ーー 本来ならば生まれてくる子どもは一人だった。
宮廷魔術師の予言では、今回身籠った子は死産になるだろうということだ。
医者の話では、産んだところで生きているとは言い難いという。
馬鹿馬鹿しい。
産まれる前から下らんことを言う連中だと俺は相手にしていなかった。
生まれてきたのは双子だった。
片方は泣きもせず笑いもせず、俺の顔をじっと見つめてくる
もう片方は今にも消え入りそうな小さな声で、か細く泣いていた
妻は言った
夢を見た、と
自分の
本来ならば
それは我が子となって出てきたのだ、と。
俺はそれを笑い飛ばしていた。
だが、俺の顔をジッと見つめるその子どもは赤子の目をしていない。
まるでーーこの世界がどのようなものかを値踏みしているようだった。
歳が3を数えるころには泣かぬ子は大の大人を蹴散らすほどの剣術を身に着けていた。
理知的な瞳、態度、話し方。
まるで子どもと話している気になれなかった。
妻があの子の話をするたびに俺は内心で気味悪く思っていた。
そして、この先アレと常に較べられる脆弱な我が子を憐れに思っていた。
歳が5を数えるころ。
病弱な子は明日死んでもおかしくないという子どもの流行り病に侵された。
その日から、泣かぬ子は剣術をしなくなった。
弟の手をじっと握っているのだそうだ。
妻が話しかけるまで飲まず食わずーー。
明日までと医者に言われた弟は一週間、生きながらえている。
一週間後、妻は俺に言った。
再び夢を見た、と。
双子を生んだときと同じ夢で不思議な存在にあったのだと。
この家に守り神がいるのだと。
妻はなんとしても病弱な弟を助けようとしていた。
そして泣かぬ子が無理をせぬようにと今日、夢のとおりにまじないの儀式をすると言っていた。
その日の晩、俺が帰ったとき妻は血まみれになって床に倒れていた。
目の前にいたのは左腕から血を流しながら気を失った弟を抱き上げる赤目の我が子。
その向かいに明らかな異形の死体があった。
俺は悟った。
妻が言っていたのは本当だったと。
同時に、妻が視た夢は嘘だったと。
妻をだました魔物はもっと恐ろしい子どもの姿をした化け物に食われたのだ。
それは俺の子の姿をした、本物の化け物だった。
ーーーー
夜、書斎の窓から満月を眺めて男ーーアスラは呟いた。
「…いい月だ。あの夜もこんな月だった。貴様は覚えているだろう? 我が子ーーアドム(化け物)よ」
ーーーー
俺は強くなった。
騎士団長すらも相手にならん。
まだ10を数えたばかりのこの俺が、王の剣ーーヴィンテージを学んだだけでこれほどまでに強くなれるとは思わなかった。
だがーー。
どれだけ強くなってもまるで勝てないヤツが居た。
俺より一つ下の小僧だった。
あきらかに加減されていた。
惜しい試合をさせられるようにアイツは、わざと負けることもあった。
それが俺のプライドを傷つけると知らずに。
いま思い返せば王族の俺に気を遣ったのは分かる。
周りのヤツらの目もあるから、そいつらの前で恥をかかすことはできないと敢えて負けを演じたーーと。
だが俺は裏切られたと思った。
アイツは素直に俺を認めてくれていると思った。
次期国王ではなく、ひとりの人間としての俺を。
だから俺は純粋に俺の実力を知るために城下に出て腕試しを始めたんだ。
俺は強かった。
相手は斬られたことすら知らずに死んでいった。
だが喧嘩をふっかけてくる酒場で酔った剣士は、その辺の薪と変わらなかった。
ならば強いヤツを。
アドムが本気にならざるを得ないほどの強いヤツを捜していった。
そして挑んでは勝っていった。
やがて辻斬りがバレた。
使われた流派がヴィンテージ流だということが明るみになった。
その日、俺はいつものように俺の剣気に反応する達人を捜していた。
達人は反応し、早々に人気のない路地裏に俺たちは移動した。
そして闇夜に混じって攻撃をしかけた。
だがソイツは、あっさりと俺の刀を弾き上げた。
ーーアドムだった。
その後ろにアスラが居たーー。
言い訳ができなかった。
アスラはアドムを見ると言った。
「一連の辻斬りの正体、しかと見届けた。我が息子ながらなんと愚かなことを…! 殿下に剣術を教える貴様が辻斬りなど!!」
「なっ……! ち、違う! アスラ! やったのは俺だ!」
俺が止めようとするのを遮ってアドムが口を開く。
「…申し訳ありません。父上」
「アドム!」
「殿下、お世話になりました」
淡々といつも通りにアドムは告げる。
濡れ衣を着せられ、辻斬りなどと不名誉な看板を背負ってもアドムは変わらない。
いつも通りだった。
その翌朝、日が昇る前にアドムはタハトとともに王都を出ていった。
俺がどれだけアイツ等を呼び戻そうと尽力しても、アイツ等自身が拒んだ。
だが。
今回はアイツ等が国のためとはいえ、俺に会いに来る。
ならば今度こそ。
アイツ等をーー俺の友を、この手から離さぬようにしなければ。
ーーーー
満月の夜。
月明かりに照らされたヴィンテージ家の庭でーー。
静かな世界に剣戟の音だけが木霊する。
誰も居ないーー見えないほどの動きで移動しながら、斬閃だけがぶつかり合って不気味に音が響く。
無数の投げナイフーー小柄が飛び交う。
赤い火の粉が空間に舞って斬撃が一閃されると共に広範囲に爆発する。
真剣での組み手を行うのは、ヴィンテージ流『影』術の皆伝者である『剣奴頭(けんどかしら)』カイト。
対するはヴィンテージ流『刀術』の内ーー二刀、大太刀、鞘、影とその他の柔、槍、棍の全てを皆伝にまで極めた若き隻腕の鬼才ーーアグニ・ヴィンテージ。
凄まじい音がして突如、剣戟の音が止みーー動きを止めた二つの影。
両手持ちで唐竹に振り下ろされるカイトの刀。
対するアグニの刀は両手持ちで左下から斬り上げられる。
片方の刀は相手の首元に切っ先が突きつけられーーもう一つの刀は紙一重で左に見切られて相手の腰の辺りの高さの何もない空間に振り下ろされている。
見切られたカイトの刀。
アグニの一閃はカイトの首元に突き付けられている。
「腕をお上げになられましたね、アグニさま」
その言葉にアグニは足を下げながら切っ先を下ろす。
カイトは刀を鞘に納めながら続けた。
「純粋な剣の腕でも、その若さでアスラ様に迫っておられる。そのうえ、我ら『影』の体術や戦い方までこなされるとは。素晴らしいセンスです」
純粋な称賛の言葉にアグニは首を横に振る。
「兄上には勝てん。父に言われるまでもなく、誰よりも俺が分かっている」
右手に持った刀は自分が磨き上げて来た武術の全てを体現してくれる大切な相棒。
武骨な見た目で肉厚の直ぐ刃、切れ味はほとんどなく剣士の腕により左右されるが刃毀れも曲がりもしない不撓不屈にして質実剛健の具現。
鈍い輝きを放つ戦場刀。
アドムの持つ剛刀『兼定』の兄弟刀。
自分の半身ーー『兼貞(かねさだ)』
「だから剣術だけではない。俺はヴィンテージのすべてを身体に修めてみせる。開祖、アルド・ヴィンテージが為したことを俺自身が極め、そしてそれを越えて見せる。さすれば兄上ではなくーー俺が”ヴィンテージ”となる」
「アグニさま……!!」
父に諭されるまでもなく、兄との力の差は理解している。
それでも諦めるわけにはいかない、母との約束のために。
その強き意思の光を込めた青い瞳にカイトは膝を付いて首を垂れる。
紛れもなくーー自分が仕える男と同じ高潔な血を引いた青年だと。
その時だった。
静かな闇を強烈な白い光が走り、空間にひびが割れる。
「! なんだっ!?」
「空間が割ける気配……! いったい!?」
何もない空間が割れて中から人ではないモノの気配がする。
現れたのは針金のような赤い髪に褐色の肌、野性味あふれるが整った顔。
2メートルを越える筋肉質な体躯を誇る赤と黒の装束に白い道着のズボンを履いた男……。
その額から赤黒い角が真っ直ぐ2本生えている。
「チッ、クソッタレが……! 釈迦の野郎、異世界に来てまで。この俺様を虚仮にしやがって!!」
吐き捨てながら周りを見渡す異形の男。
「な、なんだ貴様は!?」
「……異形か!」
カイトが誰何し、アグニが右手に持った兼貞を青眼に構える。
異形は二人を鋭く睨みつけると訝しげに瞳を細める。
「……また訳の分からねぇところに飛ばされやがった、どうなってやがる……!」
屋敷の状態や広大な庭を睨みつけた後、異形はアグニを見て声をかけた。
「……ほう。鍾鬼(しょうき)ーーじゃあねえな。外面は、よく似てやがるが。この前に会ったヤツとは明らかに違う」
値踏みするようにアグニに告げる。
「……人間か。だが顔が『鍾鬼に似すぎて』いる。それにーー流れている血の匂いからヤツの気配がする。奇妙な感覚だ……。まさか鍾鬼のやろう、人間と子を作ったのか?」
更に顎に手をやり異形は己の頭の中を整理するように呟く。
「鬼神の中でも凶暴だったーーあの『鍾鬼』が人間如きと子を作る……? 『童子』でも『式神』でもなく『眷属(子ども)』を作ったっていうのか? おまけにーーその『子どもに転生』してやがるってのは。どういうこった……?」
異形は、アグニを混乱したように見つめている。
宿敵の子孫を見つけてーーしかし己の知る宿敵ならば有り得ない現実を見せつけられ、混乱している。
「……なんだ、お前は!」
異形に闘う気はない。
なのにーーそこに存在しているだけで圧倒的な重圧にアグニが声を上げた。
ーー何かを感じる。
この異形を見ているだけで、自分の中に流れている血が騒ぐのを感じるのだ。
まるでソレはーー赤眼の兄・アドムを見たときと同じだった。
「俺様は『泰鬼』。鬼神泰鬼(たいき)……!」
アグニの言葉に泰鬼は何処かーー『親戚の子どもをおちょくる叔父』のような顔になる。
「頭が高えぞーー人間」
笑いながら口許から覗く鋭い牙と額から生えた2本の角は人に非ず。
カイトが刀を抜いて構える。
「異形が! ヴィンテージの屋敷にいきなり現れて無礼を図るか!!」
腰を落としながらアグニはカイトに告げる。
「カイト、気をつけろ。この異形、ただものじゃない……!!」
「承知しております。向かい合っているだけで、全身に針が刺されているような感覚です。我ながら情けない……」
応えるカイトは冷や汗を既に流し始めている。
向かい合っているだけで圧倒的な気に押されているのだ。
(それになんだ……? ヤツから感じるこの恐ろしくも懐かしいような気配は、兄上? なぜ兄上と同じ気配を、こんな化け物が……!)
赤眼の兄と似て非なる気配を放つ異形。
その眼は真の力を引き出したときの兄と同じ太陽のように輝く赤だ。
「……フン、こいつはちっと面白くなりそうだな」
首を回しながら牙を剥き出しにして笑い、泰鬼は言った。
「テメエらをブチのめして、鍾鬼の野郎を引きずり出してやる……」
異形は両手を開き、鋭い爪を見せつけて獣が捕食体制に入るような構えを見せる。
「構えろ、人間ども。テメエ等は鬼神の眷属なんだ、少しは遊べるんだろう……?」
それだけで周囲の落ちる木の葉が弾け、庭に飾られた岩が弾ける。
「なんという気迫だ……!!」
「ああ。父上の殺気、兄上の威圧。それらを兼ね備えたかのような気だ……!!」
霞と八双にそれぞれ構えるカイトとアグニ。
鬼神と名乗る異形はズシッズシッと音を立てて脚を前に進めてくる。
「闘わねばならないようだ…」
「…そのようです」
二人は、独特な呼吸を始める。
すると、見る見る内にアグニの目が青く輝き始め身体から青い陽炎のような光が生まれて天に向かって立ち上り始める。
隣に立つカイトは、白い色の陽炎を纏っていた。
「……ほう? 鬼神力ーー鬼気を身に纏う真似事ができるとはな」
言いながら泰鬼も瞳を輝かせて全身に赤い光の陽炎を纏う。
「…だが、人間如きの放つ気で俺様の気を上回れると思ってやがるのか……?」
手招きする泰鬼。
「格の違いを教えてやる。……来やがれ」
瞬間、アグニとカイトが姿を消す。
泰鬼の右側と左側に現れると同時に空中で唐竹を繰り出す。
衝撃波が吹き荒れ、光が生まれる。
鈍い音が響き、アグニの兼貞は鬼神の右掌に。
カイトの刀は鬼神の左腕に。
それぞれ刃を通すことさえ出来ずに受け止められている。
「はぁあああっ!!」
「ぬぅうううっ!!」
完全に受けられたと悟った2人は凄まじい剣戟を連続で繰り出し、斬撃の檻を作って完全に鬼神の肉体を封じ込める。
だが、鬼神はニヤリと笑みを浮かべると両腕を振り回して鋭い爪で2人の剣士の斬撃を弾いた。
後方へ吹き飛ばされながら着地するアグニとカイト。
鬼神泰鬼は撫でただけという感覚だったが、それでも数メートル後方に吹き飛ばされた。
着地した姿勢のアグニに向かって右掌を開いて爪を突き出しながら突っ込む鬼神。
咄嗟にアグニは左腕の義手で鬼神の腕を逸らし自分の右脇に来る様に身体を移動させつつ右手の兼貞で胴を一閃して交差行方に駆け抜ける。
「ぬ?」
(間違いねぇ。コイツ等の動きは鍾鬼の動きだ。鍾鬼の野郎、人間に子を産ませるだけじゃなく、自分の技や動きまで伝えてやがるのか)
目を見開く鬼神の顎にカイトの刀がすれ違い様に一閃され、跳ね上がるもーーそれだけだ。
鬼神は、ダメージを受けた様子もなく振り返ってくる。
カイトが思わず唸った。
「ヴィンテージの剣技を喰らって無傷とは凄まじい身体能力だ。これが魔界とやらに住む魔族なのか」
「まぞく? なんのことだかさっぱりわからねえが、思ったより強えじゃねえか。人間にしちゃ、やるもんだ」
鬼神はニヤリと笑みながら踏み込んでくる。
一瞬で目の前に居た。
「さあーーいくぜ、続きだ」
確かに闘い方も気の扱い方も鍾鬼のものだ。
だが、鬼神にとって2人の剣士は人間でしかない。
少しだけ本気を見せる。
軽く踏み込んで数回ーー左右の爪を振り回してみせた。
それだけで、2人の剣士が先程繰り出した以上の斬撃の檻が再現される。
アグニは兼貞を両手持ちに構えて剣戟を繰り出し爪を弾きながら受け切るーーも、勢いを殺しきれずに後方へ引きづられるように下がる。
「…ぐはっ」
アグニの右隣から血が吹き出し、見ればカイトが胸を左手で押さえて止血していた。
「カイト!」
「グゥッ、なんというヤツだ……! 掠っただけだというのに一撃で動けんとは!」
「カイトほどの男を一撃で…。…こいつっ!」
カイトを背後に庇いながら剛刀を青眼に構えるアグニ。
片膝を付いたカイトをつまらなそうに見つめて鬼神は肩をすくめた。
「人間てのはつくづく脆い、ちょっと触っただけでコレかよ。歯ごたえがありそうだと思ったが、やっぱり人間じゃこんなもんか」
「ふざけるな! 異形、貴様はーーこのアグニ・ヴィンテージが倒す!!」
瞬間、アグニの纏う陽炎が炎のようにハッキリとした形を取って燃え上がる。
「フン、見せてみろよ。鍾鬼の血を引く人間。テメエの力をな」
瞬間、アグニが泰鬼の懐に踏み込む。
右の爪を斜めに振り下ろす泰鬼。
刀を右横薙ぎに払って爪にぶつけ、払う。
甲高い金属音と火花が散り、二人が纏う赤と青のオーラが揺れる。
「ほぉ?」
完全に自分の爪が切り払われたことに泰鬼は微かに笑みを強めた。
「いい加減、貴様の爪の範囲も見切れた!! いくぞ!!!」
青眼から八双に構えなおすとアグニは己の身に溢れる気を更に燃え上がらせた。
「はあああああ!」
(……おお、なんという剣気! これが、アグニ様の本気か!!)
膝を付いて止血しながらカイトはジッと泰鬼とアグニを見つめている。
互いに踏み込むと泰鬼は膝蹴りを放つ。
その膝に刀を振り下ろすアグニ。
固いものがぶつかり合う音が響き、火花が吹き荒れる。
「……フン」
「くっ!」
いったん止まった膝を思い切り押し出して泰鬼は刀を構えたままのアグニを上空へと吹き飛ばす。
後方へ宙返りしながら着地するアグニの背後に泰鬼が移動する。
左に振り返りながら刀を左手に持ちかえて一閃するアグニ。
首に迫る刃を左手で止め、右足を槍のように蹴りだす泰鬼。
蹴りが自分に当たる寸前に脛を右手で触れて曲芸師のように右手一本で自分の身体を逆立ちさせ、攻撃を逸らしつつ右足で泰鬼の顔を蹴りながら後方へ跳躍するアグニ。
「……テメエ、鬼神の顔を足蹴にしやがって!!」
これに怒りの表情に変わった泰鬼は左手の拳を握り、初めてアグニに突き出した。
瞬間、アグニは拳を左に見切って手に持った刀で空に斬撃の檻を発生させる。
左首、右胴、右肩、左腕、頭の5箇所に斬撃が当たり青い気が弾ける。
「……どうだ!」
そのまま高速移動で擦れ違いながら振り返るアグニ。
鬼神は仁王立ちしながら、打たれた箇所から煙を噴き上げてニヤリと笑ってきた。
「フン、やるじゃねぇか……。斬るには能(あた)わねぇがな」
首を鳴らしながら赤い気を炎のようにハッキリと浮かび上がらせて全身に纏う鬼神。
それだけで身体から上がっていた煙は消える。
「なんという硬い体だ! アグニ様の刀が兼貞でなく普通のものならば、とうに刃こぼれしている!!」
カイトの言葉にアグニは心の中で頷きながら改めて自らの刀を見る。
刃毀れ一つなく、折れず曲がらぬ相棒を。
(ありがとう、兼貞。お前は、本当に頼りになる……。俺の歩んできた道が無駄ではないと、いつも証明してくれるのだから)
桁違いの強さを誇る鬼神を相手に通じた斬撃と戦闘術。
ならば確かめよう。
己の歩みが間違っていないと証明するために。
「ソニック・バレッド!」
アグニの横薙ぎから放たれる真空の青い光弾。
「鬼裂ーー空爪(きれつーーくうそう)」
瞬間、泰鬼も右手を斜め下から振り上げて青い光弾を放った。
二つの光弾は互いの中央でぶつかり合い、相殺する。
「!? なんだと!!」
まったく瓜二つの技を放った異形に思わず目を見開くアグニ。
「ソニック・バレッドをーー素手で撃てるというのか!?」
「人間には無理だろうがな。鬼神たる俺様には、この程度は造作もねぇ。もっとも、鬼神の技を人間が使っていること自体ーー妙な話なんだがな」
アグニの技を見て泰鬼は確信した。
「まさか、あの野郎が人間に自分の戦い方を教えてやがるーーなんてな」
どこか神妙な顔になる泰鬼だがアグニに、それを気にする余裕はない。
「はあっ、はあっ、はあっ、はぁっ」
緊張感と気の消費、激戦の影響でついに肩で息をし始める。
「こいつ。……本当に強い」
確かに身体能力は人間のそれではない。
だが、それを抜きにしても異常に強い。
単純に闘い慣れしているのだ、この鬼神と名乗った異形は。
「……ならばーー奥義にかけるしかない!!」
「脆い人間のくせに、無理しやがる。まぁいい、見せてみろ!!」
青眼の構えをするアグニ。
全身の気が刀に集約されて青く光る絶刀へと変化する。
(……まさか、鍾鬼のやろう。『破邪の御太刀(神斬り)』まで人間に教えてやがるとはな)
(確実に当てねばならん。そのためにも……!!)
アグニが踏み込む。
左手の義手に仕込ませた火薬の粉と爆竹を腕を払って前方にばら撒く。
「あ? 目隠しのつもり……!?」
斬撃が左斜め下から斬り上げられ一閃すると同時、爆竹が発火して火薬の粉を燃え上がらせて爆発した。
「ぬぅ!?」
爆発の衝撃にダメージはないが、異形の体躯が後方へのけぞる。
瞬間、右斜め上から刀が袈裟懸けに振り下ろされる。
「喰らえ、ヴィンテージ奥義!! レギンーー! レイヴゥウウウウッ(偉大なるモノの遺産)!!」
放たれるのは、圧倒的な光の矢。
野太く青い光線が強烈な斬撃から放たれた。
「チィッ!!」
泰鬼の眼が見開かれ、右掌を出して受け止める。
「ぐ、ぐぅう!!」
「……!!」
押し合う両者。
光を押し込もうとするアグニ。
ねじ伏せようとする泰鬼。
(間違いねぇ。コイツはーー鍾鬼の切り札『神斬り』)
「ウォオオオオオ!!」
鬼神が咆哮を上げながら光をねじ伏せようと力を引き上げる。
「はぁあああああ!!」
アグニもまた気を引き上げて放った光をより太く、より厚くしていく。
(こいつーーこいつが、鬼神か!! 魔族じゃない、神でも天使でもない。この世界のどれとも相容れない異形ーー!!)
力のみで己の存在を誇示していく生き方しかできない。
荒々しく恐ろしい鬼の神。
鬼でありながら神のみが扱える神通力ーー鬼神力を使える存在。
アグニの全身の血が沸騰するように騒ぐ。
他の何に負けても構わないーーだが、鬼神に負けることは許されない、と。
「ぅうううぁああああ!!」
更に気を押し込む。
光は既に倍以上の太さへと変化している。
瞬間、鬼神が赤いオーラを燃やして右掌を握りしめて赤い光を拳に宿して振り切った。
「ウォオオオオオ! 鬼雷ーー裂光牙ぁああ!!」
咆哮と共に爆発し、屋敷全体が揺れるほどの衝撃が発生する。
鬼神とアグニの間には巨大なクレーターが出来上がっている。
「なんという力と力の衝突……! 一振りで100の兵士を薙ぎ払うヴィンテージ奥義!! アグニ様の放った一撃はそれを凌駕して山を吹き飛ばすほどの威力だった……!! が、それを受けてなお健在というか、異形の男よ!!」
カイトの言うとおり、それほどの衝撃を発生させてなお鬼神は無傷だった。
ついにアグニの片膝が地面に付き、右手で地面を支える。
辛うじて義手に持たせた兼貞を離すことはなく、身に纏う青い光も瞳に宿る意思も消えることはない。
それでも明らかにアグニ・ヴィンテージは継戦不能だった。
「脆い人間にしてはよく頑張った。だが、ここまでだ……!!」
笑みを浮かべて泰鬼はアグニを見下ろす。
「どうだ、負けを認めろ。俺様のが、強えってな? 鍾鬼によく似た餓鬼……!!」
勝ち誇る鬼神泰鬼にアグニは怒りを持って立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
(お、おのれ……、泰鬼!! 俺の最高の一撃を真っ向から打ち破りやがって……!!)
真っ向からねじ伏せられた。
その事実が、これ以上なくアグニの中にある誇り高い二つの何かに触れている。
自分のこれまでの努力を、意思を、こんなところで折られてたまるかという心。
そしてーー流れる血が、この異形に負けることは許されないと言っている。
「ククク、悪かねぇな。テメエ等、鍾鬼の餓鬼をからかうのは面白れぇ…! さあ、負けを認めろ!!」
高らかに己の勝ちを叫ぶ鬼神『泰鬼』の背に声がかけられた。
「ヴィンテージは大陸最強の剣。たとえ鬼神であろうと異形ごときに遅れを取るなど恥もよいところだ」
「あ?」
泰鬼が振り返ると同時、振り下ろされる鋼鉄の刃。
咄嗟に右腕を上げて受け止める泰鬼だが、目を見開く。
「コイツ……! 俺様の背中を取りやがった……だと!?」
そのまま刀で泰鬼を後方へ弾き飛ばす。
距離を取って着地する泰鬼は刃を受けた自分の右腕から血がにじみ出ているのを見た後、現れた男を睨みつけた。
「……父上!」
「ほう、兼㝎(かねさだ)で斬れんか……。倅(せがれ)とカイトが居て倒せぬわけだ……」
アグニに目でカイトの方へ下がれと合図しながら男ーーアスラ・ヴィンテージは泰鬼と対峙する。
「この俺様に血を流させるだと? 人間ごときが! 代償は高くつくぞ……!!」
鬼神は宿敵によく似た気配を放つ人間を見据える。
「ーーとはいえ歯ごたえのありそうなヤツが出てきたじゃねえか。テメェも鍾鬼のガキってことか」
自分を値踏みする鬼神泰鬼にアスラは右手に持った剛刀「兼㝎(かねさだ)」を正眼に構える。
アドムやアスラのものにソックリな飾り気のない実用性特化の戦場刀。
歴代ヴィンテージの剣士が好んで使っていた刀匠軍団が創ったものだ。
「鬼神『鍾鬼』……。アドムの正体の名前がソレか? 貴様もアレと同じ存在ーーということか。見ただけで察せれるとは『血』とは便利なものだな」
自嘲気味に冷笑するアスラに泰鬼も腰を落として斜に構えた。
「鍾鬼の野郎がなんでこんな処で人間との間に子どもを作ったのか。その子どもの一族に自分の剣技をつたえたのか。おまけに魂を移したのか知らねえが。おかげで退屈しないで、いろいろ遊べそうだ」
「アスラ・ヴィンテージーー参る」
踏み込む両者。
アグニ以上の強さだと見抜いた泰鬼は、最初から拳を握って蹴りと共に繰り出す。
対するアスラは最小限の動きで刀を構えると攻撃を全て弾いて流す。
(野郎……! 俺様の動きを見切ってやがる……だと!?)
目を見開く泰鬼だが、アスラは弾くばかりで斬撃を繰り出しては来ない。
拳を強く握り、更に打撃を放つ泰鬼。
流そうにも余りにも強烈な打撃ーーそれを連続で繰り出してくる。
アスラは踏ん張っていた脚の力を抜いて舞いを舞うかのようにすり足で移動する。
受け流され、体をかわされ、それでも泰鬼は相手の眼をしっかりと捉えている。
「父上の剣舞を眼で捉えているというのか……!」
「なんという異形だ。惑わされることなく、アスラ様の動きを見ている」
「だがーー父上も流石だ。あの異形の恐ろしい打撃を前に眉ひとつ動かさずに避けている」
泰鬼はあえて大振りで拳を振りかぶった。
当然、アスラは見切って左に避けるが構わずに泰鬼は何もない空間に拳を突き出す。
隙だらけの異形の姿にアスラが黒に近い青の瞳を気によって光らせ、全身に淀んだ青の光を纏った。
「こいよ……!!」
ニヤリと挑発的に笑う鬼神にアスラは剛刀を振り下ろす。
脳天、右肩、左胴、背中に斬撃を叩きつけて高速移動で離れる。
間髪入れずアスラの鼻先を鬼神の脚が通り過ぎていった。
凄まじい後ろ回し蹴りは、間一髪でかわされている。
瞬間、両者は高速移動で姿を消すと打撃と斬撃を、空で地で壁でとーー所かまわずぶつけ合わせる。
二人が次に姿を現した時、右拳を振り切った姿勢の泰鬼と後方へ引きずられるように下がりながら右手の剛刀を払うアスラが睨み合っていた。
両者、ダメージらしいダメージは負っていない。
無論、鬼神はどれだけ攻撃を受けても致命傷には至らぬ頑強さを誇るし、人間であるアスラは一撃でも受ければカイトのように行動不能になるのは明白である。
それでもアグニとカイトから見れば、アスラは鬼神『泰鬼』と渡り合っていた。
「なるほど、とんでもない化け物だ……」
言いながらアスラは淡々と刀を構えてニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。
「まるで底が見えん強さだな……!」
「よく分かってるじゃねえか、人間。俺様とテメエの力の差がな……」
「そうだな。多少は骨が折れる、という程度の差だ」
ニヤリと笑みを強める鬼神にアスラも目をギラギラとさせて笑みを返す。
これに泰鬼は心から嬉しそうに笑った。
「ほう。テメエのその太刀で鬼神の中でも最強の俺様が斬れるか?」
「試してみるか?」
全身から淀んだ青い光を放ちながらアスラは剛刀『兼㝎』を霞に構える。
これに満足そうに泰鬼は歩を進めるとーー。
「ソニック・バレッド!!」
強烈な青い光弾が側頭部に叩きつけられ、大きく仰け反った。
「なにーー?」
アスラが初めて驚いたように目を見開いて振り返ると、ヴィンテージ屋敷の入口門に一人の青年が剛刀を右手に持って立っている。
「……チッ、手がしびれた」
咄嗟に右手を側頭部の前に置いて泰鬼は光弾を受けていたのだ。
「やっぱり人間とは速さも力強さも桁が違うな。なあーー鍾鬼?」
月明かりに照らされた黒髪の青年は、瞳を赤く染め上げ赤いオーラを身に纏って剛刀『兼定』の切っ先を異形に向けた。
「……なぜお前がヴィンテージ屋敷に居る? この鬼が!!」
「さあな? ここが『鬼殿』だからじゃねぇか。鍾鬼」
笑みを浮かべて泰鬼はアドムを鍾鬼と呼んだ。
「……アドムか」
「兄上!!」
「アドム様!!」
アスラ、アグニ、カイトがアドムの姿を見て向き直る。
その後ろから青い髪の僧侶と茶髪の剣奴が現れた。
「……鬼神『泰鬼』。魔界に飛ばされたはずの存在が何故、アドム様の屋敷に?」
「急にアドムが走ったからなんだと思ったらーーなんなんだ、あの化け物は。めちゃくちゃ強そうだ」
リアとタハトである。
泰鬼はタハトとリアを見ると赤い目を細めた。
「……片方は『鍾鬼の童子』だが、もう片方は『この世界の神』か。面倒くせぇ連中をつれてやがる。独りで好き放題暴れまわってやがったテメエが、どういう風の吹き回しだ?」
「ひとの勝手だ。いちいち口を出すな、この鬼が」
取り付く島もない感じに返すアドムだが、赤眼を押さえて黒に近い青の瞳へと戻ると全身に纏っていた赤い光を消して剛刀『兼定』を鞘に納めた。
同時に泰鬼も身に溢れていた赤い光を納めて構えを解く。
「な、なぁ、アドム? コイツ、知り合いなのか?」
「……古い知り合い、らしいぜ? なぁ?」
タハトの問いかけにアドムは応えると泰鬼に向かって言う。
泰鬼もニヤリと笑って頷いた。
「そういうこった。まだ記憶は取り戻しちゃいねえのか、鍾鬼」
「そのうち、必要なら思い出すだろ。鬼神の記憶なんぞアテにもならんがな」
「……変わらねぇ野郎だ。だがーーテメェに会って分かったぜ。テメェ、この世界に来た時に相当弱ってやがったな?」
アドムはアスラとアグニとカイトを目で見た後、泰鬼に目を合わせる。
「『帝釈天と天軍』にやられた時に、身体を五つに割かれたーーらしいな? 人間の身体に転生してるのは、その影響か。力と強さ自体は取り戻してるようだがな……」
「……」
泰鬼は、応えないアドムから目を離して後ろに居る青髪の僧侶を睨みつけた。
「……テメェの差し金か? 鬼神の敗北をーー誇りを汚しやがったのは……!!」
「……」
「本来、鬼神は孤高だ。敗北も死も俺たちにとって意味がある。闘いの結末での死は俺たち鬼神にとって何よりも意味のあることだ。たとえそれがテメェ等、異界の神には無意味に見えたとしてもな!! それを汚した挙句に人間なんぞに転生させやがって……!!」
怒りに震える泰鬼の赤眼をーーリアはジッと見つめている。
冷たく氷のような水色の瞳で。
だが泰鬼は、それ以上は言わずにリアから目を逸らして門に向かって歩いていく。
アドムもアスラも、刀を鞘に納めた状態でその背中を見送っている。
タハトが自分の横に来た鬼神を見上げるも鬼神は一瞥もくれることなく、リアと自分の間を通り過ぎて去っていった。
アドムは去っていく泰鬼の背を赤眼で静かに見送っていた。