刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第2章
第11話 全ての始まり


大国ジャッジが魔族と手を組み、パジャの辺境であるヴィンテージ直轄の土地を攻めてきている・

 

その事実に誰もが深刻な顔になっていた。

 

「正直に言って信じられません……。いまだ、この目でジャッジの騎士団を見ても……」

 

ラナの言葉にアドムとタハトが頷く。

 

そのままラナは誰にとも言わず疑問を口にした。

 

「審の国ジャッジは、公明正大な正義をうたう国だったはず。それにーーこの大陸で一番豊かな国はジャッジ。なぜ、パジャのような小国に? 広大で強大な国が攻める必要なんて……!」

 

「情勢が変わったのかもしれませんね」

 

リアが淡々と告げるのにタハトが目を丸くして問いかけた。

 

「……というと?」

 

「例えばーージャッジの皇帝が世代交代をされた、とか」

 

「あー。どうなんだろう? パジャも、つい先月クロード殿下が国王になったばっかだしなぁ」

 

顎に手を当てて考えるタハトを置いてリアは淡々と続ける。

 

「国王が交代される時期は必ず国が荒れます。そこを狙ってくるのは国同士の政治の話としては普通ではないでしょうか? 誰もが自分の国は豊かにしたいものです」

 

「そう、なのかな……」

 

その言葉に踏みにじられた自分の村のことが頭に浮かぶ。

 

表情が明らかに沈んだタハトにラナが声をかけた。

 

「タハトさん、聞いても良いですか?」

 

「? なんだい、ラナさん?」

 

ラナは気にかかっていたことを問いかけた。

 

「タハトさんは昔、そのーーだれか大切なひとを?」

 

その言葉にタハトは目をラナから少し逸らしながら静かに言った。

 

「うん……。僕の両親は僕が10になる前に盗賊に殺されたんだ。両親だけじゃない。男も女も老人も村の人は子ども以外全員殺された」

 

「……っ」

 

息を呑むラナを置いてタハトは続ける。

 

「その盗賊たちに奴隷の刻印をされてさ。家族で僕だけが生き残って、それからなんだ。剣士のくせにさ、刀を握ることができなくなっちゃったんだ」

 

自嘲気味に笑いながらタハトは首元に刻まれている奴隷の刻印を見せて言う。

 

「ナイフとか日常で使うものはなんとか使えるんだけどね。あきらかに人を殺すようなものは、持つだけで吐き気がしちゃって動けなくなるんだ」

 

「そう、だったのですか」

 

おどけて笑って見せるタハトにラナは俯いた。

 

「…ごめんなさい。そんな重要な話を聞いてしまって」

 

「大丈夫。もう十年も前の話だから。気にしないで! それに今はアドムの奴隷になったから、ラナさんやリアさんみたいな綺麗なひととも話せるんだしさ!!」

 

優しく明るく笑うタハトにラナは申し訳なさそうに頭を下げてから彼の笑顔を見ている。

 

その様をアドムは穏やかに笑って見ていた。

 

「あら、アドム様。なんだかうれしそうですね」

 

「…めざといな、リアさん」

 

プイと二人に気付かれないようにアドムは顔をそっぽ向ける。

 

リアは彼に微笑みかけたまま聞いた。

 

「タハトさんが心配されているのが、笑みを隠しきれないほどに嬉しいのですか?」

 

「そりゃーーな。アイツには幸せになってほしい」

 

間髪入れずに応えたアドムにリアは納得した表情に変わる。

 

「なるほど。貴方にとってタハトさんは鞘なのですね」

 

「ん? 鞘?」

 

「貴方がたを近くから見ているとそう見えます。アドム様には隠し切れない抜身の刃があります。けれど、どれだけその刃を抜いたとしても。タハトさんの前で貴方は決して刃を振り切らない」

 

微笑みながら静かに瞳を閉じてリアは言った。

 

「魂の片割れ、とも言える相手なのかもしれませんね」

 

「大袈裟だな。後あまりそんな風に俺とアイツが特別な関係ーーみたいな感じに話すのはやめてくれ。なんか、腕に鳥肌が立ってきた」

 

「あら。それは失礼いたしました」

 

本気で嫌そうなアドムの表情にリアが嬉しそうな笑顔になる。

 

そんな二人の会話を見てラナが思い出したように声を上げた。

 

「そうでした! リアさん!!」

 

「? はい。どうしました、ラナさん?」

 

「どうして、それほどの剣技を身につけておられるのです!?」

 

かなり本気の問いかけに思わずリアは目を見開いてそっぽを向きながら言う。

 

「それは……なんでしょう。物心をついたときにこういうものを持ったら、自然と斬れるようになっていたと言いますか……」

 

どこか焦点が合っていないようなリアに気付くようすもなくアドムは感心した声を上げた。

 

「へえ、独学なのか。大したもんだな」

 

「ホントに何でもできるんだね。すごいね、リアさんって……」

 

素直に感心する主従に思わずラナが言った。

 

「お二人とも! 普通の貴族の令嬢で、剣の鍛錬もしていないひとにあんな大立ち回りができるはずが……っ!!」

 

「何故かできてしまうんです。不思議ですよね?」

 

悪気もなくすっとぼけたような声を上げるリアにタハトが素直にうなずいた。

 

「天才っているんだね、アドム……」

 

「俺たち凡人には関係ない話だな」

 

「え。お前が凡人……?」

 

などといつもどおり自分達二人で話し始める主従を置いてリアがラナに話しかけた。

 

「ラナさん、細かいことを気にしてはいけませんよ?」

 

「細かくないです……!」

 

ジッと見つめるラナをリアは敢えて無視してスッと前に出る。

 

「さ、行きましょう! アドム様」

 

街道を進み始める一行。

 

しばらくしてタハトは普通に歩いているアドムを見て疑問に思った。

 

「あのさ、アドム。いつもだったらソニックムーヴ使って全速力で駆け抜けてると思うんだが、なんで今回そんなゆっくり歩いてるんだ?」

 

「ああ、ちょうど使い勝手のいい伝書鳩が手に入ってな」

 

「伝書鳩? へえ~。今度僕にも紹介してよ、かわいいんだろ? 伝書鳩って!」

 

白くて丸い瞳を想像しながらタハトはアドムに言う。

 

するとアドムは淡々とした表情で言った。

 

「かわいくはないな。むしろ気持ち悪いというか、どちらかというとあまり顔を見たくないというか、顔を見るとーーむしろイラっとするというか。毎朝顔を洗う時に見ているはずなのに複雑な気持ちになるな」

 

「鳩にそんな複雑な気持ちを抱くのか、おまえは? 鳩だろ? かわいいじゃん」

 

「……鳩にもいろいろあんだよ」

 

「わからん……まったくわからん! ねえ、ラナさん?」

 

「え? ええ」

 

リアをジト~と見ていたラナは、タハトに言われて思わず頷く。

 

アドムは複雑な表情のまま言った。

 

「とにかく、その伝書鳩が優秀だからとりあえずは大丈夫だ。非常に不本意だが……」

 

「鳩が優秀なのが不本意……? リアさん、鳩を見て不本意な気持ちになったりします?」

 

「いいえ?」

 

淡々と返しながらラナの視線を外れるようにささっと移動するリア。

 

「とにかく鳩の話は、もうやめろ」

 

そんなどこか愉快で複雑な動きをする一行の中、アドムは早々に話を切り上げた。

 

ーーーー

 

一行がヴィンテージ家に到着すると屋敷内に居た全員が出迎えてくれた。

 

「おかえりなさいませ、アドム様、タハトさん、リアさん、ラナさん」

 

「「「おかえりなさいませ」」」

 

メイド長サーニャの言葉に他の使用人たちも声をそろえる。

 

「ああ、ただいま」

 

「いま、帰りました!」

 

アドムとタハトが応え、リアとラナが頭を下げる。

 

彼らの正面に精悍さを感じさせた背の高い老人ーーアブラが立っていた。

 

「よくぞ帰った、アドム。さっそくだが、用件を言わせてもらう。休んだら、この書簡を持って王都に発ってもらえんか?」

 

「わかりました。さっそく向かいます」

 

書簡を受け取るとアドムは玄関に回れ右をして出て行こうとする。

 

「ちょっと待てよ、アドム!! さすがに今から行くのは無理じゃね!?」

 

「急いだ方がいい」

 

間髪入れずに返すアドムにタハトは頭を掻く。

 

たしかに事が事だから、急がないとまずいのは言うまでもない。

 

と、ここでアブラが声を上げた。

 

「いや、すでに王都へ伝言役は飛ばしてある。今夜一晩は、ゆっくり休め」

 

「しかしーー祖父上どの」

 

「ここは、わしの顔を立てろ。アドム」

 

「祖父上どのが、そこまでおっしゃるのでしたら……」

 

玄関の扉に身体を向けていたアドムは、屋敷内へと戻すと頭をアブラに下げた。

 

アブラは静かに頷くと続ける。

 

「すでにアスラにも簡単な書状を飛ばしておる。クロード王に話は行っているはずだ」

 

「さすが、アブラさま! やること早いなぁ」

 

感心する声を上げるタハトに微笑んで頷いてからアブラはアドムを鋭い瞳で見据える。

 

「ワシもワシで戦の準備をせねばならん。ヴィンテージ領内の門下生をすべて屋敷に集めているところだ。明日には全員が揃う」

 

アブラは鋭い目のままに口許を緩ませた。

 

「しかし、よくお前たちが行ってくれたものだ。並の剣士では吸血鬼相手に歯が立たなかったであろう。おまけに魔族とはな」

 

「それだけじゃありませんよ。まさかーージャッジ国の騎士団まで出てくるなんて」

 

「その通りだタハト。まったく……ようやく国を統一したと思いきや。つぎは大国との戦争か。なんとしてでも食い止めねば」

 

アブラは自分と同じ血を引く齢30になるディウス・ヴィンテージを見つめる。

 

「ディウス、さっそくだが簡単な関所になる拠点を作ってもらいたい。部下をつける。必要な分だけ持っていけ」

 

「分かりました」

 

「ロラン、地図を」

 

「ハッ!」

 

次にロラン・ヴィンテージが声を上げながら迷いの森を中心にして描かれた地図を広げる。

 

「これが魔物の森周辺の地図です。この広大な森は我らヴィンテージ領と大国ジャッジをまたいで東西に広がっております。つまりヴィンテージ領に入るには魔物の森を抜けてこなければなりません」

 

「グウェン、どの地点に関所を設ける。かつ関所はいくつ必要だ?」

 

彼らの会議を聞きながらアドムはタハトを連れてアブラ達から離れる。

 

ーーーー

 

「なんだか凄いことになってきたな、アドム」

 

タハトの言葉に頷きながらアドムはサーニャ達使用人を見る。

 

「今から戦争が起こるかもしれないんだ。対策を練るなら「凄い」に越したことはない。サーニャ達もしばらく暇を出したほうがいいな。祖父上どのには後で俺から伝えておく。直ぐにでもヴィンテージから離れる準備をしておけ」

 

これにサーニャは微笑みを返しながら応える。

 

「ありがとうございます、アドム様。ですが私は残ります。私はヴィンテージに仕えるメイド。皆様ならば必ず、この地を守り抜いてくれると信じております」

 

「そうか、ありがとう。だがーー帰りたいという者は止めはしない。そう皆には伝えておいてくれ」

 

「……お心遣いありがとうございます。アドム様」

 

静かに頭を下げるサーニャに頷くアドムにタハトが問いかけた。

 

「アドム、お前はこの後どうするんだ? 僕やリアさん達は自分の部屋に帰って休むように言われてるけど……」

 

「祖父上どのの話を聞いてくる。とりあえず会議の結果、ヴィンテージがどのような配置をするのかは見ておかねばな」

 

「僕も行こうか?」

 

「お前は長旅で疲れてるだろ、早く休め。明日も王都へ出向かなきゃならないんだ」

 

「でも、お前だって……」

 

「俺を、そんじょそこらのヘナチョコ貴族と一緒にするな。ほら、さっさと休め」

 

「……ちぇっ」

 

舌打ちしながら告げ自分の部屋に向かって廊下を歩いていくタハトにアドムは「やれやれ」と言った風に首を振るとリアとラナを見る。

 

「明日は私たちも一緒に行かせていただけますか。アドム様」

 

「王都への旅は危険だ。山賊や野盗だけでなく強力な魔物に出会う確率も高い。狭いヴィンテージ領を歩くのとは大違いだぞ」

 

話しかけて来たリアにアドムが応えると彼女は微笑みながら告げる。

 

「私なら問題ありません」

 

「私も行かせてもらっても……っ!」

 

すかさずラナも声を上げるがアドムはラナに顔を向けて即座に言った。

 

「ラナさんはダメだ」

 

「! どうして……っ!?」

 

「……脚」

 

そう言ってアドムはラナの足を指差す。

 

彼女の綺麗な脚は靴が擦れ、踵や足首の皮が剥がれて血が出ている。

 

靴があっていないーーだけでなく長い距離を徒歩で行くという経験がないためだ。

 

「この程度、回復薬を塗れば! 足手まといにはなりません!!」

 

ヴィンテージ領内の探索で脚の皮が剥けるのであれば、その倍以上の距離を歩くことになる王都への旅では間違いなく歩けなくなるだろう。

 

その度に休んで回復薬を使うのも現実的ではないし、何よりも急ぎの旅である。

 

だがアドムは敢えてそれを説明しない。

 

そのくらいはラナも弁えているからだ。

 

「……理由を聞いてもいいか。そんなになってまでどうして俺についてこようとする?」

 

「アドム様のお力添えで、父と母のーーメーティス家の排斥を取りやめていただきたいのですっ!!」

 

「なるほど。そのために……。そうか」

 

「ですから……っ!」

 

「わかった、君の気持ちは理解した。それなら今回の報告のついでにはなるが、俺からもクロード陛下に言って排斥を取りやめてもらえるよう申し上げてみよう」

 

「ありがとうございます……!」

 

表情を明るくして頭を下げるラナに向かってアドムは即座に言った。

 

「だから取り敢えず、これで旅は休んでくれ」

 

ショックを受けたような表情になって顔を上げるラナにアドムは目をジッと合わせて言う。

 

「君が俺の旅についてくる理由は父上と母上の排斥を取りやめさせるためだ。その約束は必ず俺は守る。だから君は信じて、ここで待ってくれ」

 

「……私では、アドム様やーータハトさんの足手まといになるからですか?」

 

ラナの声が震えているが、アドムは頭を掻きながら言った。

 

「悪いな。足手まといとかそういう話じゃないんだ」

 

ラナはジッとアドムの顔を見る。

 

旅が始まる前は見ることさえできなかった美貌の男。

 

けれど今は、彼の眼を見て話が出来ている。

 

そのことをラナは気づいていないが、リアはジッと二人の様子を見ている。

 

「……ここから先、俺はもしかしたら本当にブチ切れちまうかもしれない。そうなった姿をできるかぎり親しくなった人には見せたくないんだ。意味が分からないかもしれないが、今はそれで納得してくれ」

 

「分かりました……」

 

その言葉に嘘はない。

 

それが何故かラナには理解できた。

 

だから、ラナは頷いてその場から駆け去った。

 

アドムとーータハトが無事に旅を終えることを信じて。

 

自室に入って扉を閉めると声を殺して泣いた。

 

きっと自分がリアほど強ければ、ついていけたのに……と。

 

優しいーー優しすぎる二人の男を想って。

 

駆け去っていったラナの背を見送るアドムにリアが声をかけた。

 

「よろしかったのですか、アドム様?」

 

「なにがだ?」

 

「そのような重大な約束をしてしまった。なのに彼女に見返りを求めなくて……」

 

「見返りならもらったさ。あの人は俺の大事なヤツを好きになってくれた。……十分だよ」

 

本当に心からアドムは告げた。

 

願わくば、ラナがアイツと一緒になって二人で平和に暮らしてくれればと思いながら。

 

「そう、ですか……」

 

「ああ。そんな場所を作るためにーー守るために。俺は『鬼』になるさ」

 

不敵な笑みを浮かべてアドムは強い意志の光を瞳に浮かべて真っ直ぐにリアを見る。

 

彼女は鋭利な刃物のように冷たい光を水色の瞳に浮かべてアドムを無表情に見返している。

 

絶世の美女と美丈夫は、廊下の窓から差し込まれた月明かりに照らされて互いを見つめ合っていた。

 

その二人から伸びた影が、全く別のものをそれぞれ象っていることを『人間』は誰も知らない。

 

ーーーー

 

翌朝、まだ日が昇る前の段階で。

 

アドムはいつもの黒い革のジャケットに青いジーンズ、赤いマフラーを首に巻いて腰の剣帯に兼定を差した格好で玄関の扉をゆっくりと閉める。

 

振り返って街の方に目をやると、先にタハトが旅支度を終え棍を持って立っていた。

 

「さすがは俺の奴隷だな。なにも言わんでも準備ができているとは……」

 

「お前のことだからな。誰かが見送りにくる前にさっさと出発しちまおうって。ホント、そうゆうところは昔から変わらないよな」

 

タハトに笑みを返してアドムは歩いていく。

 

「見送られるのは好きじゃない。待たせちまうような気がしてな」

 

「ひねくれもんだよなぁ」

 

二人が肩を並べて庭先から街へ向かおうとした時ーー。

 

「では参りましょうか。お二方」

 

どこからともなく聞こえた声にアドムとタハトの背が揃ってビクリと反応する。

 

二人は、恐る恐るという感じで振り返るとそこに白い神官の服を着て錫杖を持ったリアが微笑みながら立っていた。

 

「まさかーー私を置いていくつもりではありませんよね? アドム様」

 

「ーーも、もちろん……っ!」

 

肩をすくませたまま、アドムが慄いた表情で笑顔を顔に貼り付けたリアに応えた。

 

タハトが思わず小さな声で囁く。

 

「なんでこんな時間に起きてんの、このひと? ……コワッ」

 

その言葉に応えはしないが、アドムも内心で頷きながら二人に向かって告げる。

 

「お、王都に向かうぞ! タハト、リアさん……!」

 

「う、おう!」

 

「はい。参りましょう」

 

明らかに動揺した男二人を手玉に取る様に美女は微笑みながら頷いた。

 

ーーーー

 

日が昇り、ヴィンテージの屋敷でラナはサーニャに話を聞いていた。

 

「そうですか。アドム様たちはもう……」

 

「ええ。行かれたようです」

 

サーニャはため息を吐きながら玄関の扉を見て言う。

 

「本当に昔から変わりません。誰かに迷惑をかけると、自分たちのせいでメイドや執事が出迎えたり見送ったりする必要はないと、アドム様は……」

 

複雑な表情のサーニャをラナは見つめる。

 

自分の気持ちも同じだからだ。

 

見送ったり出迎えたり、そんな些末なことでも気持ちを入れ替えることができると思う。

 

ため息を一つ吐き、今後の自分にも思いを馳せる。

 

これから使用人として教育を受けるのだろうが、自分には向いていないと思っている。

 

やはり剣の修行をしたかった。

 

そうすればーーアドムやタハトに護られることはない、かもしれない。

 

「ねえ。ラナさん」

 

声をかけられてラナは振り返る。

 

「あなたは、アリスさん」

 

自分よりも髪の色が薄いが茶色の髪を肩に届かない辺りで切った美女が声をかけて来た。

 

自分と同じように貴族の娘でありながら奴隷に堕とされたひとだ。

 

「アドム様に、リアさんだけ連れていかれるの悔しくない?」

 

そう不敵な笑みを浮かべて聞いてくる。

 

だが一緒に旅をしたラナは、頷けなかった。

 

「ですがーー私にはたしかに。アドム様にもタハトさんにも守ってもらうばかりでなにもできなかった」

 

うつむくラナにアリスは両手を広げて言った。

 

「だったら、ここで学べばいいのよ。ここは王国の剣を創る道場なんでしょ!」

 

目を上げるラナにアリスは力強く頷いた。

 

「私たちはもう貴族じゃない。奴隷から買い上げられて平民にしてもらったけど、貴族には戻れない。お父様もお母様もみんな逃げてしまったもの。きっともうパジャの王国にはもういないわ」

 

アリスの右後ろからピンク色の髪を腰まで伸ばした美女が話しかけて来た。

 

「ーーかといって使用人の才能が私たちにないことは痛いほどわかったしね。なにより私たちの性分に合わない」

 

「そこで考えたのです。私たちで冒険者をしてみませんか?」

 

今度はアリスの左後方から背中まで伸ばした金色の髪に蒼と桃色のラインが入った美女が声を駆けてくる。

 

更にラナの右側から紅い髪を腰まで伸ばした美女が声を上げた。

 

「もちろん免許皆伝とまではいきませんが、ある程度の目録をもらえるていどになれば自分でお金を稼げるようになると思うんです」

 

彼女達を代表するようにアリスは言った。

 

「冒険で稼いだ成果でヴィンテージ家にお返しするというの。どう?」

 

ラナは静かに言葉を反芻しながら決意する。

 

「冒険者になろうとは思いませんが、少なくとも私は今よりもアドム様たちについていきたいと思っています。だから、ここで剣術を学びたいと思っています」

 

「じゃあ、決まりね」

 

「……はい」

 

頷いたラナに4人の美女が微笑む。

 

そしてサーニャを振り返ってアリスが言った。

 

「というわけです。サーニャさん」

 

サーニャは、その冷たい美貌を微笑ませると一礼して応えた。

 

「わかりました。ヴィンテージの師範の方にその旨を伝えておきましょう。またお嬢様方が冒険者になられるときに必要な装備は屋敷である程度揃えられます。いつでもお声がけください」

 

至れり尽くせり、渡りに船と言わぬばかりの待遇に思わずラナが声を上げた。

 

「サーニャさん。なぜ、ただの平民になった私たちにそこまでのことをしていただけるのですか?」

 

「アドム様から貴女方は客人として扱うようにーーと。いずれ自分達の道を見つけると聞いておりました」

 

頭を下げた姿勢のまま応えるサーニャにアリスが苦笑する。

 

「私たちが使用人なんか出来る訳ないって知ってたんだ。なにもかもアドム様にはお見通し、かぁ」

 

「リアさんだけですね。アドム様の目をあざむいて旅にもついていけたの……」

 

誰にも告げずにサーニャ達にさえ気付かれない夜明け前に旅支度をして出て行くのだから、普通はついて行けるはずはない。

 

アドムの狙いを読んだ上で先回りしていなければできないだろう。

 

「そうですね。今は私はリアさんには及びません。けれどーー必ず」

 

「……その意気ね。私たちもアドム様の役に立てるよう、励みましょう」

 

「「「はい」」」

 

ヴィンテージ家に残された貴族令嬢たちは、それぞれが進むべき道を見つけ進むための一歩を踏み出していた。

 

ーーーー

 

パジャ王国王都ヴィクトリア。

 

月が天に昇り、人々が静かに眠る時間帯。

 

国王が暮らす白い壁に青い屋根の城。

 

謁見の間に一人の簡素な黒服に黒髪の男がやってきた。

 

端正な顔立ちに歳を取った色気を醸し出して野心に満ちた黒に近い青の瞳の男。

 

その黒髪は若々しく前を垂らしたオールバックにしている。

 

今年43になる男の名前はアスラ・ヴィンテージ。

 

国王の前でも大小の二振りの帯剣を許された『王の剣』である。

 

鍛え抜かれたその肉体は無駄がなく剣士として理想的であった。

 

だが、この男の真の恐ろしさはアブラ・ヴィンテージの全盛期にも匹敵する剣の腕ではない。

 

王家の為とあれば冷酷非情な判断を下して自らの手を血に染めることに躊躇いない鬼のような意志である。

 

アスラが現れただけで、多くの貴族が居住まいを正す。

 

即座に逃げようとする者も居た。

 

そんな男が、時間を弁えずに謁見の間に現れること自体異常なことであった。

 

「……来たか、アスラ」

 

「このような時間に謁見していただき、誠に申し訳ございません。クロード陛下」

 

アスラが見上げた玉座には輝くほどに美しい金色の髪に宝石のような青い瞳をした若く逞しい美貌の王が立っている。

 

若干20歳にして一国の主となった天才ーークロード・パジャ・ヴィクトリアであった。

 

「構わん。前置きは良い。それよりもーージャッジと魔族が手を組んで俺の国を取ろうとしているという話だが」

 

「父からの書状です。愚かな男ではありますが、書状の内容は間違いないかと」

 

冷酷に感情を一切排したアスラの言葉にクロードはアイスブルーの瞳を冷徹に光らせる。

 

「フフフ……、なんという機会だ。これでパジャは俺の代で大陸に名を轟かせる国になれる……」

 

「……我々とジャッジ帝国の戦力差は10倍以上。また領土を荒らしたのは吸血鬼とのこと。繋がりを暴けなければ現状のパジャでは他国に相手にされないでしょう」

 

「確かにパジャの国だけで戦をすれば、ひとたまりもあるまい。如何にヴィンテージの剣士が優れていようと数の差は大きい。一騎当千という剣士をつまらんことで失くすわけにもいかぬしな」

 

好戦的な笑みを浮かべながらクロードはアスラを見る。

 

「王同士の一騎打ちならば、俺が勝つ。どうだ、そのように仕向けるか?」

 

「ご冗談を……。それは我らと彼奴らの戦力が対等であればこそ。また他国の眼がございます」

 

「フフ。到達点を目指してすべきことを一つ一つ潰していけばよい。いつものようにな……」

 

「……はっ」

 

クロード王は静かに天を見上げて右手で空を掴んだ。

 

「アドムよ、早く会いに来い。俺とお前とタハトが居ればーーどんな大国であろうと、ねじ伏せられる!!」

 

圧倒的な剣気を纏うクロードを静かに見据えてアスラも静かに青の瞳を輝かせていた。

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