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――耳鳴りがした。
そう思った時には、背後の海面が音を立てて水柱をあげていた。
野分は振り返ることもなく、目の前の姉の姿――艤装を展開し、肩の艤装から煙を上げている姿を凝視した。
野分「えっと……姉さん。今のは?」
不知火「前にも言いましたが、不知火は不器用ですから。……手加減、というのが上手くいかなくて。ええ、私を演習相手に選んだ子達は、全員更に高錬度になってからやり直すか、別の姉に向かったか、してしまいまして」
野分「姉さん……? マジです?」
不知火「マジです。……大丈夫、ハンデはあげましょう。駆逐艦の真価は近接しての雷撃――および更に追撃して超近距離――装甲が意味を成さなくなる距離での打ち合いです。つまり夜戦のことですが」
不知火「ですので……。私は基本、雷撃以外の無用な砲撃はしないことにします。貴女に実力があれば、砲を使うかもしれませんが……。と言うことです。さあ、行きますよ!」
野分「――――っ! 撃ェッ!」
野分の砲撃――だが、そんな一撃はもちろん彼女に当たる筈もなく。
――その爆音を合図に、不知火と野分は水上を駆けだした。
野分は後ろに。不知火は前に。
つまりは反交戦。逃げる野分を不知火が追いかける形だ。
不知火「……逃げてばかりでは、いずれ捕まえますよ」
野分「分かっています――っ!」
唐突な状況に戦慄した野分だったが、一瞬で思考を切り替えた。
一撃目は、開幕に合わせたフェイク――無論、狙いすら付けていない攻撃が当たる筈もない。
だが、不知火の初動を遅らせ、結果としてある程度距離を離すことができた。
野分(しかし……姉さんの言うとおり駆逐艦の砲撃は、距離があると効果が薄い。
どの道、決めるためには姉さんの方へと近づく必要はある……)
野分(けれど……同じ駆逐艦同士なら、距離が開いても多少の効果はある!)
反転。同時に腰元の連装砲を発射する。完全に虚を突いたはずの一撃を、やはり不知火は即座に回避し更に野分との距離を詰める――
野分「なるほど――趣旨は分かりました」
つまりこの状況下において、野分が高錬度の不知火を倒す手段は1つ。
追いつかれて雷撃の射程に捕まれば終わりだ。だからと言って、こちらから無傷の不知火へと突っ込むのは、無策にも程がある。
――ならば。
野分(姉さんが撃ってこない――この距離の間に、可能な限り姉さんを潰す! その上でこちらから近接を仕掛けるしかない――!)
野分「掃射――っ!」
即座に状況を理解した野分は、再度連装砲を発射した。
毎分10発――艤装化することで更に速度を上げた連装砲の砲弾が、
ほぼ同時に不知火を捕えにかかる――!
不知火「ふ――」
――迫る砲弾の雨を前にして、不知火は笑った。
轟音が連続して響き渡ると同時に、水柱が何本も上がる。
水飛沫は野分の元まで届くほど――
けれど――野分の砲弾は、一撃たりとも不知火に当たってはいなかった。
いや、回避するだろうとは予測していた。
――だが不知火は、野分の予測を更に上回り――尚も、こちらに迫る速度を一切ゆるめていなかったのだ。
野分「……掃射っ!」
相手は初期型とはいえ自らの姉。加えて歴戦の勇士でもある。
この程度の弾幕では……。
野分「足止めにすらならないということですか……っ!」
野分の掃射を意にも介さず、着実に距離を詰めてくる不知火。
ひたすらに距離を保ちながら、野分は思考を続けた。
野分(考えろ……。この状況で、姉さんに当てる手段――っ!)
野分(無作為な掃射では意味がない。ならば、確実に狙いを付けるか――いや、それでは砲撃のタイミングで避けられる――だったら――っ!)
不知火「逃げてばかりでは、不知火は止められませんよ」
野分「ええ、そうですね――っ!」
振り返りざまの連装砲からの一撃。だが、この程度のフェイクは通用すらしない。
意外にも、不知火はこちらのフェイクやブラフといった手を看破し、完全に回避してくるのだ。
そういうのは苦手だと思っていたのに。
だから――後一手必要なのだ。
水上を駆けながら、不知火が射線に入る――その瞬間を、確実に撃ちぬく!
野分(けれどこれは砲撃のタイミングが見えすぎる。この距離なら、姉さんは避けられる)
不知火「その程度で……」
野分の予測どおり。急停止した不知火が、迫る砲弾を避ける為に
その場を横に飛んだ――
この時水面が映したものは、
不知火の失望した顔と――野分の勝利を確信した顔だった――
野分「だから――ここだっ!」
野分は満を持して、もう一度砲撃する。
砲撃の先は、不知火ではない。
不知火が回避したその先――!
不知火「――――――――っ!」
それは必中の一撃である。一度の回避行動を取った後、どうしても一瞬の隙が生まれる。
これは、人間でも艦娘でも同様だ。
だから野分は――その位置を予測して、予め砲弾を打ち出しておいた。
そこに彼女が来ると信じて、不知火ならばそこに避けると山を張った。
いや、計算したのだ。だからこれはブラフではない。
計算式で生み出した、野分の武器――この一瞬限りの未来予知――!
この一撃を避けることが出来る者は少なくとも深海側には居ないだろう――
彼女はこの一瞬で、そこまで成長したのだ。
――それは必中。判断力を奪われた一瞬を狙う必殺必中の一撃。
通常ならば、決して逃れることは出来ない。そう――
――ここに居たのが、そのわずかな化物でなければ。