきか)
心音を確かめようと頭をアルフィアの胸に乗せる時、襟首を掴まれた。咄嗟に払おうとしたが惨劇を繰り返すまい、と強い意志で押しとどめた。
強靭な意志力を発揮したアルフィアが身体を震わせながら立ち上がろうとした。
「なべるぶぁ……」
口から血の混じった様々な物を吐き出しながら叫ぼうとし、そのまま意識を失って倒れ込んだ。――吐瀉物は目の前のユミエラにかかってしまった。どうしてか身体が動かず、避けられなかった。
突如息を吹き返した彼女にユミエラは茫然となった。
今まで出会ったことが無い強者の気配を確かに感じた。レベル99である自分が思わず、後ずさりしてしまったほどに。
単に怒られ慣れていなかっただけかもしれないが。
アルフィアが一旦復活したことで周りも我に返り、すぐさま彼女を保健室に運び込み、取り残されたユミエラは着替えの為に一人で寮に帰る事になった。
剣術の授業は当然、中止。魔法の授業は別の場所だが続けられる気がせず、結局中止となった。
翌日、メイドのキトリーに世話を受けつつ授業が、というよりユミエラがどうなったのか尋ねた。
「今、彼女の退学の手続きが進められております」
「……何故だ?」
「えっ? お嬢様を殺害……しようとしたじゃありませんか。誰の目に見てもあの方は危険です」
怒り心頭のキトリーには相当な現場に見えたのだろう。斬琉ながら首だけになっている時は既に意識が無くて何が起きているのか伺い知れなかった。
本当に一瞬の事だった。重さが無くなり、意識もほとんど残っていなかったのではないか、と。
それを魔法一つで現世に押し留めたのだからユミエラの能力はかなり高い事が窺える。
息を吹き返したからよかったものの折角転生したのにこんなところで死ぬのは間抜けだ、と自分の情けなさに腹を立てた。
「お前の意見は尤もだ。だが、あれほどの逸材を腐らせるのは勿体ない。私が強くなるにはユミエラが必要だ」
「……お嬢様は馬鹿です。私がどれだけ心配した事か……。治ったからよかったものの」
屋敷に居たメイドは誰もが自分に親身になって接してくれた。親が育児放棄しているのだから手を抜いてもおかしくない。
執事もメイド長も今から考えればアルフィアに恩など無いだろうに。逆に洗脳教育を施して財産をふんだくるくらいしても良さそうなものだ。
――信じられないが両親はそれほど信頼されている人物なのだろうか、と今更ながら思った。
首に包帯を巻き、学園は念のために三日ほど休学する旨を伝えた。
キトリーの機嫌を直さなければならないし、故郷で待つ執事達に無事も伝えなければならない。まさかとは思うが私設軍を率いてドルクネス領に押しかけるのではないか、と危惧してしまった。
黙って休んでいるのも退屈なのでメイドが席を外している間、筋力を鍛えるトレーニングをしたり、発声練習に励んだ。
お陰様で声帯に異常は無く、皮膚を突き破った腕の怪我も綺麗に治っていた。
(この世界の魔法は凄いな。……代わりに私はとても惨めになった。もっと精進せねば……)
この世に生を受けて十五年。少し怠惰な生活を送り過ぎた。
座学より実戦に重きを置かなければならないと決意する。その為にはレベルを上げる方法を学ぶのが早道だ。
まずはじっくりと寮で静養し、次への活力を養う。
二日後の午後に黒い靄が面会に来たがキトリーが追い払ってしまった。事後報告で知った時、呼び戻せと言う暇が無かった。代わりに次に来た時は入れるように強めに指示した。
三日目は何故か学園長が急に辞任し、新しい学園長が就任した。詳しい事はキトリーも分からないようだった。
休養期間にクラスではユミエラを巡って色々と問題が勃発していたらしい。人伝なので正確な事はキトリーも分からないらしいが、凄惨な事件は起きていないそうだ。
「お嬢様。クラスメイトの皆様からお見舞いの花束を戴きました。窓辺に飾っておきますね」
「……ああ。……綺麗な花が多いな」
「後で種を購入してお屋敷の庭で育ててみましょうか?」
ならば、庭師に種を送っておけと伝えた。
植物に関して注目してきたのは主に薬効成分だ。観賞用として見る事は今まで無かった気がする、と。
虚弱な我が身を憂い、心に余裕が無かったせいかもしれない。子供の内から静養してきて自由な活動は今までしてきただろうか、と今更ながら自問する。
(……そうだ)
親からの愛情は無く。不自由な静養生活。無為な時間を過ごしてきた。
これらの何処に子供らしさがあったのか。
興味もない貴族のパーティに参加し、結局得るものなど何もなかったというのに。
いや、キトリーのような親身になってくれる従者が居た。領民が居た。何も無いわけではない。
「卒業したら領地を発展させる手伝いがしたいな」
「モンスターの脅威はどうなさいますか?」
「もちろん、撃滅する。戦いは好きではないが苦手というほどでもない」
目標が無いよりあった方が生きる活力になる。
充分に休息した後、学園に向けて歩み出した。
治療魔法の効果か、呼吸が随分と楽になった。一応、首元には包帯を巻いている。
意識が朦朧とするような事は勘弁願いたいが、折角の人生を容易に終わらせたくない。
新しい制服に袖を通し、寮を出て学園にある自分のクラスまで特に引き留められるような事は無く、陰口も聞こえてこない。
今日は午後の授業に間に合うように遅れて出発した。座学は今のところ必要ないと判断した為だ。
席に着いてから心配したクラスメイト達が駆け寄り、労いの言葉をかけてくる。それに対し、丁寧に返礼していく。
(……私も食堂に行こうか。若者が集まると自分も若返ったような気になる。……実際、若い肉体だが)
友人を作る気が無かったのでクラスメイトの大半は覚えが無く、顔と名前が全く一致しない。三年も経てば顔も見なくなる相手だ、と思っていたせいかもしれない。
少しは彼らの事を気に掛けるべきか、と反省する。
教室を出て
たかが三日程度で完治するわけが無いのだが驚異的な魔法の力に今更ながら驚く。
食堂に到着すると目立つ黒い靄が視界に映る。無理して話したい相手ではないがまずは空いている席に座り、昼食を取ることにした。
「温かいスープがいいな」
「畏まりました」
キトリーの分の注文もしてくるように言いつけ、他の生徒達の様子を窺う。
灰色の髪は黒髪と同様に目立つ存在だ。アルフィアがどこに居ても注目される。
今回は剣術の授業で凄惨な事件が発生した。そのせいでより悪目立ちしてしまったわけだが、忌避から安心へと彼らの表情が変化していた。
まだ入学して数日程度だが印象が悪いままというのは気分が悪い。
(表だって接触してくる者はいないか。貴族なら人脈作りに色々と接触があると思ったのだが……)
そもそも自分から寄らないのに人様の都合に頼るのもおかしな話しだ、と思わないでもない。
クラネル家として接触を求めたい相手や派閥の情報がそもそも無い。キトリーもその辺りの事は知らないようだし、指令書でも来ればそれなりに頑張るところだが。
少し悩んでいるとキトリーが食事を持ってきた。考える事はたくさんあるが、まずは生きている事に感謝する所からだ。