静寂の物語   作:トラロック

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05 沈黙の魔女

 意識を失う前、身体がぐちゃぐちゃになる感覚というか痛みに悶絶した事は鮮明に覚えている。

 どうせなら意識が無いうちに済ませてもらいたかったが致し方ない。乱暴な方法しか思いつかなかった自分達が悪い。

 意識が覚醒した時、全てが解消していた。気持ち的にはそれだけだった。

 命を大事にしようとして結局粗末に扱うのは如何(いかが)なものか、と自分でも思う。

 これも試練だと思い、遠くに居る(メーテリア)に思いを馳せる。

 

(もしまた生まれ変わ、れるなら……、お前と一緒が良いな)

 

 そんなことを思いつつ上体を起こす。既に眠気が解消されていて、もう一度眠る気になれなかった。

 多少、痛みが全身に残っているが呼吸は幾分か楽になったように思う。

 姿鏡に裸体を映せば目立った傷跡は無く、体型に歪な部分も無さそう。髪の毛は酷い事になっていたが寝相が悪かったと思って諦める。

 二度とユミエラ・ドルクネスに頼み事はしたくない、と今ならば言えそう。

 

(だが、彼女に感謝せねばな。病気が完治していなくとも尽力してくれたのだから)

 

 灰色の髪のアルフィア・クラネルはこの世界に転生したからには人生を楽しみたいと思った。

 行き止まりの人生は過ぎ去った。多少の後悔はあるものの学生気分はそんなに悪くない。

 改めて今後の道筋に光明が差したことに満足する。

 衣服を整えた後、部屋に置いてある呼び鈴を鳴らしてメイドを呼ぶ。

 貴族令嬢としてある程度の世話を彼らに任せるのも随分と慣れた。自分で出来る事だとしても彼らは仕事として請け負っている。ならばそれを尊重しなければならない。

 

「お嬢様。お加減は如何ですか?」

「悪くない。少なくとも昨日よりは、な。ユミエラ嬢はまだ居るのか?」

「はい」

「酷い有様になってしまったが……、手を貸してくれたのだ。丁重に扱え」

 

 少し微笑んだアルフィアに意見を言えるメイドは居らず、黙って首肯するのみ。多少なりとも文句を言いたい気持ちがあったが主が喜んでいるのであれば邪魔するのは野暮というもの。

 従者達は普段通りに礼をしてからすぐさま客人対応に務める。

 メイド達が退出した後、姿鏡を見ながら貴族らしい振る舞いの練習を開始する。代理とはいえ今は辺境伯だ。客人に対してそれ相応の対応をするのが礼儀というもの。

 元冒険者であった自分には似つかわしくない()()()()()姿()に思わず苦笑が漏れる。

 

invictus

 

 貴族として、というよりかは毅然とした態度であれば充分だろうと思い至り、いつもの調子で客間に待たせているユミエラに挨拶した。

 ただ、黒い靄はいつも通りだった。これは自分の体調とは関係ないようで少し残念に思う。本当の彼女はどのような令嬢なのか――

 昨日の今日なので大した話題はないが最初に礼を述べておく。

 

「劇的に変化したかと言われれば……答えにくいが概ね悪くない、といったところだ」

「そうですか」

「うちの従者が迷惑を掛けなかったか? 一応、強めに言い含めておいたのだが」

「大丈夫です。多少、睨まれた程度です」

 

 目覚めたばかりのアルフィアが普通に対応してきたのでユミエラは素直に答えた。すぐにすみません、と小声で謝罪する。

 対するアルフィアも構わないと穏やかな口調で返答した。

 王立学園ではあまり良い関係とは言えなかったが悪いとも言えない。単なるクラスメートという意識しかなかった。

 改めて対面しているこの状況を考えると友達の家に遊びに来た友人ということで良いのか、と。であれば彼女を友人と見た方が――ということをお互いが脳内に浮かべた。

 はっきりと友人かと言われれば否のような応のような、実に曖昧な気持ちだった。

 

「宿泊してもらってしまったが急ぎの用があったりするのか? もしそうなら……」

「いえ、暇していたので大丈夫です」

「そうか」

 

 (はた)から見れば同年代の女の子同士の会話だ。この簡単な事が今までアルフィアにとっても嫌われ者の()()()()()()()()()のユミエラにとっても難しい問題だった。

 話しかけられれば答えるが自分から友達を作ろうと行動したことが無い。寧ろ、煩わしいとさえ思っていた。

 アルフィアは体調面の問題があり、他の生徒と触れ合わなかっただけで追い払う気持ちは元々なかった。事実、付き添いのメイドであったキトリーに黙れ、と命令したことは無い。

 

「礼に関しては考えておこう。まだ主治医に確認してもらっていないからな」

「別に礼なんて……」

「それよりせっかく来てくれたのだ。今まで聞けなかったがダンジョンについて教えてもらえないだろうか。ユミエラ嬢は魔獣退治にいたく興味があるようだからな。……いや、レベルアップ、だったか?」

 

 普段の話題を全く用意していなかったし、頭に無かったのですぐに出せる話題は戦闘関係だった。その中でも自分に必要な事といえば、という事で出てきたのがダンジョンだった。

 元冒険者として興味があるものはこれくらいだ。

 そう思って話題を振ったらいつも以上に明るく元気に説明を始めた。一部は感心しながら聞いていたが熱心さに少しずつ気圧(けお)されてきた。

 いくつけのダンジョンでどのように魔獣を倒したり、お宝と呼ばれるドロップアイテムや冒険者ギルド、換金など。とにかく黙っていても情報が次々と出てきた。

 ある程度の知識を持っていたので大半は理解できたと思う。

 

「属性不明の私でも強くなれるだろうか? 聞けば大半は得意属性のダンジョンに潜ると良いそうだが……」

「それもありますが、強い魔獣を一人で倒す事が大事です。私が手伝った場合、大して経験値が得られないので」

(パーティ戦より一人で戦う方が効率的ということか。病弱な私には荷が重いな)

 

 元気になったからといってすぐにダンジョンに行けるわけではない。

 目下の目標は体力づくり。魔獣討伐はその後になる。

 ユミエラほどの執着は無いにしても弱いままというのはアルフィアの矜持が許さない。倒さなければならない明確な敵は存在しないが守られてばかりというのは面白くない。

 

invictus

 

 気持ち的には元気になったと思う。しかし、すぐに戦闘を始められるわけでもなく、まずは医者から色々と話しを聞かなければならない。

 ユミエラには領内の視察を提示するだけに留め、長居させる予定もないのでそのまま帰ってもらっても良いことにした。ただ、土産が無いので学園に復学するまでに考えておく事を約束する。

 客人が居なくなった後、代官が(おこな)ってきた書類の確認や主治医による検査などで忙殺され、鍛練が始められたのは五日ほど後。

 夏季休暇で本当に休めたのは最初だけ。だが、転生してから充実した日々を送れた。

 魔獣というか魔物の討伐は領内でも出来るので多くの騎士を引き連れて運動がてら(おこな)った。この時連れて行った騎士団の面々は普段は国境警備にあたっている為か、良い面構えをしていた。

 

(良い騎士団を持っているのに両親はどうして戻ってこないんだ? 王都で遊び惚けているわけでもなさそうなのに)

 

 この時ほど貴族というのは理解できない、と思ったことは無い。

 それから数日後、王家から使者が訪れた。事前に連絡があれば対応できたのだが唐突だった為にろくなもてなしも用意できなかった。

 

「王命により本日よりアルフィア・クラネルに辺境伯の爵位を与える」

 

 門前で羊皮紙を読み上げる使者にアルフィアはただただ疑問を浮かべた。

 一方的な命令だが執事のゾラによればおかしなことではないらしい。領地没収でないだけましであるとか。

 正式な辞令を与える場合は王都に向かう必要があり、今回の場合は病弱な貴族令嬢の為に略式にしたのだろう、と。

 昨日のうちに元気になった事など王家は把握していないだろうし、とも。

 

「承知した。……いえ、辞令、確かに承知いたしました。……ただ、私はまだ学生ですが、退学した方がよろしいか?」

「仕事は代官などに任せて卒業まで過ごされて良い。陛下からは学業はそのまま続けて良いとおっしゃられた」

「分かりました」

 

 言うだけ言って使者は辞令書の羊皮紙をアルフィアに渡した後はあっさりと帰っていった。

 貴族の世界はまだ理解していないが爵位の授与とはこういうものなのか、と小首をかしげる。

 従者達は正式な辺境伯となったアルフィアにお祝いの言葉を送った。

 

「……これは普通の事なのか?」

「門前での宣言は異例です。おそらくお嬢様の体調を考慮して使者を向かわせたものかと。あと、中に迎え入れなかった事で使者の方も勘違いした可能性があります」

「……そうか」

「罪状でも述べられるかと思いましたよ」

 

 と、キトリー達が安心して胸を撫で下ろしていく。

 アルフィアも何か悪い事でもしたかな、と思ったほどだ。特に両親が何をしているのか分からないし、何らかの罪を犯したから連座で処罰など受け入れられない。

 羊皮紙を受け取ったが今すぐ領地をどうこうする予定は無い。というより唐突な権力の移譲だ。気持ち的にも落ち着かない。

 

「まずは……昼食にするしか」

「そうですね。それがよろしいかと」

 

 生まれてから両親不在のまま屋敷で生活する事になり、今度は唐突な爵位授与。アルフィアの身の回りを世話していた従者達は更なる試練に心を痛める。

 まだ学生でもある貴族令嬢に大きな責任がのしかかったのだ。皆で支えていかなければ簡単に潰れてしまう。

 灰色の髪も忌避されるものだがクラネル領は他よりも寛大であった事は幸運といえよう。

 

invictus

 

 多少、書類仕事に忙殺されたが従者の協力により思ったほど苦境には陥らなかった。

 歳若いとはいえ時期的に言っても婚約話しが来てもおかしくない。だが、不思議な事にこの手の話しは一切出てこなかった。

 従者達も一件くらい釣書が届くと思っていたようだ。

 

(お嬢様に縁談が来ないのは何故なのでしょう?)

(見た目も美しく聡明でいらっしゃるのに……。余命幾許も無いと思われているからかしら?)

 

 メイド達が噂話に花を咲かせている頃、アルフィアは庭で日課の鍛練に勤しんでいた。

 もうすぐ夏季休暇が明ける。卒業までは王立学園に通うと決めたが今世における目標が定まっていない事に気付く。領地を発展させるという意味では既に活動を始めていると言えるが。

 簡単に国外に出られないのは貴族としての宿命としても何か趣味の様なものが欲しいと思った。

 領地内のダンジョンに行きたいと言えば従者達は総出でおやめくださいと懇願してくる始末。病み上がりを除けばまだ虚弱な令嬢だと思われているので仕方がないのだが。

 

「レベルアップすれば身体機能が向上するとは聞きましたが……。それでも心配です」

「騎士団の皆様は魔物と戦えるほど強いですし、お嬢様が無理をなさる必要はありません」

 

 では、王立学園で魔物討伐の授業があるのは何なんだ、と言いたいところだ。

 メイド達を悲しませるわけにもいかないし、領民の為に強くなりたいとも思う。

 それに元冒険者としては貴族のパーティに出席するより魔物討伐の方が得意分野である筈だった。

 辺境伯となった時から他の貴族との面会依頼が結構来ているし、執務室の机には書類が山のように積み上がる。――実務経験のある者を雇う計画があるので負担は幾分か軽減される予定だ。

 

「社交パーティの招待状は届いているか?」

「急な爵位の移動でしたのでその手のお手紙はありません。なので、こちらから招待状を出してみてはいかがでしょう」

 

 姿勢正しく執事のゾラが言った。

 いつもキトリーが側に居たので不思議な気分だった。

 病み上がりなところからも安易に人を招いたり他の貴族の下に向かうのは健康上の観点からも得策ではない。

 親しい貴族は令嬢のユミエラ以外に覚えがない。

 

(……ならば最初は例の意味も込めて)

「ドルクネス伯領に招待状を出そう。こちらから出向くのはまだ無理そうだからな

「ドルクネス伯爵は過激派に属する貴族と聞いておりますが……」

「……過激派? すまないが我が家の派閥はどこに当たる?」

 

 そもそも両親の事が全く分からない。

 アルフィアにとって過激だろうが穏健であろうが貴族は貴族だ、という印象しか受けない。

 生まれてこの方、貴族らしい教育は執事とメイドからしか学ばなかった。分からないことだらけの毎日だ。

 

invictus

 

 学びの日々の合間に男爵や子爵の貴族と顔合わせ程度のやり取りを(おこな)ってみた。

 もの知らずのアルフィアを侮る者が多かった。特に媚び諂いが気持ち悪い。そういう者とは早めに手を切る事に決めた。

 そうしているうちに夏季休暇が終わり、王立学園での生活が再開される事となった。

 辺境伯の当主となった今、学生でいる意味があるのかと執事に尋ねれば青春は良いものです、と言われてしまった。

 学生服に着替え、教室に向かえば見覚えのあるクラスメートの姿が見える。あまり関わらなかった事もあり、彼ら彼女らの名前は殆ど出てこない。

 

「おはようございます」

「……ああ、おはよう」

「クラネル辺境伯になられたと聞きました」

「まだ辞令が来たばかりだ。授与式に出なければならないらしい」

 

 差しさわりのない会話。いつもであればそろそろ具合が悪くなってくる。

 今は(すこぶ)る調子が良い。

 健康的な生活は実に至福である。しかし、自由に歩き回れても幸せになれたかどうかは――

 

 グアアっ!

 

 穏やかな日常の始まりが一瞬にして阿鼻叫喚へと変わる。

 今まで聞いた事は無いが何らかの魔物の鳴き声である事は分かった。それに音と振動の具合から校舎に近いところだ。

 何人かの生徒が興味本位で教室から出ていくがアルフィアは席に座ったまま。

 

(弱い私が向かったとしても返り討ちに遭うだけ。……全盛期であれば彼らよりも身体が動いていただろうに)

 

 物思いに耽っていると()()()静かになった事に気付いた。

 戦闘による騒音もない。

 更に待っていると騒動が収束した事をやってきた教師が告げた。それに伴い生徒達も戻ってきたようだ。

 先ほどの鳴き声はユミエラが飼う事になった黒い竜。

 アルフィアが聞いた時は卵を持ち帰った話しだった。もう孵ったのか、というのと音の具合から成体ではないのか、という疑問を覚えた。

 それから遅れてユミエラ本人が平然とした顔で現れる。――アルフィアにとっては黒い靄の存在であることに変わりはなかった。

 

「先ほどはうちのリューが騒いでごめんなさい」

 

 端的に述べた後、ユミエラは席に着いた。

 説明は以上のようで戸惑いつつも授業が始まった。

 

invictus

 

 体調が改善したお陰か、保健室に籠る事無く授業を受けられた。――休み時間になると魔物の鳴き声が聞こえるが。

 慣れとは恐ろしいもので一週間も経てばユミエラが飼う事になった黒竜が度々校舎に来ても驚かなくなった。

 時折リューの背中に乗ってどこかに向かうユミエラの姿が窓越しから見える。

 数日後、寮の自室に王家からの招集状が届いた。――今回の供もキトリーだった。

 

「馬車で王都に向かうのか?」

「そうですね」

 

 改善したとはいえ長期間の馬車移動は何かと不安だった。

 かといってリューに乗るのも気が引ける。特に安定性に不安が残る。

 一日かけて身支度を整えているとユミエラがやってきた。もう黒い靄は彼女だと思う事にしたので驚きは無かった。

 

「王都に行くなら連れていってあげましょうか?」

「……何処で聞きつけた?」

「学園長から聞いた。向かうなら一緒がいいのでは、と言われて」

 

 そういえば、とアルフィアは思い出す。

 王立学園の学園長が変わった事に。ただ、それは噂話の一つで聞いたにすぎず、確認したわけではない。

 それとキトリーが自然な仕草で二人の間に入りアルフィアを守っていた。

 

「……もしかしなくてもあのリューとかいうドラゴンに乗って行くのか?」

「そう。リューは賢いし、人も乗せられる」

「お待ちください、ユミエラ様。お嬢様は快復なさったばかりです。あんなよく分からない魔物に乗せるのはいかがなものかと存じます」

 

 メイドが睨みを利かせるがユミエラは平然と受け流した。

 貴族令嬢という立場だと馬車移動が基本だ。持っていく荷物や護衛兵が必要になる。それを一切合切無視するのは流石に不味いか、とアルフィアは思った。

 ただ、長い馬車移動はきつい。特に腰に来る振動が。

 領地内であれば大したことは無いが他領へ向かう道中ともなれば全身に筋肉痛が襲ってくる。この世界で生まれたせいか、酷く疲れやすい。快復した今も一日は安静にしたいと思うほど。

 

「従者を無視するわけにもいかないしな。地道に馬車で移動するか」

「……残念」

 

 ユミエラの言葉にアルフィアは思わず苦笑する。

 それなりに付き合いが出来たせいか、声の感じからある程度の態度を予測できるようになったようだ。

 その後、教師にしばらく休学する旨を伝え、王都に向けて馬車で向かう事にした。

 ある程度舗装された道路とはいえガタガタと揺れる馬車での移動は落ち着かない。ただ、盗賊などが現われないだけ治安は良いと思われる。噂の中には暗殺などの単語もあったので貴族である自分にも万が一があるかもしれない。

 

(……例えば派閥間の抗争の(あお)りとか)

 

 アルフィア自身は敵対派閥の関係者が全く思い浮かばない。精々、手を切った下位の貴族の嫌がらせくらい。

 同乗しているメイドのキトリーと他愛のない会話でも出来れば良いのだが世間知らずな令嬢だった為か、話題が出てこない。

 家族は居るか、といった簡単な質問でも投げかけてみようか。少しは従者と交流しなければいつ首を絞められるか分かったものではない。――しかしながら自分の従者についてはある程度信頼を寄せている。そうでなければとっくに殺されていたし、放置されて死んでいた可能性もある。

 

invictus

 

 令嬢らしい会話が出来ないままキトリーに寄り掛かって眠ったりしつつ数日後にはバルシャイン王国の王都に到着した。これといった波乱も起きず、魔物との遭遇も無かった。

 まず先触れを出し、長旅の疲れを癒すために宿を取る。

 王都観光する気は起きず、宿の部屋に入った後はキトリーに腰を揉んでもらう事にした。

 メイドの彼女も同じように辛い筈だが、疲れからか気遣う余裕もなくベッドに沈んだ。

 翌朝、目覚めると城への登場許可を携えた使者が朝方訪れた、とキトリーは報告する。

 

「分かった」

 

 急いで身支度を整える。

 病気の症状が現れないお陰か、今のところ問題なく行動で来ている。

 窓に顔を向ければ晴れ渡る空が見えた。

 

「気持ちよく朝を迎えられたのはいつ以来だろうか」

「調子が良さそうでようございました」

(……お嬢様の晴れ姿を一番に見られる栄誉。これを家宝に出来ないのが勿体ないです)

 

 今回、国王に謁見する為に用意したドレスはアルフィアたっての希望で黒いレースをあしらったものになっていた。

 前世で着用していた戦闘服(バトル・ドレス)のデザインをこちらの職人に無理を言って可能な限り再現してもらった作品だ。魔法的な効果は無いが()()()()()()()()()()に自然と頬が緩む。

 

 これこそ【静寂】たる自分の姿だ。

 

 ついでに魔法を放ちそうになったがすぐに気が付いて踏み止まれた。

 今はいけ好かないエロ爺(ジジイ)が居ないのだった、と。

 

「どうかされたましたか?」

「……いや、害虫が居たような気がしたが勘違いだったようだ」

 

 黒い薄手の手袋を嵌め、姿鏡で見る自分の姿は紛う事無き沈黙の魔女(サイレント・ウィッチ)

 胸元を大きく開くデザインだが今は気にならない。気分も良い。これで隣りに最愛が居れば――と思ったところで現実に戻る。

 

(……なんでしょうか。お嬢様から強者の雰囲気(オーラ)が……)

「さあ、行こうか。貴族社会の中心に」

「は、はい」

 

 薄手のヴェールを被ったアルフィアは宿を出る事にした。

 何も知らない一般人が彼女を見れば身内に不幸があったのかと思うだろう。しかし、当人はそういうつもりはない。

 黒き深窓の令嬢がただ悠々と歩いているだけだ。

 王城の前に着いた後、キトリーは下がり、替わりに護衛騎士二名が随行する事になった。

 

「よろしく頼む」

「はっ」

 

 護衛騎士達は病弱な彼女の姿を覚えている為、対応に戸惑った。

 物静かで人生を憂いている印象が強く、自分達の様な従者に気を配る余裕が無さそう、というのが騎士達がアルフィアに抱いた印象だった。しかし、今は逆らう事を許さない貴族特有の雰囲気を纏っていた。

 ここに他の護衛騎士が居たとしても迂闊に軽口を叩ける者は多くないだろう、と。

 悠然と王城に向かい待機している門番にクラネル辺境伯だと告げると訝しげに見られた。見た目が喪服を着たような格好なので仕方が無いのだが。

 怪しくても確認は必要なので門番は彼女を待たせて奥に引っ込んだ。それから数刻も経たずに慌てた様子で戻り、門を開けてアルフィア達を招き入れる。

 

「ご苦労」

 

 と、特に機嫌を損ねた様子もなく門番に礼を言ってアルフィアは進んだ。

 ある程度進んだところで体調は大丈夫なのか、と騎士達に言われたが平気だと答えた。それからしばらく歩いたところで立ち止まる。

 城の中に詳しくないので何処に行けばいいのか聞きそびれていた事を思い出した。

 

invictus

 

 初めて王城に来たものだから勝手が分からない。

 元冒険者であったアルフィアにとって貴族というのは未だに不可解な存在であり役職に感じた。

 通りを歩く者に声をかけて国王が居る部屋の場所を聞き出し、歩みを再開させる。

 城の最奥に進むと一段と大きくて立派そうな門が見えた。

 

「クラネル辺境伯だ。今日は国王の招集に従いまかり越した。謁見を望む」

「しばしお待ちを」

 

 謁見の間の入り口に控えていた門番に声をかけ、数分の後に両開きの門が開けられた。

 中は煌びやかだが決して派手さは無く、赤い絨毯が真っ直ぐ玉座まで敷かれていた。

 何人かの従者、または貴族が直立不動で待機しているのが見えた。その中を悠然とアルフィアは進む。――事前に挨拶などやり方を練習していたが本番となると彼女も緊張する。

 壇上手前、階段の一番一の辺りで立ち止まり軽く頭を下げる。

 

「クラネル辺境伯が一女アルフィア。バルシャイン王国の誉れ高き太陽の御下へまかり越しました」

「よくぞ参った。楽にしてよい」

「はっ」

 

 玉座に座すバルシャイン王国の国王と皇后は歳若い人物だった。

 偉ぶらった様子のない人のよさそうな顔をしていた。温和で優しそうな、そんな表現が似合う。

 国王夫妻は温かく出迎えてくれた同席している貴族たちは厳しい眼差しと新興貴族に対するやっかみの様な小言を呟いていた。

 

「では、アルフィア嬢。前へ」

「はっ」

 

 階段を上り、国王の下に歩みより跪く。

 国王は側仕えから剣を受け取って刀身をむき出しにし、それを彼女の肩に置いた。

 

「今日より汝はクラネル辺境伯である。この国の為に働いてほしい」

 

 小難しい文言が続くかと思われたが酷く簡略化された言葉で正式な辺境伯になった。

 その後は決まり文句を言うだけで簡素な式典はあっさりと終わった。

 国王に一礼した後、階段を降りると辺境伯を証明する証明書、徽章や御璽のような品物を渡された。

 その後、そのまま謁見の間を出ると別室に来るように従者から通達があった。

 護衛騎士と合流した後、指定された部屋に向かう。

 

「こんなものを貰ったのだが、お前達に預けておけばいいのか?」

「城を出るまではお嬢様が持っていた方が良いかと」

「あの……、クラネル辺境伯となられたのでしたら閣下とお呼びした方がいいでしょうか?」

「……急に呼び方が変わるのもこそばゆいな。だが、貴族としてなら……辺境伯閣下と呼ばれた方が良いのだろうな」

 

 同じ貴族であればアルフィア卿という呼び方も出来る。

 ただ、従者からは従来通りお嬢様と呼ばれたい、と。

 少しだけ考えて他人の目が無い時はいつも通りで構わないと答えておいた。

 

invictus

 

 指定された別室に赴くとそこは――先ほどの謁見の間に比べて――こじんまりとした部屋だった。

 ゆったりとしたソファと小さなテーブルがあるだけ。まるで談話室のよう。

 既に国王夫妻が来ており、アルフィアに席に着くように言った。

 

「楽にしてくれ。堅苦しい行事は終わったのだから」

「お菓子を用意したわ。どうぞ、お食べなさい」

 

 柔和な笑みと耳に優しい声。厳つい貴族の姿は無いが給仕のメイドが二名ほど待機していた。

 アルフィアは護衛騎士を壁際に待機させ、改めて国王夫妻に顔を向ける。

 

「随分と不遇な扱いを受けていたようだね」

「……そうでもありません。しかし、両親の寵愛が得られなかった為に貴族としての過ごし方が分かりません。ご無礼があると思いますが、平にご容赦を」

(……ごく最近まで病弱と聞いていたが平気そうだな)

(華やかなドレスではないのは一体……)

 

 灰色の髪に黒いドレス。凡そ一般的な令嬢が身に着けるものではない。

 何かの暗示かと思い、皇后は気になったのでドレスについて尋ねた。

 

「好きな色でしたので。……喪服に見えるかもしれませんが……、自分にとっては晴れ姿だと思っています」

「……そう。でも、造りは素敵ね」

「それで……。ご用件はなんでしょう?」

 

 世間話もそこそこにアルフィアは彼らに尋ねた。

 先ほど正式に拝領したクラネル領の没収か、と。

 両親が何を考えていたのか、今もって理解できないが王の権利を行使すればアルフィアに成すすべはない。

 

「長年、君の両親が王都に滞在していたのは我々に責任があると思ってね。謝罪に来たんだ」

「……王が臣下に。私としては既に興味のない問題だと思っていますが……」

(……両親が愛想つかされているわ)

「……君の両親であるクラベル辺境伯は一度所用で王都に呼んだ。その後、領地に帰る段階になって異変が起きた」

「………」

「彼らはどうしてか帰る段階になると頑なに滞在すると言い張るようになった。どうしても帰りたくない理由があるらしいのだが、それは今もって誰にも明かしていない。というより本人達も理由が分からないらしい。とにかく、王都から出たくないと……」

「そう。帰りたいはずなのに帰りたくないって言うの」

 

 ごく普通に会話していたクラネル辺境伯夫妻は帰宅の段階で人が変わったように王都に居ると駄々をこねる。

 見ようによっては子供っぽいのだが、帰宅以外だと自分の領地に置いて来た娘が心配だという。

 それがどうにも不気味であった。帰るに帰れないのであればまだいい。強制的に帰そうとすれば暴れる始末。もちろん、暴れた自覚は本人達には無く、どういうわけか分からないまま今も苦しみ続けている。そして、最近になって貴族をやめたいと申し出た。

 遅すぎると思われるが、それすらも最近まで出来なかった。何がきっかけで引退を言えるようになったのか――

 

「……なんだそれは」

「変よね~。愛する娘に会いたいと願っているのに一五年も帰りたがらないなんて」

「先日、()()城に来たドルクネス嬢に意見を求めたところ、強制力ではないかと言われたのだが、何か心当たりはあるかな?」

「……いえ」

(……両親は私を見捨てたわけではなかったのか。……随分と酷い想像をしていたのかもしれない。ならば私は彼らを責めはしまい)

 

 理由はどうであれ――両親に対して真に憎悪していたわけではない。ただ単に興味を失っただけだ。

 もし、会えたら――

 

 福音の物理(ゴスペル・パンチ)

 

 くらいは叩き込もうかな、と。

 少なくとも一五年近く大きな屋敷で一人寂しく――従者は居たが――待っていた娘としての(ささ)やかな反抗だ。

 流石に山を三つほど貫通させられはしないが。――以前は出来た。

 

(……この子、握り拳を作って何をする気なのかしら?)

(奥の部屋に待機させている両親を会わせようと思ったけれど、これはもしかして不味い展開?)

 

 国王夫妻は物静かなアルフィアの様子に少しばかり戦慄を覚えた。

 急に黙ったと思ったら拳を見て何かに納得した様子を見せた。それだけでこれは会わせては駄目な奴だ、と悟る。

 

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