二次元だろうと、どうせイケメンにしか縁のないと思っているそこの貴方?
どうぞ気を落とさずに。
振り返ればすぐそこに。きっと貴方にも素敵な出会いがありますよ?


この作品はへか帝様の作品である淫魔ちゃんねる【https://syosetu.org/novel/268096/】をリスペクトし、その影響を受けた作品にになりますが、掲示板方式ではないので注意してください。


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異種族にはご注意を!

 昨今というか古今東西あらゆる時代において、この世界では異種婚なるものが流行っている。

 異種族。それは淫魔(サキュバス)や天使を筆頭に、人にはない特徴を兼ね揃えた別世界の存在。

 魔やら呪やら神やら、人のみが持たない不可思議な力やら別世界。そしてまるで都合のいい二次元(フィクション)から飛び出してきたかのような圧倒的に整った美貌。

 容姿、能力、不可思議。そのどれをとっても人以上。唯一勝るとすればこの地球に生息する人数と性別の数くらいだろうか。

 

 力の差は絶大。けれども人を支配することなく、何故か共存することを選んだ彼女たち。

 遠い昔は戦争したりもしたらしいけど、今じゃ日常に当たり前のようにいる絶世の美女美少女達。それが異種族というものへの共通認識だ。

 

『俺、ミリーちゃんと付き合うことになったわ!』

「お、め、で、と、う。……死ねくそリア充ッ!!」

 

 さて。

 そんな世の中で意味もない呪詛を吐きながら、ぽちぽちと画面を叩き友人へ祝福を送る人間の男が一人。

 彼の名前は奥野優太(おくのゆうた)。平々凡々、何なら平均以下な語るべきことなど皆無な大学生である。

 そんな彼が、一体何故このようなボタン連打を(くう)に披露しているのか。

 その理由は実に単純。何でも大学の隅っこで地味ながら楽しい学生生活を共に送ってきた数少ない友人が、よりにもよって異種族の美少女と付き合うことになったからである。

 

「なんであいつに彼女なんか……いやまあ悪い奴ではないけれどさ」

 

 奥野(おくの)はたった一人の自室でふて腐れたように独り言つ。理由なんて嫉妬の一言だ。

 友人とミリーちゃん、大学でも珍しい異種族である美少女サキュバスが付き合いだしたのは腹立たしいが喜ばしいこと。

 それはわかっている。友人は誰とでも気軽に会話してくれる良い奴で顔も悪くない。正直俺なんぞと友達でいてくれているのもありがたいほどで、ミリーちゃんみたいな美少女とお似合いの奴だということは。

 一月前から急激に距離を縮め、両方の相談に乗りながら見事ゴールインという形を迎えてくれたカップル。そんな彼らを祝うことはあれど、憎悪を向けることなどあり得ない。

 

 だが、それと嫉妬は別。カースト下位系男子高校生が妬まない理由にはなりはしない。

 奥野(おくの)も健全な大学生。如何に分不相応とはいえ、そういう思春期めいた願望くらいは持ち合わせているのだ。

 もしも自分にもあれくらい綺麗で優しい彼女がいれば。

 想像すら付かない街中のデートだって、もしかしたら叡智の本や電子の海でしか知り得ない大人なアレだって熟せてしまうかもしれない。無論、彼女がいればの話だが。

 

「あー。俺にもエッチで美人な異種族の彼女欲しいー」

 

 羨んでるだけじゃ手に入るわけもないと、そう分かっていながらも言葉に出すのは止められない。

 自分は所詮持たざる者。げに素晴らしき異種族は愚か、まともに人生を歩いている人間が好きになってくれると考えるのも烏滸がましいくらい塵芥な存在だと、誰よりも自覚しているというのにだ。

 今だってそう。本当に彼女が欲しいなら自分磨きでもすればいいのに、こうしてベッドでごろごろ携帯を弄りながら休日を貪っているだけ。とてもではないが、誰かにとっての魅力など養えるわけがない。

 

 妄想相手に異種族を望むのだってそう。

 深夜に徘徊したどこぞの掲示板で閲覧した、ありもしない妄想話や勝ち組の自慢マウントに基づいてるだけ。人間の彼女より縋れる要因が多いだけ。別に特別こだわりがあるわけでもなく、人一倍強い願望を持っているわけでもないのだ。

 

 やれ異種族は無償で愛を振りまく性欲と庇護欲の塊だの。

 やれもしも異種族とゴールイン出来たなら、その時は働かずとも一生浮気せずに囲ってくれるだの。

 そしてやれ異種族は人間を顔で求めず、体ないし魂なる不可視の存在の相性で相手を決めているのだとか。

 

 実に馬鹿らしい。そんな人間のみに都合のいいこと、この世のどこにもあるわけがないのに。 

 愛が無償で振りまくものではない。顔や性格や立場を前提とし、相互の理解と親愛があって初めて生まれるもの。そもそも魂なんて概念が実在するわけがない。

 どうせ掲示板に書き込んでたって同じ人種とは限らない。どうせ異種族から寵愛を受けるに足る超絶勝ち組イケメンで、俺を含めた非モテは勝手に近い立場で自分にも可能性はあると希望を抱いてるだけなのだから。

 

 ……大体、それじゃあの友人が相性だけで選ばれたみたいじゃないか。

 あいつは俺と違って好い奴なのだ。そんな曖昧なもので過程をないがしろにしていいわけがないだろ。

 

「……はあっ。なにやってんだろ、俺」

 

 奥野(おくの)が巡り巡って辿りついた結論。それはいつものように意味もない自虐だ。

 何をどう考えたって意味などない思考の渦。どれだけ藻掻こうとも、何ら意味のない自己討論。

 死ぬほど悩めば理想の彼女が現れるわけでもないのに。どこぞの嫁を作ったらしい彫刻家のような熱量すら、俺は持つことが出来ないのだ。

 

「……どっかで飯でも食ってこよ。どうせ夜飯ないし」

 

 気分転換に外の風にでも当たろうかと、奥野(おくの)はせっせと着替えを始めていく。

 こういう時はちょっと良い物を食べるのが一番。母も急な仕事で夜は遅いらしいし、たまにはそういう夜があってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 というわけで奥野は街へと飛び出し、どこで夕食を取ろうかと吟味しながら徘徊していた。

 季節は冬。より正確に言えば、秋から冬へと変わりつつある十一月末期。

 ハロウィンの色など既にどこにもなく、街の空気は少しずつ縁もゆかりもないクリスマスのほろ甘さを漂わせ始めている頃だ。

 そう、クリスマス。つまりは恋人の有無が世界を分ける、世にも奇妙な性の六時間(ホワイトクリスマス)

 なんでもそのその夜の間。子供は微笑ましいプレゼントを、そして世を充実する大人達は番と肌を合わせ、(しとね)を共にするのだという。そしてそれが叶わない負け組達は、一人寂しくオカズ(チキン)に有り付くか画面の電気だけで仕事に勤しむらしい。

 

 ちなみにだが、らしいというのには実は理由がある。未成年らしくとても単純で、奥野(おくの)は基本そういう日は普通に家族で食卓を囲んでいたからである。幸せなことだ。

 

「マギロにサイヤ……違うな。何かこう、もっとちょっとリッチ感をなぁ」

 

 馴染み深い看板に見ては首を横に振りながら、奥野(おくの)の最初はあったやる気は減衰していく。

 昔からそうだ。何か食べたい、或いは何か欲しいと思っていても、いざ買える立場になると尻込みして妥協してしまう、そんな感じの積極性に欠けた貧乏症候群に陥ってしまう。

 右を向けばちょっと高いステーキ屋。左の先にはちょっとお高い回るお寿司。先ほど通り過ぎたのだってシャレオツなイタリアン。

 選び放題寄り放題。だというのに、結局冒険一つ出来ず、妥協と惰性に満ちた選択を取ってしまう。それがこの奥野優太(おくのゆうた)という凡人なのだ。

 

 情けない。実に情けなく惨めな男だ。

 例え道行くあらゆる人間がこちらにびた一文の興味すら抱いていなかろうと、自分自身で全人類分の罵声を心の中に生み出してしまいながらも、奥野(おくの)は目的地もなく街中を放浪し続ける。

 

 

「あ、お兄さんー!」

 

 

 不雑踏を飛び越え、不意に耳を貫いてしまった甘い声。

 つい重視しまうと、角の生えた一際輝く美少女がこちらへ向けて駆け寄ってきている。

 思わず体がびくついてしまう。そ、そんないきなり声を掛けられても──!

 

「ほらぎゅー! 今日こそ一緒にご飯行きましょうよー? いい店ご馳走しますよー?」

「ごめんレルちゃん。今日はこの後ユリとご飯なんだ。だから今度ね?」

「えーいけずー。じゃあ一緒に行きましょう! どうせユリちゃんも察してますよー!」

「ちょっと、引っ張らないでよユリちゃん。……ああもう、しょうがないなぁ」

 

 ……ま、こんなものだよな。そもそもあの娘知らないし、期待する方が馬鹿なやつだよ。

 

 奥野(おくの)は後ろを向いてしまったこと自体が恥ずかしくなり、大きくため息を吐いて元行く方向を向き直す。

 

『現代社会に迷える皆々様に少し憩いを。どうぞ教会にお越しください』

『ヘイそこのボーイ! 時間あるなら是非兎さんカフェにご来店ネ!』

『奉仕マッサージはいかがでしょうか。今なら格安で家政婦オプションも付いてきます』

 

 街の中から聞こえる女の客引き。容易く雑踏を音を越えて人々の耳に届く美しい声。

 付いていけば至福の時間を味わえるだろうと確信出来る美声。

 けれどそれら全てはまやかし。見えるものしか見えないに人間が見ているだけの虚構に過ぎない。

 結局の所彼女達がその美貌を活かしながら笑顔を振りまくのは、俺や現代に迷う非モテのためなどではなく。

 この世界にいるまだ見ぬ運命の相手との邂逅。或いは既に共にいる生涯の相手のため、その先のハッピーライフのための一声なのだろうと、奥野(おくの)は身勝手に想像してしまう。

 

 どうせ人生なんて生まれ持った才能と金と立場、そして運と努力。

 六十億分の一の宝くじなど当たるわけもなし。努力を怠っているのは自分なのだから、わざわざ一等賞が近づいてきてくれるわけもないだろう。

 

「……牛丼でいいや。もう考えるのも疲れたわ」

 

 悩んでふらついたあげく、結局入るのはすぐ側にあった牛丼屋。

 安くて結構。手軽で結構。手間暇掛けて失敗するくらいなら、いつも通りで構わない。

 俺にお似合いなのは空の黒さに映える外の光より明るい人工の光。

 その後ろ姿はまるで、奥野(おくの)がこの煌びやかな街から目を背けるかのようであった。

 

 

 

 

 

 安くて美味い牛丼に舌鼓を打った奥野(おくの)は、特に寄り道することなくのろのろと帰路につく。

 街の気疲れしてしまう騒がしさから離れ、先ほどよりかは変なことを考えなく済む周囲。

 とはいっても、依然暗いのは俺と夜空と明りのない窓の中だけでしかなく。

 街灯の他にも、通りがかった公園には青臭い桃色の雰囲気を漂わせた男女のペアが、そして道には手を繋ぎイチャコラしているお熱い連中がいたりはするのだ。

 

 結局のところ、相手が人類かそれ以外かなんて関係はない。

 所詮は持つ者と持たざる者。手に入れた者とそうでない者、勝ち組と負け組の差が如実に表れているだけなのだ。

 高校を卒業し、少しは高望みな希望を抱いてしまった自分に対する戒め。それが大学最初のクリスマスシーズンに相応しいのだと、奥野(おくの)は今日一日で噛み締めた。

 

「そうだ。そろそろ配信始まるんだっけか」

 

 余計な思考が抜けた奥野(おくの)は、ふと推しのVtuberの配信告知を思い出す。

 やはり俺にはこれしかない。恋愛もギャンブル、努力なんかよりも推しを眺めて暇潰しだ。

 

「え、きゃっ!」

「あっ」

 

 ちょうど十字路に差し掛かったところで携帯を取り出そうと意識を逸らした瞬間、突如奥野(おくの)の体に訪れる衝撃。

 奥野(おくの)は何歩か後ろによろけた程度だが、前方では可愛らしい声の主であろう女性が尻餅を付いている。

 

「いったぁ……」

「す、すみません。大丈夫ですか?」

 

 不注意でやってしまったと後悔しながら、すぐに腰を落とし女性へ手を伸ばす。

 上質な香水でも付けているのか、ほんのりと鼻を擽る甘ったるい香り。握られた長い手は比喩が思いつかないくらいに滑らかで柔らかく、思わず感触だけで興奮してしまいそうな程。

 背丈はヒールなしで奥野(おくの)よりも頭一個分くらい高く、まるで卓越した職人によるマネキンかと思えるほど無駄なく美しい体型だと見惚れてしまう。

 何よりその胸。現代でテレビの中でしかお目に掛かったことのない豊満な双子山。時速六十キロを優に超えるであろう圧倒的存在感に唾を飲み込むばかりだった。

 

「あーごめんね。ちょっと急いでてさ。お兄さんは大丈夫? どこか怪我とかない?」

「い、いえ。大丈夫、です。そっちこそ、怪我なくて良かったです。はい」

 

 きっと直視してしまえば、通報待ったなしの気色悪い視線になってしまうことは明白。

 まともな女性経験のない奥野(おくの)は、突如訪れた最悪の展開(バッドエンド)を直感し、何とかこの場を凌ぐために足掻きながら女性に言葉を紡いでいく。

 

「そっか。それにしても……ふーん。なるほどね」

「な、何か?」

「ふふっ。お兄さんかっこいいなぁって。私、君のことタイプかも」

 

 女性は奥野(おくの)の顔を覗き込んでから、くすくすと口を押さえて微笑みを見せる。

 吐息が顔に当たるほどまで近づかれ、体も思考も硬直してしまう奥野(おくの)

 これほどの美人に出会うのも初めてなのに、あろうことか壁一枚より薄い距離まで接近される。こんなこと、一生に一度あるかないかなのは間違いなしだ。

 

「い、急いでるのでは……?」

「ん? あー、そういえば。……はあっ、まあ仕方ないか」

 

 このままじゃ気が変になると、思わず口に出してしまった言葉で離れていく女性。

 十センチ離れるごとに身が引き裂かれるような哀しみに包まれるも、それと同時に間違いを犯さなかったことへ安堵が溢れて止まない。

 今自分は死神の手を逃れた。甘美な破滅への誘惑を乗り切ったのだと、奥野(おくの)はそう思わずにはいられなかった。

 

「ねえお兄さん。名前は?」

「え、奥野(おくの)です。奥野優太(おくのゆうた)

「へーゆうたくん。私はリ……(りん)。よろしくね、ゆうくん!」

 

 (りん)と名乗った美女が、今度は彼女の方から手を伸ばしてきたので、奥野(おくの)はつい流れで握り返してしまう。

 やっぱり柔らかい。出すべき語彙力など飛んでしまう、人を駄目にする魔性の手だこれ。

 

「ッッ!! ま、まあこれぐらいで。じゃあねゆうくん。次はいっぱいしゃべろうねー!」

 

 不意に僅かな何かが体が奔るような感覚の後、すぐに手は離れて彼女は走り去っていく。

 瞬く間に出会い、そしてそのまま消えてしまった美女。

 何故か親しげだったけど、多分もう会うことはないだろう。世界はそんなに狭くもないし、都合のいいようにも出来ていない。そもそも急いでいたのだって彼氏の家にでも向かっていたのだろうし。

 

 奥野(おくの)は呆然と棒立ちになりながら、彼女の全てを鮮明に思い出す。

 構成要素の全てが興奮を煽り、燃え上がるような性欲を湧かせてきた圧倒的美女。

 彼女は異種族だったのだろうか。それとも普通の人間だったのだろうか。

 ……どちらでもいい。そこまで明るくなかった視界のせいで定かではないけれど、そんなことは取るに足らない些事なのだ。

 

「……帰ろう。帰って寝よう」

 

 数分後。我に帰った奥野(おくの)は力の抜けたまま、再度家までの道を歩き始める。

 股座(またぐら)に湿った感触を覚えるも、今はもういちいち確認するのも億劫だった。

 

 

 

 

 

 (りん)と名乗った美女と出会いの後、奥野(おくの)はぼけっとしながら帰宅を果たす。

 彼女という存在に虜にされ、なにをしてもその姿が頭にちらついてしまう。

 歯を磨けば彼女の吐息と艶やかな唇が。

 風呂に入れば彼女の豊満な胸。そして触れるだけで無様な暴発してしまった美しい手が。

 気を紛らわそうと推しの配信を流せば、耳と脳をを溶かさんと震わす声が。

 

 彼女を想いながら自慰をしても落ち着くことはなく、むしろ余計に悶々としてくる始末。

 恋よりも衝動的で、愛よりも色濃く。そしてただ醜いだけ。

 理性は滾る性の欲に犯され地に伏している。いつもは楽しめる配信ですら、今の奥野(おくの)にとっては色褪せた乾き声でしかなかった。

 

「……ああくそっ!」

 

 奥野(おくの)は募る苛立ちに頭を掻き、夜だというのについ怒声を漏らしてしまう。

 彼女に触れたい。彼女と話したい。彼女を脳内で行った数々の行為で染め上げたい。

 考えないようにすればするほど欲望の鎖に雁字搦めに縛られてしまう。気分はさながら、蜘蛛の糸にへばりついた哀れな蟲畜生だ。

 まるで(けだもの)。自分の内にこんな底なしの性欲が眠っているなど知らなかった。

 

「……寝よう、寝ちまおう! 寝れば忘れちまえるさ!」

 

 奥野(おくの)は自分に言い聞かせるように声を上げ、逃げるように寝るための支度を整える。

 性欲に振り回されるのは止めろ。手に入るはずもない女のことなんて考えるな。

 どうせあの美女も既に手つき。あんなに綺麗で愛嬌もあり、俺なんぞにも謝れるような善性なんだから彼氏の一人や二人いて当然。今頃は俺のことなど忘れてしっぽりヤっているに決まっている。

 だから無駄な想像はするべきじゃない。性欲のみならともかくそれ以上を望んじゃいけないんだ。

 

「……とりまもう一回抜こう。うん、それから寝よっと」

 

 誰もいないのに。まるで何かに言い訳するように。

 衰えを知らない愚息の屹立を処理しようと。奥野(おくの)がトイレに向かおうと腰を上げた、その時だった。

 桃色に染まる脳みそを破るかのように、突如部屋に響いた鈴の音。

 時間既に十一時。こんな時間に宅急便など来るわけないし、母なら今日帰ってこれないと先ほど連絡をもらったし、そもそも鍵を持っている。

 つまりは当てのない呼び出しチャイム。可能性として一番高いのは名も知らぬ不審者だ。

 

 幸か不幸か。奥野(おくの)は一気に冷めた脳みそが急稼働し、必死に思考を構築していく。

 出るべきか。それとも出ずに寝たふりか。

 答えは二つに一つ。間違えれば最悪命に関わるかもしれない、そんな重要な局面。

 

 音が消え、数秒の静寂。そして再度、諦めずに鳴り響くチャイムの音。

 大きく息を吸い、そして吐く。……まずは対象の確認だ。

 思考を纏めた後、床を軋ませぬよう慎重に歩き、ゆっくりと扉へ近寄ってからドアスコープを覗き込む。

 

「……え」

 

 奥野(おくの)の口から思わず驚愕が漏れ出す。

 扉の先。ほんの小さな穴から見えたのは、選択肢にすらなかった人間だった。

 艶やかで濃いピンク色の髪に、つい先ほどまで思い描いていたような完成されたスタイル。曝け出された胸元は、まるでこちらに覗かせているかのよう。

 あのときは明りが少なく、髪の色は定かではなかったがそれでも断言出来る。

 あれは(りん)だ。目の前にいるのは、間違いなく先ほど出会った超絶怒濤の美女本人だ。

 

 奥野(おくの)は彼女を視認した途端、流れるように扉を開ける。

 何故来たのかだとか。そもそもどうして自分の家を知っているのかとか。数々の疑問を全て捨て去り、もう会えないと思っていた美女との再会に心躍らせ、その境を開いてしまう。

 例えそれが悪魔の罠だとしても。或いは人間の悪意だったとしても。

 奥野(おくの)の歓喜には関係ない。あまりに愚かで真っ直ぐで、人間的な本能による行動だった。

 

「あ、出てくれた。やっほーゆうくん。ようやくまた会えたね!」

「り、(りん)さんっ! こ、こんな夜遅くにどうしたんですか?」

「んー? それはもちろん会いに来たんだー。ゆうくんにねっ!」

 

 花が咲いたかのような笑顔。ただでさえ美しいのに、その笑顔は奥野(おくの)の理性を更に溶かしてくる。

 

「確かお義母さん(おかあさん)はお仕事でいないんだよね? もしかしてもう寝ちゃうところだった?」

「い、いえ! 大丈夫です……」

「良かったぁ。なら一緒にお話しない? 二人きりで。ねっ?」

 

 近所のコンビニでも寄ってきたのであろう小さな買い物袋を揺らしながら、(りん)は甘い声で奥野(おくの)へ提案を持ちかけてくる。

 あまりに都合のいい提案。それは童貞少年がしがちな欲望塗れの妄想と同場面。

 だが、ここでようやく奥野(おくの)の思考にも疑問が生じる。彼女は何故、母が仕事でいないのを知っているのだろうかと、そんな些細な疑問が。

 

「え、えっと(りん)さん? なんでここに──」

「上がっていーい? いいこと、しない?」

「……すっー。とりあえず、どうぞ」

 

 少しだけ膝を曲げた(りん)は胸元を少しだけずらし、上目遣いでお願いしてくる。

 奥野(おくの)ごくりと唾を飲み、反射的に部屋の中へ招いてしまう。その判断に理性など微塵も存在していなかった。

 

 湧いた疑問などしまい込み、降って湧いた美女とのお話タイムに浮かれる奥野(おくの)

 だからこそ彼は気付かない。彼の後ろを見つめる彼女の目は、まさしく獲物を見つめる(けだもの)の目つきであることなど。

 

「ふふっ、人間きゅんだだ甘だよぉ。こんなにほっとけないよぉ」

「……何か言いました?」

「ううん? ほらっゆうくん、進んで進んで?」

 

 哀れな奥野(おくの)少年は、そんな(けだもの)の欲に気付かない。

 この数分後に訪れる未来など想像すらすることなく、部屋という檻まで進んでいくのだ。

 

 誰かが言った。異種族は無償で愛を振りまく性欲と庇護欲の塊であると。

 誰かが唱えた。もしも異種族とゴールイン出来たなら、その時は働かずとも一生浮気せずに囲ってくれるのだと。

 そして誰かがそう書き込んだ。異種族は人間を顔で求めず、体ないし魂なる不可視の存在の相性で相手を決めているのだと。

 

 げに美しき異種族への願望。だがその言葉には必ずと言っていいほど続きがあるのを知る者は少ない。

 けれど異種族には気をつけろ。あれらは人にあらず、所詮は我らを貪るだけの化生であると。

 

 果たして出会えるのが幸か。それとも出会わず生きて死ぬのが幸か。

 それは貴方次第。ほら。街を歩けば、テレビを見れば、そこには貴方の運命があるかもしれないね。

 




人間きゅん
愚かな生き物。かわいいね
淫魔
愚かじゃないようで愚かな生き物。えっちだね

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