目撃された菜々は偽名でスクールアイドルを始めようとしていたことを打ち明ける。しかし、早々に正体がバレてしまったことに悩む菜々を見て瑠和は、同じ秘密を共有する「共犯者」になること提案する……。
同作者連載の「彼方の近衛(https://syosetu.org/novel/271104/)」のアナザーストーリーです。
楠木ともりさん。本日までお疲れさまでした。後任の方もラブライブに関りのある方である種の運命だと思います。
長々話す場でもないので、早めに終わらせます。思いはすべて作品に込めました。これを中川菜々に、優木せつ菜に、楠木ともりさんに、林鼓子さんに、すべてのラブライバーに捧げます。
「ふぅ………」
夕日が差し掛かる学園の資料室。資料を置いて一息つく少年の名前は天王寺瑠和(てんのうじ るな)。ここ、虹ヶ咲学園普通科に通う一年生だ。今は生徒会の手伝いでここにいる。瑠和のクラスメイトで一人、生徒会に所属している少女がいる。瑠和はたまたま放課後にその少女と鉢合わせ、手伝いをする成り行きになったのだ。
「さてと………一通り終わったし、あいつに声かけて帰るか」
手伝っていた相手に声をかけようと生徒会室に向かって歩いていると、何やら声が聞こえてきた。
「…………歌?」
よく耳を澄ますとそれは歌声のように聞こえた。伴奏はないアカペラだが聞いていて心地よい歌声だった。特に意味はなかったが、その歌声の元をたどって声の主を見ようとした。
声がするのは生徒会室だ。まさかと思いその扉を開けた。
「なりたい自分を、我慢しないでいいよ!夢はいつか!ほら輝きだすんd」
誰もいない生徒会室で熱唱していたのは、瑠和のクラスメイトである中川菜々だった。しばらく夢中で熱唱していたが、歌いきる寸前で瑠和に気づいた。
「………………瑠和…さん?」
「よ、よう………頼まれてた仕事、終わったけど?」
「見ました………?ていうか、聞きました?」
菜々は顔を真っ赤にして動揺しながら聞いてくる。
「…………まぁ、な」
聞いてないというには無理がある状況だ。別にそこまで気にすることでもないと考えた瑠和はやや顔をそらしながら答える。瑠和が答えると菜々は顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。
「は………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
「………別にそこまで気にするほどのことじゃないと思うけど…」
「ダメなんです………ああ…ばれてしまいました…………こんなにはやくぅぅぅ………」
「バレる?」
いったいなんのことかと瑠和は頭に?を浮かべた。
◆
「スクールアイドルねぇ」
菜々は事情を話してくれた。どうやら彼女はスクールアイドルというものになりたいらしい。そのための練習であったがなぜ人に見られたくないかがわからない。
「まぁいいんじゃないかな。んで、ばれるとかなんとかっていうのは?」
「…その、私の家って、ちょっと厳しくて………。それに、私、あんまりアイドルって柄でもないですし…………だから……………その」
もごもごとしゃべりながら菜々はノートを差し出した。そこにはなにやら衣装やら曲のイメージやらが書かれていたが、中でも目を引かれるのは『優木せつ菜スクールアイドル計画』と書かれた一文だ隠れて練習していた歌に、家族が厳しいということ、さらにばれてしまっという菜々の言葉、そしてこのノート。そこから導かれる答えは一つだった。
「偽名と変装でスクールアイドルになろうってことか?」
菜々は小さくうなずいた。
瑠和はポカンとする。この中川菜々という少女、入学してからずっとお堅い委員長気質の少女だと思っていたが結構なんというか、子供らしいというような一面もあるのだなぁという普段とのギャップが感じられた。
「まぁ、学校の皆さんにも隠そうと思っていたのにさっそく正体を知られてしまったわけですが。はは」
菜々はうなだれて乾いた笑いを出す。瑠和は少しばかり責任を感じていた。別に菜々とそこまで仲良くしていたわけではないし、瑠和に何か責任があるわけでもない。しかし一人の少女の大事な夢を壊してしまったのは事実だ。
瑠和は少し考える。
「………別にやりゃいいんじゃないかな」
「え?」
「バレたって言っても俺が黙ってればいいだけだし。それに、俺はお前の歌…………結構好きだ」
「…………」
瑠和の言葉に、菜々は目を丸くしている。
「それにその…………なりたい自分を……我慢しなくていいんだろ?」
さっき菜々が唄っていた曲の歌詞を引用して言った。その言葉に、菜々はハッとする。
「俺がお前の歌、もっと聞いてみたいし、何なら協力させてくれないか?」
「私の…………歌を……ですか?」
瑠和の協力するという言葉よりも、もっと自分の歌を聞きたいという瑠和の言葉に菜々は驚き、喜びを感じていた。
「じ………じゃあ、私の秘密…を……共有する…共犯者になってくれますか?」
せつ菜はそう言って瑠和に手を差し出す。瑠和は笑って菜々の手を取った。
「もちろん」
この偶然が、本来であればきっとクラスメイトだけで終わったであろう関係を変えた。これは、この二人を包む、苦くて優しい物語の始まりの始まり。
―数日後―
「瑠和さん、今少しよろしいでしょうか」
数日後の放課後、帰ろうとする瑠和の前に菜々が現れた。
「少し、生徒会のことでお話が」
「へいへい」
菜々に連れられ、瑠和は人気の少ない場所まで連れてこられた。菜々はあたりに人がいないことを確認する。
「で、瑠和さん、できましたか!?例のモノは!」
「ああ…………ほら」
瑠和はカバンから紙袋を取り出した。菜々はそれを受け取り、中身を取り出す。中に入っていたのは布の塊。広げてみるとそれは衣装だった。菜々がこの先、「優木せつ菜」としてステージに立つための衣装だ。それを見た菜々は目を輝かせる。
瑠和に最初に依頼された手伝いは衣装の制作だった。菜々はスクールアイドルを親にも秘密裏にやる以上、衣装の制作を家でやるわけにもいかなかった。そこでなんやかんや裁縫なんかも得意な瑠和が引き受けたのだ。
自分が注文した通りの衣装に菜々は感動さえ覚える。
「瑠和さん……」
「袖を通してみてくれ。一応サイズ通りに作ってみたが、もしサイズが違ったらうまく踊れないだろ」
「………はい…」
瑠和は菜々が着替えている間外に出た。少しすると菜々から着替えが完了した合図があった。
「もう、大丈夫です」
「入るぞ」
瑠和が教室に入ると、そこには普段見ない姿の少女が立っていた。派手なデザインの衣装、三つ編みを解いた美しい髪、眼鏡を外した素顔。その少女にはもはや 中川菜々の面影などない。
「ど、どうでしょうか」
「………すごいな、ここまで印象が変わるものか…。うん、すっごくいいと思う」
瑠和は笑っていった。その言葉に、せつ菜は少し驚いた顔をした。せつ菜は少し胸を抑える。
「…………あの!」
菜々は瑠和に一気に迫って手を掴んだ。そして、思いっきり顔を上げ真剣なまなざしで、瑠和を見つめた。
「あ、ありがとうございます!私、がんばります!私の大好きを届けられるように!」
「お、おう……」
急に迫られ、瑠和は驚いていたがきっと衣装がうれしくてテンションが上がってしまったのだろうと勝手に思い込んでいた。顔が赤くなっているのは夕日と、興奮のせいだと瑠和は思った。
夕日が虹ヶ咲学園を照らしたこの日、この時、優木せつ菜が爆誕した。
―数日後―
「本当にやるのか?」
「はい!」
数日後の空き教室。瑠和とせつ菜は、作戦会議をしていた。せつ菜の提案は、ゲリラライブを行うとのことだった。
「………メンバー集めとか、そういうのが先なんじゃないか?」
「………同好会として申請するには最低5人は必要です。申請は瑠和さんに任せるとして、あと三人、メンバーが必要です」
「そうだな」
「ビラ配り等もできますが、私がせつ菜として人前に、生徒の手の届く範囲にでるべきではないと思ってます」
「まぁ、感づかれるかもしれないからな」
「なので、ライブをやって虹ヶ咲学園にもスクールアイドルが生まれたんだということを証明し、瑠和さんにはやりたいといってくれるメンバーと私をつなぐ、いわばインターフェースナビゲーターをしていただきたく思います」
つまりは同好会の広告塔としてせつ菜がライブを行い、瑠和が窓口役をやるということだ。
「…………また遠回りな方法を」
「………正体が早々にばれるのは避けたいので……」
面倒な方法だと思ったがせつ菜の言い分もわからなくはない。それに瑠和も手伝うといった手前それを否定するわけにもいかない。いろいろと不安は残るが瑠和はせつ菜の提案に乗った。
それから数日後にゲリラライブが行われた。会場は生徒が多そうな寮付近。ライブを行うせつ菜の隣に、瑠和は「マネージャー 入部希望は私まで!」と書かれたTシャツを着させられ、立たされた。
「………もうちょいマシなやり方はなかったのか?」
「シンプルイズベストです!さぁ!行きましょう!」
「……」
―東京テレポート駅付近 カフェ―
ライブの結果はあまりよくはなかった。瑠和の前にはテーブルに上半身を預けて倒れているせつ菜がいる。
「まぁ、場所が悪かったと割り切ろう」
「うぅ………まぁまぁショックです…」
寮前ということで騒音だと文句を言われたのだ。結果としては虹ヶ咲学園のスクールアイドルの印象がマイナスからスタートする結果となった。
「まだ始まったばっかだし、前向きにいこうぜ」
「………ですが」
せつ菜、というか菜々としては初めての試みだったので出鼻をくじかれ、なかなか立ち直るのに時間がかかりそうだった。どうしたものかと瑠和が考えているとせつ菜のカバンに目が行く。
そこには何かのアニメのキャラクターのキーホルダーがつけられていた。瑠和はそのキャラクターに見覚えがあった。妹がよく見ていたのを瑠和は横で少し見ていたのだ。
「そのキーホルダー………」
「ご存じなんですか!?」
刹那、さっきまでの落ち込みようはどこへやら。せつ菜が瑠和の手を握る。
「お……おう。少しな」
「あの!今度このアニメの映画が公開されるのですが!一緒に見に行きませんか!?」
いままで見たことないくらいにぐいぐいと目の前までせつ菜が迫ってくる。
「ああ………でも俺ちょっとしか見てないって言うか…」
「ご安心ください!私ブルーレイ全巻もっています!!多分劇場版だけ見ても楽しめると思いますがしっかり予備知識をつけるべきかと!!家では大きな音を出して見れないのですが瑠和さんのお宅で見てもいいですか!?っていうか見させてください!!」
「お、おい…ちょっと!」
「はい!何でしょう!!」
「近い」
「………すいません」
せつ菜はテーブルに膝を乗せ、瑠和がえび反りになるくらい迫っていた。おまけにせつ菜は結構声が大きいので瑠和の耳がキンキンするくらいに近くで叫ばれていた。
瑠和に言われるとせつ菜は顔を赤くしてすごすごと元の位置に戻る。
しかし、こんなに元気なせつ菜は初めて見た。きっとアニメなんかも大好きなのだろうと瑠和は思った。大好きだが、家柄的にあまり家でも見られない様子だ。
せつ菜という偽りの仮面をつけなれば大好きを叫べない少女。その少女の歌を好きになった自分がいる。彼女が歌うためには……
「いいぜ。家来いよ。妹の部屋なら妹の趣味で防音対策してるから好きなだけでかい音で見るといい」
せつ菜はぱぁぁぁっと明るい顔になった。瑠和はせつ菜の歌が好きだ。だからこそ、好きなことで元気を取り戻して欲しかったのだ。
―天王寺家―
「ってなわけなんだけど………いいか?璃奈」
瑠和は自宅に帰ると、妹である天王寺璃奈に相談した。瑠和の妹である璃奈はあまり表情が表に出る人間ではない。だから瑠和の提案に機嫌がいいのか不機嫌なのか、よくわからない。
「………いいよ」
「そうか……ありがとう」
「………お、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「私も………一緒に観ても…いい?」
「………もちろん」
ぎこちない会話だ。まるで出会ったばかりの顔見知り程度の関係のようだ。昔は忙しい親に代わって家事などを頑張りながらも璃奈と遊んでいた時期があるはずなのだが、もうその頃のようにはできない。その頃に思いをはせながら瑠和はため息をつく。
「…………はぁ」
数日後、ブルーレイ全巻セットとお菓子やらジュースやらを持ったせつ菜が遊びに来た。
「こんにちは!初めまして璃奈さん!瑠和さんのクラスメイトの優木せつ菜です!」
「初めまして………」
璃奈はせつ菜の声量に完全にビビっている。
「それにしても本当によかったのですか?まだ受験で忙しい時期なのでは……」
「………もう、推薦で入学が決まってて…その、虹ヶ咲学園に」
「本当ですか!?おめでとうございます!!さすが瑠和さんの妹さんですね!ちなみに学科はどこでしょうか?」
「情報処理……」
「そうでしたか。私は普通科なのであまり会えないかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします!」
「………」
一通り挨拶が終わったところで視聴会が始まる。アニメの話数は12話。1話24分で288分約6時間だ。今は9時で終わるのは15時といったところ。
果たして集中力が持つか不安だった瑠和だが、それは杞憂に終わる。
とても分かりやすい内容で、男の子だったら大体が好きな内容だった。瑠和も当然ハマる。せつ菜も燃え上がっていたが、ふと横で見ている二人を見る。
時々声は出すが表情は全く変わらない瑠和の妹と、燃え上がってはいるが時折妹の方を見ると、気分の悪さをごまかすように盛り上がる瑠和。
「………」
物語が半分ほど進んだところでせつ菜は少し考える。
「少し、お腹が空きませんか?」
「そう………だな。何か作るよ」
せつ菜の言葉に瑠和は確かにと思い、台所へ向かおうとした。
「あ、お手伝いします!」
せつ菜はそれを慌てて追いかける。瑠和は冷蔵庫をあさりながらなにか作れないかを考える。
「ん~………野菜も…ソーセージもあるな。中川、ナポリタンでいいか?」
「あ、はい………………あの、瑠和さん」
「ん?」
「妹さんと………何かあったのですか?」
「…………まぁ、な」
瑠和は冷蔵庫から野菜を取り出して並べる。
「中川、野菜洗っといてくれ」
「は、はい………」
瑠和は菜々が洗った野菜を切り始めた。
「…………俺の家…さ、親が仕事で忙しくてあんま家にいないんだ」
「そう………でしたか」
「だから俺は小さいころから、璃奈の面倒見たり、家事をしたりしててな。それはいい。けど小3のころ、親の仕事の都合で引っ越すことになってな………親に振り回されるのが嫌になった俺は猛反発して………結果的に俺は地元に残って親戚の家に引き取られたんだ」
「…」
瑠和は話しながら調理を続ける。
「また一緒に暮らすようになったのは、高校と実家が近かったからだ………。久々に会ってあいつは全然表情を表に出さなくて……………いつも怒ってるのか、笑っているのか………わからねぇけど………多分璃奈は俺のこと、怒ってる」
「どうしてそう思うんですか?」
「璃奈は表情が表に出ないだろ?だから、友達いないんだ。璃奈の表情が出なくなったのは親しい人間がそばにいてやらなかったからだ。寂しかったのは璃奈も一緒なのに、一緒にいてやらなかった俺のこときっと恨んでる」
「………」
せつ菜は少し考える。瑠和が衣装を作れるほどに器用だったり、料理をできるのは幼いころから家事をしていたからだった。
そういう意味では瑠和もその才能を嫌っているのではないかと思った。今まで頼んできたことが少し申し訳なく感じた。
なんだかんだ瑠和に助けられっぱなしだ。自分がしてやれることがないかとせつ菜は考え込んだ。
それから昼食をとり、再び視聴会がスタートした。そして最終回まで見終わった。
「やっぱりこの作品はすばらしいです………これで瑠和さんも予備知識はばっちりですね!」
「ああ…さすがに疲れたが」
「では今度一緒に映画に行きましょう!璃奈さんもよかったら!」
「私?」
まさか自分が誘われるとは思ってなかった璃奈が驚いた声を出した。
「はい、せっかく一緒に観たんですから!それに、仲間は多い方が楽しいです!楽しいことは、共有するものですよ!」
「………そうなのかな」
「そうなんです!!」
璃奈はせつ菜の押しに困っている様子だった。そんな中で助けを求めるように瑠和を見た。璃奈の視線に気づいた瑠和は少し考えた。
「璃奈が決めるといい。来たかったらくればいいし、気が乗らないなら来なければいい」
「………」
―当日―
映画公開当日。瑠和は待ち合わせ場所にずっと早く来ていた。理由は今日来るかどうかの判断を璃奈にさせたかった……というよりも、相談されたくなかったのだ。
少ししてからせつ菜が合流する。
「早いですね瑠和さん」
「まぁな」
「璃奈さんは……」
「わからない。先に出たからな」
「そうですか………」
まだ時間はある。二人は待ち合わせ場所で待つことにした。
「………瑠和さんは、これからどうしたいですか?妹さんとのこと…」
「結局は俺のわがままがきっかけなんだ。許してもらおうなんて思わない……………だけど、なにか璃奈のためにしてやれたらなっていうのは、思う。だって、もしかしたら高校生活を虹色にしてやれることはできると思うから……」
「…そうですか」
二人で話していたところに誰かがやってきた。
「お、お待たせしました……」
「璃奈さん!」
「璃奈……」
璃奈は来た。持ってる服の中でできる限りのおしゃれをして少し時間がかかっていたのだ。璃奈は落ち着かないのかそわそわしている。そんな璃奈を笑顔でせつ菜は受け入れた。
「では、メンバーもそろいましたし、いきましょう!」
三人は映画を見に行った。予備知識を持った瑠和もばっちり楽しめ、せつ菜も璃奈も各々で楽しんだ。
映画が終わり、まだ熱が冷めきらないまま外に出ると瑠和がお手洗いに行きたいといった。瑠和が離れるとせつ菜は璃奈の方を見た。
「あの、璃奈さん」
「………?」
「璃奈さんは、瑠和さんのことどうお考えですか?」
「………どう……って?」
「実は先日お二人のお宅にお伺いしたときに、お二人の過去というか……家庭事情を知ってしまって……お兄さんの……瑠和さんのこと、恨んだり…していますか」
それを聞いて璃奈は少し驚いたような様子でいた。やはりこんなことを聞くのは迷惑だっただろうか、そう思い、質問を撤回しようとしたとき、璃奈が口を開いた。
「………私は、別に何とも思ってない。お兄ちゃんの気持ちもわからなくないし…」
「………そうですか」
「お待たせ」
そこにちょうど用を済ませた瑠和が戻ってきた。瑠和の姿を見たせつ菜は瑠和と璃奈の手を取った。
「お二人とも!今日は一緒に映画を見てくれてありがとうございます!」
「わ」
「お、おう…」
「私、いままでこういうのを共有できる人がいなかったので………今日は本っっ当に楽しかったです!感想なんかも聞きたいですし、よろしければこれから一緒にいろいろめぐりませんか!?」
せつ菜の提案と声量にびっくりしながら瑠和は璃奈を見る。璃奈も同様に瑠和を見た。
「………まぁ」
「うん」
二人はせつ菜の提案に乗った。それを聞いたせつ菜はにっこり笑ってそのまま二人の手を引っ張って走り出した。
「決まったなら!行動あるのみです!行きましょう!」
「おわぁぁぁぁ!」
「わわわわ」
そして三人は様々な場所を息つく間もなく一気に回った。アクアシティ、ヴィーナスフォート、科学未来館等を一気に回っていった。最初は振り回されている感じの二人だったが、だんだんと一緒に楽しんでいる時間も増えていった。
そして、最後に三人は潮風公園にやってきた。
「ふぅ………海風が心地いいな」
散々お台場を走り回った瑠和たちには夕暮れの海風が一段と涼しく、心地よく感じられた。
「………お二人とも、今日はありがとうございました!こんなに楽しい日は初めてです!」
せつ菜の満足そうな笑顔に璃奈と瑠和の二人は顔を見合わせ、少し微笑んだ。
「提案したのは中g……優木だろ?俺たちも楽しかった」
「だとしても、お二人がいてくれたから……お二人だったから、楽しかったんだと思います。だからせめて、私は私にできることでお返しをしたいと思います!」
「?」
せつ菜は潮風公園の海沿いにあるステージに上った。
「見ててください!私の全力全開!!」
せつ菜は歌い始めた。
「走り出した……思いは強くするよ♪」
先日までの失敗で落ち込んでいた姿など忘れさせるくらい全力の歌唱と、目奪われるダンス。夕暮れ時で人の少なかったはずの潮風公園にもせつ菜の歌声に惹かれて多くの人が集まってきた。
「夢はいつか!ほら輝きだすんだ!♪」
せつ菜が歌い終わったそれと同時に拍手喝采がステージ付近を埋め尽くす。
「ありがとうございました!虹ヶ咲学園!優木せつ菜でした!」
ステージから降りたせつ菜は瑠和と璃奈の手を取って人が少なそうな場所に移動する。
「はぁ、はぁ、いや、よかったよ。優木」
「うん……すごかった」
二人は息を切らしながらさっきのステージの感想を言う。せつ菜も息を切らせていたがその息を整えながら二人の方に向き直る。そして、このステージを通して伝えたかったことを話し始める。
「私は…………一回の失敗なんて私は気にしません!何度だって立ち上がって見せます!だから…………瑠和さんも、失敗を恐れないでほしい」
「………え?」
「お二人の兄弟関係のことです。部外者の私が言うことではないと思いますが………もっと仲良くできると私は思います………今日は本当にありがとうございました!それでは私はこれで!」
そう言い残すとせつ菜は颯爽と去って行ってしまう。その場に残された璃奈と瑠和は向き合う。
「…………璃奈」
「お兄ちゃん…」
「璃奈は…………俺のこと………………怒ってるか?」
思い切って口を開いたのはいいがだんだん怖くなり、瑠和は自然とうつむいてしまう。もとより生まれたころから持っている感性のせいで人と顔を合わせるのが苦手な瑠和にとってこういうのはより難しい行動だった。
「……どうして?」
わかったうえで聞いてるのか、本当にわからないで聞いてるのかわからないが璃奈は当然の疑問を投げかけてきた。
「だって………俺が璃奈と一緒にいてやれなかったから……璃奈は表情を表に出すのが苦手になって………そのせいで……あんなに寂しそうに…」
ちらりと璃奈の方を見てみると珍しく璃奈の表情が変わっていた。瑠和の言葉に面食らったような顔をしていたのだ。
「………別に、恨んでなんかないよ」
「え?」
「だってお兄ちゃんが忙しかったの知ってた………昔もお母さんたちがいないとき、家事頑張ってたの知ってるよ。友達がいないのは、私が友達を作る勇気を持てなかったから…」
「違う!俺は、家事とは別に璃奈を家に一人にして………」
「それくらい、しょうがないと思う…小学生だったから…………」
「………でも」
刹那、璃奈が瑠和を抱きしめた。
「私は、お兄ちゃんに一緒にいてほしい。昔のことなんかどうでもいい……お兄ちゃんがそばにいてくれるだけで私は嬉しい」
「………璃奈っ…!」
瑠和は璃奈を思いっきり抱き返した。離れ離れだった兄妹に自然に空いてしまった溝がようやく埋まった気がした。せつ菜はその様子を木の陰からこっそり見て微笑んでいた。
「私もいつか……家族や………に本当の想いを打ち明けられるでしょうか……」
◆
それから、数か月して年が明け、新たな学期になった。瑠和と菜々は二年生に、そして璃奈が入学した。一年生後半にはせつ菜は生徒会長に立候補し、生徒会長になった。数か月の間に何度かライブをやってみたものの成果は0。だが瑠和としてはせつ菜の歌が聞ければそれでいいと思っていた。
そんなある日。
「ねぇ、そこの君」
「はい?」
急に声をかけられた。振り返るとそこには見知らぬ女生徒が二人。リボンの色を見るに三年生らしい。一人は外国人の様だった。
「あなた、確か去年寮の真ん前でライブして注意された子の隣にいたわよね。その……マネージャーさん?」
「ああ……まぁ。はい」
「入部希望は私までとかも書いてあったわよね。入部したい場合はあなたでいいのかしら?」
「ええ………ひょっとして入部希望の方ですか?」
「ええ。まぁ私じゃなくてこの子がね」
そういって瑠和に話しかけていた三年生は少しずれて自分の後ろに控えていたもう一人の三年生に場所を譲る。
「初めまして!今年から虹ヶ咲学園に留学してきました!国際交流学科のエマ・ヴェルデです!」
「ああ、ども………虹ヶ咲学園二年普通科の天王寺瑠和です」
「私、スクールアイドルになるためにスイスから来たの!それで、初めて友達になった果林ちゃんに相談したら、そういう人見たことあるって聞いたから!」
「そうでしたか!メンバー集めはまだしてますから大歓迎です!一緒に頑張りましょう!」
「本当!?ありがとう~!」
瑠和の話を聞くとエマはテンションが上がったのか瑠和を思いっきり抱きしめた。
「もが……」
「瑠和さん……?」
そこにたまたま中川菜々が通りかかった。廊下の奥から見かけただけだが、女性の先輩に抱きしめられている瑠和を見て、一瞬、胸の中になにか、漠然とした不安のような何かがよぎった気がした。
「会長?」
一緒に歩いていた生徒会メンバーが菜々が足を止めたことに不思議がる。
「どうかしました?」
「あ、すいません。行きましょうか」
胸によぎった不安はきっと気のせいだ。そう言い聞かせるように菜々は速足で歩く。まるで気持ちを振り切るように。
―放課後―
「てなわけで!部員第三号だ!」
「国際交流学科三年!エマ・ヴェルデです!!」
「おぉ!待ちに待った新メンバーですね!」
「うん、これからよろしくね!…………それで、なんで公園なの?」
エマが瑠和に現部長を紹介するといわれ、連れてこられたのは潮風公園。なんだかんだここが現状一番いい場所となっていた。
「まだ部員が足りなくてですね、練習場所がまだ学校からもらえないもんで」
「そうなんだ……」
それ以上に菜々の正体がばれるとまずいという問題もあるのだがそれはまだ黙っていた。
「とりあえず、まだ俺を含めても三人。あと二人か……」
「そっかぁ………じゃあしばらくの活動は部員集めだね!チラシ配りとかかな?」
「そう………なんですけど。その実は、えっと……」
せつ菜はまだあまり人前に出るわけにはいかない。まだ優木せつ菜の姿が学校に馴染んでいないため人前に出ると菜々であることが見破られる可能性がある。だがそれの説明をするのは少し難しい。
「あー!せつ菜は次のライブの準備があるから!メンバー集めは俺たちでやりませんか?」
「う、うん………いいけど…」
瑠和が慌ててサポートに入る。
「そうと決まればさっそく、チラシでも作りましょうか!優木は練習ファイト!」
「………は、はい…」
瑠和とエマの二人はチラシ作りに、その間せつ菜はいつも通りの練習をすることにした。
「……………」
だが、せつ菜は練習中ずっとチラシを作っている二人を見ていた。仲間が増えたのは嬉しい。望んでいたことのはずだ。だが、せつ菜はずっと疑問に思っていた。この胸の違和感のようなものを。
―翌日―
「お、そこの君」
「はい?」
制作したチラシを持ってさっそく瑠和は校内に配りに来た。そして瑠和がいざチラシを配ろうとすると女生徒が声をかけてきた。また三年生の先輩だ。
なにやらデジャヴを感じる。
「君、スクールアイドルっていうの知ってるの?」
「え………どうしてですか?」
「昨日君たちがスクールアイドルの話をしてたの聞いちゃったんだ~。だから何か知ってるのかな~って」
「…俺たちは、スクールアイドル同好会を開いたんです…………部員募集中ですけど」
瑠和はチラシを三年生の先輩に渡す。
「ほぉ~いいねぇ!彼方ちゃん入るよ!」
「ええ、そんな急に。いいんですか?説明とか」
「大丈夫~。彼方ちゃんやる気満々だから~。あ、私ライフデザイン学科三年の近江彼方。よろしくね~」
変わった人だと瑠和は思った。だがプロポーションも悪くないし、とにかく今は人手が必要だ。瑠和は案内のため放課後に正門に来てほしいと告げた。
「とりあえず一人確保…でいいのかな……」
―放課後―
「………」
瑠和の目の前にはベンチで眠っている彼方がいた。
「なんでこんなとこに」
「すやぴ……」
放課後、正門で持っていても全然来ないので軽く探してみたところ、ここにいたのだ。学校で教室以外で居眠りをしているの初めて見た瑠和だった。
「あの~。えっと、彼方?さん?起きてくださ~い」
「ん~」
「彼方さ~ん!」
「………」
―潮風公園付近―
「なんでこんなことに…」
瑠和は彼方を背負って公園まできていた。
「瑠和さん……?」
そこに同じく公園に向かっている途中のせつ菜が合流した。
「どちら様ですか?」
「ああ、え~と、なんとか彼方さん。新しくスクールアイドル同好会に入りたいってさ」
「そうなんですか……でも、なんで寝てるんです?」
「さぁ………起きないからこうやって連れて来たわけなんですけど…」
「大丈夫でしょうか…」
「一応寝てるだけみたいだけど…」
「そうですか…」
また、妙な感覚がせつ菜の胸の中によぎった。なぜだろう。いったい何が原因でこんな気持ちになるのだろう。せつ菜はずっともやもやしていた。
そんなもやもやとともに公園につくと、そこにはエマがすでに待っていた。
「エマさん、早いですね」
「うん、報告したいことがあって」
「報告?」
「じゃん!」
エマが横にずれると、エマが立っていた場所の奥に虹ヶ咲学園の制服を着た少女が二人立っていた。
「初めまして。国際交流学科一年、桜坂しずくです」
「普通科一年、中須かすみです!かすみんって呼んでくださいね!」
「今日、チラシ配ってたらふたりともやってみたいって!」
一人はショートな髪型が似合う元気そうな女の子で、もう一人は大きなリボンがトレードマークの長い茶髪の少女。瑠和が彼方と会ったようにエマがチラシを配っていたところ、出会ったようだ。
「それで、その後ろの人は?」
「ライフデザイン学科三年の近江彼方で~す。よろしくね~」
彼方は瑠和に背負われたまま挨拶する。
「いつから起きてたんスか」
とりあえずこれで部員は瑠和を含め六人となった。同好会として設立するのには十分な人数となった。六人は部の申請書に名前を書いた。
「よし、これで部室がもらえるな」
「ええ………そうですね」
「そういえば、スクールアイドルって……どうやってライブするの?」
率直な疑問をエマが口にした。瑠和も確かにと思った。せつ菜の歌を聞きたい、手伝いたいと思ってここまで来たが、スクールアイドルの本質というか、目標というものをちゃんと知っていないことに気づく。
「確かに…」
「スクールアイドルの目標といえば!ラブライブ!それしかありません!」
「ラブライブ…?」
「スクールアイドルの甲子園みたいなものです!こんな感じですよ」
せつ菜のあとにかすみが熱く語りだした。そして瑠和にラブライブの映像を検索して瑠和に見せた。瑠和とエマ、しずくがラブライブの映像を見る。
「グループ………なんだな」
「そりゃそうですよ!とりあえず私たち五人で………先輩もひょっとしてメンバーですか?」
かすみが瑠和を見ていった。
「まさか。俺はまぁ、マネージャーだよ」
「そうですか。じゃあ、私たちのグループ名、どうしますかぁ!?」
「それはおいおい考えるとしましょう。とにかくメンバーが集まったなら私だけの練習をするわけにもいきませんし、明日は休みで……来週までに皆さんで練習できるメニューを考えてきます!」
とりあえずその日はそれで解散となった。帰り道、瑠和とせつ菜がいつも別れる道まできた。
「それでは、また来週…」
「ゆ…優木!」
普段であればそこで別れるのだが、瑠和は声をかける。
「ん?」
「あの……さ。アイスでも食わないか?割引券!ある…ん……だけど」
「…」
二人はアイスクリーム屋に寄り、瑠和の割引券を使ってアイス買った。買ったアイスを持って近くのベンチに座る。
「ん~!おいしいです!」
「ああ………あのさ」
「はひ?」
「この先……同好会はグループでやるのか?」
「はい!なんとかメンバーも集まりましたし!」
「…そっか」
「なにか…ありましたか?」
普段みないような瑠和の深刻そうな顔にせつ菜もなにかを察して瑠和を気遣う。
「………いや、お前が始めた物語だ。お前の好きに」
「いえ!何かあるなら聞かせてください!」
せつ菜一気に詰め寄ってきた。
「いやだから…いいって」
「いえ!ここまでこれたのはきっと、瑠和さんがいてくれたお陰だからです。私のわがままをたくさん聞いていただきました。だから、今度は私の番です!せめて、お話だけでも聞けませんか?」
「…」
せつ菜のまっすぐな瞳に押され、瑠和は目を逸らしながらなにがあったのかを話し始める。
「俺は、お前の歌が好きだ。だから、手伝いを申し出た。お前の歌、もっと聴いてたいって思ったから」
「瑠和さん…」
「他の連中の歌は聴いてないし、嫌いな訳じゃない。けど………お前の歌だけ聴いていたいって……今日…少しだけ…思ったっていうか………」
瑠和の言葉に、せつ菜は少し顔を赤くした。そして顔を赤くしたままうしろに下がった。
「そういっていただき…その…光栄です。ですけど…スクールアイドルをやる以上、グループになるのは仕方ないことで……それに!一人で歌うのを禁止される訳じゃありません!イベントなんかで歌う機会もきっとありますよ!」
「そう………だよな」
「……」
どこかわだかまりを残したまま、その日二人は別れた。仕方ない。そうだ。わかっていたはずだ、こうなること。いまさら言ったってしょうがないはずだった。
瑠和と別れたせつ菜はしばらく瑠和の言葉を考えながらぶつぶつとつぶやいていた。
「結果を…………残さなければ………瑠和さんが満足して楽しんでくれる結果を……」
―休み明け―
そのまま数日が経った。同好会はラブライブを目指し、曲作りやダンスの振り付けを考え始めた。瑠和はギターができたため主に作曲、ダンス等の知識のあるせつ菜とエマ振り付けを考えることになった。
瑠和は新設された虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室で一人作曲に打ち込んだ。他のステージに出るメンバーはせつ菜の考えたメニューを練習中だ。
「………だめだ…」
しかし、なかなか筆がうまく乗らない。せつ菜だけでなくみんなに歌って貰う曲と考えると中々難しい。
改めてメンバーに色々話を聴いてみたが皆得意なことや、表現したいステージにかなりバラつきがある。どこかいい着地点は無いものかといろいろ試してみるもうまく行かない。
少し気分転換に外に出た。西棟屋上で海風に当たっているとランニングに行っていたメンバーが帰ってきた。
「はぁー!はぁー!も、もう無理です!」
「彼方ちゃんヘロヘロだぜ~…」
「あつ~い…」
五人中三人がダウンしていた。ダウンしてないのはしずくとせつ菜だけだ。しずくは今スクールアイドルだけでなく演劇部も兼部しているので体力には自信があった。
「大丈夫ですか?」
「こ、こんなの、毎日やるんですかぁ~?」
「ラブライブに出るならこれくらいできないと優勝なんて夢のまた夢ですよ、かすみさん!」
「かすみんですぅ~」
「おーい大丈夫か」
瑠和はここに来るまでにすでにへとへとだった三人が見えていたので飲み物を買って戻ってきた。
「ありがとうございます~」
「ありがと~」
「ありがとう~」
「瑠和先輩、ありがとうございます♪」
「すいません瑠和さん。ありがとうございます」
「どういたしまして。大丈夫か?こんな調子で」
瑠和はダウンしているメンバーを見てせつ菜に耳打ちする。
「……ですが、ラブライブで優勝するには…これくらい…」
「まだ始まったばっかだし。そこまで急ぐ必要も…俺も、まだ曲纏まらないし」
「そう……でしょうか………ですけど」
せつ菜は一瞬瑠和を見た。
「……」
最初は順調にいくかのように見えたスクールアイドル活動。しかし、そこから少しずつ泥沼にハマっていった。
そして数週間後、ついに事件は起きた。
「熱いとかじゃなくて!かすみんはもっと、かわいいのがいいんです!!」
「………」
せつ菜の焦りと不安は自然と練習とメンバー同士の関係の中に混ざっていき、衝突という形で顔を出した。
「ああ……」
なんとなく瑠和はこの結末が見えていた気がした。
「もう、今日は終わりにしよう。二人とも頭に血が上ってる。少し、休みを入れよう」
「…………そう、だね」
瑠和たちの関係が、PCの電源を無理やりシャットダウンしたときのようにように真っ暗になった気がした。
―天王寺家―
瑠和は家に戻ってきてリビングのソファで横になる。
「…………見えていた答え……のはずなんだけどな」
この先どうしようか、考える。しかしいい考えなんて思い浮かぶはずもない。それからしばらく瑠和は同好会の誰とも顔を合わせずに過ごした。
顔を合わせない理由は合わせる顔がないからだ。同好会のマネージャーとしてどうにかするべきだった、一番どうにかしなきゃいけない立場だったのに何もできなかった。マネージャー失格だ。
「畜生……」
◆
それからさらに数日、瑠和は大急ぎで同好会部室に向かっていた。本来予定していたお披露目ライブの日、延期にすると施設には瑠和が連絡し、それはメンバーにも共有したはずなのにせつ菜が単独でライブを行ったと聞いたからだ。
「なん……だよ…これ」
同好会部室だった場所にはすでに同好会のプレートがなくなっていた。
瑠和はさらに走り出した。
(なんだよこれ!どうなってんだよ!!なんでこんなことに!!俺はただ…あいつの歌が……聞きたかっただけなのに!!)
たどり着いたのは生徒会室。
「中川!!!」
「………」
生徒会室には菜々だけだった。ほかの生徒会メンバーは仕事にでも出ているのだろうか。どっちにせよ瑠和には好都合だった。
「どういうことだ!何のつもりだ!!」
「どうしたも何も、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、部長の一存で廃部となった。ただそれだけです」
菜々はいかにも事務的な態度で説明した。まるで自分は何も関係ないというような態度で。瑠和はその態度にますます逆上した。
「ふざけるな!そんな言い分でだれが納得すると…」
「誰も納得してくれなくて結構です」
菜々は冷たく言い放った。
「………お前はそれでいいのかよ…優木せつ菜」
「優木せつ菜はもういません!!」
「っ!」
菜々の強気な言い返しに、瑠和は少し怖気づく。
「………わかってしまったんです。私の大好きは、ただの自分本位のわがままだって」
「え?」
「私の大好きが、誰かの大好きを傷つけた………そんなことだったら……ファンどころか、仲間にすら届かない大好きを叫んだところで……」
「そんなことはない!お前の大好きは…」
「あなたと同じですよ。天王寺瑠和さん」
菜々の言葉を否定しようとしたとき、決して言い返せない言葉が飛んできた。その言葉の意味を瑠和は瞬時に理解し、理解したからこそ何もいえなくなったどころか、自分の愚かしさを理解した。
「…………ぁ」
(他の連中の歌は聴いてないし、嫌いな訳じゃない。けど………お前の歌だけ聴いていたいって……今日…少しだけ…思ったっていうか………)
いつかせつ菜に言った言葉が蘇る。瑠和の言葉だって、せつ菜の歌が聞きたいからメインに出るななんてほかのメンバーたちに言えるはずもない。あの言葉も、結局ただのわがままにすぎない。
「あなたと同じなんです。瑠和さん」
「………」
―天王寺家―
それから、瑠和は学校に行かなくなった。自分の愚かしさを理解したからこそ、もう動けなくなったのだ。今更できることもない。
学校に行かなくなってしばらく経ったある日。その日は曇りだった。瑠和の部屋のチャイムが鳴らされる。
「………」
璃奈は学校に行っていていない。瑠和は仕方なくチャイムに出た。
「はい?」
『その声、瑠和君?』
インターフォンのカメラに写っていたのは瑠和のクラスメイトである高咲侑だった。後ろには同好会メンバーの面子も見えている。
「侑………なんだよ」
『少し話がしたくて………今、いいかな』
「………」
瑠和は侑たちを家に通した。なぜ侑が同好会のメンバーを連れてこんなところにきたのか、わからなかったが、断ってもしつこそうだというのはなんとなくわかっていた。
「こんにちは」
「久しぶりだな」
「急に学校来なくなっちゃったから、心配したよ?」
「そりゃ悪かったな」
やりにくい態度だった。しかし、それもわざとだということはなんとなくわかっている。侑はつづけてなぜここに来たかの説明に移る。
「………私たち、新しくスクールアイドル同好会作ったんだ」
「そうか」
「でね、その新しい同好会にはせつ菜ちゃんも、瑠和君も必要だってみんなで話し合ったんだ」
「………そりゃお前らの勝手なわがままだろ」
いつか菜々に言われた言葉をそのまま使った。何かしようとしても、ずっとこの言葉に縛られ続けていた。逆に、これさえ言えば侑も引き下がると思ったのだ
「そうだよ」
「え?」
「………私はこの同好会に少ししか関わってないけど、この同好会は、みんなそれでいいじゃないかなって思うんだ。それは………瑠和君も、せつ菜ちゃんも一緒だよ」
まるで瑠和の心の中の霧が晴れたような気がした。
「…………瑠和君、せつ菜ちゃんに伝えたいこと、あるんじゃないの?」
「……どうして、そう思う?」
「それは、かすみんがいつかアイスを食べたからです!」
「は?」
一瞬、何を言っているのかわからなかったが、その言葉の意味を少しして瑠和は理解し、顔を赤くした。
「……………お前……聞いてたな?」
あの日、初めてメンバーが5人以上になり、解散になった後、瑠和とせつ菜が行ったアイスクリーム屋にかすみもたまたまいたのだ。そして、二人の会話を盗み聞きしてたのだ。
「きっと、せつ菜ちゃん連れ戻すのは、瑠和君が一番ぴったりだと思って今日は話に来たんだ。このこと、せつ菜ちゃんにも伝えてあげて」
「……」
瑠和は立ち上がり、部屋を飛び出した。そして菜々を探して全力で走り始めた。
(…………俺はっ!)
最初は学校に来てあちこちを探す。生徒会室、空き教室、元同好会部室、屋上、学校にいないことを理解すると次はアクアシティや、ダイバーシティなど、まるでせつ菜との思い出を振り返るようにあちこちを探し回る。普段あまり運動をしているわけではない瑠和には辛かった。
息は絶え絶え、今にも倒れそうだった。しかも、天気は瑠和の敵に回る。
雨が、降り始めたのだ。しかも勢いは強い。
体中びしょびしょになりながら走り続ける。途中、何度か転んだ。泥にまみれながらも瑠和は走り続けた。ただ一人に会いたいという希望だけで。
最後に来た潮風公園の並木道。雨で人気のなくなったその道を、傘で醜いが見覚えのある三つ編みが歩いている後姿が見えた。
「中川ぁぁぁぁ!!」
「………瑠和さん?」
「はぁ、はぁ、はぁ、や……はぁ、やっと……はぁ、見つけた」
「………何の、用ですか」
警戒するように菜々が訪ねてきた。
「お前を、優木せつ菜を連れ戻しに来た!!」
「…………また……諦めが悪いですね………言ったでしょう?もう優木せつ菜はいないんです!!!」
「いるだろ!!まだ!」
せつ菜の声に負けじと瑠和も叫んだ。菜々は後ろを向きながら叫び返す。
「もういません!!もう、わかっているでしょう!?私がいたら、また同好会がうまくいかなくなってしまうんです!私がいたら!ラブライブに出られないんですよ!?」
その言葉に、瑠和は歯噛みして整ってきた息を思いっきり吸って菜々を見た。
「知るかそんなもん!!!!!!!!!!」
「………え?」
「ラブライブが何だ!!ほかの人間の言葉がどうした!!!!そんなもん知るか!!!!」
瑠和は一気にせつ菜までの距離を縮めていく。
「俺が!!!お前の歌を聞きたいんだよ!!」
瑠和は菜々を後ろから思いっきり抱きしめた。その衝撃で菜々の傘が落ちた。
「る、瑠和さ……」
「お前のやりたいことにいちゃもんつけるやつがいるなら、世界が相手だろうと俺が相手になってやる!!!!だからお前は歌え!!!ほかのためでもない!俺のためだけに!!!!歌ってくれ!!!誰でもない!お前の歌声を、お前の大好きを、お前の声で聴きたいんだよ!!!せつ菜!!!!!」
瑠和の魂の叫びの後しばらく、その場に雨の音だけが響く。少したってから菜々が口を開いた
「…………いいんですか、私の大好きをさらけ出して……」
「………いい」
菜々は自身を抱きしめる瑠和の手を握る。
「あなたの視線を………独り占めしていいんですか」
「ああ。いい。させてくれ」
ずっと、せつ菜を焦らせていた不安の、もやもやの正体をせつ菜自身が理解した。せつ菜は、自分の大好きを好きだと言ってくれる瑠和が好きだったのだ。だからこそ、瑠和がほかの異性に優しくするのを見て、危機感というか、嫉妬心のようなものが菜々の心にあったのだ。
「ずっと一緒にいてくれますか?」
「…………言っただろ。共犯者だって」
瑠和は菜々の手を強く握り返した。そのことに菜々は涙を流した。
「……………あなたを、好きになっていいんですか?」
「当たり前だ。俺も、お前が好きだったんだよ……ごめんな気づくのが遅くなって。俺は、お前が好きだ…………せつ菜」
その言葉と同時に、雨が上がった。雲が切れ、太陽がさした。
「わかっているんですか?あなたは今自分が思っている以上に、大変なことをしたんですからね……」
菜々は瑠和の手から離れ、髪を解いた。それと同時に瑠和を追いかけていた同好会のメンバーが追い付いた。
「これは………始まりの歌です!!!!」
「好きなこと、私だってここに見つけたんだ。力いっぱい頑張れるよ本当の自分だから♪」
瑠和に負けじとせつ菜も自分の大好きを伝えるために唄う。
「誰よりも味方でいてほしいあなたへ………心の奥まで届きますように…今日も…信じて歌うよ!♪」
せつ菜は瑠和を見て歌う。瑠和もその言葉に答えるように頷いた。
「走り抜けた思いが心染めて真っ赤っか涙、飛んでった!道は不確かだけど、好きだからできる!私らしく輝いていける気がして!光が差し込んだこれから先もずっとステージを照らすように、強く願い込めた歌をあの空まで…ほら届け!♪」
素晴らしい歌とパフォーマンスでせつ菜は歌い切った。人がいなかったはずの公園にも自然と人が集まってきた。同好会のメンバーも拍手を送る。せつ菜は瑠和の前まで来た。
「………いいステージだった」
「まさかこれで満足とか言いませんよね?瑠和さん?」
「ああ、もちろん。まだまだ聴き足りないよ。せつ菜」
「これからも、私のそばにいてくれますか?」
「ああ」
「もし私が無理難題を言っても?」
「クリアしてやる」
「……ドタキャンとか、遅刻とか……既読無視とか、不機嫌だったり、自己中心的になったり、ヤキモチやいたりするかもしれませんよ!?生徒会長やスクールアイドル同好会部長じゃないありのままの間私が出てきてしまうかもしれませんよ!?」
「あーもう!めんどくせぇな!」
瑠和は今度は正面から抱きしめた。
「そんなの全部ひっくるめて、お前が好きだって言ってんだよ!!だから、ずっと一緒にいてくれよ」
「………………はいっ」
今まで見たことがないくらい無邪気で最高な笑顔でせつ菜は答えた。
fin