静寂の物語   作:トラロック

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03 ユミエラ・ドルクネス

 王都の学園に入学して間もなく死にかけたアルフィア・クラネルは首の調子を窺いながらスープを飲む。まともな食事を摂るのが少し()()()()

 精神年齢こそ高いが外見は十五の小娘。最近は年相応に振舞おうと心掛けている。

 折角の第二の人生だ。前世はあくまで知識を引き出す手段とする。

 

「……ところで私の小遣いはどうなっている? 聞きそびれていたが……」

「私が預かっております。……色々ありまして報告が遅れて申し訳ありません」

 

 実家のクラネル領からメイドを含めて月ごとの小遣いが送られる事になっているらしい。ただ、服飾代は別に支給されるのだとか。

 学園に居る限り自分で使う機会が無いのでメイド任せになるが、身銭を切るほど切迫していては目も当てられない。

 贅沢をする気は無いが今の自分は貴族だ。何に金がかかるか分かったものではない。余計な出費が無いに越したことはない。

 

「……親が何も教えてくれないから私が色々と気を回さないといけない。……本当に父上と母上は本当に実在しているのか、心配になってくるな」

 

 クラネル辺境伯の地位は()()学園側にも認知されているので居ない筈はないが見えない相手となると不安ばかりが募る。

 十五歳で一人娘のアルフィアとしては一家団欒を希望したい。これでも家族を大切にする方だ。

 

(……それとクラスメイトの顔と名前を全く覚えられない。唯一がユミエラ・ドルクネスだ)

 

 他にも有名どころが居た気がするが、ユミエラの存在感が凄すぎて記憶に留められなかった。

 今も遠く離れた席で食事を摂っているのだが――近づき難い雰囲気はアルフィアも感じていた。

 黒髪がどうとかいう問題ではない。何なんだ、あれは。という感想ばかり。

 キトリーと共に悶々と唸っていると(くだん)の黒い靄の化身たるユミエラが近づいてきた。すぐにキトリーが間に立ち塞がった。

 

「……あの、殺しかけてごめんなさい」

(……いや、誰が見ても殺人ですよ!)

 

 キトリーは怒りの形相でユミエラを睨んだ。

 存在感は凄いが声はとても控えめだ。おどろおどろしい声色ではなく普通の女性のものだった。

 もし、靄が無ければ頭を下げている様子が伺えるのだろうが、どんな仕草なのか全く分からない。

 

(……首が飛んだと聞いたが。一瞬の事だったし、あまり覚えていない)

 

 腕が折れた事は覚えている。傷跡が綺麗さっぱり無くなっていたので夢でも見ていたのか、と疑ったものだ。

 首は僅かな違和感がある程度。

 本当なら笑って済ませられるような事ではないが、こうして無事に生きているだけで満足だった。だが、罰は必要なのだろう。これでも辺境伯の令嬢だ。貴族として何か言わなければならない――気がするのだが何を言えばいいのか何も思いつかない。

 親から貴族らしさを学ばなかったし、あくまで家庭教師や書物の知識だけだ。

 

(首を飛ばしておいて過ぎた事と言うのは無理があるな。……私自身も良く分からん)

「……謝罪は受け入れよう。……で、それで終わりにするには都合が悪いな」

「……ん」

「レベル99の秘密を教えてもらおうか。……私も鍛錬は欠かさなかったが、同い年でその強さはどうにも信じがたい」

 

 病弱な事もあり、隔離生活の様な毎日だったが鍛錬自体は出来た。それでもレベル99に比べると赤子と竜ほどの差がある。

 かつて強さに自身があったアルフィアからすれば受け入れがたい屈辱だった。

 

「……そんな事でいいのなら」

 

 と、黒い靄は対面の席に座り、レベル上げについて語り出した。メイドのキトリーに飲み物の追加を頼んでおいた。

 ユミエラは幼い時から魔法の練習とモンスターの討伐を繰り返し、自領にある闇属性のダンジョンに籠って只管(ひたすら)モンスターと戦っていた。

 モンスターを倒した時に出るドロップ品を売って有効なアイテムを購入したりしてきた、と熱意を込めて語った。

 

(……『成長の護符』と『魔物呼びの笛』……、そんなものがあるのか。深窓の令嬢では真似できない所業の数々だな。うちの領地にも冒険者に必要なアイテムの売店とかあるのか?)

 

 特殊なアイテムを使用しているとはいえレベル上げの基本はモンスター退治。それもダンジョンの中が効率が良いとか。――『周回』という単語がいまいち理解できなかったけれど。

 

invictus

 

 『成長の護符』は獲得経験値が二倍になり、『魔物呼びの笛』はその名の通りモンスターを誘き寄せるアイテムだ。

 肺病の治療に専念していたアルフィアはその辺りの知識が無く、自由闊達に動けるユミエラが羨ましくなった。

 本人の並々ならぬ努力がレベル99へと至らせたことは理解した。

 

「……本題だが……。お前の身体を覆う黒い靄みたいなのはなんだ? どうにかできないのか? 顔が全く見えなくて人間かどうかすら判断がつかん」

「?」

 

 ユミエラは小首をかしげる。

 詳しく説明すると自分の身体が黒い靄に包まれているとは分からなかったらしい。どうやら、本人にも見えていない。

 属性の相性によって見えるがどうか変わるようだ。似たような事をクラスメイトのアリシア・エンライトも言っていたという。彼女(アリシア)は光属性だとか。

 

「……なんとか頑張ってみる」

 

 平坦な喋り方だがキトリーから見ると全くの無表情に見えるそうだ。

 腰にかかるほどの黒髪に黒目。

 アシリアはピンクブロンドの美しい髪だが庶民の出で、希少な光魔法の使い手という事で特別に入学の許可が降りた。

 戻ってきたキトリーがアルフィアとユミエラに飲み物を勧める。ただ、機嫌は治らないまま。

 

(私も光属性の一種か? 回復魔法は使えそうにないが……)

 

 何気なく黒い靄に触れると痺れる感覚があった。属性によって反発を受けているような感じだ。

 肌に感じるほどユミエラの属性が強すぎるのだろうと推測する。

 ユミエラの話しを聞いていると数人の男子生徒が近づいてきた。どれも同じクラスの生徒達だ。だが、数回しか授業に出ていないアルフィアは彼らの事が全く分からなかった。

 

(……そういえば、この人ゲームに出てなかった筈だ)

 

 ユミエラはアルフィアを見て()()()()()()事に疑問を抱いた。

 この世界についてある程度の知識を持つユミエラもまた転生者だ。

 ここは『乙女ゲーム』の『光の魔法と勇者様』の世界そのものであると目覚めたばかりの彼女は早々に理解した。そして、それゆえに攻略法も熟知しており、レベル上げに邁進した。

 元々やり込みが好きで珍しいアイテムがあれば役に立たなくとも手に入れたくなるコレクター気質だった。

 ゲームに出てくる主要な人物についての知識もあるが、アルフィアの事は全く記憶にない。

 先に名が出たアリシアが本来の主人公(ヒロイン)で攻略対象と共に魔王を倒すのが目的だ。

 このゲームでのユミエラは悪役令嬢でヒロインの敵として登場し、後の隠しシナリオにおいては裏ボスとして主人公たちの前に立ちはだかる。――もちろん、それを分かった上でユミエラは行動してきた。

 

invictus

 

 アルフィアの側に来た、というよりユミエラに会いに来たと言った方が正確か。

 現れた人物たちは正にゲームでの攻略対象達だ。

 一人は赤い髪のウィリアム・アレス。勇者パーティでは剣士だった。

 もう一人は四属性を操る魔法使いで眼鏡をかけた青髪のオズワルド・グリムザード。

 三人目はバルシャイン王国第二王子で金髪のエドウィン・バルシャイン。

 

(……なんだこいつら)

 

 アルフィアの印象では小生意気な若造が現われた、だった。見るからに覇気が無く、上から見る目が気に入らなかった。

 ユミエラは普通に挨拶したようだが殿下と聞いて胡散臭そうな顔でエドウィンを見る。

 前世であれば軽く撫でただけで逃げ帰りそうなほど強そうには見えなかった。今は弱体化しているので今のアルフィアでは勝てない可能性があるが。

 

「アルフィア嬢に何をする気だ」

 

 いきなり敵意むき出しで金髪のエドウィンは言い放つ。

 レベル上げの話しをしていたせいか、アルフィアからすれば唐突にやってきての言いがかり。何をするも何も見て分からないのか、小僧と言いそうになった。

 確かに見た目は黒い靄だ。近づくとよく分からないが気分が悪い。――それだけの存在なのだ。戦闘では尋常ならざる力を行使したが。

 

「……えっと、見てわかりませんか? 女の子同士の会話ですよ」

(……女の子? ……ああ、確かに今の私は()()()女学生だったな)

 

 前世の記憶を保持しているので実年齢に実感が湧かないがこの世界に生まれて十五年ほどの貴族令嬢だった、と今更ながら思い至る。

 出会いこそかなりぶっ飛んだものだったが――と和やかな雰囲気になりそうだが、アルフィアは思い出す。

 腕をへし折り、首を吹き飛ばす危険人物がすぐ目の前に居る事を。

 

「………」

(……普通の女の子、ではないな)

 

 少し眉根を寄せてユミエラを見据える。

 男子三人による言いがかりで周りの生徒達も陰口を囁きだす。黒髪を忌避しているだけあり、聞くに堪えない。中には灰色の髪についても言及していた。

 ただ、ユミエラが闇属性の魔法使いなのは事実だがアルフィアは違うはずだ、と。

 そもそも何属性に当たるのか、本人もよく分かっていない。

 そこで言い合いをしている間で手を上げてみた。

 

「むっ? ど、どうしたアルフィア嬢」

「魔法の属性を調べるにはどうすればいい? 私は自分の属性が良く分かっていない。教科書にも類似の魔法が記載されていないようで」

 

 魔法の属性は火、水、風、土の基本四属性に光と闇を加えた六属性が知られている。それ以外というのは学生には知られていない。

 自宅にあった魔法書を読んで色々と試したが基本属性はほぼ扱えなかった。レベルが低い事もあったかもしれない。

 これから午後の魔法の実技で習うのかもしれないが一応、尋ねてみた。

 

「適性があるかどうかは実際に魔法を使えばいい」

(……なんだ、その頭の悪い答えは)

「魔法はイメージです。適性があれば何らかの形で出ますよ」

(魔法の属性について尋ねた筈だが……。どうして私が魔法を使えない事になっている?)

 

 と、ユミエラが言いいアルフィアは首を傾げた。

 とにかく、魔法を出してからが本番ということか。全く役に立たない答えに辟易する。

 それとは別に黒い靄がユミエラで固定されて平気になってきた。――気持ち的にだが。

 

「……そりよりお嬢様。スープしか召し上がっておりません」

「……すまないな。あまり食欲が湧かないんだ」

 

 結構な出血を伴ったので肉料理を食べた方がいいのは分かっている。だが、食指が動かない。

 病弱だったこともあり、薬こそ飲んでいるが食事量は元々多くない。

 キトリーがアルフィアの体調を(おもんぱか)り、少々強引にエドウィン達に退席する旨を伝えた。

 

invictus

 

 魔法の実習は参加したかったが体調が万全とは言えないし、キトリーが涙目で見つめて来るので見学ならと提案したが首を横に振られた。

 アルフィアは意識をすぐに失ったので実感はないが、相当ひどい現場を目撃してしまった彼女(キトリー)からすれば数か月ほどの休学してもらいたい気持ちかあった。

 家族のように親身になってくれるメイドのキトリーの(げん)はさすがに無視できるものではなかったので折れる事にした。

 学園生活はまだ続くので焦る必要は無いか、と寮の自室に戻って手厚い看病を受けた。

 首の包帯は三日ほどで取り、薬と食事による療養の後に再登校に臨んだ。その間、実家に居る執事達に向けて手紙を送ったり食料や急な誘いを受けてもいいように新しいドレスの案を送ったりと充実した生活を送った。

 数日振りの学園だが大きな動きは無く、普段通り――灰色の髪を忌避する動きはいつも通り――に教室に向かった。途中、通りすがりに頬をぶたれた。

 

「?」

「貴女はエド様に相応しくない!」

 

 と、捨て台詞を吐いて去っていく女子生徒は別の教室に入った。

 今のやり取りでより一層陰口と蔑む視線が増えた。

 メイドのキトリーは授業終わりの食堂で落ち合う事になっていたので今は居ない。

 

「貴女がユミエラ・ドルクネスさんね」

 

 背後からそのような声が聞こえた。しかし、肝心のユミエラの姿は無い。

 無視して教室に向かおうとすると背後から肩を掴まれた。

 どうやら声をかけたのは自分(アルフィア)であり、ユミエラだと思われている。

 

(……今日は一体全体何なんだ?)

 

 属性差別が貴族の中で根強く蔓延っている事は理解していた。招待されるパーティでも割と疎外感があった。それでも直接的な行動に出るのは滅多に居ない。

 自領の民衆しか知らないが彼らは領主の娘ということで割り合い好ましいと思ってくれているようだ。――不満が出ないように気を配ってきたけれど全く無いとは言わない。

 人違いだが一応振り向いておく。すると、そこには腰に手を当てて自慢に満ちた貴族令嬢――というか学園には庶民のアリシアを除いて貴族令息令嬢しか居ない――が居た。

 金色の長髪を見事に巻いた貴族然とした彼女はバルシャイン王国における過激派の筆頭ヒルローズ侯爵の令嬢エレノーラという。

 有名人らしいがアルフィアは知らない。

 

「今すぐエドウィン様から手を引きなさい」

(……第二王子の事か。自分の事じゃないのに……、自分の事だとしても腹が立つ)

 

 人が下手――大人しくしていればつけ上がるのが貴族のやり方か、理不尽に対してアルフィアはそれ相応の対処をしてきた。それは転生後の今は控えていたというのに。

 いくら学生とはいえ笑ってすますほど人が出来ていない。

 ゆえに孤高の女王は一言告げる。

 

 黙れ。

 

 それは人の口から出るには底冷えのする冷淡な物言いだった。

 レベルこそ低いが人生経験は()()()長い。ヒルローズの三倍ほどだが。

 

「口を閉じろ。そして、沈黙の(ぼく)となれ。貴様らの煩わしい雑音は(すこぶ)る気に障る」

 

 一色触発の緊張感が現場を支配する。

 しかし、タイミングよく予鈴が成り、駆け足で掛ける生徒の姿が見えた。

 話す事は無いとアルフィアは(きびす)を返し、教室に向かった。

 一方的に立ち去った彼女の後姿をエレノーラはキラキラした目で見つめた。

 

invictus

 

 教室に入ったアルフィアはまっすぐ黒い靄が座る席に向かった。

 今日も彼女は欠席せずに(たたず)んでいた。――全体像がはっきりしないがちゃんと座っていると思われる。

 

「……お前、私に何か言わなければならない事は無いか?」

 

 いつもの目蓋を閉じた(かんばせ)に玲瓏たる声色でユミエラに話しかけた。

 彼女は一度、アルフィアを見た後、ゆっくりと顔を逸らす。

 その後、教師が来てもアルフィアは立ち去らず彼女が答えるまで立ち続けた。

 

「アルフィア・クラネル。席に着きなさい」

「……少し黙れ」

 

 振り向かずアルフィアは淡々とした口調で言った。

 レベル99の彼女はこちらの攻撃を全て躱すほど身体能力が高い。それでも抵抗するならば周りを巻き添えにしてでも口を開かせる所存だ。

 相手が強かろうと関係ない。

 

(……どうしよう。つい咄嗟に偽名を名乗ったことがバレている)

 

 エドウィンが何かと食って掛かる現場を見た女生徒達から付き合っているだの婚約しているだのの噂が広まり、それらを追い払うために自分はユミエラではないと言ってしまった。その時名乗った名がアルフィアだ。

 そして、今日――おそらく本人が何かしら言われたのだと推測できる。というか頬が赤いので誰かに叩かれたのかもしれない。

 レベル99の視力と聴力は既に常人の域を遥かに超えている。

 ユミエラと声を掛けられたのならば犯人は自ずと限定される。何という推理力、とユミエラは下らない事を考えていた。

 時間が止まった空間に一人の救い主が現われた。金髪のエドウィンだ。

 

「席に着くんだ、アルフィア嬢」

「………」

 

 チラリとエドウィンを見てユミエラに視線を戻した後、軽く嘆息してから第二王子の席に向かった。

 彼の隣には取り巻きの一人である赤い髪のウィリアムが居たが『退()け』とただ一言告げて別の席に移動してもらった。

 空いた席に当然のようにアルフィアは座り、隣りのエドウィンに顔を向ける。

 教室内が静寂に包まれた。

 

「き、君の席は向こうでは?」

「私はユミエラ・ドルクネス。第二王子エドウィンの婚約者、なのだろう。ここに座って何か問題でもあるのか?」

 

 今の言葉で本物のユミエラの机が突然粉々になった。どうやら頭突きで破壊したらしい。

 婚約者発言で女生徒の一部が黄色い悲鳴。残りは本当の悲鳴を上げる。

 戸惑うエドウィンの腕に自分の腕を絡め、授業を始めて下さい、と割合丁寧な物言いで告げた。

 

「……あ、いや。婚約者は君ではないと思うのだが……」

「王命ならば従うのが貴族の義務だ。私としては不本意だが、そういうことならば私、ユミエラに拒否する権利はない」

「……王命も無いのだが……」

 

 アルフィアは精神年齢が高い分、学生であるエドウィンと腕組し、自身の発育した胸が彼の腕に押し付けても問題ない。

 好きでもなければ嫌いでもない。これはただの嫌がらせだ。その為なら身体を張る事も辞さないだけ。

 

invictus

 

 机が無くなったユミエラは黙ってアルフィアの前に赴き、その場で平伏して敗北宣言した。私が悪うございました、と素直さを見せる。

 頭でも踏めば溜飲が下がるかと思ったが子供のしたことにいちいち、と思ったところで自分が小娘だと気づいた。だが、足は動かさなかった。

 ユミエラが第二王子と婚約者になっている事については全く知らないが、とばっちりを受ける方としては腹立たしい限りだ。

 エドウィンから離れてユミエラの頭を軽く拳で殴ってから自分の席に着いた。言葉はあえてかけなかった。何だか下らない事で腹を立てたので馬鹿らしくなった。

 教室の中が静まったがアルフィアが戻った事で教師は咳払いし、ユミエラに自分の席に戻るように言いつける。無くした机はユミエラの闇属性魔法により代替品が創造された。

 穏やかに午前の座学を終えた後、アルフィアは食堂に向かった。

 

(……そうだ、キトリーに護符とか買えないか聞かなければ……)

 

 それとレベル上げに必要なダンジョンについての知識も、だ。

 ユミエラからレベル上げに思考を切り替え、食堂に向かうとキトリーの元気な声が聞こえてきた。

 席を確保してくれた彼女の下に向かい、いくつか注文を任せた。

 食欲はまだ戻らないが軽食程度は食べられる。

 

「お嬢様、こちら薬湯をお試しください」

「……寮で出せばよかっただろうに」

「昼食にお飲み頂きたかったので」

 

 独特の濁りと草の匂いが漂ってきた。

 複数の薬草を煮詰めて飲みやすくしたものだが、味気ない薬よりは口当たりも良く美味しい。先ほどまでの不満が解消されていくようだ。

 それと肉を挟んだサンドイッチを差し出してきた。

 気が利くメイドに感謝しつつ忘れないうちにアイテムについて要望しておいた。余程高額であれば無理して手に入れる必要は無いと告げて。

 今日は魔法の実技があるので、少し楽しみにしていた。また生徒同士で戦え、というものでもないかぎり大丈夫の筈だと期待しながら。

 昼食を終えた後、アルフィアと生徒達は野外に出て訓練場を目指す。念のためにキトリーにも付いてきてもらった。――前回が酷い内容だったので彼女を寮に置くのは得策ではない。

 魔法の授業は基本的に生徒達に魔法を使わせるだけ。

 理屈など無視している所が実に手抜きっぽい。

 もう少し専門的な知識を学ぶものと思っていただけに酷く失望した。実戦を通じて学ぶとしても学業としてどうなのか、と。

 少なくとも前世では魔法が発現すると使い方を神から学ぶ。それ後は冒険者の次第だが、いきなりやれと言うのは冒険者の方だ。

 

(どの生徒も射出型だな。範囲型の魔法は見当たらない)

 

 モンスターを倒す属性魔法だからか、大抵の生徒は(てのひら)から発射する。

 癒しの魔法は相手に触れるか近くに居る必要がある。ユミエラもその例に漏れず。

 モンスター相手には有効かもしれないが直線的で隙が多い。

 (まと)を前に一向に魔法を使わないアルフィアを不思議に思ったのか、担当教師の魔導士が駆け寄ってきた。

 今日はそれぞれ見た目に分かりやすい格好をしている。魔法なら魔導士。剣術であれば軽戦士の。

 

「私の魔法は範囲魔法だから周りを巻き込む。だから、どうしたものかと……」

「……なるほど。一応、魔法は使えるのですね。なら、的を移動させましょう」

 

 教師は護衛騎士に的の移動を命じた。力仕事はだいたい彼らに任せる。ここに居るのはアリシアを除けば貴族ばかり。

 他の生徒を巻き込まない位置に移動させられた的に改めて向き合う。

 基本の四属性とは違う魔法の使い手はバルシャイン王国でも知られていない。アルフィアも属性について知りたいと思っていたのにおざなりにされて少し不満だった。

 

(……ああ。子供らの前で披露するような魔法ではなかったな。……本来、私達の魔法はモンスターや敵に向けて放つものだ。……決して見世物ではない)

 

 神より賜りし魔法の技術は冒険者のもの。その研鑽も己で磨かねばならず、大勢の生徒の前と共に、というのは経験が無かった。決して悪いわけではない。

 気恥ずかしいだけだ。本当に童心に帰ったかのように。

 

「……ああ、そうだ。忘れていた。お前達、耳は守っておけ。私の魔法はとても……煩わしいぞ?」

 

 宣言してすぐに放つわけではなく、一応彼らの安全確認をした。

 自分で耳を守る仕草を見せて、守れた者には頷きを。無視した者には何もせず。

 それから超短文詠唱であり、この世界でも行使できた魔法を披露する。

 

福音(ゴスペル)

 

 音響による広範囲攻撃魔法が放たれた。

 風が舞うように凶悪な音の凶器が無差別に荒れ狂う。

 耳を守っていた生徒はその様子が良く見え、言いつけを守らなかった者は唐突の大音響に悶え苦しむ。

 対人戦においてこの魔法はかなり効果を表すが無機物に対しては純粋な破壊行為しか(おこな)えない。――それでも攻撃力としては結構高い方だが。

 今はレベルが低いせいで頑強な(まと)にかすり傷しか付けられなかった。

 

(……ついでだ。これも試しておこう)

炸響(ルギオ)

 

 通常は魔法を行使した後に『魔素(まそ)』が舞い散る。それを爆散鍵(スペルキー)を用いて霧散させる。

 アルフィアはこの魔素を追加の爆撃に利用する事が出来る。

 この世界に魔法がある事から豊富な魔力、または魔素が大気に満ちているところからもしやと思ったまでだ。――魔素の全てを爆弾に変えるわけではないから生徒達に危害が及ばないように意識して調節してある。

 アルフィアの二度目の行使により、的の周囲に小さな爆発が生じた。今の自分にはそれくらいが精々のようだったが一応、満足した。

 

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