黒白のアヴェスター×アークナイツ。
短編ですので、こちらは一話で終わっております。

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 世界の全てが気持ち悪い。初めて世界を認識した俺の抱いた感想はそれだけだった。世界に偏在する音、風、光、水、熱、人。全てを総じて気持ち悪い物だと認識した。

 

 この世界(テラ)はとうに終わっている。いや、終わっていないことが不自然な世界だった。

 

 源石(オリジウム)鉱石病(オリパシー)と呼ばれる不治の病を発症させる危険な物質であり現代の技術のおおよそ根幹を担う物質。明かり、機械、この世界にとって重要な拠点である移動都市もほとんど源石がそのエネルギーの供給源。

 

 この石くれが内包する力はあまりに強大で、時として甚大な被害をもたらす天災を引き起こす。天災、源石(オリジウム)の影響による災害の総称であり城壁を吹き飛ばす嵐から都市機能を凍結させる降雪、建造物を洗い流す洪水、あらゆるものを喰らい尽くす蝗害、はたまた天より来たる隕石の災害など。

 

 そんな自分たちを滅ぼしかねない物質に頼らざるを得ない。

この世界は狂っていた。

 

 いや、終わっているのだ。それを無様につぎはぎ、平穏を装って見ない振りをして茶番を演じる道化ども。腐った舞台の上で慎重に立ち回る塵共の滑稽な踊り。

 

 感染者、非感染者というだけで途端に見る目と感情の入れ替わる蒙昧の群れ。その区別には血の絆も友情も愛も、倫理観も紙切れに劣る。脆弱な価値観と、無意味な正義感、空虚な悪意。何もかも不確かで哀れで嘲笑にすら能わない。

 

 気分が悪い、貴様らどうかしているのか?

 

 だからだろう、幼少の頃の俺は常に不機嫌そうに嫌悪の念と怒気を撒き散らしていた。

 

 あの奇怪な姉者が居なければ、すぐさま放逐されていただろう気味の悪い赤子。生まれが良かったなんてことが中途半端に俺を生かす理由にもなったのだろう。まったく、下らない。

 

 世界の全てが気持ち悪い、不明瞭で不快な雑音だ。

 

 自身の世界に対する認識を初めて、唯一の近親者と呼ぶに値する姉者に言った時、あれは泣いていた。

 

 何故かは分からない。ただあいつが泣いている姿が気にくわない俺は仕方なくあれの手を握りしめていた。あいつが泣き止むまで。

 

姉者(テレジア)は俺に向かって祈るように頭を撫でつけ、微笑みと共に言い聞かせていた。

 

『あなたの笑った顔を見せて、マグサリオン。それさえあれば、私は誰よりも強くなれるんだから』

 

 それはあまりに愚かな理屈だった。

 

『俺が笑わなければ負けるのか?自分ではなく他者の思い次第であんたの生殺与奪は決まるとでも。馬鹿げている、姉者はいつか身を滅ぼすぞ』

 

 幾度となく繰り返した会話、決まって姉者と共にいたあの陰気な白衣の女は、俺を気にくわないと言いたげな顔で見つめ、いつから来たのか分からず、やたらと俺を構おうとする傭兵女はわざわざ、俺と無駄な与太話をしたがっていた。小さく臆病な小兎は、俺が一人の時は物陰を探して姿を隠そうとするくせに、俺が姉者と一緒に居るときは決まって俺の傍に寄ってきた。

 

 そして一人、異質なフードと外套を纏った男は、俺と会うたびに立ち止まり俺を無言のままに見つめていた。

 

 意味なき日々、俺は言いようもなければ形容もできぬ苛立ちと共に時間を無為に過ごした。交渉や戦場に向かう姉者を遠く見つめ次こそはその意志を曲げさせて見せると決めていた。あのバカで泣き虫な女に決定的な真実を叩きつけてやる。

 

 そう思いながらも、決まって会えば意地を張って罵詈雑言で一方的な拒絶を図る。

 

 そうして、また次こそはと。

 

 次こそは、などと引き延ばし続け、無邪気に俺は姉者が帰ってくるのを痴愚のように待っていた。

 

 そんな下らない日々が終わりを告げたとき、俺は自分の中で姉者が如何なる存在なのかを悟った。

 

 あの屑(テレシス)が実行した斬首作戦により、全ては灰燼と喫した。そうして俺はようやく理解したのだ。

 

『だから言ったんだ。あんたじゃ何も変えられないって。…………ちくしょう、姉者、姉者!!』

 

 目の前からあいつ(姉者)が消えたことでようやく分かったのだ。

 

 この何もかもが不確かな移ろいゆく世界で、俺が不変と認められるのは姉だけだったのだと。

 

 

 

 

 

 

 ウルサス帝国の移動都市であるチェルノボーグ。この都市は最大の混乱に陥っていた。まず、チェルノボーグの秩序を守ろうとする憲兵の奔走。感染者たちが集い武装したレユニオンムーブメントの跳梁。指導者であり組織の中核を担うドクターの奪還を果たしたロドスアイランドたちの撤退戦。

 

 この三つ巴の一角であるチェルノボーグ勢力は既にレユニオンが蹴散らし、彼らはロドスの追撃戦に移行していた。追撃にあたるのは神算鬼謀の策謀家メフィスト、メフィストの相棒であり尋常ならざる技巧の狙撃手、ファウスト。

 

 

 撤退戦を行うロドスの面々はドクターを守る陣形でチェルノボーグを駆ける。辺りには爆煙や壊れた建物の残骸。横たわりぴくりとも動かない人体はもはや人間の体を為していない。周囲からは破砕音と爆音、瓦礫の崩れる音がチェルノボーグの破綻を謳いあげる。

 

 この世に降臨した地獄の具現。チェルノボーグは破滅にひた走り、ロドスは決死の逃避行を敢行する。ロドスのオペレーターたちは中核であり重要人物であるドクターを救出したというのにその面持ちには絶望の影が色濃く残っている。

 

 先頭に教官にして前衛オペレーターであるドーベルマン、そして救い出したドクターに次ぐロドスの指揮を担うトータスの少女アーミヤ。彼女たちは頭部の耳を立てて周囲を忙しなく確認し困惑の声を洩らす。

 

「どうして……こんなことに」

 

 ドクターを助け出し、街中を動き続けるロドスの皆も嫌な予感と共に辺りを見回す。彼女らもレユニオンと同じく感染者であるがゆえにむやみな非感染者との接触を避けるべく行動をしていた。しかし、それでも奇妙な違和感、いやもはや異常に誰かが口火を切る。

 

「生存者が居ない?」

 

 そう、叫び声が聞こえることもなく隠れ逃げる人々も見かけない。かつての住民はどれも亡骸としてしか見つけることは出来ない。

 

 無残な姿で転がっている死体はどれも呆然と一瞬で命を奪われたとしか思えない顔で打ち捨てられている。しかし、その数が異常だった。道に所狭しと倒れる人々だったもの、それはまるで死の濁流に魂を流され、死体だけが置き去りにされたようにも見える。

 

 死体の山に老若男女の区別なく、恐ろしいほど平等に死を与えられていた。

 

 幼い子供と、おそらく母親だろうか手を繋ぎながら亡くなっている姿にアーミヤを始め若いオペレーターたちが悲嘆の涙を流し、ドーベルマンや他のオペレーターたちが己自身を強く戒めようと拳を握り込む。

 

 彼女らはこの惨劇を引き起こしたであろうレユニオンの非道とこの虐殺を前に、自分たちの為すべきことの優先順位を見誤りかけていた。

 

「こんな非人道的な行為を見過ごし、生きのびて俺たちの価値はあるのか。一刻も早くレユニオンを止めるべきだ!」

 

「ドクターをロドスに送り届けるまでが任務だろう。目的を見誤るな!」

 

「じゃあ、この殺戮を指くわえて見てろってのか。くそったれ」

 

「じゃあ、ここで一人二人助けたところで何か変わるって言うのかよ!」

 

 空間を破裂させたような音がオペレーター同士の口論を押しとどめる。それはドーベルマンの武装である鞭を鳴らした事によるモノだった。厳しい面持ちで口論していた者たちの間に割って入ることで事態を沈静化させる。

 

「……各員、落ち着け。この悲惨な状況に心動かされない者などいないだろうが、我々がここから脱することさえもおぼつかないのだ。ここで遂行すべき任務を果たせずに我々が斃れれば感染者の未来はどうなる。各々、自分の使命を果たせ」

 

「不治の病の治療法研究、それと争いの鎮静……どちらか一方でもできるかどうか分からないのに。本当にそんなことができるのかな」

 

 黒のフードとマスクを被ったドクターと呼ばれる男性は沈黙を守り彼らの動勢を見ている。果たして、彼らが何を選び取るのか、記憶を失った彼は現在のロドスの立ち位置、そして記憶を失う前の自分の価値、現況の自分に行えることを確認しつつ周囲の隊員たちが何を選択するのかをじっと観察している。

 

 言い争いが止んでも、多くの者の瞳には不信と納得できず消化できない感情が沈殿している。誰しも言い切れぬ後悔と慚愧が渦巻く中にアーミヤが指針を示した。

 

「皆さん、こんな悲劇を見過ごせと言うのは確かに難しい事だと思います。私も許されるなら、レユニオンに襲われている人々を救いにいきたい、けど私たちにはそれ以上に時間がないんです。あと三時間ほどでチェルノボーグを天災が呑み込みます。私たちはドクターをロドスに連れ帰らないといけません」

 

「だから……迅速に撤退を行いつつ生存者の救助を行います。私たちの手で一人でも多くの人を助ければ小さくても世界は変わる。そうして数多の希望を束ね信じましょう、私たちなら“みんな”の未来を照らせると」

 

 正しく清廉な意志の発露にオペレーターの隊員たちは絶望に染まった顔つきが晴れていく。

 

 多くのオペレーターたちの顔つきが勇ましいものに変わっていく。それは光り輝く使命感によって希望をもたらされたゆえの大きな喜ばしい変化だった。しかし、ドクターはこの光景に一抹の不安を覚えた。自分はこういった光景をどこかで見たことがある。

 

 そして、その果てに辿り着いたのは…………。

 思い出せ思い出せ思い出せ、思い出せ、いいや否。思い出すな。

 

 

 

 

 割れたガラス越しに電源のついたテレビから声が聞こえ、ドクターに周囲のオペレーターたちの意識がそちらに向かった。

 

「チェルノボーグは憲兵団の迅速な対応によって、既に状況は沈静化しほとんどのエリアは鎮圧されました。チェルノボーグ憲兵団は今まさにワスク大道の暴徒を包囲しており今回の無謀な暴動は無事、終演を迎えようとしています。市民の皆様は慌てずに屋内でチェルノボーグ憲兵団の勝利をお待ちください」

 

 テレビ画面に整然とした歩調と隊列で動く憲兵団。それはウルサス帝国という大国が誇る戦力だった。そう、軍靴の大地を踏みしめる音は敵を怯懦に追いやり、味方を鼓舞する栄光ある光景だったに違いない。

 

 しかし、チェルノボーグで起きている地獄を見て、それをバカ正直に信用できる者は少ないだろう。オペレーターたちがそう思いながら、失望を隠しきれぬ目で徒に流される放送を見やる。

 

 そうすると、テレビの画像に激しいノイズが走る。砂嵐のごときそれに放送の中身だけではなくテレビ本体も壊れているのかと思った矢先に異変が生じる。

 

 行進をしていた憲兵たちが一斉に立ち止まった。

 

 いや、止まったのだ。

 

テレビを見ていたドーベルマンは他のオペレーターに先んじて嫌な予感を察知した。なにか、ナニカがおかしい、と。

 

「ウルサスの栄光が、陛下と市民に加護を与えることでしょう」

 

 放送を占める定型文が流されたとほぼ同時に整然と整列した憲兵たちの上半身と下半身が別れ落ち、後には主たる上半身を失った下半身のみの隊列が寒々しく残されていた。そのままテレビ画面は暗転する。

 

 

 

「なに、……アレ?」

 

 

 

 殺戮である。

 そうとしか言えぬ惨状。流されたのが僅かの間とはいえ、あの惨劇の一場面は多くの人々の心魂を降り砕くのに事足りた。

 

 

 テレビで放送された惨事は一瞬のこととはいえ、オペレーターたちを混乱させるに十分過ぎる出来事だった。悲惨な現況、絶望的な状況に多くの者立ちの足取りは鈍る。誰も先ほどの惨劇を詳しく語ろうとはしない。

 

 語り理解してしまえば、動けなくなると誰もが本能的に知っていたからだ。

 

「ドクターの救出という最大の難事は既に片付いている、無事に誰一人欠けることなく任務を遂行しろ」

 

 ドーベルマンが口にした言葉を全隊員は無言で頷いた。

 

 

 瞬間、爆轟と共に大地が裂ける。螺旋の斬撃、一直線の貫槍が周囲に立ち並ぶビル群を総崩れにした。吃音の気がある笑い声と屈託無き笑い声がチェルノボーグへ反響する。周辺に拡散されていく殺意の波濤。彼らの声がする方向へ向かってはならない。

 

 いけば死ぬ。それだけがただ直感を越えた本能として理解させられた。

 

 

 ロドスの面々は息を殺す。もし、気づかれれば、きっと自分たちは……。

 

 嫌な予感だけが脳裏を占めていく。息をすることさえ憚られるような緊張感の中、一人の隊員が物陰からそっと、怖いもの見たさ、いいや斥候や情報を収集するためという使命感より二つの人影を見ようとしてしまった。

 

 

 そこにいたのは……

 

 蒼銀の騎士鎧を纏った聖騎士を思わせる格好のサルカズの青年。

 

 紅蓮の騎士鎧を纏った病的な目つきの騎士鎧を纏うサルカズの女性。

 

 距離があるため会話は聞こえなかったが二人の怪物は何らかの言い争いを止め、双子のような完全に一致した動きでロドスの隊員たちが隠れる瓦礫の方へ振り返って壮絶に笑う。

 

「「目があったヤツは皆殺しだ!!」」

 

 

 

 


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