刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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第18話 魔王の分け身と神殺し

ーー魔王城・中庭

 

咄嗟に宝珠の力で転移魔法を成功させた人狼とネクロ。

 

二人は命からがらに老鬼から逃れられたことに一息ついていた。

 

「ふー! 間一髪だったぜ」

 

「いい判断力……」

 

親指を立てて無表情に言ってくるネクロに人狼が疲れ切った顔になった。

 

「そらどうも。でも、なんでコイツをさっきの連中みたいに復活させなかったんですか?」

 

「アレは屍術の初歩の初歩。ただ死体を動かしているだけ。でもこの死体にソレは勿体ない。出来る限り生きた状態にまで再生させて魔族に転生させる。絶対ーー強くなる」

 

力説するネクロに人狼は自分が背負っている骸を見る。

 

骨と皮しかないーー無様な死体だがネクロが操れば相当強力な戦力へと変わっていた。

 

そう思い出しながら人狼は呟く。

 

「この、死体がさっきの死体より強く……ねえ?」

 

半信半疑といった感じの人狼であったが、この場に現れた凄まじい気配に黙り込んだ。

 

圧倒的な魔力を身に纏った青年が、其処に立っている。

 

「連れてきたのかい?」

 

「はい。魔王様」

 

「ネクロが僕に真っ先に答えるなんて……。今日は機嫌がいいんだね?」

 

魔王城に住むものでさえ、玉座以外に魔王を見たものは居ない。

 

そう言われる男が、目の前に居ることが人狼は跳び上がるほどに驚いていた。

 

「すごい死体があった……」

 

親に自慢する子どものような表情で魔王に告げる四魔将の一人。

 

これに魔王が頷くと人狼が背負っている死体に目を向けた。

 

「なるほど。コイツ……か」

 

顎に手をやり、ジッと紫暗色の瞳で骨と皮になっている骸を見つめる。

 

髪は生きていた時と同じであろう真っ黒で短髪ーーアドムやアグニとは違い分け目が無い前髪。

 

一目見ただけで魔王は、相手の力を正確に見抜いた。

 

(ほう……。これは……)

 

「魔王様、転生の儀をお願いします」

 

ネクロが畏まって告げるのに対し、魔王は嬉しそうに応えた。

 

「フッ、いいよ。人狼くん、玉座の間に連れてきなさい。これより転生の儀をおこなう」

 

「分かりました」

 

魔王は人狼の返事を聞く前に既に踵を返して玉座の間へと向かっていった。

 

その背を見送った後、人狼は呟く。

 

「……死んだ人間でも転生できるなんて初めて聞いたぜ」

 

「普通はできない。だけど魂を用意すればいい」

 

「たましいをようい……? なんのこっちゃ?」

 

ーー謁見の間

 

魔王が用意したのは寝台。

 

そこへ死体を寝かせるよう促される。

 

人狼は背負っていた死体を寝台へ仰向けに寝かせた。

 

「……ネクロ、それでは任せるよ?」

 

「はい……」

 

魔王の言葉に淡々と返事をしたネクロは、両手を死体へとかざす。

 

ネクロの全身に緑色の光が纏わり、深緑色の瞳が明るい緑色の光を放ちだす。

 

すると死体も同じ色の禍々しい緑色の光に包まれ、骨と皮だけの死体に肉が戻り始めた。

 

「なっ! 骨と皮だった死体に肉が戻ってやがる!」

 

人狼が叫ぶ中、がらんどうだった目には瞼の肉が戻り、眼球が盛り上がっている。

 

「アドム・ヴィンテージやアスラ・ヴィンテージにそっくりだ……」

 

美しい貌は人間の中でも特に整っており、人外の色香を放っている。

 

「へー。なるほど。あの女神が好きそうな顔をしているよ」

 

魔王が納得したように頷く横で人狼が気味悪そうに呟く。

 

「こいつらの家系は、同じ顔の男が生まれるようにできてるのか……? 本当に瓜二つだ」

 

「その認識で間違ってないね。おそらくだが鬼神の影響だろう……」

 

魔王が人狼の呟きに応えながら、眠るような死体を見つめてから人狼に向けて語る。

 

「鬼神の器として作られた肉体。普通の人間の遺伝子が混ざったところで不純物でしかない。おそらく歴代のヴィンテージという家に生まれた人間はアルドと同じように「鬼神の魂の器」だった……」

 

「つまり、この顔で生まれてきたヤツは鬼神の器ってことか……」

 

「たぶんね」

 

魔王は応えながら人狼から死体に目線を戻し、顔を上から覗き見る。

 

「だが妙だな。これだけの器なら、この時点で復活してもおかしくないはずなんだが蘇らない……」

 

「というと?」

 

「体は肉を取り戻して生前に近い状態だというのに魂が器に来ない。鬼神の魂なら不滅だし、かつて使っていた器なら動かし易いはず。スペアボディとしても優秀なのに……。なぜだ?」

 

「……も、もしかして鬼神の魂をもったヤツがもう居るから?」

 

「心当たりがあるのかな?」

 

「え、ええ」

 

「それにしたって妙だけどね。だって鬼神だよ? 神ならば自分の魂(分身)なんていくつでも作れる。より強い器を求めて子をなしたはずの鬼神が、なぜこれほど強力な器に気配さえも寄ってこない?」

 

思案する魔王に向かってネクロが声をかける。

 

「魔王様、とりあえず仮初の魂を入れる?」

 

「仕方ないね、僕の魂を分けてあげよう。この器にはそれぐらいの価値はある」

 

「ありがとう」

 

魔王の言葉にネクロは礼を言うと寝台から離れる。

 

人狼が二人の会話を聞いて呆れたような表情になっていた。

 

「おいおい、なんだかとんでもねえ戦士が生まれそうじゃねえか? 魔王の魂に鬼神の器、なんてよ。というか魔王様も魂を分けられるんですね」

 

「僕は『魔神の王』でもあるからね。それにとても強い魔族を生み出すのは当然だろう、あの女神を殺す最高の器だよ。なあ、アルド・ヴィンテージ」

 

言いながら魔王の足元から紫色の魔法陣が浮かび上がって魔王と寝台を中心に広がる。

 

もごもごと口を動かし、魔王は口から紫暗色の輝く宝玉を吐き出す。

 

(……アレが、魔王の魂が分けられたモノか)

 

掌に吐き出された宝玉は、魔王の魔力を吸って拳くらいの大きさの光球に変わる。

 

それを死体の心臓のあたりに魔王は置いた。

 

瞬間、光はアルド・ヴィンテージの亡骸を完全に包み込んで見えなくすると咀嚼音と啜る音を立て始めた。

 

やがて音がしなくなると光が収まって紫色の宝石が脈打ちながら寝台の上に置いてある。

 

「鬼神の器に僕の魂を分けて入れた。さあ、魔界最強の戦士の誕生だ」

 

宝石が紫色の煙を上げながら爆発した。

 

魔力の奔流が周囲に広がって収縮し、宝玉を核(心臓)とした肉体を作り上げる。

 

寝台は破壊され、其処に立っていたのは上半身裸の黒い革パンツを履いた黒髪の男。

 

胸元、肩、背中を一周するように細かい紋様が黒く入っており、肩から下の全身に同じものが行きわたっているようだ。

 

死体の肌とは明らかに違う血の通った色に艶やかな黒髪、そして魔王と同じ黒に近い紫暗色の瞳をしている。

 

「……おはよう。神殺しーーアルド・ヴィンテージ」

 

「おはようございます。魔王様」

 

互いに同じ瞳を持った魔王と剣士は挨拶し合う。

 

「……神殺し?」

 

「そうだよ、アルド。君が魔族に生まれ変わった理由にして二つ名だ……。我らが『魔族の勇者』としてどうあっても達成してもらうことになる。そのために僕の魂と魔力を分けたのだから」

 

言いながら魔王は謁見の間の壁にかけられた飾り剣を二振り、魔力で取り外すとアルドに向かって投げた。

 

アルドの手前の地面に突き刺さる二振りの剣。

 

「……」

 

「さて、始めよう。君の力、見せてもらうよ」

 

「……分かりました」

 

それはナックルガードが付いた片刃の剣ーーサーベルと呼ばれるものだ。

 

床に刺さった一振りを抜いて刀身をあらためるとアルドは両手持ちで青眼に構える。

 

「…楽しみだよ、君の力」

 

魔王が囁くと紫暗色の瞳が紫色に輝き、紫色の光が全身から溢れ出る。

 

その重圧に魔王城の頑強な壁にひび割れが起き、人狼は壁に吹き飛ばされていた。

 

(ま、まじかよ……。力を開放しただけで、これか……)

 

動けない自分と違い、四魔将の一人ネクロは自分の周りにマジックシェルを貼って防いでいる。

 

そして、もう一人。

 

淡々と立っているのは上半身裸の先ほどまで死体だった黒髪の剣士ーーアルド。

 

魔族の波動を放つ魔王の心臓を核として転生したもの。

 

「……」

 

瞬間、アルドがその場から消える。

 

魔王は右腕を曲げて頭の上に上げると二の腕に衝撃、サーベルを振り下ろしたアルドが宙に現れる。

 

左掌をアルドの腹に向かって突き出す魔王。

 

掌には紫と黒の光を放つ球が生み出されている。

 

空中に居るアルドは、姿を消すと魔王の右側の地面へと移動している。

 

突き出された左手から光弾が放たれて魔王城の壁を射抜く。

 

その威力に絶句する人狼とネクロ。

 

数メートル先を横に高速移動しているアルドを魔王の眼が射抜いている。

 

右手に持ったサーベルの刀身から紫色のオーラを纏わせて霞に構えるとアルドは頭上に振りかぶって袈裟懸けから横薙ぎに切り払う。

 

「風切り」

 

扇状に描かれる剣閃から風を纏った紫色の弾丸が放たれ、魔王に迫る。

 

(速い……! 避けると同時に攻撃を練り上げた……!!)

 

魔王が瞳を細める中、遠慮のない攻撃に人狼とネクロが焦る。

 

「魔王様……!」

 

「やべぇ!?」

 

左掌を開いて受ける。

 

魔王は無事なモノの、背後の床や壁にはひびが入って風が部屋の中を吹き荒れていく。

 

瞬間、魔王は地面に刺さったもう一振りのサーベルを右手に持つ。

 

アルドが目の前に迫り、斬撃を振り下ろしてくるがソレを横薙ぎで受ける。

 

鍔迫り合いになり、サーベルの刃が互いに向かって押し込まれる。

 

魔王は品定めするようにアルドを見るも、アルドもまた泰然として揺るぎなく同じ色の瞳で見返してくる。

 

魔王がサーベルを弾いて後方へアルドを吹き飛ばすと、アルドはバックステップしたように着地してサーベルを構えている。

 

そのまま、両者は袈裟懸けにサーベルを振り下ろしながら擦れ違った。

 

(……強い)

 

自分の肩から血を吹き上げるのを確認しながら魔王はアルドを見る。

 

左の肩に薄っすらと赤い線が生まれていた。

 

(……魂を分けたとはいえ、魔力量は僕の一部。僕との魔力量の差は歴然。それを独特な呼吸法で魔界の大気を吸収して補っている?)

 

ーー 魔神力開放(ゴッドブレス)

 

ヴィンテージ流開祖のほんの一部の力だった。

 

アルドの親は普通の人間だった。

 

黒髪に黒の目をした平民だった。

 

顔立ちも特別に整っているわけではなく、村の中でも平均的だ。

 

しかし、産まれてきたアルドは人には思えないほどに美しく、平民とは思えないほどに逞しかった。

 

生まれて5歳を数える前に木の棒で魔物や大の大人ーーそれも騎士を叩き伏せた。

 

呼吸も剣の振り方も、その頃からできていた。

 

服が自分の動きに合わないと悟れば余ったボロ衣で何処からか得た知識で、服を作り上げた。

 

魔物の皮をなめして上着と藍染の糸と細い糸を編み込んだ丈夫な生地のズボンは、アルドが使用する剣術によく馴染んでいる。

 

天才、神童、鬼児、呼び名は数あれど全てに当てはまるのはアルドだけだろうと当時の親は言った。

 

何故、そんなことができるのか。

 

誰もが問いかけたが、アルドは淡々とできるからやったと応えた。

 

そうやって、彼は誰からも理解されることはなく皆から憧れとなり道場を立てることになった。

 

彼は積極的に孤児院の子どもを引き取っては剣を教え、多くの門下生に剣を通して野でも山でも生きていく術を与えていった。

 

その中の一人が地方領主の目に留まり、瞬く間に自警団や騎士団に駆け上っていった。

 

彼は興奮しながら自分の師や兄弟は、こんなものではないと同僚に告げる。

 

その言葉が真実なのかを確認に来た騎士団長をアルドは簡単に負かした。

 

こうして平民や農家、孤児院にしか伝わっていなかったヴィンテージの剣が瞬く間に地方領主の剣へと変わったのである。

 

その領主の家名はヴィクトリアであった。

 

閑話休題。

 

目の前に居る自分の分身にして鬼神の器であった人間の力を理解した魔王は満足げに頷いた。

 

「強いね。君になら、僕の代わりに前線の指揮を任せられるよ」

 

アルドと魔王が手に持っていたサーベルは同時に砕け散る。

 

「……」

 

アルドは右手に紫色の光を纏わせると自分の身体に纏わせるように腕を振る。

 

光は鉛の肩当てが着いた黒のレザージャケットに黒のインナーシャツ、黒のジーンズとなってアルドの身を包んだ。

 

「……さすがだね。自分の能力を正確に把握し使いこなしている。素晴らしいセンスだ」

 

「ありがとうございます、魔王様」

 

魔王は微笑むと人狼とネクロに向かって頷く。

 

「素晴らしい働きをしてくれた。君たちが引き入れたアルドは本物だ……。ネクロ、ウルフ。褒美に願いをなんでも叶えてあげよう」

 

自分の名を呼ばれたことに人狼は目を見開いて驚きと感動に打ち震えていた。

 

「……私は、アルドの技と魂と身体の調和を見たい。調整を変えていかないと」

 

「アルドには必要ないかもしれないが、それが願いなら分かったよ」

 

ネクロの言葉に頷き、魔王は人狼を見る。

 

「では、俺を魔戦将軍にしてください」

 

「ああ。なんなら、その上の大魔戦将にでもしようか?」

 

「……それは俺の上司であるトラ隊長を」

 

「トラ隊長か、確かに彼ならば実力は十分だね。分かったよ、ウルフ」

 

「ありがとうございます、魔王様」

 

うやうやしく敬礼する人狼に頷くと魔王は踵を返して謁見の間を去っていった。

 

改めて人狼はアルドを見る。

 

自分を苦しめたヴィンテージの剣士そっくりの顔に魔王と同じ紫暗色の瞳を持つ男だが、違和感がある。

 

腰に巻いた剣帯に何も差されていないのだ。

 

「アルドよぉ? お前さん、剣は錬成しないのか?」

 

「刀は、俺が錬成するものではない。一流の鍛冶師が魂を込めて打ち、俺に捧げられるものだ」

 

「……へ、へぇ?」

 

意味が分からず生返事を返す人狼にアルドは不敵な笑みを浮かべると言った。

 

「さあ、俺を復活させた理由を聞こうか。俺と死合える男は、出て来たか?」

 

その笑みは、全てを理解した上で確認のために聞いているのが分かるものだった。

 

ーーーー

 

鬼神泰鬼は、静かにパジャ王国の王都ヴィクトリア城の屋根の上から街並みを見下ろしている。

 

鬼神の記憶を持った吸血鬼。

 

鬼神の力と誇りを持った人間。

 

鬼神の血を分けられた子ども達。

 

鬼神の魂を分けられた童子(剣奴)。

 

「二度と、鍾鬼は戻らねぇ……か」

 

腕を組む泰鬼の赤目は、虚空を睨んでいる。

 

深夜の月は王都を緩やかに照らしている。

 

ーー 言ったであろう。もはや、お前の友(宿敵)は戻らぬ、と。

 

「フン。仏の親玉であるテメェが、鍾鬼が生きているようなことをほざいたから確認に来ただけだ」

 

ーー では気が晴れたか?

 

「……」

 

頭の中に響く声なき声に泰鬼は静かに押し黙る。

 

ーー お前が探していた鍾鬼は、この世界で。既に別の存在となって生きている。それを確認したのだ。もうこの世界に用はあるまい? そろそろ帰る頃合いだ。

 

「ーーうるせぇ!! 俺様に指図するな、釈迦如来!!」

 

ーー 泰鬼よ。

 

「まだ確かめてぇことがある。それが済んだら帰ってテメエら仏どもと決着をつけてやらぁ。だから黙って失せろ!!」

 

牙を剥き出しにして鬼神泰鬼は天に向かって叫ぶ。

 

しかし声は静かに返した。

 

ーー 泰鬼よ。そなたは、在るがままに在れ。私は、それを否定せぬ。

 

「……テメェが俺様の在り方を決めるな!! 我ら鬼神は、我ら以外の価値観など認めん!! まして神を名乗り人間どもを従えながら数に頼って鍾鬼を討ったテメェら仏が、俺様を語るんじゃねぇ!!」

 

全身から赤い光のオーラを噴き立たせて、鬼神は天に牙を剥く。

 

これに声は静かに言った。

 

ーー そうだな、そうであったな。ならば、鬼神泰鬼よ。我らの進む道が正しいか否か、そなたが見極めるがよい。そのためにも、早く帰ってくるのだぞ。

 

そう告げて声は鬼神の頭の中から去っていった。

 

「あの説教好きのお節介野郎が……」

 

静かにボヤいてから、鬼神泰鬼は目をヴィンテージの剣士が住む屋敷へと向けていた。

 

ーーーー

 

翌朝、ヴィンテージ屋敷にて。

 

アドムは母の墓に参るために場所を教えてもらおうと広間に居た双子の弟アグニに声をかけていた。

 

「…というわけで、親父殿から許可をもらった。母上の墓の場所を教えてくれ、アグニ」

 

鉛の肩当てが付いた黒のレザージャケットに白いインナーシャツ、青いジーンズに腰に茶色の剣帯を巻いて兼定を差したアドムをアグニはジッと見つめた。

 

「父上から聞いています。しかし、父上からはこうも言われました。お前の目に敵うなら、と」

 

アグニの格好は、アドムと全く同じものだった。

 

アグニはレザージャケットの色が赤であり、ヴィンテージの家紋が背中に描かれている。

 

また左腕の甲冑義手に合わせるように赤いジャケットは左の袖が肩口から無い。

 

顔や背格好、剣帯に差した刀まで似ているのでアドムとアグニを見分けるにはジャケットの色と左腕しかない。

 

「…兄上。俺は、貴方に勝ちたい。その一心で武術を続けて参りました。刀も槍も弓も、貴方に勝ちたいがこそ…!」

 

言うや否やアグニは腰の剛刀を右手で鞘から抜くとアドムの眉間に切先を向けた。

 

「…屋敷内のヴィンテージの鍛錬も兼ねて、兄上。貴方に挑ませていただきたい」

 

「…なるほど。訓練場は、屋敷内か?」

 

「ええ」

 

「…分かった」

 

アグニは、屋敷の見取り図をアドムに手渡すと続ける。

 

「…俺は今居るこの広間にて待ちます。ヴィンテージ屋敷には手練れの剣士と影騎士を配備します。制限時間は1時間です。それまでに俺を討てれば兄上の勝利。できなければ俺の勝ちです」

 

「…分かった」

 

「また、タハトと女僧侶の同伴を認めます」

 

アグニがアドムの後ろーー広間の外に居る同伴者二人の方を見てから告げた。

 

「…いいのか?」

 

「こちらも、それだけの手練れを用意すると理解してください。あと、影に関しては部外者が見れる技のみを使わせますので兄上も了承を」

 

「…分かった」

 

アグニの背後から奴隷頭兼影騎士団長のカイトが前に出る。

 

「…勝負の立ち合いは、私が。また屋敷の順路の案内もさせていただきます」

 

「…頼む」

 

「では、アドム様。アグニ様。腰のモノをお預かりします」

 

言いながらカイトは、アグニから兼貞を受け取っている。

 

これにアドムも習って兼定をカイトに手渡した。

 

二振りの剛刀を左右の手に持ち頷くとカイトはアイテムボックスに収納する。

 

代わりに二人には刃を潰された安刀が手渡される。

 

「…なるほど。ヴィンテージの技を使おうにも」

 

「刃引きした安刀では数回程度が限界です」

 

兄の言葉に応えるようにアグニは淡々と言う。

 

屋敷の順路に配置された手練れの剣士や影士を安刀で切り払い倒しつつ、最後に広間で待つ無傷のアグニと立ち会うことになる。

 

かなり難易度が高い訓練だった。

 

「刀が折れた場合は失格になりますので。双方お忘れなく」

 

カイトの淡々とした声にアドムとアグニは同時に頷いた。

 

ヴィンテージの訓練。

 

剣の陣が、始まろうとしていた。

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