テキーラは酒の席で二人っきりになったらこういうことする~~~~って妄想したなんでも許せる人向け

(あらすじ)
ある日のバーで、ラ・プルマはドクターにとびきり辛い酒を飲ませた。義兄のテキーラもちょっと引き気味の対応は、どうやらドクターに対する不満の表れのようで……?
一方で、そんなドクターを見ながらサルカズ傭兵たちと酒を飲んでいたWは昔のことを思い出していた。

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雨と、酒と、いつかのこと

 この日の夜、ドクターは一杯のカップから突き上げてくる刺激的な匂いに鼻をやられそうになっていた。

 

 湯気の立つカップから、赤いトゲが生えているかのような辛い香り。それは紛れもなく、バーカウンターを挟んで向こうにいる少女の態度とは無関係ではあるまい。実際、黒い髪をしたリーベリの少女はツンとそっぽを向いてグラスを磨いている。ぽわんとした彼女にしては珍しい態度に、バースペースを訪れた他のオペレーターたちも意外そうな顔だ。

 

 隣の席に座るテキーラが、ドクターのカップを覗き込みながら眉をひきつらせながら言う。

 

「……なあラファエラ。お前これ……なに飲ませる気だ?」

 

「サラトガクーラー。ただのカクテル。ノンアルコールだよ」

 

「はっはっは。知ってるか、可愛い妹よ。ハバネロエキスの原液はカクテルじゃあないんだぞ?」

 

「ジンジャーエールとかも混ぜてる……」

 

「そうだな、とびっきり辛いって有名なやつをな」

 

 義兄の混ぜっ返すような言葉に、ラファエラ―――オペレーター、ラ・プルマはそれ以上何も返さなかった。

 

 既に出来上がって、場の空気を読むことなど忘れているらしいクロワッサンに呼ばれ、そちらへ向かう義妹を見送りながら、テキーラはそっとドクターに耳打ちをする。

 

「なあドクター、ラファエラに何かしたのか?」

 

「いや……今度の作戦のことで少し揉めただけだよ」

 

「今あるか? 作戦書」

 

 カップを近づけては遠ざけてを繰り返していたドクターは、懐からPRTSを取り出して、いくつかの操作のあとテキーラに手渡した。

 

 テキーラはタブレットの画面をしばし見つめ、苦々しい表情を作る。

 

「クルビアの感染者収用区で発生する暴動の鎮圧か……」

 

「ただの暴動では収まらないだろう。感染者収用区で散発的に起こっている小競り合いでは、収用区にいる者には決して入手できないはずの武装が見られる。バックに何かついているのだろう……どこかのテクノロジー企業か何かが支援していて、クルビア軍も被害を被っているそうだ。ライン生命に技術提供を求める程度には」

 

「下手すりゃ、最新技術で固めたクルビア軍が、実験ついでに殲滅戦を仕掛ける可能性がある、ってか。連中も、そこまで馬鹿ではないと思うがね」

 

「誰もが狂って踊るだけの阿呆になることがある。それが大勢の中で怒りと狂気が共鳴し、膨れ上がった状態ならなおさらだ。敵同士で相互に憎悪を育て上げ、何もかも台無しにするような大事に発展することだってある」

 

 淡々と語るドクターの横で、テキーラは苦り切った顔をしながらショットグラスを傾ける。

 

 ドクターはドクターで意を決して特別なサラトガクーラーをひと口含み、盛大に噴き出してむせ返った。

 

 まだ手を付けていない冷水のコップをドクターに差し出してやりながら、テキーラは作戦内容を吟味する。

 

 ロドスの目的は収用区の感染者の制圧及びクルビア軍との、場合によっては武力を用いた折衝だ。感染者の制圧で事が収まればそれでよし。クルビア軍が過剰に攻撃を加えるのであれば、そちらも止める。最終的には制圧した感染者や負傷したクルビア軍に医療サービスを提供しつつ、事態の解決と背景の調査も行う。

 

「鎮圧班と医療・防衛班に分かれ、鎮圧部隊が倒した連中を、医療・防衛班が回収。それ以上の交戦を防ぐ役割を果たす。ラファエラは医療・防衛班で、そっちの総指揮はパラス……で、あんたは鎮圧班の総指揮か、ドクター?」

 

「げほっ、げほっ! そういう、ことだ……。だがラ・プルマは鎮圧班がいいと言って譲らなくて……」

 

「なるほどな」

 

 ようやく得心が行った。テキーラは苦笑しながら、離れた場所で酔っ払いに絡まれている義妹を見つめた。

 

 ラ・プルマはいつも通り、ぼんやりした様子で相槌を打っているが、頭部に生えた羽根の先がピリピリと振動しているのが見て取れる。テキーラ―――エルネスト・サラスにとっては、見覚えのある反応だった。

 

 昔、エルネストと父のパンチョがラファエラを危険から遠ざけようとして、ちょっとした喧嘩になった時もあんな反応をしたものだ。戦闘にまるで向いていない気質であることは、自他ともに明らかだというのに、ラファエラはちっとも譲らなかった。

 

 きっと、今機嫌が悪いのも、あの時と同じ……いや、もっと昔、ラファエラの実の父親が戦火に散った時のことが頭にあるのかもしれない。

 

 大切な人が、危険地帯に踏み込み、二度と戻らない。そのことを直感的に思い起こして、居ても立ってもいられなくなって、“ならば自分がついていって直接守りたい”と、そんな風に思ったのだろう。

 

 ドクターとは、そのあたりですれ違っている。作戦書を見る限り、無理からぬことではあるのだが。

 

「にしても鎮圧班の隊長、スルトにヘラグにシージにサリアにロスモンティスで、隊員がこの面子って……国家転覆でもやりにいく気か?」

 

「アーミヤにも不安がられたよ。だが、感染者たちの背後に何がいるのかまだわからず、被害を受け続けたクルビア軍も躍起になっている。最悪、双方を相手どる必要があると判断した。下手を打てば、野戦病院で余計な血を見る羽目になるだろう、とも」

 

「医療・防衛班は暴れる患者の制圧もしなきゃならないってわけか。道理でガヴィル先生が小隊長なわけだよ」

 

「医師と戦士を高いレベルで両立している人材は貴重だ。それを守る役目は、なおさらな」

 

 ちびちびとサラトガクーラーを口にしながらドクターは言う。あまりの辛さに舌でも腫れて来たか、若干呂律が怪しくなってきている。

 

 テキーラは肩をすくめ、拷問じみたカクテルの入ったカクテルをドクターの手から取り上げた。

 

「それだけじゃないんだろ?」

 

「……と、言うと?」

 

「ラファエラを出来るだけ戦わせたくない。本当は、ロスモンティスも鎮圧班に入れたくなかった。違うか?」

 

 ドクターは言葉に詰まり、フードの下で顎を引く。

 

 図星を突いた。テキーラは笑って、サラトガクーラーをちゃぷちゃぷと鳴らした。

 

「本当に、あんたはわかりやすい。もうちょっとポーカーフェイスの練習をした方がいいぜ? 腹の底に思惑を隠す練習もな」

 

「私は……はぁ」

 

 重く、アンニュイな溜め息。顔を伏せたまま差し出された手に、テキーラは取り上げたサラトガクーラーのカップを握らせる。

 

 ひどく辛い、度を越した辛党でなければとても飲めないようなカクテルを、ドクターは一息に飲み干した。

 

 喉をサボテンで削られるような激しい痛みに咳き込む背中をさすってやりながら、テキーラは言う。

 

「あいつもわかってるさ。あんたが誰を贔屓してるとか、そんなんじゃないってことぐらい。本人の性格やら戦闘スタイルやら状況やら、色々考えて適材適所で配置してることなんて、あんたの下で半年も働けばわかることだ。……あいつはただ、自分の目の届かないところで、家族がいなくなるのが嫌なだけだ」

 

「家族、か……。そう、だな。私も家族を失うのは……御免だ」

 

 ドクターはガラガラに荒れた声で、呻くように返答する。

 

 彼女の咳と喉の痛みが落ち着くのを待つ間、テキーラは義妹の方に視線を投げた。

 

 ラ・プルマはそろそろこちらが気になってきたと見えて、ちらちらと様子を伺っている。が、テーブル席のWに呼び止められてしまったようだ。どうやらカクテルではなく、安い瓶のビールを仲間のサルカズ傭兵と飲む気らしい。

 

 その様子を頬杖を突いて眺めながら、テキーラは酒気の漂う頭で考えた。

 

 ―――あいつは、ドクターのことをどう思ってんだかな。

 

 母か、姉か。前は父のように頼もしいと言っていたが、それも幼い頃に母を亡くしてあまり記憶が無いからそうなったのか。

 

 いずれにしても、ラファエラはドクターにとてもよく懐いた。ともすれば、義父のパンチョよりも。

 

 ぼんやりしていて、あまり会話しない彼女が、ドクターの前でだけはよく喋るようになった。

 

 ドクターに褒められ、頭を撫でられた時、頭部の羽根が嬉しそうにパタパタと動く。

 

 他の幼いオペレーターや、一部の女性オペレーターがそうするように、ラ・プルマはドクターによく甘えるようになっていた。父や自分にすら見せない顔を見せるほどに。

 

 それだけに、ラ・プルマの目の届かないところへ行ってしまうこと、失うことの恐ろしさは、相当なものだろう。

 

 テキーラはドクターの護衛役の名前を見つめる。

 

「あんたの近衛、ふたりだけでいいのか?」

 

「グラベルとヘビーレインがいれば充分だ。向こうもこちらにかかずらっている余裕はあまりないから」

 

「念には念を入れた方がいいぜ。経験から言わせてもらうと、かなり入念に計画していざ実行って時に、とんでもない嵐みたいなのが突っ込んできて、全部台無しにされたりするからな」

 

「ふふっ。それはチェンのことかい」

 

「わかるのか?」

 

「なんとなくね」

 

 ふたりはどちらからともなく噴き出し、笑い合った。

 

 その時、ちょうど対応を終えたラ・プルマが戻ってきて、ドクターに供したカップの中身を見て珍しく驚いた顔をしてみせる。それもまた、テキーラの見たことのない顔だ。

 

「ドクター……それ、飲んじゃったの? 全部?」

 

「うん。ごちそうさま、ラ・プルマ」

 

 傍までやってきたラ・プルマの頭を、ドクターは優しく撫でてやる。

 

 ラ・プルマは顎を引き、不安そうな上目遣いでドクターを見つめた。だがやがて、自分から頭をもぎ放して、カウンターの奥へと引っ込んでしまう。

 

 それだけで、きっと何か通じ合ったのだろう。ただ、ラ・プルマがそれを飲み込み切るのは、作戦が終わってからになる。

 

 テキーラが無言でいると、ドクターの白い瞳が向けられた。優しく、ともすれば無垢でさえある、優しい光がそこに宿っていた。

 

「大丈夫。誰一人欠けずに戻ってくる。そのために考えた作戦だ。君の方こそ、気を付けて」

 

「ああ。……なあ、ドクター」

 

 テキーラはカウンターに向き直り、空になったショットグラスを揺らす。

 

 残された丸い氷は溶けだして、照明を反射して煌めいている。グラスの内側にぶつかって、涼やかな鈴に似た音を鳴らすのを聞きながら、テキーラは低く静かな声で呟いた。

 

「あいつのこと、よろしく頼むよ」

 

 ぴんと張り詰めるような沈黙が返って来た。

 

 ドクターは目を見開いてテキーラの横顔を凝視すると、やがて視線を落とした。

 

 手が震えている。握り込んでも、収まらない。少し飲み過ぎたせいだと言い聞かせるのは、無理があった。

 

 ぽつりと零れた言葉は、迷子になった子供のように頼りないものだった。

 

「やめてくれ、テキーラ。そんな縁起でもないことを言うのは。……やめてくれ……」

 

 ドクターの横顔は、フードに隠されてしまってよく見えない。

 

 テキーラはすぐに愛想よく笑って、グラスを掲げた。

 

「悪かったよ。……乾杯しようぜ」

 

「もう飲み切ってしまったよ」

 

「いいだろ、別に。グラスがあれば充分だ」

 

 ふたりはぎこちない動きでグラスを持ち上げ、打ち鳴らす。

 

 その様を、Wがビール瓶をラッパ飲みしながら見つめていた。

 

 対面に座り、むっつりと黙り込んでいたマドロックが、口を開く。

 

「羨ましいのか?」

 

「何が? ドクターと飲んでるあの犬が? ハッ」

 

 侮蔑的に笑って見せるが、マドロックはなんの反応も示さない。ただ無表情のまま見つめてくる。

 

 Wはマドロックと目を合わせず、ドクターの後ろ姿を眺めた。いつもより一回り小さく、震えて見える背中を。

 

「昔を思い出してだけよ。随分と、丸くなったんだってね」

 

 俯き気味のWの顔は、凄惨な形の笑みに歪んでいた。

 

 

 

 いつかの、戦争が続いていた、ある日のこと。天災ならぬ豪雨が、景色を塗りつぶしていた。

 

 あまりにも多く流れた血と生臭さを濯ぐように、度を越した潔癖症のように降り注ぐ雨の中、Wは見た。こんな天気の中、ひとりロドス・アイランド号の甲板から静まり返った戦場を眺めるドクターの姿を。

 

 相も変わらず、全身をすっぽり衣類で隠した姿は不吉で、死肉に忍び寄る羽獣や牙獣を連想させる。

 

 信頼されながらも目を逸らされ、最近では話しかける者は非常に少ない。死線を潜り抜けたWの仲間たちでさえ、彼女には畏怖と恐怖を抱いて後ずさる。それはそうだろう……彼女の立てる作戦は合理的で、非常に成功率が高く、今だ無敗を貫いている。けれど、そこにはほぼ必ず犠牲が伴う。

 

 戦場に立つ以上、誰もが死ぬことを覚悟している。ただ、ドクターの立てる作戦は、そんな彼らをも不安にさせた。

 

 巧妙なのだ、あまりにも。彼女自身は犠牲を強いない。誰一人、捨て駒扱いはしない。だから誰も、次に誰が犠牲になるのかわからない。ぱっと見、油断(ヘマ)をした者から死んでいくように思える。理論上は、犠牲者が出ないようになっている。

 

 だというのに、ドクターが死亡報告を聞く時の態度はまるで、初めからそうなることがわかっていたと言わんばかりだ。問い詰められれば非を認め、次の作戦には確実に反映されている。それでも、誰かが犠牲になった。そしてドクターには、誰が犠牲になるのかわかっている。

 

 死神。敵前逃亡をしでかして、Wに粛清された兵士はドクターをそう評した。奴は人じゃない、死を運んでくるのではない、誰かの死ぬ運命を見る力を持った、別の何かだと。

 

 Wは目を細め、ドクターを睨みつける。すると、雨の中で肩をいからせて歩き、ドクターにつかみかかる者があった。

 

 ケルシーだ。普段沈着冷静で、誰にも無表情以外見せないその女は、ドクターの胸倉をつかんで何事か叫んでいた。

 

 豪雨のせいで、声は聞こえない。だが、空の暗黒を割る雷鳴に照らされた横顔は、飢えた牙獣のように狂暴だった。

 

 ―――あいつも、あんな顔するんだ。

 

 他人事のように思っていると、やがてケルシーはドクターを突き放し、歯噛みしながら離れて行く。

 

 ドクターはしばし雨の中でひとり、ケルシーが去っていくのを見送っていたが、やがてWのいる甲板出入口の方に歩いて生きた。

 

 Wの存在にはとっくに気付いているだろうに、ドクターは出入口をまたいで隣に来るまで、一切話しかけてこなかった。

 

 ようやくその声を聞いたのは、Wの真横に来てからだ。

 

「見ていたのか」

 

「通りがかっただけよ。何を話していたわけ? 痴話喧嘩?」

 

「まあ、ね」

 

 明らかに適当な答えではぐらかし、ドクターはWの真横を通り過ぎる。

 

 背後から聞こえる足音をいくつか数えたのち、Wは唐突に問うた。

 

「ねえ。あたしはいつ死ぬと思う?」

 

 ぴたりとドクターの足が止まった。

 

 袖口からぽつぽつと雫の垂れる音が、外の豪雨の音をすり抜けて薄暗い廊下に響く。

 

 ふたりは背中合わせに立ったまま、止まらない雨の音をしばらく聞き届ける。あるいは、ドクターから滴る水音の方かもしれない。

 

 ずぶ濡れになったドクターはやや掠れた声で問い返して来た。

 

「私に聞いて、どうする?」

 

「さあ? どうするのかしらね」

 

 ふたりはそのまま視線を交わし合う。先に目を逸らしたのは、ドクターだった。

 

「君が死ぬのは、ずっと先になるだろうな、W。ただ、もうすぐテレジアとはお別れになる」

 

「テレジアと? あんたたちと、じゃなくて?」

 

「同じことだよ」

 

 そう言い残して、ドクターは水っぽい足音とともに、艦の奥に姿を消した。

 

 点々と闇へと続く、雫の道だけを後に残して。



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