初めまして、今晩は。
閲覧ありがとうございます。
特に山場や主旨の無い小説ではありますが、お暇でしたらどうぞ。

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第1話

 

 

 

 既に季節は冬となり、クラスメイトたちは受験勉強に必死となっている日の朝。彼女はそこにいた。

 

「あーあ······男の子はいいなぁ」

 

 ビュウ、という大きな風の音が彼女の長い髪を靡かせる。

 僕と彼女しかいない屋上。

 僕がいることに気づいていないのだろうか、彼女は心底つまらなさそうに吐き出した。

 僕は彼女が()()()()()を言う理由がわからなくて、声をかけたんだ。

 

「なんで?」

 

 彼女はビクッと肩を震わせると恐る恐る此方を見てきて、僕の顔を見て安心したように笑った。

 

「なんだー······キミか。驚かせないでよ」

「···驚かせたつもりはなかったけど、謝ってほしいのなら謝るよ。ごめんね」

「なにそれ。もっと誠意を込めてよね」

 

 頬を膨らませる彼女。

 ふと、その頬に入っている空気を潰したくなったので僕は両手の人差し指で彼女の頬を押す。

 丁度、彼女が笑うと出来る笑窪の位置だった。

 ぷっ、と空気が吹き出す音がする。

 彼女の口が尖っていて、なんだか面白い。

 笑わないようにしても彼女にはバレてしまったのか未だ彼女の頬に触れていた指を払われて、彼女はそっぽを向いた。

 その横顔は、哀愁を感じさせて。

 でも、見蕩れてしまうようなもので。

 彼女がポツリと何かを呟いたが、聞き逃してしまった。

 聞き返しても教えてくれない彼女に何度も頼み込む。

 やがて彼女は観念したのか、僕を呆れた顔で見ながらも教えてくれた。

 

「──成長、止まってないから」

 

 成長。

 それは、どういう意味なのだろうか。

 身体のことなのか、心のことなのか。

 それとも、はたまた別のなにかか。

 だとしても、心の成長は僕ら男子にとっては違うように感じた。

 僕ら男子の心はいつまでも少年なのだ、なんて。

 心の中で思ったことだとしても恥ずかしくて、彼女には言えなくて言葉を濁す。

 僕を見てはぁぁああ、といった大きなため息をついた彼女は困惑気に瞳を揺らす。

 

「私、早熟だったんだよね」

 

 早熟、か······。

 

「成長ってのは身体のこと、私は十二歳の時から何も変わってない」

 

 身長も、顔つきも、体つきも······変わったと言えば、生理が来たくらい?と笑う彼女。

 果たして女子の彼女が男子の僕の前でそんなことを言っていいものか。

 それよりも──確かに彼女は変わっていないと聞いても納得できる身体をしている。

 僕の視線は無意識に彼女の肩の下当たりを見ていたようで、気づいた彼女が眉を顰める。

 

「ねぇ、失礼だと思わないの?」

 

 その眼差しには多少の怒りが含まれていて、僕は慌てて話題を逸らす。

 

「成長って……心の成長じゃダメなの?」

「あ、話逸らした。ダメだよ、身体がいいの」

「それはやっぱり──」

「胸関係ないからね。そろそろ殴るよ?」

 

 殴る。

 彼女がよく言う言葉である。

 彼女はクラスメイトなどにからかわれる度にこの言葉を言うのだが、相手にはされていない。

 それは、彼女の性格や、今まで本当に殴ったことがないという事実を知っているクラスメイトたちからの信頼の証だろう。

 

「──僕は、君が羨ましいけど」

 

 押し黙ってしまった彼女を尻目に屋上の柵の上から校門を覗く。

 

 登校してくる生徒がちらほらと現れていて、いつの間にか時間が経っていたことに気づいた。

 ······あ、アイツきてる。

 その生徒の中に僕の唯一の友人であるアイツがいた。

 因みに、彼女は()()()部活仲間である。

 アイツが校内へと入ったのを見て僕が屋上にいるというLAINを送ってみる。

 既読が着いた瞬間、校内から小走りでアイツが出てきて僕の方を見る。

 目と目が合うとアイツは両手を大きく広げてぶんぶんと振り始めた。

 

「おはよーーーーー!!」

 

 ······少しうるさい。

 周りの生徒に奇怪の目で見られるアイツにLAINを送るんじゃなかったと後悔をしつつ手を小さく振る。

 恥ずかしいので、両手を大きく振り返して叫ぶなんて真似は出来ない。

 

 急に視界が闇へと変わる。

 彼女だ。

 恐らくだが、彼女の手が僕の目を隠しているのだろう。

 何事だろうと思って彼女の手を振りほどこうとすれば、目を隠す手の力はどんどん強まっていく。

 これじゃ逆効果だ、と諦めて彼女に身を任せた。

 

「私は、そんな人じゃない」

 

 彼女が今にも泣きそうな声で言った。

 表情が気になるけれど、見ることは叶わない。

 

「成長がしたいの。実感がないと、息ができないの。苦しくて、泣きたくて、叫びたくて。誰かにこの苦しみを知ってもらいたいと願うのに、自分から吐き出すことすら出来ないの」

「成長は、身体だけじゃないと思うけど」

「そうだね、成長は身体だけじゃない。今の私のこの弱い心を強くすることが出来たら成長したって言えるんだと思う。でもね、」

 

 私、成長したくないの。

 彼女は確かに言葉にしていないはずなのに、震えているその小さな声が耳に聞こえたのは、何故だろうか。

 僕は、耳が悪い。

 じゃあ、これは僕の妄想が作り出した声なのだろうか?

 

 ──否。

 僕に彼女の内心は理解出来ない、出来たくない。

 何故なら彼女の内心は、彼女だけが理解できるものなのだから。

 僕が理解した暁には、『彼女の内心』は『僕がつくった彼女の内心』になってしまうから。

 そうなれば彼女はきっと、これからも僕に理解を求めてしまうのだろう。

 理解されればまた理解されることを望んでしまうのが、彼女なのだ。

 そんな関係、お互いにとって良くないだろう。

 彼女もそれをわかっているから、僕にそれを望まない。

 

 ()()()部活仲間。

 それが僕と彼女の関係で、正しい距離。

 近すぎず、遠すぎず。

 友人ではないけど、知人よりは話す。

 まるで、お釈迦に出てきそうな話だ。

 

 彼女の横に並んで空を見上げる。

 空に浮かんでいる濁った色の雲が、僕と彼女の心を表しているようだった。

 今日はずっと曇りなのだろうか、それは嫌だな、なんて思ってスマホの天気予報を見た。

 スマホの中でくるくると回る記号。

 それが収まって文字が表示される前に、チャイムが鳴った。

 

「予鈴、鳴ったよ」

 

 先程まで泣いていたことなど忘れてしまったかのように笑う彼女。

 ただ、その赤い目元だけが先程の出来事が夢ではないことを証明している。

 予鈴の次は、本鈴だ。

 僕は彼女に教室に戻らないかを聞こうとして、スマホに並んだ文字を見た瞬間口を噤んだ。

 

「私は後で行くよ。だいじょーぶ、休まないからさ!」

 

 彼女がクラスメイトたちの前で偶に見せる、ニカッとした太陽のような笑顔。

 その小さな違和感に気づいても、何も言わない。

 僕は小さく「そっか」と頷いて教室に戻ることにした。

 

 屋上を背に教室へと歩く。

 振り返ることなんて、決してせずに。

 

「……まぁ、あの言い方じゃ一限はサボりかな」

 

 今日の天気予報は曇りのち、晴れ。

 きっと天気のように彼女も気づけばいつも通りに戻っているのだろう。

 

 また、あの笑顔を浮かべて。

 

 


 

 

 あぁ、羨ましい。

 男の子が、女の子が。

 こういうと私自身も羨ましい対象に入るのかもしれないけれど、それは絶対にないと否定しておく。

 

 私は、早熟だった。

 といっても生まれつきではなくて、小学生からだ。

 身体はクラスメイトたちに比べれば明らかに身長が高く、精神もどこか落ち着いていたと思う。

 そんな私の成長が止まったのは、十二歳の時。

 いつもなら結構な頻度で服のサイズが変わっていたりしたのに、その日からぱたりと変わることはなくなった。

 一ヶ月が経って、半年が経って、一年が経った。

 その時に私は初めて身体の成長が止まったのだと気づいたんだ。

 身体のことで変わったことと言えば十二歳から半年経った辺りだろう。

 生理が来たのだ。

 寧ろ、なぜ早熟だったにも関わらず来なかったのかは私にもわからない。

 気になることではあるけれど、別に調べようだなんて思わないし。

 

 中学校に入ってクラスメイトたちはさらに成長しているのに、私だけはずっと変わらない。

 初めは後ろの方だった身長の列も、前の方になった。

 

 多分だけれど、置いてかれるような気がしたんだと思う。

 自身は異質だ、クラスメイトたちとは違うのだ、と心が私に語りかけてくる。

 

 初めのうちは悔しくて成長して私の身長を越してしまったクラスメイトたちを揶揄ったりしていたけれど、次第にその感情は諦めへと変わっていった。

 仕方がない、これが普通(・・)なのだ。

 

 普通とは何か。

 そう質問されたら私はこう答えると思う。

 私にはないもの、と。

 自分を責めることが好きな訳では無いし、寧ろ嫌いだ。

 それでも、私はそれを望んでいる。

 おかしいな、矛盾してる······そう思っても行動にはうつさない。

 

 そんな私が彼に少しだけ本音を話してしまったのは、ただの(・・・)偶然だ。

 運命(・・)なんて綺麗なものじゃない。

 たまたま彼が屋上で私の独り言を聞いていて、たまたま私が本音を漏らした。

 ただ、それだけのこと。

 

 次に会うときの彼は今日のことなんて忘れているのだろう。

 私がそれを望んだから。

 一限を無断で欠席するということで、それを証明したから。

 

「嗚呼──休まない、って言ったのに」

 

 涙は出ない。

 雲に覆われていたはずの太陽は既に解放されていて、キラキラとした光を放っていた。

 目に映る景色の全てが鮮やかに輝いていて、いっそ一生ここでこの景色を見ていたいとさえ願う。

 

 私の出した答えが例え正解ではなかったとしても。

 私は同じ答えを選び続ける。

 私が私である限り、ずっと。

 いいじゃないか、例え変化がなくても。

 選んだのは私なのだから、後悔するはずもない。

 

「さぁ、戻らなくちゃね」

 

 彼にはバレないように涙を拭くことに使ったハンカチを柵にそっと置く。

 私はハンカチに背を向けて、教室へと歩き出した。

 

 


 

 

 ビュウ、と大きな風が吹く。

 その風により空へと舞ったハンカチを、ただ一羽の鳥だけが見ていた。

 

 その鳥の名前は、誰にもわからない。


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