刀を持つ騎士(鬼神)   作:カンナム

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さあ、適当にいきまひょ(≧▽≦)


第2話 鬼神『泰鬼』

 アドミニシア大陸。

 

 知の公国ビルドア、審の帝国ジャッジ、司の法国チャーチ、栄の万国シャインの4大国家に併せてつい20年ほど前に幾つもの小規模な国を纏めて築きあげた武の王国パジャを加えた5つの国からなる大陸の住人は人間という種族が7割、亞人と呼ばれるものが3割暮らしており、長年にわたる魔王軍との小競り合いをしつつも概ね平和であった。

 

 もっとも、水面下では常に国家間の領土の問題や争いは起きており、取り分け生まれたばかりの王国パジャには未だに争いの火種が燻っている。

 

 たとえ魔族との戦、亜人との諍いが無くなろうとも争いを止めることはない。

 

 それがーー人間というものだからだ。

 

ーーーー

 

 閉じた瞼の裏に映る光景は、半年前の過去のもの。

 

 王国建国と共に貴族としての権力を父アスラにうばわれたもの。

 

 彼らや彼らに仕えていた騎士や雇われていた剣士の成れの果てが、野盗に身を落とし獣の心を持つようになる。

 

 いつものように獣に堕ちたものを叩き伏せて王国の騎士団に連行させ、自身は単独で冒険者ギルドに報告のため街に向かっていたアドムは、人気のない開けた街道で奇妙な出会いを果たした。

 

「…なんだ?」

 

 滅多に崩れることのない冷たさすら感じる美貌を驚愕に歪めて、アドムは目の前の空間を見ている。

 

 何もない空間に真っ直ぐ縦に筋が入り、強烈な力と共に筋が左右に広げられる。

 

「空間が割れる?」

 

 瞬間だった、強烈な衝撃と轟音を響かせながら何かが地面に叩きつけられていた。

 

 土煙が上がり、目の前がまったく見えなくなる中で煙の向こうから巨大な人影が起き上がるのが見える。

 

 身長の高いアドムより更に頭二つは高い人影は、強烈な力を身にまとうと土煙を吹き飛ばしながら天に向かって叫ぶ。

 

「ウォオオオオ…ッ!!」

 

 その雄叫びを聞いてアドムは、自分の胸の奥が騒めくのを感じた。

 

 まるで魂が呼び起こされるような、そんな感覚。

 

 現れた力の塊のような存在は、燃えるように逆立つ真紅の髪と赤い瞳をしており、こめかみの上からは黒い角がはえている。

 

 耳は鋭く尖り、口の端からは異常に発達した牙が1本左の上唇から伸びていた。

 

「……あのホトケやろう! この俺様を虚仮にしやがって!! ブチ殺してやる!!!」

 

 筋骨が発達しており、獰猛な獣のようでありながら顔立ちや肌の色は人族に近い。

 

 何より整ったその顔は野生味と気高さが内包されていた。

 

(…人間じゃない。人にはない力。暗黒大陸に居るという魔族、か…?)

 

 天に向かって吠えた後、現れた異形は周りを見渡す。

 

「……誰だ、お前は」

 

 真紅の瞳に向かって、アドムは蒼穹の瞳を見据える。

 

 その左手は、今まで抜かれる事が無かった腰の剛刀の鍔に添えられていた。

 

「…やろう、姿形もねぇ。逃げやがったか!」

 

 吐き捨てるように何かに向けて低い声で告げる異形は、ようやくアドムの目を見た。

 

「テメエは…っ!」

 

 異形はアドムの顔を見るや、表情をコロコロと変える。

 

 居るはずのないものに出会って驚き、懐かしそうに目を細めてから牙を剥き出しにした好戦的な笑みを浮かべる。

 

「…よぉ、久しぶりじゃねぇか。いつまで経っても現世に現れねえから、おかしいと思ってたが。まさか、こんな訳のわからねえ世界に居やがったとはな。見つからねぇ訳だ」

 

「何を言ってる? お前は、誰だ!?」

 

 対するアドムは右手で頭のこめかみの上あたりを押さえていた。

 

 頭痛がする。

 

 何かが、自分に伝えようとしている。

 

 頭の中に響く胸の内にある何かの声なき声が。

 

「…俺様が、本当に分からねえのか? 何があった?」

 

「……っ!」

 

 痛む頭を無理矢理に無視してアドムは右手を腰に差した剛刀の柄に持っていく。

 

「少し確かめてぇことがある。テメエに何があったのか。ついでにテメエが人間なんぞに化けてる理由も確かめてやるぜ!!」

 

 太く逞しい右腕を掲げたと思えば、鋭い刃物のような赤い爪を見せびらかすように開くと一気に踏み込んでくる。

 

 巨大に似合わぬ神速の踏み込みと、鋭い動きにアドムの中で何かのスイッチが入った。

 

 長い剛刀を一瞬で抜き放ち、峰を返す余裕もなく一閃。

 

 右手の付け根を叩き斬るつもりで振り抜く。

 

 だが、その手応えは打ち込んだアドムの右手の握力が痺れるほどに硬い。

 

(斬れない、だと!?)

 

 驚愕の声を頭の中で上げながら、互いに位置を入れ替えるように擦れ違い着地する。

 

 振り返ると異形はアドムに打ち込まれた手の部分を振りながらニヤリと笑った。

 

「…へっ、やるじゃねぇか。記憶を封じられても、その強さまでは失っちゃいねえようだな」

 

 異形はアドムに向き直って告げる。

 

「安心したぜ、鍾鬼(しょうき)」

 

 その声に、姿に、力に。

 

 己の心が否応なく騒めく。

 

 ともすれば胸が焼けつくような感覚、全身の血が沸騰して高揚する。

 

 気がつけばアドムの口許は釣り上がり、美しくも恐ろしい笑みを浮かべていた。

 

「…俺はアドム・ヴィンテージ。名を名乗れ、異形」 

 

「俺様を忘れたんなら思い出させてやるぜ、鍾鬼。この泰鬼(たいき)様の強さと恐ろしさをなぁ!!」

 

 瞬間、泰鬼と名乗る異形はアドムに向かって腕を斜めに空を撫でるように振り上げる。

 

 見事な反応でアドムが左に飛ぶと、一瞬前に居た地面はズタズタに引き裂かれている。

 

 鋭い爪が空を切り裂くと真空の刃がアドムを襲ったのだ。

 

「良く避けたじゃねぇか。俺様の鬼裂爪斬(きれつそうざん)をな!!」

 

 まるで人が腕を振れば、微かな微風を発するように泰鬼は真空刃を次々と生み出して斬りつける。

 

 対するアドムは、常人には目にも映らぬスピードで見えぬ風の爪を避けながら両手に持った剛刀の柄を握りしめる。

 

 気によって青く光った刀身を下から上に振り抜く光の斬撃で風の刃を斬り捨てた。

 

「…何!?」

 

「…音速破弾(ソニックバレット)」

 

 音速を超えた斬閃が、真空の弾丸を生み出して泰鬼の分厚い筋肉の胸に迫る。

 

 強烈な炸裂音と爆発。

 

 黒いシャツに白い道着の上から赤い陣羽織を羽織り、黄色に黒の縞が入った毛皮を腰巻きに付け、白い道着のズボンから覗かせる鋭く赤い爪の生えた裸足。

 

 全体的に異形の服装はアドムに似ている。

 

 まったくの無傷で、泰鬼はそこに立つ。

 

「そんな玩具みてえな技が、最強の鬼神たるこの俺様に通じると思ってやがるのか?」

 

「き、しん?」

 

 なぜか、耳に馴染む単語。

 

 聞き覚えのある言葉と意味にアドムは、頭を振る。

 

ーー鬼神。

 

ーー闘いの神、荒々しく獰猛にして恐ろしい神。

 

 瞬間、更にアドムのスピードが上がる。

 

 全身から赤い炎のようなオーラを噴き出しながら、突っ込む。

 

「ほぅ。鬼神の力ーー鬼気か!」

 

 見開いたアドムの目は赤に染まり、殺気すら生ぬるい荒々しい気ーー鬼気が放たれ、口許は耳まで裂けるように歪められた笑みを浮かべている。

 

「ーーうぉあああっ!!」

 

 この場に見るものが居たなら、こう言っただろう。

 

 共喰いだとーー。

 

 両手持ちの剛刀を頭上に振りかぶり、迫り来る泰鬼の額に叩きつけるように振り下ろす。

 

 同時に泰鬼もまた、右手に満ち満ちた鬼気を放ちながら拳を握ってアドムの額目掛けて放つ。

 

 両者の一撃が衝突した瞬間、力と力の衝突は大地に亀裂を生んで掘り起こし、巨大なクレーターを生み出していく。

 

 その中で地面から宙に浮いた両者は、慣性の法則さえ無視した体捌きと身体能力、バランス感覚で次々と互いに拳と刀を叩きつけていく。

 

 手数ならば両手両足を使う泰鬼が上だが、強烈な拳と蹴りを捌きながら返す刀で斬りつけてくるアドムも又凄まじく、泰鬼をして仕留めきれない。

 

「…へっ。相変わらず鬱陶しい野郎だぜ。鍾鬼!!」

 

「何故かは知らんが、お前にだけは負けたくなくてな」

 

「ようやく鬼神らしい顔になってきたじゃねえか。だが、最強は俺様だ!!」

 

 乱打戦でも一撃でも決着がつかない。

 

 ならばと、泰鬼は後方に大きく飛んで腰だめに両拳を握りしめて力を溜めていく。

 

「俺様のとっておきを食わしてやる。覚悟しやがれ!!」

 

 赤い光と雷を纏う泰鬼に対し、アドムも似て非なる赤い光を炎のように全身から放つ。

 

「…正面から叩き伏せる」

 

 霞の構えを取るアドムは切先を相手の眉間に向けている。

 

 対する泰鬼もまた、右拳に力の全てを集約していた。

 

「喰らえ、全力のーー鬼雷烈光牙(きらいれっこうが)ぁあああっ!!」

 

 雷光が集約され強烈な赤い光球を拳に纏うと、一気に振りかぶりながら突っ込む泰鬼。

 

 対するアドムもまた、己の感覚に従いながら刀に全身から溢れる赤い光を集約させて紅の絶刀に変えると袈裟懸けに振り被った。

 

「奥義ーー神斬り(レギンレイヴ)」

 

 神が居たなら神すらも斬り捨ててみせようとする不遜にして背信の一撃。

 

 天下無双の一撃か、天剣絶刀の斬撃か。

 

 両者の優劣を決める激突が為されようとした、その時。

 

「…なんだ!?」

 

 アドムが不快感を露わに叫んだ。

 

 踏み込んで拳を放とうとする泰鬼の足元に円と線で描かれた光の紋章が地面に刻まれる。

 

「…こいつは、移送方陣。どうやら俺様がこの世界に来たのは釈迦(シャカ)のやろう以外にも理由があるみてぇだな」

 

 光が泰鬼の存在を半ば消して何処へと運ぼうとしているのを悟り、アドムは構えを解いて右手を泰鬼に突き出す。

 

 その存在を掴み止めるように。

 

「おい、待て!! 決着をつけろ!!」

 

「…勝負は預けてやる。次は必ず俺様が勝つ。それまでに鬼神の記憶を取り戻して待ってやがれ」

 

 半透明になって消えていく泰鬼は凄絶な笑みを浮かべて移送先に告げた。

 

「…鬼神同士の戦いを邪魔するとは。覚悟はできてんだろうなぁ…! この世界の神よ!!」

 

 その荒々しく猛々しい声と共に鬼神泰鬼と名乗った異形は消えた。

 

 そして、その日からアドム・ヴィンテージは夜な夜な夢を見るようになる。

 

 泰鬼に良く似た自分の影が、胸の底にある夢を。

 

ーーーー

 

 神秘的な深い蒼瞳をゆっくりと見開く。

 

 焚火を囲んで行商人と奴隷たちが座り込んでいる。

 

 剛刀を抱いて馬車の車輪を背に眠っていたが、静かに目の前にある焚き火を見る。

 

 付けられなかった決着。

 

 それを思い出すだけで、胸の奥の何かが騒いでいる。

 

 焚き火の炎を見れば、ハッキリと思い出す。

 

 自分が倒すべき、自分だけの敵を。

 

 笑みは、耳もとまで裂けるかのように。

 

 瞳は鬼気に見開かれて静かに、アドム・ヴィンテージは満たされぬ飢えを抑えて笑っていた。

 

 しかし、己に近付いてくる気配に笑みを消す。

 

 見れば先程、自分に頭を下げてきた長く青い髪の美しい奴隷だった。

 

 水色の瞳をジッとアドムの瞳に据えて、彼女はアドムの左隣に座りながら口を開く。

 

「ーー炎が、お好きなのですか?」

 

 アドムは静かに炎を一瞥した後に、口もとに穏やかな笑みを浮かべて告げた。

 

「…少し考え事をしていた。気味が悪かっただろう、すまない」

 

 その笑顔は氷が溶けたかのような美しいものだった。

 

 男の行商人でさえ見惚れる程の笑みは、この場に居るほとんどの人間を虜にするほどのものだ。

 

 だが、笑顔をまともに受けた美女は笑顔を返した。

 

「いいえ、少し気になったものですから」

 

 美女に頷いた後アドムは炎に目を移す。

 

 すると、彼女の方から声をかけて来た。

 

「……ヴィンテージ家。アドム様は、ヴィンテージ卿のご嫡男でしたね」

 

「ああ」

 

 炎から目を移すことはなくアドムは淡々と応える。

 

「…ヴィンテージは王の剣。昔、私の祖父が寝物語に聞かせてくださいました。その一振りは複数人を一度に叩き斬り、その剣技は王軍に迫るあらゆる苦難を切り裂いたーーと」

 

 懐かしそうに微笑みながら述べる美女に、アドムは真剣な顔を向けた。

 

「その王の剣であった実直な父の功績を息子は利用して王に近づき、自分の気に入らないものを全て排除し、失脚させた。自分が城内で実権を得るために…だろ?」

 

 美女は何も言わずに微笑みを返す。

 

 アドムは静かに周りを見ると、彼の言葉に俯く女奴隷が半数ほど居た。

 

 どれも美しく、育ちの良さを感じさせるものである。

 

「そして、ヴィンテージ家に排斥された貴族の娘は高値で売り飛ばされて奴隷になった……か」

 

 淡々とした声に、ある者は涙を流し、ある者は睨みつけてくる。

 

 だが、目の前の女は微笑みを返すのみだ。

 

 まるで一枚の絵のように無言で見つめ合う美丈夫と美女。

 

「あ、アドム様…! こちらの奴隷をお気に入りでしたら…!!」

 

 奴隷商人が声をかけてくるのを黙殺してアドムは静かに美女から視線を外した。

 

 そのさまにあからさまに奴隷商人は肩を落とす。

 

「…そうだな。俺に平然と微笑みを返した女性は初めてだ。面白い」

 

 その言葉に初めて美女は目をキョトンと丸くしてアドムを見ると、アドムはどこか悪戯小僧のような二ッとした笑顔を女性に向けた。

 

「…プッ、ご自分で言うのですか。アドム様ったら……!」

 

 美女もまたクスクスと少女のように笑っていた。

 

 そんな二人に奴隷商人も他の女奴隷たちも何も言えずに、ただ見つめている。

 

 彼女達に微笑んで頷いてから美女はアドムに告げた。

 

「怖そうな方だと思っておりましたが、失礼ながらお父様とは顔以外あまり似ておられないのですね」

 

 そう言ったあと居ずまいを正す。

 

「リアーーと申します。以後、ここにいる皆をお見知りおきくださいませ。アドム様」

 

 さも買われて当然と言わぬばかりの態度で言うリアに対し、アドムは悪戯な笑みを返しながら告げる。

 

「悪いな、手持ちの金は路銀以外に持っていないんだ。親父から預かった分は俺の奴隷に渡していてね」

 

 あっけらかんとした言葉に行商人がポカンとした後、言う。

 

「ご冗談を! ヴィンテージ家のご嫡男が路銀に苦慮するなど、あり得ない。そもそも、私の命を救っていただいのです。奴隷商人としては失格ですが、お気に召した奴隷を一人でしたら譲ることもできます」

 

 その言葉に女奴隷たちの眼はリアの方に向く。

 

 既にアドムの気持ちは決まっているだろうし、リアほどの美女を相手に勝てるとは思えない。

 

 それでなくても追い詰めて家を潰され、奴隷に落とされた恨むべきヴィンテージ家の嫡子を相手に笑顔で話をするなど。

 

「……私は! 貴方の父親に家を潰され領土を奪われました!! 私の父は、国王に何ら反意を持っていなかったのに!! 貴方の父親や国王陛下は、ただ自分達の地位を脅かすかもしれないからと!!」

 

 金色の髪をウェーブにした女性が涙ながらに叫ぶ。

 

 するとその横に居たピンクの髪の女性も泣きながら立ち上がった。

 

「そうです! 私の家も謂れのない罪を被せられて国王に取りつぶされました!! 貴方のお父様の進言が原因で!!」

 

「私も!!」

 

「私もです!!」

 

 それまで何も語らなかった女奴隷たちが涙を流しながらアドムへと告げる。

 

 だが人間離れした美貌の男の真剣な蒼眼は、感情的になった女奴隷たちを否応なく黙らせる。

 

 その時、馬車の後方から人の足音が聞こえて皆が緊張した面持ちで目を向ける。

 

 ぼさぼさの茶色の髪、質素な布の服に革の胸当てを着けた鳶色の眼をした若い男が一人で立っていた。

 

 身長はアドムと同じくらい高く、肉付も無駄なく引き締まっている。

 

 その両手には、身の丈を越えるほどの長さを持つ棍を持っている。

 

 しかし、目は半ば閉じられ口はだらしなくあけられて舌を出して肩で息をしている様は、どう見てもアドムが捕らえた野盗達の仲間とは思えなかった。

 

「……つ、疲れた! もう駄目だと思ったら地獄に仏!! こんなところでキャンプしている人たちに会えるなんて!! 僕のハードラックも中々のものだ!!」

 

 妙な単語を使っている彼の言葉に、思わず目が点になる奴隷たちだがアドムが静かに立ち上がった。

 

「疲れたのか? それは気の毒に、水をやろうか?」

 

「いや、ほっっんとに疲れたよ!! どっかの顔と剣の腕だけいいバカのおかげで、こっちは手掛かりもまったくない平野を歩きまわされて!! 気が付いたら真っ暗さ!! ここはどこ、僕はタハト!! そんな状況だったんだよ、こんちくしょうぉおおお!!!」

 

 キスでもするのではないかというくらいに額と額を突き合わせてタハトと名乗った青年はアドムに詰め寄る。

 

 目を見開いているがその端からは涙がこぼれていたーー滝のように。

 

「お前、ギルドに行って報告するだけって話だったろうがぁあ!! なんで、こんなところで油売ってるの!? 意味が分からないんだけど!! 僕だけ先に屋敷に帰して騎士の人たちになんて説明すんの!? アホなの!? 死ぬの!?」

 

 彼曰くーーどうやら奴隷の身でありながら先に主人を置いて帰ったことをとがめられ、ギルドに報告しに行くって言われたと正直に応えたら連れて帰ってこいと叩きだされたーーという話であった。

 

「……あ、そうだ。タハト、金をくれ」

 

「お前、僕の話を聞く気は一切ないの!? いくら主人でも、それは人間としてどうなの!? ねぇ!!」

 

「分かった、分かってる。取り敢えず場を収拾したいから金をくれ。本家から預かってるだろ」

 

 両手を広げて、まるで降参と言わぬばかりのアドムの態度に女奴隷と商人は揃って目を見開いている。

 

 何が、起こっているのかまるで分らない。

 

「なんだよぉ、いくらいるんだよぉ。ごく潰しめぇ」

 

 唇を尖らせながらブチブチと懐からあり得ないくらいに大きい布袋を取り出した。

 

 ガシャッと音がする程度には金が入っている。

 

「ほらよ」

 

 それをタハトは両手で大事そうに持ってアドムに手渡すと、彼は片手で簡単に袋の上の方を持って奴隷商人の手にポンっと手渡す。

 

 これに袋の中身を確認した奴隷商人の眼が見開かれた。

 

 それは大量の白金貨が入っているのだ。

 

 混じりけの無い純金の白金貨は、通常の金貨100枚に換算される。

 

 それを大量に手渡す度量に普通の人間ならば肝を冷やすだろう。

 

「あ、アドム様!?」

 

「おまえ、なにしてんのぉおおおおお!!!?」

 

 ブチ切れたタハトはアドムの襟首をつかみ上げた。

 

 アドムは、プランプランと両足を吊るされるほどに持ち上げられ、無駄のない素早い動きで左手をタハトの腕に向かって軽く叩いている。

 

「……ギブ、ギブ!」

 

 結構真剣な表情のアドムであるが、そんなことは知ったこっちゃないとばかりにタハトはつるし上げたアドムに吠える。

 

「おまえぇえええ! いい加減にしろよ、ホントにぃいい!! なんで、説明が、一言もないの!!? なんで本家からもらって貯めて来た白金貨10年分を全部渡すの!? お前、アホなの!!!」

 

 右手で叩きながらアドムは、顔色を青くしながら告げる。

 

「説明……、する。説明、するから……! 手を……!!」

 

 言われてようやく、タハトは手を放す。

 

 首をさすりながら、何とも言えない表情で奴隷商人と奴隷たちに見守られながらアドムは居ずまいを正すと説明を始めた。

 

「…ここにいる奴隷を全員買おうと思ったんだ」

 

「……な、ぬぁんだってぇえええええ!!?」

 

 驚愕の表情でこちらを見つめてくるタハトに、誰も何も言い返せずに呆然としている。

 

「親父のせいで家を追い出され、奴隷に身を落とさざるを得なくなった人たちだ。そんな不条理を見過ごすわけには行かない。あと、親父は必ず殴り飛ばす」

 

 アドムの真剣な言葉にタハトは、見開いた目を静かに戻して表情を真剣に変えて女奴隷たちを見る。

 

「確かに服は、僕と似たような感じだけど。気品を感じるね……、これが貴族か。クッ!!」

 

 何故か胸を押さえるタハトにアドムは半分呆れた表情になる。

 

「お前の人生に気品という言葉はないだろ。最初から」

 

「ぬぅ、一理ある!!」

 

 などと不毛な話を交えながらアドムは、どこか胸を張りながらタハトに言った。

 

「というわけで。この奴隷商人の人から、この奴隷の人たちを買おうと思うんだ。賛成してくれるよな、俺の奴隷ならーー」

 

「……ぬぅ」

 

 ものすごく渋い顔をした後、タハトは大福のような輪郭の顔になって頬を膨らます。

 

「そう言われたら、仕方ない。僕は、お前の奴隷だからな」

 

「…ありがとよ、タハト」

 

 大人びた物静かな美丈夫が、まるで子どものように無邪気にはしゃいでいる姿は、とても先までの人物と同じとは思えない。

 

 そのあまりの変わりように、ポカンとする面々を置いてーー青い髪の美女だけは真剣な表情でアドムを見つめていた。

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