刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第13話 アドムの弟と父親

審の大国ジャッジ。

 

多くの種族と国土を持つ大陸随一の大国。

 

人間だけでなくエルフや獣人などの亜人と呼ばれる種族が住む国である。

 

もっとも政府の官僚や王族などは全て人間が実権を握っており、亜人は全体的に地位が低いとされている。

 

様々な種族が一つの土地に集まり、国を大きくしたのは偏に皇帝の力が大きいとされている。

 

栄えた城下町の広場に騎士団と人狼が突如姿を現した。

 

「……便利なものだ。魔族の転移魔法というのは」

 

白銀と黒に金の装飾が施された甲冑の一団。

 

口を開いたのは甲冑に角の装飾がされた騎士団長である。

 

これに人狼が応える。

 

「まあな。一度足を踏み入れて場所を魔法陣に覚えさせることができれば、どこにでも行き来できる優れものさ」

 

「フフ、この技術があるだけでも魔族と手を結んで正解だな」

 

ほくそ笑む団長に人狼は目を細める。

 

「あの吸血鬼のおかげで隣の国ーー辺境の地ではあるが。村の入口には移動できるようにしておいた。これでアンタ等は、向こうへいけるぜ」

 

「感謝する。しかし噂は本当だったか。パジャの国ヴィンテージの剣士は刀術で魔法を使うことができるーーとはな」

 

その言葉に人狼は目を細める。

 

「魔物の森は魔素で出来上がっている。半日もあれば更地も元通りに戻るはずだが、それにしたってヤツの剣技は異常だ」

 

言いながら人狼は自分の懐から魔石と呼ばれる指でつまめるくらいの大きさの宝玉を取り出す。

 

「見ろ、あんたらを護る為に使ったマジックシェルの宝玉だ。物理攻撃も魔法攻撃も。戦術魔法でさえも一度なら完全に遮断するコイツを、アレはズタズタに斬り裂きやがった」

 

「……ヴィンテージの剣士は一騎当千。確かに凄まじい力だな。こちらの犠牲が吸血鬼一匹で済んでよかった……というべきか」

 

人狼は頷いて応える。

 

「あんたの皇帝にも正確に報告しておくんだな。あの国の領土ーー簡単には取れそうもないぜ」

 

「アドム・ヴィンテージが特別に強い。そう考えて攻めるのは思慮浅薄か?」

 

「あの茶髪の剣奴は、どう思う? 身体能力で人間をはるかに上回る人狼族の俺と一騎打ちできる程度の力を持っていたぞ?」

 

部下の騎士団を振り返って一瞥した後、人狼は言った。

 

「そこの騎士連中なら、俺一人で勝てる自信がある。だが、あの剣奴に勝てるとは言い切れない。アドムが身に纏っていたのと同じ、あの妙な力抜きでもな。ヤツが甘ちゃんでなければ、やられたのは俺だった」

 

「アドムには劣るが、確かにあの剣士も中々の男だ。おそらく帝国でもロイヤルガード級の実力だろう。流石は「王の剣」というべきか」

 

言いながら騎士団長は顎に手をやる。

 

「だが、それほどの剣士が大量に居るのであれば何故パジャの国は、こちらに攻めてこない? いや、攻めてこれないーーのか」

 

「つい最近まで小国同士の小競り合いがあったーーらしいが。あのレベルの剣士が争い合っていたなら長期間戦争を続けられるのも分かる気がするぜ」

 

肩を竦めながら人狼は騎士団長たちに背を向けて街の方へと足を向ける。

 

「ま、俺には関係ない話だ。アンタ等が大陸で戦争を起こしてくれれば、魔族も動きやすくなる。おまけに軍の中で俺の地位が上がるってね」

 

去っていく人狼の背を見送る騎士団長に騎士団の一人が近づいた。

 

「団長。あの男、どこまで信じられるのでしょうか?」

 

「? ああ、信じる必要はない。我々は利用し合っているだけだ。さあ、ヴィンテージの剣士について報告に行こうか」

 

騎士団長の言葉に5人の騎士が礼を返した。

 

(魔族にも警戒されるほどの力……。ヴィンテージの剣士、か)

 

刀身に気を満たして斬撃の威力を何倍にも高め、一振りで幾体もの敵を斬り捨てる。

 

斬閃さえも物理攻撃に変える圧倒的な気。

 

気によって強化された身体能力。

 

(鍛え抜かれた戦士でも、アレほどの気を長時間振るうことはできない。訓練の際、一人で百人の衛兵を相手しているロイヤルガードでさえ、あんな大量の気を放ちながら連戦することは不可能だ)

 

アドムは言わずもがな、茶髪の剣士も凄まじい気を長時間身に纏っていた。

 

(ヴィンテージの剣士。なにか、からくりがあるな。それを見極めることができればあるいはーー、こちらの兵の強化にも繋がるやもしれん)

 

パジャの国。

 

その辺境の領土ヴィンテージの占領には、大国ジャッジの輝かしい歴史の一歩程度の認識でしかなかったが。

 

ヴィンテージの剣士を生け捕りにして技を学べば、一気に自軍を強化できるのではないか。

 

騎士団長は、この件も合わせて皇帝に報告することを決めた。

 

ーーーー

 

月夜。

 

夜の闇に乗じて街道を進むアドム一行に襲い掛かるものがいた。

 

「ぬぅおおおおお!!」

 

咆哮と共に振り下ろされる漆黒の刃。

 

両手で振り下ろされる刀の持ち手を踏み込みながら右腕で止めるのは、黒い髪に黒に近い青の瞳の男。

 

柄を握り込んだ相手の指を挟み、刀を振り下ろそうとした勢いで指がつぶれるように腕を置いている。

 

「ぬぅ!?」

 

目を見開く襲撃者に不敵な笑みを返してからアドムは告げた。

 

「ヴィンテージ『無刀』流ーーソニック・スロー」

 

左手で止めた刀の柄を持つと、痛みに呻く男が握力を緩めたのを確認して相手の脚を腕で跳ね上げつつ自分の背中に背負うようにして相手を縦に宙返りさせて背中から地面に叩き落とす。

 

左手で奪い取った刀は、そのまま自分が使うために両手で握りなおして構える。

 

「おのれ……! アドム!!」

 

襲撃者は8人。

 

全員が黒ずくめで黒い覆面をしている。

 

彼等が手に持っている得物は通常の刀よりも短く反りが無い上に刀身は黒く染まっている。

 

また鉤のついた縄や鎖の付いた鎌などを持っている。

 

「アドム、こいつら山賊じゃないぞ!!」

 

「……装備から言えば「影騎士」か。やれやれ、王都も中々キナ臭いな」

 

自分の名を知った上での襲撃。

 

しかも、相手は黒ずくめの姿をした暗殺術と諜報に長けた戦闘術を使う。

 

つまりーーアドムが王都へ行くことを望まないものがいるということが分かる。

 

「貴公らも仕える主人に命を賭ける騎士の端くれならば、このような真似は辞めろ。そもそも、暗殺などという汚れ仕事を命じる主人に何故仕える?」

 

「……」

 

問いかけたアドムに覆面は誰も何も答えずに武器を構えて腰を落とす。

 

アドムに刀を奪われた覆面は両拳を握る。

 

すると鉤爪が袖から飛び出て構えた。

 

「……そこの男と女は、お前の奴隷か」

 

そのまま覆面の男はアドムに話しかけて来た。

 

「男は、そうだ。彼女は違う」

 

アドムは瞳を細めながら応える。

 

覆面は、布の奥から目だけをタハトにやる。

 

「……ヴィンテージの剣士は、奴隷の身分のものと必ず組んで育てられると聞いた。己の『影騎士』として。ならば我らの存在意義は、其方には語るまでもあるまい」

 

「貴公らは、それで良いのか?」

 

その問いかけに応えたのは覆面からの毒が塗られた吹き矢だった。

 

アドムは刀を左手一本で目の前に横に構えると、微かに動かすだけで自分に当たる矢を全て弾いてしまう。

 

その横からタハトが言った。

 

「アドムなら、コイツなら! アンタ達を助けられるかもしれない!! 一緒に来ないかい!?」

 

「……ヴィンテージの剣奴。貴様は敵に自分の主を裏切れと言われて裏切るか?」

 

「なんで、アドムが敵なんだよ!! コイツは……!!」

 

「我らが主の目的のために、アドム・ヴィンテージの存在は邪魔だからだ。それ以上でも以下でもない」

 

目が一切揺らがない。

 

感情の揺らぎの無い言葉にタハトは何も言えずに目を見開く。

 

それを見ていたリアはアドムに言った。

 

「アドム様、先を急がなければなりません。彼らに費やしている時間はありませんよ?」

 

「……分かってる」

 

言いながら、アドムはため息を一つ吐くと刀の峰を返した。

 

「タハト、リアさん。下がってろ」

 

腰を落として八双に構えながらアドムは瞳を左右にやる。

 

「アドム・ヴィンテージ、参る!!」

 

「「「!!」」」

 

瞬間、アドムが高速移動「ソニックムーヴ」で踏み込む。

 

反応できずに目を見開いた3人がアドムの右からの横薙ぎに一振りでまとめて薙ぎ払われた。

 

後方の地面へ背中から叩きつけられて気を失う。

 

すぐさま鎖分銅を覆面達は四方からアドムに投げつけるも、アドムの刀が全て上空へ弾いてしまい、そのままア神速の剣技と動きで、忍が体術を披露する前に叩き伏せていった。

 

最後の一人が地べたに背中から倒れ伏したところで、アドムは覆面に近寄り首元から何かを引き抜く。

 

それは自害用の毒針だった。

 

覆面は動かない身体に舌打ちながらアドムに叫ぶ。

 

「……何故、斬らん!? 我らを生け捕りにするにせよ、一人で良いはずだぞ!!」

 

「……」

 

構えを解いて刀を覆面の腰の鞘に返すアドムに彼が苛立つのが分かった。

 

「情けをかけるというのか……!! 貴様、それは我らを愚弄することだぞ!!!」

 

「死ぬことが名誉だと? 端から勝ちの目の無い争いに挑み、捨て駒になって死ぬことに。路傍の石以上の意味があるのか?」

 

無愛想ともいえるほど淡々と告げ、覆面が歯で舌を噛み切る力がないことを確認してからアドムは覆面に背を向けた。

 

「…影ならば、生き汚くとも忍べ」

 

そう言い捨てて、月夜の街道をアドム一行は去っていった。

 

ーーーー

 

王都ヴィクトリア。

 

パジャの国を統治する王が暮らす都。

 

初代パジャ王は力でねじ伏せた各地の強者や有力な貴族の半数を城下町に1年住まわせ、その後は自国の領土へと1年戻る。

 

そして残りの領土にいる半数のモノを交代で王都に住まわせることを義務付けていた。

 

瞬く間に王都は栄え、貴族や騎士のために連れてこられた町民たちも住めば都と王都を栄えさせた。

 

王都の中でも国王の信頼が厚い有力な貴族は直轄領に屋敷を立てることを許可されている。

 

その領の中で地方領主であるヴィンテージの屋敷は、不釣り合いなほどに大きい。

 

それは王の剣としての実績であるアブラ・ヴィンテージとその嫡男であるアスラ・ヴィンテージの功績であった。

 

「おかえりなさいませ、父上。クロード陛下はなんと……?」

 

アスラが屋敷に一歩入った時点で黒髪に青い瞳の青年が声をかけてくる。

 

前髪の分け目が真ん中ではなく左寄りの違いこそあるが、その整った顔も歳も何もかもヴィンテージ家嫡男のアドムと瓜二つであった。

 

服装は黒の上下のスーツに灰色のベストに白いシャツ、腰に茶色の革製の剣帯を巻き、白鮫革の黒糸に黒鞘の大小の刀を差している。

 

鍔はヴィンテージ家の紋が描かれた四角のものだった。

 

左腕のみが肩口から削ぎ落とされており、剥き出しの左腕は肩口から鎧の甲冑の腕そのものを取り付けたようなーー複雑な紋様を描かれた白金製の義手だった。

 

アスラはヴィンテージ家特有の整った顔に中年の男の色気を出しながら笑みを浮かべる。

 

「アドムとタハトが自分の手元に居れば、この大陸を手に入れられる。などと申し上げられておったわ」

 

アドムに酷似した青年は瞳を父親から外しながら俯く。

 

二人は、会話をしながらリビングへと移動した。

 

「未だ陛下の心の中には、兄上とタハトが居るのですね……」

 

歯を食いしばりながら青年は言う。

 

「陛下のお膝元で陛下の為に手を汚してきた我ら王都のヴィンテージ家ではなく、長年に亘って陛下の招きにも応じなかった兄上とタハトが……」

 

「フン、よいではないか。幼子の頃からの情に厚いーー素晴らしい統治者だ。もっとも今更、アドムなどが城内の政に出る幕はないがーーな」

 

冷たい笑みを浮かべる父アスラに向かって息子は言った。

 

「ではーー何故! 何故、兄上を呼び戻すのですか!?」

 

「……ヤツの腕は本物だ。せいぜい利用してやるさ。このパジャの国とヴィンテージ家が、後の世ーー何百年も安泰であるためにな。そのためにーーアレにはヴィンテージの手綱がある。タハトというな」

 

皮肉げな笑みを浮かべるアスラの眼は冷徹でーー実の息子の話をしているようには見えない。

 

「ーー父上」

 

「なんだーー?」

 

笑みを消し、目の前の青年を見る。

 

その眼はアドムの事を話したときのような冷たい刃の輝きこそ納まっていたが、無関心なーー虫でも見るような眼をアスラは息子に向けている。

 

だが青年は父の眼に臆することなく、正面から見返して言った。

 

「……! なぜ私ではなく、兄上なのですか!?」

 

「お前はヴィンテージ家を継ぐ男だからだ。私の後を継いで王家とヴィンテージを存続させて行かねばならない。いつ死ぬかも分からぬような危険な場所に、そんな大事な跡継ぎを放りこむ阿呆が居ると思うか?」

 

言外にアスラはアドムならば、放り込むことができると言っている。

 

それは、確かに父と自分の立場や様々な政の思惑があって言えることなのだろう。

 

だが、青年は知っている。

 

父はーーアドムならば死ぬことはない、と確信していることを。

 

アドムならーーどれだけの死地でも勝って帰ってくると確信しているのだ。

 

「私ならば! 兄上よりも早く、ジャッジ帝国の企みを根絶してみせます!!」

 

だからーー彼は言わねばならない。

 

兄は自分と母を捨てたのだから。

 

右手で自分のものではない鉄製の左腕をそっと掴みながら言う。

 

母の命を継ぎ、父の教えを継ぐためにも自分はーーヴィンテージ最強の剣士でなければならない。

 

そのために兄への憧れは捨てたのだーー、この左腕と共に。

 

「ヴィンテージの当主は私です! 兄上が当代最強などと言われているのは! あのヒトが、そう言われるのは! 間違いだ!!」

 

「くだらん感傷だな。だから貴様はアドムに勝てんのだ」

 

「……なっ!?」

 

虫を見るような無感情な青い瞳をアスラは実の子に向ける。

 

アスラにとって自分と愛妻の血を分けた目の前の青年も、アドムも。

 

憎んでも憎み切れぬ相手だからだ……。

 

「ハッキリ言っておく。アレに勝てるヤツはーーこの大陸の、どこにも居ない。ジャッジ帝国だろうが、エルフだろうが、オーガだろうが、魔族だろうがーーアレには勝てない。ソレをまず認めることだ。ならばソレ以外のことでアレを上回るなり、利用するなりすれば良い」

 

「……ヴィンテージは王の剣! その剣士が剣で上回れぬ相手が居ることを認めろ、と!?」

 

「相手の何が自分に優り、自分の何が劣るのか。どうすれば補えるのか、或いは上回れるのか。ソレを調べることもなく理解もせず、ただ相手が気に入らないーー認められないからと否定し。自分は相手より優れるはずだーーなどと。そんな根拠のない暴論に縋るような愚か者に成り下がったか。アグニ」

 

青年ーーアグニ・ヴィンテージは父の迫力を前にしても退けない。

 

「父上……! ですが父上は……!!」

 

「なんだ?」

 

「父上は兄上を信じておられる。兄上ならば必ず勝つと……!」

 

「ーー当たり前だ。でなければ、わざわざ田舎から呼び戻さん」

 

ハッキリと言い切られ、アグニは俯きながら拳を握る。

 

「その信頼を置かれる相手がーーなぜ私ではないのか」

 

右拳を握ったまま、真っ直ぐに父の眼を見返してアグニは言った。

 

「陛下も父上も、なぜ兄上なのですか!?」

 

「……人間には適材適所というものがある。貴様に今回の件は向いていない。アレには向いている。それだけのことだ」

 

アスラは言いながら、リビングの壁にある刀掛けに自分の腰に差していたヴィンテージの四角鍔をした刀をかける。

 

「たとえばーーアレに俺が考えるヴィンテージの当主は向いていない。だから俺の後継には嫡男のアレではなくーーお前を選んだのだ、アグニ」

 

アグニに背を向けて壁にかけた刀に触れながらアスラは言う。

 

「この父の想い、アレのように裏切ってくれるなよ」

 

「決して。父上を裏切るようなことは、ありません」

 

その言葉を背に受けてアスラは口許だけを歪めた。

 

「それでいい。フ、ヴィンテージ領を気ままに歩き回り剣の修行、などと遊び惚けているあのアドムの話を陛下に出されて腹が立つのは分からないではない……」

 

「そうです……! 兄上はヴィンテージの責務を。王の剣としての役割をーーなにひとつ果たしていない」

 

「そうだ……。その『役割』が分かっているから私はお前を選んだ。アグニ、たのんだぞ」

 

「ーーはっ!」

 

一瞬の間をおいてアグニは頷くと広間を後にした。

 

アグニの足音と気配が去っていくのを背に感じながらアスラは壁に掛けた刀の柄に触れる。

 

黒に近い瞳は青く輝き、今にも誰かを斬り殺さんほどの気を放っている。

 

「ーーよろしかったのですか? アグニさまをアレで行かせて。納得しておられなかったようですが……」

 

背中にかけられた男の声にアスラは屋敷に入って初めて笑みを浮かべながら振り返った。

 

「フ……。わざわざ納得させる必要があるか? 俺の言葉に納得できず愚かにもアドムに挑んでやられるなら、それまでよ」

 

そこに立っていたのは自分と同じ年格好の奴隷。

 

幼き頃より自分の影となって過ごした長年の相棒カイトだった。

 

カイトはあまりにも非情なアスラの言葉に顔をしかめながら言う。

 

「実のお子ですよ。アスラさま……!」

 

「俺の情は俺の影であるお前と亡き妻にしか向けぬ。……妻があやつらのために死んだのだ。ならば俺の血を分けただけのあやつらに情を向けると思うか? あり得ぬわ」

 

笑みは口許だけ。

 

その青い瞳は怒り、憎しみ、殺意によって闇夜の中で輝いている。

 

身に纏う青い気は空間を歪ませる。

 

アドムに似ているが、より淀んだ色の気。

 

「アスラさま!」

 

「冗談だ。笑って聞け……」

 

瞳を伏せ、アスラはその身に溢れていた凄まじい気を冗談のように消した。

 

「そんなことよりも、父ーーアブラが言ってきた審の国ジャッジ帝国の尖兵を討ち破ることの方が先決だ」

 

「アスラさまはジャッジ帝国がヴィンテージ直轄領を抜けてくると?」

 

「ーーいや、普通なら無理だろう。たしかに父は愚かな男ではあるが、剣を握り指揮をすればジャッジごときに遅れは取らない。だが、そこに魔族がいるというなら厄介度は跳ね上がる」

 

「……ジャッジと魔族が繋がっているとは。アドムさまやアブラさまが嘘を言うとは思いませぬが、他の人間からの報告ならば私でも疑ったでしょう」

 

「ああ。だが、あの親父とーーアドムが嘘など言うまい」

 

「魔族……! この大陸に住むすべての種族の敵となる悪そのもの。そのようなモノとあの公明正大な正義を謳うジャッジが手を組むなど、思いもよりません」

 

そう唸るカイトにアスラは好ましいものを見た、という反応で微笑んでから告げた。

 

「……そうか? 考えられんことではない」

 

「なんと!」

 

目を見開く己の影にアスラは静かに笑みを抑えるとつづけた。

 

「絶対の悪を作れば、ソレと対峙する存在は絶対の正義を名乗るにちょうど良かろう。『そのための魔族』だろう。また魔族も魔族で旨味がある。だからジャッジ帝国に手を貸しているのだ」

 

「旨味、ですか……。自らを全ての種族の悪とすることに何の旨味が……! いや、それよりもジャッジだけでも我らの国は危機だというのに。このうえ魔族にまで出てこられたらパジャは……」

 

戦慄するカイトにアスラは淡々と応える。

 

「表向きには出てくるまい。そんなことをしなくともジャッジを使えば大陸に戦乱を起こすことなど容易いからな。俺がなにより魔族が厄介だとするのはーー魔法に通じている種族だからだ。人間が知らぬ魔法にもたけているに違いない」

 

瞳を細めてアスラは言った。

 

「ーーアドムの話ならば、ジャッジ帝国の騎士団は人狼と共に幻のように消えたという。その向こうに見たこともない栄えた都が見えたと言う話だ。つまりーー連中は転移魔法が使えるということだ」

 

「なんと! そ、それでは魔族の力はジャッジの正規軍を! この王都ヴィクトリアに丸々転移させることができるーーというのですか!?」

 

「おそらく理論上は、できるはずだ。だが転移するのに条件が要るのだろう。最初から王都に正騎士団を転移できるのなら、辺境のヴィンテージ領になど現れずにヴィクトリア城内を狙う。そうはせず連中は魔物の森で足を止めていた」

 

顎に手をやりながらニヤリと刃物のような鋭い笑みを浮かべてアスラは告げる。

 

「まあ、仮に転移できたとしても。それならそれで対策を練るだけのことだがーーな」

 

「対策……!? いつ、どのタイミングで城内のどこに現れるかもしれない帝国軍を相手に対策、できるのですか!?」

 

動揺するカイトにアスラは目を向けて告げた。

 

「策は何重にも練っておくものだ。ガキのころから教えたはずだぞ、カイト」

 

「そうは聴いておりますがーー」

 

「フン、転移魔法も所詮は魔法。からくりを理解できれば対抗もできる。それよりもジャッジの国は見誤ったな。なぜ隣国に設置する辺境の領土を王の剣たるヴィンテージが護っているのか、連中は思い知ることになるだろう……」

 

笑みを強めるとアスラはカイトの横を通り過ぎて廊下に歩いていく。

 

「アスラさま、どちらへ?」

 

「今宵一晩はゆるりと寝る。お前も休め、カイト」

 

「ーーはっ」

 

アスラの背でカイトが頷き、屋敷を出て行く。

 

それを気配で察しながらアスラは寝室ではなく書斎へと向かった。

 

扉を開けると燭台に灯りが点いており、席に座って待ち受ける人物が居た。

 

「ヤレヤレ……。人使いの荒い人間様だぜ」

 

男は首から上が狼の頭をしていた。

 

ヴィンテージ領を襲った魔族ーーその者である。

 

アスラは男ーー人狼に向かって話しかけた。

 

「よく来たな。姿は見られていないだろうな?」

 

「ケッ、俺たち人狼を人間なんぞと一緒にすんなよ」

 

「結構なことだ。では報告を聞こう。魔族『どの』」

 

向かいの席に座るアスラの腰には短刀以外は何も帯びていない。

 

ほぼ素手である。

 

にも関わらず、アスラの態度は人間をはるかに上回る身体能力を持った人狼を相手に対等だと言わぬばかりに足を組んで報告を聞こうとする。

 

その不遜な態度に人狼は金色の瞳を細め牙を剥き出しにして告げた。

 

「フンッ。テメエの顔を見ると思い出すぜ。魔族の森で鉢合わせした化け物をよーー」

 

「そうか。それはなによりだ……」

 

肉食獣が獲物を狙うように唸る人狼。

 

その迫力に普通の人間ならば怯えるなり、汗をかくなりするものだ。

 

だがーー人狼の迫力を目の当たりにしてアスラ・ヴィンテージは愉快げに笑って見せただけだった。

 

金色の瞳と青く輝く瞳が正面から見つめ合う。

 

やがて人狼が自分の手元から丸められた紙を取り出して卓上に広げた。

 

「ーーチッ、これがジャッジの国の城の構造だ」

 

「ご苦労」

 

顎で頷きながらジッとジャッジ帝国の王都マジストレイトにある城の設計図を見る。

 

(……帝国に忍ばせていた影たちからの報告と外見は一致している。しかし……!)

 

目の前の人狼が一筋縄では行かない相手であることにアスラは好戦的な笑みを浮かべている。

 

「さて、こっから先はビジネスだぜ。アスラ・ヴィンテージ」

 

「……いいだろう。貴様が取引に値する男だということは、よくわかった」

 

アスラの考えならば、この城の設計図は古い。

 

改築や内装などが入って細かく城内は変わっているはずだが、それでも建屋そのものの地図を手に入れたことには違いない。

 

それを手に入れて来た人狼は間違いなく有能だ。

 

「……お前は、あの赤目のアドムから逃げてこられたのだな」

 

地図を見ながら何でもないことのように言うアスラに、人狼の金色の瞳が細められて鋭い牙が剥き出しになる。

 

「テメェ、俺をヴィンテージ領にけしかけやがったのは……!」

 

地図を粗方見て満足したアスラは、ようやく人狼と眼を合わせる。

 

「アドム一人に斬り殺されるような無能は要らんのだ。……取引の相手としても、目的のために利用する敵役としてもーーな」

 

瞬間、人狼が音も立てずに右の爪でアスラの眉間を貫こうと繰り出す。

 

しかしーー爪は何もない空間を貫いており人狼の顎にアスラの短刀の切っ先が突き付けられていた。

 

(いつの間にーー抜きやがった!? それに、俺の爪を簡単に見切る腕に体捌きーー! コイツ!?)

 

「俺はこれでも犬を躾けるのが得意でねーー。どうだ、人狼?」

 

笑みを浮かべてアスラは人狼の眼を覗き込んでくる。

 

「……お前も『躾けて』やろうか?」

 

その表情に人狼は思わず唾液を飲み込んだ。

 

赤目のアドムにも匹敵する迫力を、目の前の男は放っている。

 

だから人狼は別の話を出した。

 

「……アンタがけしかけたせいで、アンタんとこの領民が村ごと吸血鬼の犠牲になってんだが? そこに関しては何とも思ってないのかい。ヴィンテージさまよ?」

 

これに興醒めしたようにアスラは表情を消すと短刀を人狼の顎から離して鞘に納める。

 

瞬間、人狼は押さえつけられた圧がなくなって思わず咳き込んでいた。

 

「パジャの国が安泰であればよい。村人など、国さえあれば放っておいても増える」

 

本当に何とも思っていない、そんな表情に人狼は思わず乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……人間にしとくにゃ惜しいくらいに非情な男だね、アンタ」

 

「貴様は魔族にしては、しゃべりすぎだな……」

 

「おっと、コイツは失礼。じゃ、取引(ビジネス)の話をしようか」

 

「……いいだろう」

 

人狼は引きつった笑みを浮かべて冷徹な刃の如きアスラを見ていた。

 

ーーーー

 

屋敷の中庭で月を見上げる美しくも逞しい黒髪に左腕が義手の青年ーーアグニ・ヴィンテージ。

 

彼は、その姿勢のまま静かに呟いた。

 

「……カイトか」

 

「はい……」

 

声と共に闇から一人の人間が象られて現れる。

 

男ーーカイトは告げる。

 

「アグニさま、おやすみになられないのですか? 夜も更けてきました……」

 

「なあ、カイト。なんで父上は俺に奴隷を与えてくれなかったんだろうな」

 

カイトの言葉には応えずにアグニは月を見上げたまま、告げる。

 

「俺には自分の半身と呼べる影。父上にとってのお前や兄上にとってのタハトみたいな影がいない。歳の変わらない双子の兄に、なにもかも持っていかれた! そんな俺に兄と共に等しく優しくしてくれたのは母上だけだった。でも母上は……!!」

 

目を閉じ、沈痛な表情になりながらアグニはカイトを振り返り続ける。

 

「なあ、カイト。なんで俺は、いま生きてるんだろうな?」

 

「!! アグニさま、なにをおっしゃる!?」

 

「だって、おかしいじゃないか。母上が亡くなったのは俺が五つのころ。その当時の俺は病弱で生まれてこの方、剣も振れぬほどの虚弱体質だった。なのに母上が亡くなったあの日から俺の体は嘘のように健康になった」

 

静かに息を呑むカイトに気付きながらもアグニは続ける。

 

「それからだ。父が俺や兄に対して一切関心をもたなくなったのは。いや、むしろ。あの眼は憎しみだった。父は俺たちをーー特に兄を憎んでる。それがハッキリと分かる」

 

真っ直ぐな青い瞳に思わずカイトは目を伏せた。

 

(……アグニさま、なんと不憫な。アドムさまもアグニさまも、なにゆえこれほどまでに敏かったのか。彼らの内、どちらかが少しでも愚かであれば。このような不憫な事にはならないものを。ヴィンテージとは、なんと因果な家系か……!)

 

「……それでも俺は母上からもらったこの命、ヴィンテージのために使うと決めたのだ。なのに俺と同じく母の想いを受け継いだはずの兄は、それを忘れて15の時に王都で腕試しの辻斬りなどして追放された」

 

腰の刀をゆっくりと抜いてアグニは月に向かって刀身を構える。

 

「母の死を踏みにじった兄を、俺は断じて許せん!!」

 

その青い瞳の先には、自分と同じ顔をした兄の姿があった。

 

「……アグニ様。気が済むまでお付き合いいたしましょう」

 

そう言いながら向かいのカイトも腰に差した刀を抜き放つ。

 

「ーー参られよ、アグニ・ヴィンテージ殿」

 

霞に構えるカイトにアグニも微かに口許を緩ませると刀を八双に構えた。

 

「フン、なら久しぶりに稽古をつけてもらおうか。カイト」

 

全身から青い気の光を放ち、アグニは告げた。

 

「アグニ・ヴィンテージ、参る!!」

 

ーーーー

 

王都へ向かう街道にて。

 

「ーーっくし!」

 

「なんだよ、アドム。風邪か?」

 

アドムがくしゃみをする横でタハトが呆れたような表情になって問いかけてくる。

 

「いや、これは誰かが俺を噂している……」

 

「そんな迷信みたいなテキトーなこと、また言って」

 

これにリアが微笑みながらアドムに言った。

 

「いえ、意外にあるかもしれません。神のご加護を(お大事に)ーーアドムさま」

 

「神、ねえ」

 

アドムが何か言いたげに鼻を指でこすりながら告げる。

 

「ひとつ分かってることは、人間の世に神が干渉するとろくなことにならんってことかな」

 

「……あら。なにか思い当たる節でもあるのですか?」

 

「俺の母上が、そういう迷信を信じて死んだ。病弱だった俺の弟を助けるために自分の命を使ってな。弟は俺を恨んでいるだろう。母の想いをともに受け継いでくれると思っていた俺が裏切ったからな」

 

「……それと神が関係するのですか?」

 

「ああ。もっともアレは神なんかじゃなかったがな」

 

アドムの脳裏に醜く恐ろしい半透明の骸骨の姿をしてフードを着た魔物が浮かんでいた。

 

「どっちなんだよ……!」

 

タハトが思わずツッコむ横でリアが目を細める。

 

(他者の命を代わりに。呪い……? まさか……死神?)

 

「アイツは弟も食おうとした……」

 

(なるほど。アドムさまはソレで鬼神に目覚めたのですね。ならばカース(死神)には感謝しなければ)

 

アドムの言葉にリアは、合点がいったと内心で頷く。

 

タハトがしみじみとした表情でアドムを見た。

 

「僕が知らないヴィンテージ家で、そんなことがあったのか」

 

「……そうだな。母さんが亡くなって一か月経ってからだ。おまえがウチに来たのは」

 

「そっか……。なんだよ、そんなことがあったなら教えてくれよ、アドム」

 

「……言ったってしょうがないさ。母さんは帰ってこない。俺がアグニに恨まれてるのも事実だ」

 

自嘲気味に言うアドムにタハトは言った。

 

「お前はさ、アグニさまをどう思ってんだよ」

 

「大事な弟だ」

 

「なら……!!」

 

「だけどなタハト、アイツの想いも分かるんだよ。それに憎む相手がいなきゃ生きていられないヤツもいるしな」

 

アドムの脳裏に浮かんだのは、血まみれの母の亡骸を抱き上げて鬼の形相で自分を見る父の姿。

 

『なぜだ、その力があれば! 妻を救えただろう! なぜ自分の母を救わなんだ、アドム!!』

 

「ーー因果なもんだな。実の父親と弟に憎まれるってのは」

 

天にある月を見上げているアドムにタハトも呟く。

 

「バッキャロゥだな、みんな。一人で何もかもできるんなら、そんなスーパーマンがいるんなら。とっくの昔に世界は争いなんかなくなって平和になってるって……」

 

アドム・ヴィンテージが王都に着くまで、後1日を切っていた。

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